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34『ザワっと風が吹いて』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
34『ザワっと風が吹いて』
「ここには、何度もきてるんですね」
「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」
先輩が、豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
小さな波紋が大きく広がっていく。
アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ
「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」
「だって、まだ入部届も出してないんだろ」
「……それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」
「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学に?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」
言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。
「作品読ませてくれよ」
「うん……賞がとれたら」
タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人には眉唾なとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬ夢を、はるかたちを手足みたいに使って実現しようとしているだけに見える」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
頭の中が、スクランブルになってきた。
「オレたち、つき合わないか……」
「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
ザワっと風が吹いて池の面をさざ波立てた。
思いもかけず冷たいと感じた。
「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……付き合ってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
あとの言葉は、降り出した雨音と早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。
34『ザワっと風が吹いて』
「ここには、何度もきてるんですね」
「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」
先輩が、豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
小さな波紋が大きく広がっていく。
アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ
「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」
「だって、まだ入部届も出してないんだろ」
「……それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」
「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学に?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」
言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。
「作品読ませてくれよ」
「うん……賞がとれたら」
タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人には眉唾なとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬ夢を、はるかたちを手足みたいに使って実現しようとしているだけに見える」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
頭の中が、スクランブルになってきた。
「オレたち、つき合わないか……」
「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
ザワっと風が吹いて池の面をさざ波立てた。
思いもかけず冷たいと感じた。
「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……付き合ってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
あとの言葉は、降り出した雨音と早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。
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