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試練と団結!
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寒凪に促され、北風達は流民街の外れにある広い空き地に出た。
「試練は簡単だ。剣でも魔法でもいい。『俺に一撃当てろ』、それだけだ」
確かに単純だが、皇都でも名を馳せた魔法士が相手であれば、その難易度は計り知れない。四人の顔に緊張が走る。
寒凪は四人に木刀を一本ずつ投げて寄越す。
「どうせ当たらんし、真剣で向かってこられても俺は別に構わんが、おまえらがやりづらいだろうからな」
西條がムッとした顔をする。いくら高名な魔法士か知らんが、流民街なんぞで燻ってるやつにそこまで舐められるいわれはない──と顔に書いてある。
「俺から行く。さっさと終わらせて、こんな臭い場所からおさらばするぞ」
西條は木刀を構えた。地面を蹴り、飛ぶような疾さで寒凪に斬りかかった。魔法士の弱点は、魔法を起動するまでに時間がかかることだ。先手必勝が定石とされている。
が、ガキン、という硬質な音とともに、西條の剣は魔法の障壁に阻まれた。
四人は目を瞠る。詠唱も何もなかった。魔力を溜めた様子も見られなかった。
寒凪はニヤリと笑って、右手を掲げてみせる。人差し指に嵌められた指輪の赤い宝玉が魔力の光を放っている。
「俺は魔法具作りには定評があってな。おまえら程度のへっぽこな攻撃なら自動で防いでくれる」
「っ、くそっ」
西條はその後も乱打を続けるが、一撃たりとも当てられないまま、体力が尽きて、地面に崩れて荒い息をついた。
「口ほどにもないな。次。誰がくるんだ?」
進み出たのは東丸だ。体格のある彼の剣筋は、西條のものよりずっと重く激しかった。それは、魔法の障壁が震えるほど。だが、障壁を壊すには至らなかった。
しばらくすると、東丸は一歩引いて息をつき、頭を下げて敗北を認めた。
次に挑戦したのは南瀬だ。彼は最初から木刀を地面に置き、魔術での勝負を挑んだ。息もつかせぬほどの魔力の弾丸の連打。が、魔法の障壁はびくともしない。南瀬はそれも織り込み済みのようで、目を凝らし、障壁を形作る理論を見極めようとしていた。
「ふむ」
寒凪が面白そうに顎を撫で、指を一振りする。とたん、魔力の礫が南瀬の額に当たり、南瀬は勢いよく地面に仰向けに倒れた。
「南瀬!」
北風が慌てて南瀬に駆け寄り、跪いた。南瀬は自力で上体を起こすが、手で額を押さえ、目を伏せている。
「だ、大丈夫だ。……だが、頭がガンガンする。これ以上は無理だな」
悔しそうな声音だった。
「さあ、最後だ。──来い、時任の義弟。おまえには手加減はせん。ギッタギタに叩きのめしてやる」
……やだ~。
結果を言うと、北風はボロボロのボコボコにされた。北風の剣技の強みは疾さだが、重さと威力には欠ける。あの魔法の障壁を突破できようもない。
イチかバチかで、魔術での勝負に賭け、南瀬に頼んで他の三人を守る結界を張ってもらった。魔力を開放し、唯一できる魔術とも言えない魔術、『暴発』により魔法障壁に挑んだが、その魔法障壁は、周囲の地面を抉り取るほどのその衝撃に、なんとびくともしなかったのである。
寒凪は、少し目を見開いたが、次いで馬鹿にしたように笑う。
「ほぉん。噂通りの魔力量だ。が、集束もせず、指向性もないただの魔力の暴発など、威力自体はそこそこにすぎん。防ぐのは簡単だな──じゃ、こっちから行くぞ」
寒凪は、西條と東丸には一切の手出しはしなかった。南瀬にも、最低限の一撃を加えただけだった。
──が、北風には違った。
次々に浴びせられる魔力弾は、地面に倒れてもなお許されず降り注ぐ。ひたすら逃げ回り、なんとか隙をついて剣を振るおうとしても障壁に阻まれる。
結果、満身創痍でボロ雑巾のように横たわり、もはや指一本動かせなくなって、ようやく寒凪は攻撃の手を止めたのだった。
「おい、北風! 生きてるか」
南瀬が北風の方を揺さぶる。
「……死んでる……」
「よし、生きてるな! しっかりしろ、傷は浅いぞ」
実際、魔力弾の威力自体はそこまででもなく、ただひたすら北風をいたぶることを目的とした乱打であった。
義兄さん、ほんとにあんた一体何したんだよと、脳裏に浮かぶ義兄を恨む。
「試練は終了。全員不合格だ。さっさと荷物まとめて家に帰りな」
寒凪は四人に興味を失ったようで、魔術で周囲の後片付けをしながら投げやりにそう言った。
「……冗談じゃない」
そう呟いたのは南瀬だ。彼には、決してこのまま敗残者として家に帰るわけには行かない理由があるのだ。
青ざめてしまった南瀬の顔を、北風は横目で見る。そしてしばし瞑目した。これで修行を終えていいのか。否、いいわけがない。北風は塵六実と時任晴臣の義弟。二人の顔に泥を塗るわけにはいかない。そして何よりも──こんなに早く修行を終えてしまったら、あの二人の新婚旅行に突き合わされるじゃねぇかよ。
北風はよろよろと立ち上がり、そして、ボロボロの身体で出来得る限り、背筋をピンと伸ばした。
「わかりました、帰ります。──そして、また明日来ます」
「は?」
寒凪は目を丸くした。北風はボコボコになった顔で、ニッコリと笑う。そうすると切れた口の端が痛んだが、我慢する。
「試練への挑戦が一回だけ、なんておっしゃいませんでしたよね」
絶句してしまった寒凪に、北風を除く少年たちは顔を見合わせた。東丸が重々しく頷く。
「確かにそうだ。挑戦の回数は制限されていない」
西條は舌打ちした。
「……明日は絶対、ボコボコにしてやる」
南瀬はしばし目を丸くして沈黙していたが、やがて優雅に一礼した。
「それでは、また明日」
上戸老人の屋敷に戻った頃には、ちょうど夕食の時間だった。
「おい。食べながら、明日のための作戦会議をするぞ」
と南瀬が言って、同じ卓に東丸、西條、北風を集めた。西條は嫌がっていたが、東丸に一睨みされて、渋々と従った。
南瀬は出汁の染みたこんにゃくの煮物を咀嚼し、飲み込んでから、口を開く。
「問題はあの魔法障壁だ。解呪できなくもなさそうだが、解析に時間がかかる上、向こうの反撃もある。悠長に解呪させてはくれないだろうな」
「木刀に魔術を付与して強化してみてはどうだろうか」
そう言ったのは東丸だ。
「いい方法だと思う。が、あの鉄壁の魔法障壁を破れるほどの強力な魔術を付与できるかどうか、正直俺には自信がない──北風の魔力量をもってしても破れなかったくらいだからな」
「大したことねぇな、こいつも。自慢の顔までボコボコにされてよ」
意地悪く笑ったのは西條だ。
というか、自慢の顔とはなんだ。北風は顔を自慢にしたことなど一度もない。
東丸が腕を組み、重々しく言った。
「──とはいえ。あの魔法障壁を破るほどの魔力量を持っているのは、北風以外にいないと思う。『集束もせず、指向性もないなら脅威ではない』と寒凪殿は言った。逆に言えば、魔力を収束し、指向性を持たせれば、あの魔法障壁をも破れるのではないか」
注目を受けて、北風は肩をすくめる。
「でも、どうやって? 正直俺の魔力制御については、うちの一族郎党も姉も匙を投げたくらいのしろものなんだぞ?」
東丸は南瀬を見た。南瀬は一つ頷く。二人にはすでに意思の疎通が取れているようだった。
「寒凪殿は、もうひとつ俺たちに言い忘れた」
東丸が重々しく言う。
「『協力しあうな』とは言わなかったのさ」
北風は目を丸くした。
「この試練を乗り越えるため、我ら、今一時はすべての確執を忘れ、団結するときである! これより我らは競い合うべき好敵手ではなく、互いを守り戦う仲間とならんことを誓おう!」
東丸の声が高らかにそう宣言した。
「試練は簡単だ。剣でも魔法でもいい。『俺に一撃当てろ』、それだけだ」
確かに単純だが、皇都でも名を馳せた魔法士が相手であれば、その難易度は計り知れない。四人の顔に緊張が走る。
寒凪は四人に木刀を一本ずつ投げて寄越す。
「どうせ当たらんし、真剣で向かってこられても俺は別に構わんが、おまえらがやりづらいだろうからな」
西條がムッとした顔をする。いくら高名な魔法士か知らんが、流民街なんぞで燻ってるやつにそこまで舐められるいわれはない──と顔に書いてある。
「俺から行く。さっさと終わらせて、こんな臭い場所からおさらばするぞ」
西條は木刀を構えた。地面を蹴り、飛ぶような疾さで寒凪に斬りかかった。魔法士の弱点は、魔法を起動するまでに時間がかかることだ。先手必勝が定石とされている。
が、ガキン、という硬質な音とともに、西條の剣は魔法の障壁に阻まれた。
四人は目を瞠る。詠唱も何もなかった。魔力を溜めた様子も見られなかった。
寒凪はニヤリと笑って、右手を掲げてみせる。人差し指に嵌められた指輪の赤い宝玉が魔力の光を放っている。
「俺は魔法具作りには定評があってな。おまえら程度のへっぽこな攻撃なら自動で防いでくれる」
「っ、くそっ」
西條はその後も乱打を続けるが、一撃たりとも当てられないまま、体力が尽きて、地面に崩れて荒い息をついた。
「口ほどにもないな。次。誰がくるんだ?」
進み出たのは東丸だ。体格のある彼の剣筋は、西條のものよりずっと重く激しかった。それは、魔法の障壁が震えるほど。だが、障壁を壊すには至らなかった。
しばらくすると、東丸は一歩引いて息をつき、頭を下げて敗北を認めた。
次に挑戦したのは南瀬だ。彼は最初から木刀を地面に置き、魔術での勝負を挑んだ。息もつかせぬほどの魔力の弾丸の連打。が、魔法の障壁はびくともしない。南瀬はそれも織り込み済みのようで、目を凝らし、障壁を形作る理論を見極めようとしていた。
「ふむ」
寒凪が面白そうに顎を撫で、指を一振りする。とたん、魔力の礫が南瀬の額に当たり、南瀬は勢いよく地面に仰向けに倒れた。
「南瀬!」
北風が慌てて南瀬に駆け寄り、跪いた。南瀬は自力で上体を起こすが、手で額を押さえ、目を伏せている。
「だ、大丈夫だ。……だが、頭がガンガンする。これ以上は無理だな」
悔しそうな声音だった。
「さあ、最後だ。──来い、時任の義弟。おまえには手加減はせん。ギッタギタに叩きのめしてやる」
……やだ~。
結果を言うと、北風はボロボロのボコボコにされた。北風の剣技の強みは疾さだが、重さと威力には欠ける。あの魔法の障壁を突破できようもない。
イチかバチかで、魔術での勝負に賭け、南瀬に頼んで他の三人を守る結界を張ってもらった。魔力を開放し、唯一できる魔術とも言えない魔術、『暴発』により魔法障壁に挑んだが、その魔法障壁は、周囲の地面を抉り取るほどのその衝撃に、なんとびくともしなかったのである。
寒凪は、少し目を見開いたが、次いで馬鹿にしたように笑う。
「ほぉん。噂通りの魔力量だ。が、集束もせず、指向性もないただの魔力の暴発など、威力自体はそこそこにすぎん。防ぐのは簡単だな──じゃ、こっちから行くぞ」
寒凪は、西條と東丸には一切の手出しはしなかった。南瀬にも、最低限の一撃を加えただけだった。
──が、北風には違った。
次々に浴びせられる魔力弾は、地面に倒れてもなお許されず降り注ぐ。ひたすら逃げ回り、なんとか隙をついて剣を振るおうとしても障壁に阻まれる。
結果、満身創痍でボロ雑巾のように横たわり、もはや指一本動かせなくなって、ようやく寒凪は攻撃の手を止めたのだった。
「おい、北風! 生きてるか」
南瀬が北風の方を揺さぶる。
「……死んでる……」
「よし、生きてるな! しっかりしろ、傷は浅いぞ」
実際、魔力弾の威力自体はそこまででもなく、ただひたすら北風をいたぶることを目的とした乱打であった。
義兄さん、ほんとにあんた一体何したんだよと、脳裏に浮かぶ義兄を恨む。
「試練は終了。全員不合格だ。さっさと荷物まとめて家に帰りな」
寒凪は四人に興味を失ったようで、魔術で周囲の後片付けをしながら投げやりにそう言った。
「……冗談じゃない」
そう呟いたのは南瀬だ。彼には、決してこのまま敗残者として家に帰るわけには行かない理由があるのだ。
青ざめてしまった南瀬の顔を、北風は横目で見る。そしてしばし瞑目した。これで修行を終えていいのか。否、いいわけがない。北風は塵六実と時任晴臣の義弟。二人の顔に泥を塗るわけにはいかない。そして何よりも──こんなに早く修行を終えてしまったら、あの二人の新婚旅行に突き合わされるじゃねぇかよ。
北風はよろよろと立ち上がり、そして、ボロボロの身体で出来得る限り、背筋をピンと伸ばした。
「わかりました、帰ります。──そして、また明日来ます」
「は?」
寒凪は目を丸くした。北風はボコボコになった顔で、ニッコリと笑う。そうすると切れた口の端が痛んだが、我慢する。
「試練への挑戦が一回だけ、なんておっしゃいませんでしたよね」
絶句してしまった寒凪に、北風を除く少年たちは顔を見合わせた。東丸が重々しく頷く。
「確かにそうだ。挑戦の回数は制限されていない」
西條は舌打ちした。
「……明日は絶対、ボコボコにしてやる」
南瀬はしばし目を丸くして沈黙していたが、やがて優雅に一礼した。
「それでは、また明日」
上戸老人の屋敷に戻った頃には、ちょうど夕食の時間だった。
「おい。食べながら、明日のための作戦会議をするぞ」
と南瀬が言って、同じ卓に東丸、西條、北風を集めた。西條は嫌がっていたが、東丸に一睨みされて、渋々と従った。
南瀬は出汁の染みたこんにゃくの煮物を咀嚼し、飲み込んでから、口を開く。
「問題はあの魔法障壁だ。解呪できなくもなさそうだが、解析に時間がかかる上、向こうの反撃もある。悠長に解呪させてはくれないだろうな」
「木刀に魔術を付与して強化してみてはどうだろうか」
そう言ったのは東丸だ。
「いい方法だと思う。が、あの鉄壁の魔法障壁を破れるほどの強力な魔術を付与できるかどうか、正直俺には自信がない──北風の魔力量をもってしても破れなかったくらいだからな」
「大したことねぇな、こいつも。自慢の顔までボコボコにされてよ」
意地悪く笑ったのは西條だ。
というか、自慢の顔とはなんだ。北風は顔を自慢にしたことなど一度もない。
東丸が腕を組み、重々しく言った。
「──とはいえ。あの魔法障壁を破るほどの魔力量を持っているのは、北風以外にいないと思う。『集束もせず、指向性もないなら脅威ではない』と寒凪殿は言った。逆に言えば、魔力を収束し、指向性を持たせれば、あの魔法障壁をも破れるのではないか」
注目を受けて、北風は肩をすくめる。
「でも、どうやって? 正直俺の魔力制御については、うちの一族郎党も姉も匙を投げたくらいのしろものなんだぞ?」
東丸は南瀬を見た。南瀬は一つ頷く。二人にはすでに意思の疎通が取れているようだった。
「寒凪殿は、もうひとつ俺たちに言い忘れた」
東丸が重々しく言う。
「『協力しあうな』とは言わなかったのさ」
北風は目を丸くした。
「この試練を乗り越えるため、我ら、今一時はすべての確執を忘れ、団結するときである! これより我らは競い合うべき好敵手ではなく、互いを守り戦う仲間とならんことを誓おう!」
東丸の声が高らかにそう宣言した。
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