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第十話:めんどくさい

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「「サラマンダー!?」」



二人は思わず声を揃え、カウンターから体を乗り出す。その行動に少しばかり驚きながら、



「え、えぇサラマンダーよ。どうしても必要な素材があってね。じゃあそろそろ行くわ。邪魔したわね」



 そう言って、店を出ようと歩きだした。しかし店を出る直前に何かを思い出したかのように振り返る。



「あっ、一つ聞きたいの。あの二人に高額な金を請求するのは分かる。確かに今では貴重なアイテムだから。それでも高すぎるけど、商品の値段を決める権利は店にあるわ。だけど何故子供にはそんな貴重なアイテムを百リランっていうはした金で売ったのかしら」



 アレンはこれまでも同じような売り方を続けてきた。一方では高額な請求で購入を妨げ、逆にはした金で貴重なアイテムを譲ることもある。



 もちろん市場価格と同程度で売ることもある。だからこそこの店の商品には値段が貼っていない。いわゆる時価というものだ。店主の一言で物の値段が変わっていく。



 もちろんそんな売り方は客からしたら納得のいくものではない。クレームも多い。エリーのように理由を尋ねる客も少なくもない。



 しかしそういった客を相手にしないアレンは適当な理由をつけ追っ払ってきた。そんなことを続けていくうちに店を訪れる客はみるみる少なくなっていった。



 今回もいつものように誤魔化そうかと思ったが、エリーの目を見ると思わず言葉が出てきた。



「俺は、必要な人に必要な分しか売らない。確かにうちの店は他にはない貴重な品が多い。だからこそ買い占めようとする人間も多い。そうすると本当に必要にしている人の所にアイテムが届かなくなるだろ。だからこそ俺は物を売るとき必ず理由を聞く。特に大量に買い占めるやつらにはな。ちなみにあの子供の親はあのLvのアイテムでしか症状が緩和しない難病を患っている」



「百リランの理由は?」



 アレンは笑って答える。



「あの子が町中に捨てられている瓶を集めて売った金だ。知っているか? ひと瓶一リランにもならないんだぜ。それをあんな小さな子が百リランも集めるんだ。何よりも価値のある金だろ」



 アレンの答えに思わずエリーも微笑む。



「確かにその通りね。納得したわ」



 その笑顔にアレンは体の奥が温かくなるのを感じた。その温かさは五年前に感じたエレナと出会ったころの温かさを思い出させてくれるものだった。



 するとエリーは薬草類が置いてある棚に向かい、その中でも一番安価のものを手にしてカウンターに置いた。



「腹を殴られて痛がっている部下がいるの。売ってもらえるかしら」



「五百リランでいいよ」



「あら? 安いのね。折角だからふっかけてもいいのに」



 エリーの手にした薬草はいくら安価な物といっても王都では千リランはくだらないものだった。



「いやいや、団長殿にふっかけるなんて後が怖いからな。なんならもう少し良いやつ持って行っていいよ」



「ふふ、あいつにはこれで十分よ。でもこんな商売して潰れないといいわね、この店」



「余計なお世話だ」



 エリーは五百リラン硬貨をアレンに手渡し、「じゃあ」と手を軽く振って店を出て行った。



「むうぅぅぅぅぅぅ~」



「どうした? ディーネ」



 ディーネは口をぷくっと膨らませてうねっている。



「なんか最後の方、私いない事になってませんでしたぁ? それに女の人とあんな仲良さそうに話しちゃって。浮気ですかぁ」



「べ、別に仲良さそうになんかしてねぇよ。それに浮気ってなんだよ。俺達はそんな関係じゃないだろ」



「はぁい。わかっていますよぉ~だ。でも……」



 ディーネは急に真面目な顔になる。



「いい娘でしたね」



「あぁ、そうだな。あんな騎士団長もいるんだな」



 アレンがエリーが出て行った扉を見つめながら呟くと、ディーネはカウンターに突っ伏して、



「わぁぁぁぁぁん、やっぱり浮気だぁぁぁぁぁぁ」



「あぁ、もう! めんどくせぇ!」



 アレンもディーネもエリーにエレナの姿を見ながらも、お互いそのことに触れることなくこの日はこのまま閉店を迎えた。
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