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13『見栄をはる』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
13『見栄をはる』
「……しばらく様子を見ます」と、外す。ちょっと薄情かな……。
「よっしゃ、正直でええ」
ツルリと顔をなでる。元のコンニャク顔。
「え?」
「こんなときに、景気のええ返事する奴は長続きせんもんや」
「……でも、どうして真田山なんですか? 他の学校もあるだろうし、なにか因縁でもあるんですか?」
先生の先回りしたような答えに、つい意地の悪い質問をしてしまう。飛んでいった鳩がもうもどってきた。
「乙女先生とは、三十年の腐れ縁でな。あの先生、なんで乙女てなガラにもあわん名前ついとるか分かるか?」
「そりゃ、生まれたときには親の想いもあるでしょうし」
「あの人は六人姉妹の末っ子やねん。生まれたときにお父さんが、また女か言うてウンザリしはってな。それで、もうこれでヤンペいう意味で〈トメ〉いう名前にしはった」
「ハハ……すみません」
「ハハハ、せやけど、いっちゃん上のお姉ちゃんが、あんまりや言うて泣くよって〈お〉を付けて、めでたく乙女にならはった」
「そうなんだ、うるわしいお話ですね」
「それがな……五年前にお父さんが亡くならはって、お母さんも二年前から具合悪うなってきてしもてな。そないなると、あんまりや言うて泣いたお姉ちゃんも含めて姉妹だれもお母さんの面倒見いひん。で、お母さんの介護に手ぇ取られて、とてもクラブの面倒まではみられへん」
「それで……」
「と、いう訳や」
先生はまた石ころを蹴った。今度は鳩は逃げもしなかった。
「はるか、今東光(こんとうこう。いまひがしひかる、じゃないよ)て知ってるか?」
「ああ、この街に住んでたんですよね、一冊だけ『お吟さま』読みました。天台宗のお坊さんだったんですよね」
この街に引っ越すと決まって、少しでもトッカカリが欲しくて、土地の有名人を捜した。天童よしみとジミー大西と今東光がひっかかり、作家の今東光を読んだ……といってもネットであらすじ読んだだけだけど、一冊と見栄を張る。わたしも最初は「いまひがし」だと思っていた。
五分後、わたしたちは今東光が住んでいた「天台院」というお寺の前に来た。拍子抜けがするほど小さなお寺。こんなとこにかの文豪はいたのか……。
「ほんまもんの出発点というのは、こんなもんや。瀬戸内寂聴知ってるやろ」
「はい、たまに読みます。主にエッセーのたぐいだけど、去年ダイジェスト版の『源氏』を読みました」
と、また見栄をはる。
「中味はほとんど忘れちゃいましたけど」
「読書感想言うてみい」
「だから忘れましたって」
「カスみたいなことでもええから言うてみい」
「うーん……やたらと尼さんができるお話」
ヤケクソでそう答えた。
「ハハ、それでええ。寂聴さんの名前つけたんが東光のおっさんや。自分の春聴いうカイラシイ法名から一字とってなあ」
「へえ、そうなんだ! わたし、寂聴さんの〈和顔施=わがんせ〉って言葉好きなんです」
「ああ、あの、いっつもニコニコしてたらええ言う、金も手間もいらん施しのこっちゃな」
身も蓋もない……。
「ひとつ聞いていいですか?」
「なに?」
「きのう、プレゼンの部屋に入ったとき、わたしたちだけに……」
「ああ、あのスポットライト」
「と、ファンファーレ」
「はるかの顔、入ってくる前に窓から見えとったから」
「は?」
「和顔施の顔してたつもりやろ?」
「え、ま、ホンワカと……」
「そやけど、目ぇは〈ホンマカ?〉やった。好奇心と不安の入り交じった」
「だれでもそうなるでしょ、あの状況じゃ」
「いいや、あんな見事なアンバランスは、スポット当てならもったいない……ほら、今のその顔!」
先生は、かたわらの散髪屋さんのウィンドウを指さした。
ウインドウを通して、店の中の鏡には……はんぱなホンワカ顔が映っていた。
お店のオヤジさんと。顔の下半分を泡だらけにしたお客さんが、振り返って不思議そうに、私たちを見ている。
わたしは、お愛想笑いを。先生は、店のオヤジさんに片手をあげて挨拶。どうやら先生おなじみの散髪屋さんであるらしい。
「あ、あの……高安山の上にある目玉オヤジみたいなのはなんですか?」
「ああ、そのまんま目玉オヤジや」
「え、まんま……」
「市制何十周年かの記念に建てた目玉オヤジの像や。朝夕あれにお願いしたら、願い事が叶うというジンクスがある。知り合いがあれに願掛けして宝くじにあたりよった」
「へえ、そうなんだ!」
「はるか、家に帰ったら、今日の出来事メモにしとけ。情緒的やのうて、物理的に。なにを見て、なにを聞いたか、なにに触ったか。『踊る大捜査線』にでも出るつもりで」
「なんのためですか?」
「それは後のお楽しみ。それから、目玉オヤジの願掛け効くさかいに試してみぃ」
「あ、はい……」
返事をすると、先生はやにわにわたしに指切りをさせ、横断歩道の向こうに行ってしまった。
その時、踏切の音がして、意外に駅の近くまでもどっていることに気づいた。
13『見栄をはる』
「……しばらく様子を見ます」と、外す。ちょっと薄情かな……。
「よっしゃ、正直でええ」
ツルリと顔をなでる。元のコンニャク顔。
「え?」
「こんなときに、景気のええ返事する奴は長続きせんもんや」
「……でも、どうして真田山なんですか? 他の学校もあるだろうし、なにか因縁でもあるんですか?」
先生の先回りしたような答えに、つい意地の悪い質問をしてしまう。飛んでいった鳩がもうもどってきた。
「乙女先生とは、三十年の腐れ縁でな。あの先生、なんで乙女てなガラにもあわん名前ついとるか分かるか?」
「そりゃ、生まれたときには親の想いもあるでしょうし」
「あの人は六人姉妹の末っ子やねん。生まれたときにお父さんが、また女か言うてウンザリしはってな。それで、もうこれでヤンペいう意味で〈トメ〉いう名前にしはった」
「ハハ……すみません」
「ハハハ、せやけど、いっちゃん上のお姉ちゃんが、あんまりや言うて泣くよって〈お〉を付けて、めでたく乙女にならはった」
「そうなんだ、うるわしいお話ですね」
「それがな……五年前にお父さんが亡くならはって、お母さんも二年前から具合悪うなってきてしもてな。そないなると、あんまりや言うて泣いたお姉ちゃんも含めて姉妹だれもお母さんの面倒見いひん。で、お母さんの介護に手ぇ取られて、とてもクラブの面倒まではみられへん」
「それで……」
「と、いう訳や」
先生はまた石ころを蹴った。今度は鳩は逃げもしなかった。
「はるか、今東光(こんとうこう。いまひがしひかる、じゃないよ)て知ってるか?」
「ああ、この街に住んでたんですよね、一冊だけ『お吟さま』読みました。天台宗のお坊さんだったんですよね」
この街に引っ越すと決まって、少しでもトッカカリが欲しくて、土地の有名人を捜した。天童よしみとジミー大西と今東光がひっかかり、作家の今東光を読んだ……といってもネットであらすじ読んだだけだけど、一冊と見栄を張る。わたしも最初は「いまひがし」だと思っていた。
五分後、わたしたちは今東光が住んでいた「天台院」というお寺の前に来た。拍子抜けがするほど小さなお寺。こんなとこにかの文豪はいたのか……。
「ほんまもんの出発点というのは、こんなもんや。瀬戸内寂聴知ってるやろ」
「はい、たまに読みます。主にエッセーのたぐいだけど、去年ダイジェスト版の『源氏』を読みました」
と、また見栄をはる。
「中味はほとんど忘れちゃいましたけど」
「読書感想言うてみい」
「だから忘れましたって」
「カスみたいなことでもええから言うてみい」
「うーん……やたらと尼さんができるお話」
ヤケクソでそう答えた。
「ハハ、それでええ。寂聴さんの名前つけたんが東光のおっさんや。自分の春聴いうカイラシイ法名から一字とってなあ」
「へえ、そうなんだ! わたし、寂聴さんの〈和顔施=わがんせ〉って言葉好きなんです」
「ああ、あの、いっつもニコニコしてたらええ言う、金も手間もいらん施しのこっちゃな」
身も蓋もない……。
「ひとつ聞いていいですか?」
「なに?」
「きのう、プレゼンの部屋に入ったとき、わたしたちだけに……」
「ああ、あのスポットライト」
「と、ファンファーレ」
「はるかの顔、入ってくる前に窓から見えとったから」
「は?」
「和顔施の顔してたつもりやろ?」
「え、ま、ホンワカと……」
「そやけど、目ぇは〈ホンマカ?〉やった。好奇心と不安の入り交じった」
「だれでもそうなるでしょ、あの状況じゃ」
「いいや、あんな見事なアンバランスは、スポット当てならもったいない……ほら、今のその顔!」
先生は、かたわらの散髪屋さんのウィンドウを指さした。
ウインドウを通して、店の中の鏡には……はんぱなホンワカ顔が映っていた。
お店のオヤジさんと。顔の下半分を泡だらけにしたお客さんが、振り返って不思議そうに、私たちを見ている。
わたしは、お愛想笑いを。先生は、店のオヤジさんに片手をあげて挨拶。どうやら先生おなじみの散髪屋さんであるらしい。
「あ、あの……高安山の上にある目玉オヤジみたいなのはなんですか?」
「ああ、そのまんま目玉オヤジや」
「え、まんま……」
「市制何十周年かの記念に建てた目玉オヤジの像や。朝夕あれにお願いしたら、願い事が叶うというジンクスがある。知り合いがあれに願掛けして宝くじにあたりよった」
「へえ、そうなんだ!」
「はるか、家に帰ったら、今日の出来事メモにしとけ。情緒的やのうて、物理的に。なにを見て、なにを聞いたか、なにに触ったか。『踊る大捜査線』にでも出るつもりで」
「なんのためですか?」
「それは後のお楽しみ。それから、目玉オヤジの願掛け効くさかいに試してみぃ」
「あ、はい……」
返事をすると、先生はやにわにわたしに指切りをさせ、横断歩道の向こうに行ってしまった。
その時、踏切の音がして、意外に駅の近くまでもどっていることに気づいた。
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