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8[思い出エナジー・2]
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宇宙戦艦三笠
8[思い出エナジー・2]
疾風(高機動車)の前方30メートルほどのところに、チャドル姿の女性が倒れこんだ。
隊長は、すぐ全車両に停止を命じた。
「隊長、自分が見てきます」
山本准尉は、隊長と目が合ったのを了解と解して疾風を飛び出した。自爆テロの可能性があるので、うかつに大人数で救助に向かうわけには行かなかった。
「きみ、大丈夫か?」
姿勢を低くし、二メートルほど離れたところから、山本准尉は女に声を掛けた。爆発を警戒してのことでは無かった。そこここに現地住民の目がある。異民族の男が女性の体に触れるのははばかられるのだ。
「ゲリラに捕まって、やっと逃げてきました。日本の兵隊さんですね……助けてください」
チャドルから、そこだけ見せた顔は、まだ幼さが残っていた。
「……分かった。君の村まで送ってあげよう」
山本は、優しく、でも決意の籠った声で少女に応えた。
山本は、いったん疾風に戻ると装具を解いて、隊長に一言二言声を掛け、様子を見ていた現地のオッサンから、ポンコツのトヨタをオッサンの半年分の収入くらいの金を渡して借りた。オッサンは喜んだが、目で「気をつけろ」と言っていた。それには気づかないふりをして、少女に荷台に乗れと言った。座席に座らせるわけにはいかない。イスラムの戒律では、男と女が同じ車に乗ることはできない。荷台に乗せるのが限界である。
「あたし、体の具合が悪い。日本のお医者さんに診てもらえませんか?」
「あいにくだが、男の医者しかいない。あとで国連のキャンプに連れて行ってあげよう。それまで我慢だ」
山本が目で合図すると、自衛隊の車列は作業現場へと移動し始めた。山本は長い敬礼で車列を見送ると少女に二本ある水筒の一本を渡して、トヨタを発進させた。
「どうして停まるの?」
少女は、少しこわばった声で山本に聞いた。
「サラート(礼拝)の時間だろ。専用の絨毯はないけど、これで我慢してくれ」
山本は、毛布を渡してやり、コンパスでメッカの方角を探し、コンパスの針を少女に見せた。少女は毛布に跪きサラートを始めた。山本は異教徒なので、少女の後ろで跪いて畏敬の念を示した。
「どうもありがとう」
サラートが終わると、少女は毛布を折りたたんで山本に返した。
「信心は大事にしなきゃな……よかったら、そのチャドルの下の物騒な物も渡してもらえるとありがたいんだけど」
少女の目がこわばった。
「これを渡したら、村のみんなが殺される……」
少女の手がわずかに動いた。
「ここで、オレを道連れにしても、日本の兵隊を殺したことにはならない。君を送る前に隊長に辞表を出してある。だから、オレを殺しても、ただの日本人のオッサンを一人殺したことにしかならない。後ろを向いているから、その間に外しなさい」
山本は、無防備に背中を向けた。
戸惑うような間があって、衣擦れの音と、なにか重いベルトのようなものを外す音がした。
「ありがとう。君も村の人たちも殺させやしないよ」
それから、山本は少女を村に送り届け、トーブとタギーヤ(イスラムの男性の衣装)を借りた。
山本は、少女に地図を見せた時、二か所に目をやったことに気づいていた。一か所は自分の村で、もう一か所は、それまで彼女が居たところだろうと見当をつけた。
案の定、少女が見ていたところは岩場が続く丘の裾野で、声がかかる前に銃弾が飛んできた。ゲリラの前進基地のようだ。車を降りると「手を挙げて、こっちに来い」と言われた。
「隊長、こいつ体に爆弾を巻き付けている!」
身体検査をした手下が隊長に言った。
「スイッチは、この手の中だ。動くんじゃない! 血を流さずに話し合おうじゃないか」
そのあと二言三言やり取りがあった後もみ合いになった。
そして、もつれ合い倒れたショックで、自爆スイッチがオンになり、山本は10人あまりのゲリラを道ずれに死んでしまった。
日本のメディアは、現地で自衛隊員が除隊したことと、山本が民間人として死んだことを別々に報道した。当然殉職とは認められなかった。
そして、山本が日本に残した一人娘は、横須賀の海上自衛隊の親友に預けられた。
「だから、あたしの本当の苗字は山本っていうんだ……」
長い物語を語り終え、天音はため息をついた。
三笠は速度を上げて遼寧とヴィクトリーを追い越した……。
☆ 主な登場人物
修一 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉 横須賀国際高校二年 航海長
天音 横須賀国際高校二年 砲術長
トシ 横須賀国際高校一年 機関長
ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
8[思い出エナジー・2]
疾風(高機動車)の前方30メートルほどのところに、チャドル姿の女性が倒れこんだ。
隊長は、すぐ全車両に停止を命じた。
「隊長、自分が見てきます」
山本准尉は、隊長と目が合ったのを了解と解して疾風を飛び出した。自爆テロの可能性があるので、うかつに大人数で救助に向かうわけには行かなかった。
「きみ、大丈夫か?」
姿勢を低くし、二メートルほど離れたところから、山本准尉は女に声を掛けた。爆発を警戒してのことでは無かった。そこここに現地住民の目がある。異民族の男が女性の体に触れるのははばかられるのだ。
「ゲリラに捕まって、やっと逃げてきました。日本の兵隊さんですね……助けてください」
チャドルから、そこだけ見せた顔は、まだ幼さが残っていた。
「……分かった。君の村まで送ってあげよう」
山本は、優しく、でも決意の籠った声で少女に応えた。
山本は、いったん疾風に戻ると装具を解いて、隊長に一言二言声を掛け、様子を見ていた現地のオッサンから、ポンコツのトヨタをオッサンの半年分の収入くらいの金を渡して借りた。オッサンは喜んだが、目で「気をつけろ」と言っていた。それには気づかないふりをして、少女に荷台に乗れと言った。座席に座らせるわけにはいかない。イスラムの戒律では、男と女が同じ車に乗ることはできない。荷台に乗せるのが限界である。
「あたし、体の具合が悪い。日本のお医者さんに診てもらえませんか?」
「あいにくだが、男の医者しかいない。あとで国連のキャンプに連れて行ってあげよう。それまで我慢だ」
山本が目で合図すると、自衛隊の車列は作業現場へと移動し始めた。山本は長い敬礼で車列を見送ると少女に二本ある水筒の一本を渡して、トヨタを発進させた。
「どうして停まるの?」
少女は、少しこわばった声で山本に聞いた。
「サラート(礼拝)の時間だろ。専用の絨毯はないけど、これで我慢してくれ」
山本は、毛布を渡してやり、コンパスでメッカの方角を探し、コンパスの針を少女に見せた。少女は毛布に跪きサラートを始めた。山本は異教徒なので、少女の後ろで跪いて畏敬の念を示した。
「どうもありがとう」
サラートが終わると、少女は毛布を折りたたんで山本に返した。
「信心は大事にしなきゃな……よかったら、そのチャドルの下の物騒な物も渡してもらえるとありがたいんだけど」
少女の目がこわばった。
「これを渡したら、村のみんなが殺される……」
少女の手がわずかに動いた。
「ここで、オレを道連れにしても、日本の兵隊を殺したことにはならない。君を送る前に隊長に辞表を出してある。だから、オレを殺しても、ただの日本人のオッサンを一人殺したことにしかならない。後ろを向いているから、その間に外しなさい」
山本は、無防備に背中を向けた。
戸惑うような間があって、衣擦れの音と、なにか重いベルトのようなものを外す音がした。
「ありがとう。君も村の人たちも殺させやしないよ」
それから、山本は少女を村に送り届け、トーブとタギーヤ(イスラムの男性の衣装)を借りた。
山本は、少女に地図を見せた時、二か所に目をやったことに気づいていた。一か所は自分の村で、もう一か所は、それまで彼女が居たところだろうと見当をつけた。
案の定、少女が見ていたところは岩場が続く丘の裾野で、声がかかる前に銃弾が飛んできた。ゲリラの前進基地のようだ。車を降りると「手を挙げて、こっちに来い」と言われた。
「隊長、こいつ体に爆弾を巻き付けている!」
身体検査をした手下が隊長に言った。
「スイッチは、この手の中だ。動くんじゃない! 血を流さずに話し合おうじゃないか」
そのあと二言三言やり取りがあった後もみ合いになった。
そして、もつれ合い倒れたショックで、自爆スイッチがオンになり、山本は10人あまりのゲリラを道ずれに死んでしまった。
日本のメディアは、現地で自衛隊員が除隊したことと、山本が民間人として死んだことを別々に報道した。当然殉職とは認められなかった。
そして、山本が日本に残した一人娘は、横須賀の海上自衛隊の親友に預けられた。
「だから、あたしの本当の苗字は山本っていうんだ……」
長い物語を語り終え、天音はため息をついた。
三笠は速度を上げて遼寧とヴィクトリーを追い越した……。
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修一 横須賀国際高校二年 艦長
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