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第三十六話:紳士

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 エリーはしばらく座り込んでいると、物音に気付き後ろを振り返る。そこにはディーネが置いていった無限袋からテントを取り出し組み立てているアレンがいた。大人二人が横になっても十分余裕がありそうなテントだ。



「よしできた! じゃあ俺達もそろそろ休もうか」



「そ、そうね」



 エリーは返事をしたものの中に入る事を躊躇う。



 騎士団という職に就いている以上、野営込みでの任務など数多く存在する。男性と二人きりということはないが、自分以外のほとんどが男性ということもしばしばあった。しかしそのような場面でもエリーの実力があれば仮に襲われたとしても対処することができただろう。そもそもエリーのことを知っている騎士団員にそんなことをする勇気がある男など存在しなかったのだが。



 目の前にいる男に力づくに押さえつけられたら……抵抗はできるだろうが自分自身を守り切る自信はとても持つことができなかった。



 だが同時に今日アレンが自分にしてくれたことを思い出す。強いだけでなく優しい男。嘘が苦手な男。自分の身を挺して他者を守る男。そんな男が欲望のままに動くとも考えられなかった。それにもし、万が一、アレンが襲ってきたとしても私は……そこまで考えたところで目を瞑って首を横に振る。



『ないないない。きっとアレンがしてくれたことへの謝礼の気持ちがあるだけよ。魔人討伐にサラマンダーの鱗の入手、それの報酬に私の体だったら安いものだわ』



 とエリーは心の中でさらに首を激しく振る。顔をりんごのように真っ赤に染めながら。暗闇が幸いしてアレンが気づくことはなかったのだが。



「おい、エリー。何をしているんだ? 早く来いよ」



 アレンはテントの外で入口を開けてエリーを待っている。



「……今行くわ」



 ゆっくりとテントに近づき、中に入るとギョッとした。テントには似つかわしくないフカフカの布団がシートの上に敷いてあった。無限袋があればこんな物まで運べるのかと感心した。そして気づく。布団がひとつしか敷いていないことに……



「ア、アレン!」



思わず、振り返り声を上げる。しかしすでにテントの入り口は閉ざされていた。しかし声は聞こえたのか外から返事が返ってきた。



「なんだよ。トイレでも行き忘れたか? 俺はもう寝るから、何かあったら起こしてくれ」



 エリーはそっとテントの入り口をそっと開けると、寝袋に全身を包まれ、顔だけひょっこり出ているアレンが目に入ってきた。安堵感とその姿のみっともなさにぷっと笑いが噴き出そうになったがなんとか堪え、



「アレン、今日は本当にありがとう。この恩はいつか絶対に返すから。サラマンダーから私を守ってくれた時ちょっとだけ恰好よかったわよ」



「恩なんて感じる必要ないよ。それでも返したいって言うならちょっとだけをかなりに訂正してくれればそれで」



「ふふっ。それは遠慮しておくわ」



 そう言って、エリーはテントの中に戻った。



「さっ、明日からも忙しくなるだろうから寝ないとね」



布団に包まって目を閉じ、深い眠りについた。



「アレーン、朝ですよ。早く起きてくださーい。アレーン、アレーン」



 ディーネの甲高い声が朝日の差し込む森の中に響き渡る。



 眠たい目をこすりながら、アレンも寝袋の中から出てくる。



「そんな何度も名前呼ばなくても起きるよ!」



「へぇ~そうですか。もう名前呼んだの十回目なんですけどね」



「あ……そうなのね」



 アレンは申し訳なさそうに頭をかきながらディーネが桶に用意してくれていた水で顔を洗う。



「じゃあ次はエリーさんを起こさないとですね」



 ディーネがテントの方に目をやると、



「もう起きているわよ」



 すでに準備万端のエリーが両手を腰に当て立っていた。



「あら、意外としっかりしているんですね」



「意外と、ってなによ。人の上に立つものが怠けた姿を部下に見せるわけにはいかないでしょう。朝も強くなるわよ」



「アレン……ちゃんと聞いていますか? 雑貨屋エレールの店長さん」



「騎士団と田舎町の雑貨屋を同じにするなよ……」



 アレンはそう言いながらも、いい薬になったのか、いそいそと出発の準備を始めた。そして準備を終えた一行は、数体の魔物を蹴散らしながらも問題なくレクレールに着いた。

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