ここは世田谷豪徳寺

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
117 / 139

117≪トーマス・ブレーク・グラバーの憂鬱≫

しおりを挟む
新・ここは世田谷豪徳寺・20(さつき編)

117≪トーマス・ブレーク・グラバーの憂鬱≫      



 渾身の力でブレーキを踏む!

 …………もうちょっとで轢き殺すところだった。

 数秒ハンドルに伏せた顔を上げられなかった。

 そして顔を上げたら、轢かれかけた本人がスタスタ歩いていく後ろ姿が目に入ったではないか!

 同じゼミのトム。

「何か言ったらどうなのよ! 飛び出してきたのあんたなんだから!!」

 思いのほか大きな声になった。トムは初めて気が付いたようにポカンと振り返った。

「……どうしたの、さつき?」

 こいつは、まだ分かっていない。

「急に車の前に飛び出してきて、挨拶もないわけ!?」
「え、ボクが?」
「あんたのボンヤリが原因でも、轢いちゃったりしたら車の過失になるんだからね!」
「ボクが飛び出した? さつきの車の前に……?」
「そうよ、あたしのゴールド免許に傷つくとこだったわよ!」

 トムは、スタスタやってきて、覗きこむようにして言った。

「このミニカーじゃ跳ね飛ばされることは、あっても轢かれることはない。物事は正確に言わなきゃならないよ」

 怖い顔で、それだけ言うと足長のイギリス人は、また歩き出した。

「ちょっ!!」

 これが間違いだった。様子がおかしいので、つい声を掛けて助手席に乗せるはめになった。

「……そういうことだったのか」

 事情が呑み込めたのは、ゼミをサボって紀国坂にさしかかったころだった。トムは、正式にはトーマス・ブレーク・グラバーという。ゼミの自己紹介で、この名前を聞いて「え!?」と声を上げたのは、あたしと先生だけだった。

 トーマス・ブレーク・グラバーと言えば、幕末に竜馬の海援隊や薩長相手に武器の商売をやってがっぽり儲けたイギリス人だ。それと同姓同名だったので、あたしと先生はたまげた。他の学生はグラバーそのものを知らなかったか、知っていても「幕末の」という冠むりが付かなければ思い出せなかった。まして、フルネームで知っていたのはあたしと先生だけだ。

 そのあたしでも、トムがスコットランドの出身で、今日が特別な日であることは理解していなかった。

 ゼミをサボるについても一応先生に電話はしておいた。

「今日はトムにとっては特別な日なんだ。欠席にはしないから付き合ってやってくれないか」と、頼まれた。

 で、ただでもガタイのでかいトムを折りたたむようにして、ホンダN360Zの助手席に押し込んだ。

「じっとしていられないから、どこでもいいから走って」

 で、走っているわけ。

 その間にトムは問わず語りに事情を話した。

 トムはイギリスの北1/3あたりにあるスコットランドのエジンバラに住んでいる。日本の京都と姉妹都市……でも分かるようにエジンバラはスコットランドの古都。このエジンバラを首都としてスコットランドはイギリスからの独立をはかり、向こうの18日、こちらの深夜から未明にかけて住民投票が行われ、あの大英帝国本土の一部が無くなるかもしれないという事態なのだ。
 投票権はスコットランド在住の者しか与えられない。トムのようにスコットランドに住んでいなければ投票権がない。逆にスコットランドに住んでいれば外国人でも投票権がある。

「考えてみてよ、日本で言ったら京都府が独立するようなものなんだよ」
「あり得ないわよ、そんなこと」
「日本人は呑気だな、これ見なよ」

 トムのスマホには沖縄の新聞記事が出ていた。そこには……。

 沖縄の独立を目指そう! と、一面で取り上げていた。ちょっとびっくりしたが、あり得ない話だと思った。

「イギリスでも、そう思ってたんだよ。1990年代までは……それが現実になっちゃった」
「そうなんだ……で、投票できるとしたら、トムはどっち?」
「分からない、両方の気持ちが分かるから」

 この優柔不断な答えを聞きだしたのは横浜の山下公園だった。雰囲気のないことにトムは焼き芋を買ってきて、二人並んで食べている。

 ここは、あたしの大好きな『コクリコ坂から』の主人公メルが俊が自分たちの未来を不安交じりに語り合う聖地なんだぞ。

 ボーーーーー

 思いのほか遠くの汽笛が大きく聞こえた。トムはその音に紛らわせてオナラをした。風下にいなければ気づかないところだった。トムの憂鬱はよく分かったけど、デリカシーのないスコットランド人だ……! 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする

エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》  16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。  告白されて付き合うのは2か月後。  それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。  3人のサブヒロインもまた曲者揃い。  猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。  この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?  もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!  5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生! ※カクヨム、小説家になろうでも連載中!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...