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30『亜紀の秋』
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秋物語り
30『亜紀の秋』
主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)
※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名
けっきょく美花はメールで知らせてきた。
――吉岡さん、会いたがってた――
たった十二文字。
吉岡さんが会いたがっていることは素直に嬉しい。
でも、どんな状況で、どんな感じで、どんな風に会いたがっているのかが分からない。飛行機の中で、それも相手は美花だ。社交辞令なのか、ちょっと会ってみたいのか、その辺の機微が分からないので動きようがない。
「メールの通りだって。本当に会いたがってるって。でなきゃ、わざわざ言ったりメールしたりしないよ。まだまだボキャ貧だけど、大事なことは分かるよ、あたしだって。子ども扱いしないでよね……」
念押しで聞いたら、美花は怒ったように言う。
「美花が、チョッピリ大人になったのは認めるよ……」
「よしよし。亜紀も少し大人になった」
「え……」
あたしは秋元君とのことが頭をよぎって、自分でも分かるくらいに顔が赤くなった。
「みんな、それぞれだけど、夏があって実りの秋がやってくるんだ。あたしも麗も、その時期は過ぎた。亜紀もそう言う時期がきたんだよ。おめでと」
「……好きな男の子なんていないから」
その一言が言えたのは、地下鉄のホームだった。
「好きな男の子じゃダメって考えてたんだ。Hなんて勢いでいっちゃうもんだから、気にすることなんかないよ」
「Hなんかじゃないよ」
「あ、違った? ま、変な病気にだけはね気を付けてね」
「びょ、病気なんか持ってないよ!」
「だれが?」
完全に見透かされてる。
「好きな男の子なんて、いつでもできる。でも好きな男の人はね……大事にしなよ」
それから、吉岡さんにメールするのに三日かかった。
――例のトリック写真ではお世話になりました。よかったら電話していい時間教えてください――
すると、なんと昼休みに、吉岡さん本人から電話がかかってきた。
『やあ、お久しぶり。今夜バイト空いてる……じゃ、7時、渋谷のR前で』
良いも悪いもなかった、バイトが空いてるのを確認したら、さっさと切られてしまった。
食堂の野外テーブルに気配。麗と美花が訳知り顔で、ピースサイン。
このタイミング。
どんな顔をしていいのか分からなくて、二人と顔も合わさずに教室にもどった。
放課後、真っ直ぐに家に帰り、シャワ-を浴びて身支度。学校の臭いは消しておきたかったから。そして、三十分ほどファッションショーをやって、なんのことはない。いつものバイトに行くナリになって、メイクもなし。ちょっぴりグロスが入ったリップを付けておしまい。
「今夜、晩ご飯いらないから」
それだけ言って家を出た。
「とりあえず、飯にしようか」
再会の第一声がこれだった。
肩の凝らないイタメシ屋さん。でも、パーテーションで区切られていて、半ば個室。案内されたときには「リザーブ」のシルシがテーブルに置いてあった。
席に案内されるときに、吉岡さんの手が軽く背中に触り、それだけで全身に電気が走った。
「先日は、どうもお世話になりました。なんだか、お礼の電話ためらわれちゃって、ズルズルと失礼しました」
「いや、いいんだよ。ああいうのは、それとなく処理した方がいいからね。それに、お礼の電話じゃ誘いにくいだろ。今日も来てくれるかどうか、少し心配だった。あんな電話の切り方したから」
それから、吉岡さんは、仕事の話を少しして「で、亜紀ちゃんはどうなの?」と振ってきた。
あたしは、大阪時代のころの話から、高校にもどってからの話やバイトの話なんかした。秋元君との体験談は別にして。終始にこやかに吉岡さんは話を聞いてくれた。学校で、首のすげ替え写真で、クラスの男の子を張り倒したところなんか笑いながらシミジミと話せた。
「亜紀ちゃんは、程よく子どもを残しながら大人になってきたね」
どう反応していいか分からないわたしは、赤い顔をして上目遣いで吉岡さんを見ていた。なんだか目がウルウルしてきた。で、ウルウルはひとしずくの涙になって頬を伝った。
「どうした、亜紀ちゃん?」
「いえ、なんにも。こんな風に話ができるのは、あのサカスタワーが最後だと思っていましたから……」
グシグシと拳で涙を拭った。ほとんどスッピンなんで化粧崩れの心配なんかはなかったけど、なんとも子どもっぽい仕草で、自分が麗や美花よりも、うんと子どもなんだと思い知らされた。
「外れていたら、ごめん。亜紀ちゃんは、自分が思っているほど子どもじゃないよ……あ、もうこんな時間だ。家まで送るよ」
まだ九時半。でも、吉岡さんは生真面目に心配りをしてくれた。送ることを想定していたんだろう、アルコールも口にはしていない。
車で十分ほど走って、道が少し違うことに気が付いた。わたしの中に、ほのかな期待が湧いた。今夜は、お泊まりしてもいい準備はしてきた。見てくれはザッカケナイ普段着だけど、アンダーは勝負の準備をしてきた。
「これが、ぼくのマンション」
そう言って車が停まったときは、口から心臓が飛び出しそうになった。
「まあ、途中だったから、場所だけ見せておこうと思って。またみんなで遊びにおいでよ」
「みんなで……」
それには気づかないふりをして、車は再び走り出した。
「ここでいいです。家は、もう近くだから」
「うん、分かった」
吉岡さんが、ドアのロックを外しかける。
「大人になったシルシを少しだけください……」
数秒の沈黙……。
「亜紀……」
吉岡さんの気配が被さってきた。目をつぶってしまう。
ほんの数秒唇が重なった。胸に吉岡さんの体重の何分の一かを感じた。
「さあ、よい子はお家に帰りましょう」
車のドアが開いた。
テールランプのウィンクを受けて、わたしは、わたし的には実りの秋を予感した。
秋物語り 完
30『亜紀の秋』
主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)
※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名
けっきょく美花はメールで知らせてきた。
――吉岡さん、会いたがってた――
たった十二文字。
吉岡さんが会いたがっていることは素直に嬉しい。
でも、どんな状況で、どんな感じで、どんな風に会いたがっているのかが分からない。飛行機の中で、それも相手は美花だ。社交辞令なのか、ちょっと会ってみたいのか、その辺の機微が分からないので動きようがない。
「メールの通りだって。本当に会いたがってるって。でなきゃ、わざわざ言ったりメールしたりしないよ。まだまだボキャ貧だけど、大事なことは分かるよ、あたしだって。子ども扱いしないでよね……」
念押しで聞いたら、美花は怒ったように言う。
「美花が、チョッピリ大人になったのは認めるよ……」
「よしよし。亜紀も少し大人になった」
「え……」
あたしは秋元君とのことが頭をよぎって、自分でも分かるくらいに顔が赤くなった。
「みんな、それぞれだけど、夏があって実りの秋がやってくるんだ。あたしも麗も、その時期は過ぎた。亜紀もそう言う時期がきたんだよ。おめでと」
「……好きな男の子なんていないから」
その一言が言えたのは、地下鉄のホームだった。
「好きな男の子じゃダメって考えてたんだ。Hなんて勢いでいっちゃうもんだから、気にすることなんかないよ」
「Hなんかじゃないよ」
「あ、違った? ま、変な病気にだけはね気を付けてね」
「びょ、病気なんか持ってないよ!」
「だれが?」
完全に見透かされてる。
「好きな男の子なんて、いつでもできる。でも好きな男の人はね……大事にしなよ」
それから、吉岡さんにメールするのに三日かかった。
――例のトリック写真ではお世話になりました。よかったら電話していい時間教えてください――
すると、なんと昼休みに、吉岡さん本人から電話がかかってきた。
『やあ、お久しぶり。今夜バイト空いてる……じゃ、7時、渋谷のR前で』
良いも悪いもなかった、バイトが空いてるのを確認したら、さっさと切られてしまった。
食堂の野外テーブルに気配。麗と美花が訳知り顔で、ピースサイン。
このタイミング。
どんな顔をしていいのか分からなくて、二人と顔も合わさずに教室にもどった。
放課後、真っ直ぐに家に帰り、シャワ-を浴びて身支度。学校の臭いは消しておきたかったから。そして、三十分ほどファッションショーをやって、なんのことはない。いつものバイトに行くナリになって、メイクもなし。ちょっぴりグロスが入ったリップを付けておしまい。
「今夜、晩ご飯いらないから」
それだけ言って家を出た。
「とりあえず、飯にしようか」
再会の第一声がこれだった。
肩の凝らないイタメシ屋さん。でも、パーテーションで区切られていて、半ば個室。案内されたときには「リザーブ」のシルシがテーブルに置いてあった。
席に案内されるときに、吉岡さんの手が軽く背中に触り、それだけで全身に電気が走った。
「先日は、どうもお世話になりました。なんだか、お礼の電話ためらわれちゃって、ズルズルと失礼しました」
「いや、いいんだよ。ああいうのは、それとなく処理した方がいいからね。それに、お礼の電話じゃ誘いにくいだろ。今日も来てくれるかどうか、少し心配だった。あんな電話の切り方したから」
それから、吉岡さんは、仕事の話を少しして「で、亜紀ちゃんはどうなの?」と振ってきた。
あたしは、大阪時代のころの話から、高校にもどってからの話やバイトの話なんかした。秋元君との体験談は別にして。終始にこやかに吉岡さんは話を聞いてくれた。学校で、首のすげ替え写真で、クラスの男の子を張り倒したところなんか笑いながらシミジミと話せた。
「亜紀ちゃんは、程よく子どもを残しながら大人になってきたね」
どう反応していいか分からないわたしは、赤い顔をして上目遣いで吉岡さんを見ていた。なんだか目がウルウルしてきた。で、ウルウルはひとしずくの涙になって頬を伝った。
「どうした、亜紀ちゃん?」
「いえ、なんにも。こんな風に話ができるのは、あのサカスタワーが最後だと思っていましたから……」
グシグシと拳で涙を拭った。ほとんどスッピンなんで化粧崩れの心配なんかはなかったけど、なんとも子どもっぽい仕草で、自分が麗や美花よりも、うんと子どもなんだと思い知らされた。
「外れていたら、ごめん。亜紀ちゃんは、自分が思っているほど子どもじゃないよ……あ、もうこんな時間だ。家まで送るよ」
まだ九時半。でも、吉岡さんは生真面目に心配りをしてくれた。送ることを想定していたんだろう、アルコールも口にはしていない。
車で十分ほど走って、道が少し違うことに気が付いた。わたしの中に、ほのかな期待が湧いた。今夜は、お泊まりしてもいい準備はしてきた。見てくれはザッカケナイ普段着だけど、アンダーは勝負の準備をしてきた。
「これが、ぼくのマンション」
そう言って車が停まったときは、口から心臓が飛び出しそうになった。
「まあ、途中だったから、場所だけ見せておこうと思って。またみんなで遊びにおいでよ」
「みんなで……」
それには気づかないふりをして、車は再び走り出した。
「ここでいいです。家は、もう近くだから」
「うん、分かった」
吉岡さんが、ドアのロックを外しかける。
「大人になったシルシを少しだけください……」
数秒の沈黙……。
「亜紀……」
吉岡さんの気配が被さってきた。目をつぶってしまう。
ほんの数秒唇が重なった。胸に吉岡さんの体重の何分の一かを感じた。
「さあ、よい子はお家に帰りましょう」
車のドアが開いた。
テールランプのウィンクを受けて、わたしは、わたし的には実りの秋を予感した。
秋物語り 完
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