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本編29
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女神なんかじゃないよと言っているのに、どうしてか相手の耳に入らないようだ。
困った。なぜこんなことになってしまったのだろう。できるなら綺麗な女の子をお迎えしてすぐにでも竜の館に招こうと思ったのに。やはり自分には可愛いお嫁さんなんて来てもらえないのだろうか。
しかも洞窟で変な男と二人きりだ。
押し問答にもならない一方的な主張で近づいて来られたら、怖い以外の感想はない。
「あの、本当に王都に帰らなくていいの? 王子様なんでしょ?」
「なんだ、私と一緒では何か不都合があるのか? ソーマが望むなら王子などやめてもいいのだ」
「止める必要とかないんじゃないかな? でもお仕事が待ってるよ、きっと……多分」
「なに、気にするな。今の私にとってソーマとの時間が一番大切なのだ」
大切にしていただかなくて結構です。むしろお帰りいただきたいです。
だが所詮元村人、はっきり言ってはいけないルールが身についているせいで、なんとか遠回しに追い出そうと試みる。
「お城でザームエルのことを待ってる人たちがいっぱいいるんじゃないの?」
兵士とか、ご両親とか、ご兄弟とか。
そう続けようと思ったのに、なぜか意外な言葉がザームエルから飛び出した。
「私が今まで相手をした宮中のどの女官よりお前のほうが美しい。きっとソーマは私の運命の相手なのだろう」
「はい?」
今まで相手をしたとはどういう意味だろう……。
「それって……」
「恋多き男として王都で名を馳せてきたが、これからは心に決めたお前とともにこの人生を全うしよう」
「恋多き男って……え、もしかして」
「なんだ、嫉妬してくれるのか?」
嬉しそうにニヤついた顔を近づけてきた。
「違うって……そんな意味じゃなくて」
「恥ずかしがることはない。今までの相手はきっとソーマを慈しむための練習台に過ぎない。お前が妬くことなど何もない。目の前に美しい人がいて、他に目を向ける暇などない」
何を言っているのかさっぱりわかりません。
石板や本で勉強してきたが、こんなことは記されてはいない。
当然だ。元々竜族は嗜みを大切にしてきた一族だ。性的なことは当然のこと、恋のハウツーすら記載されていない。しかも、そういった本を手元に置いておくことすらも恥じていた。初心なソーマに、恋愛のスペシャリストであるザームエルの意図など分かるはずもなかった。
追い詰められ、とうとう石板まで辿り着いたソーマはバランスを崩し、後ろへと転がっていった。
「ソーマ!」
慌てて転がっていくソーマを追いかけていったザームエルは、共に壁の向こうへと吸い込まれていった。
「なっ!」
仄明るい洞窟と違って、満天の星空と王都では見られない明るい月明かりに感嘆した。
「なんと美しい……」
「いたたたたっ。あーあ、せっかくの新しい服が汚れちゃったよ」
忙しなく女官の寝所を移動するだけの夜を過ごしていたザームエルが、滅多に目にすることがなかった美しい夜空に見惚れている横で、ソーマは立ち上がり埃を落としていった。
「凄いな……」
「そう? むしろ僕はこれしか知らないから」
夜になれば満天の星空に、何よりもひときわ輝く月なんて当たり前だ。森の中にいれば星の位置を確認して今自分がいるほう場所を認識するし、月の満ち欠けで野菜の収穫の時期を判断する。それが村人というものだ。だが、王子は違うのだろう。
「王都では違うの?」
「違うな……夜でも夜盗が出ないよう燈を灯さなければならないから。夜空というのはこれほどまでに美しいのか」
村では夜盗よりも野菜を盗み食いに来る猪のほうが大問題だ。火を灯すより犬を飼ったほうが建設的だ。
困った。なぜこんなことになってしまったのだろう。できるなら綺麗な女の子をお迎えしてすぐにでも竜の館に招こうと思ったのに。やはり自分には可愛いお嫁さんなんて来てもらえないのだろうか。
しかも洞窟で変な男と二人きりだ。
押し問答にもならない一方的な主張で近づいて来られたら、怖い以外の感想はない。
「あの、本当に王都に帰らなくていいの? 王子様なんでしょ?」
「なんだ、私と一緒では何か不都合があるのか? ソーマが望むなら王子などやめてもいいのだ」
「止める必要とかないんじゃないかな? でもお仕事が待ってるよ、きっと……多分」
「なに、気にするな。今の私にとってソーマとの時間が一番大切なのだ」
大切にしていただかなくて結構です。むしろお帰りいただきたいです。
だが所詮元村人、はっきり言ってはいけないルールが身についているせいで、なんとか遠回しに追い出そうと試みる。
「お城でザームエルのことを待ってる人たちがいっぱいいるんじゃないの?」
兵士とか、ご両親とか、ご兄弟とか。
そう続けようと思ったのに、なぜか意外な言葉がザームエルから飛び出した。
「私が今まで相手をした宮中のどの女官よりお前のほうが美しい。きっとソーマは私の運命の相手なのだろう」
「はい?」
今まで相手をしたとはどういう意味だろう……。
「それって……」
「恋多き男として王都で名を馳せてきたが、これからは心に決めたお前とともにこの人生を全うしよう」
「恋多き男って……え、もしかして」
「なんだ、嫉妬してくれるのか?」
嬉しそうにニヤついた顔を近づけてきた。
「違うって……そんな意味じゃなくて」
「恥ずかしがることはない。今までの相手はきっとソーマを慈しむための練習台に過ぎない。お前が妬くことなど何もない。目の前に美しい人がいて、他に目を向ける暇などない」
何を言っているのかさっぱりわかりません。
石板や本で勉強してきたが、こんなことは記されてはいない。
当然だ。元々竜族は嗜みを大切にしてきた一族だ。性的なことは当然のこと、恋のハウツーすら記載されていない。しかも、そういった本を手元に置いておくことすらも恥じていた。初心なソーマに、恋愛のスペシャリストであるザームエルの意図など分かるはずもなかった。
追い詰められ、とうとう石板まで辿り着いたソーマはバランスを崩し、後ろへと転がっていった。
「ソーマ!」
慌てて転がっていくソーマを追いかけていったザームエルは、共に壁の向こうへと吸い込まれていった。
「なっ!」
仄明るい洞窟と違って、満天の星空と王都では見られない明るい月明かりに感嘆した。
「なんと美しい……」
「いたたたたっ。あーあ、せっかくの新しい服が汚れちゃったよ」
忙しなく女官の寝所を移動するだけの夜を過ごしていたザームエルが、滅多に目にすることがなかった美しい夜空に見惚れている横で、ソーマは立ち上がり埃を落としていった。
「凄いな……」
「そう? むしろ僕はこれしか知らないから」
夜になれば満天の星空に、何よりもひときわ輝く月なんて当たり前だ。森の中にいれば星の位置を確認して今自分がいるほう場所を認識するし、月の満ち欠けで野菜の収穫の時期を判断する。それが村人というものだ。だが、王子は違うのだろう。
「王都では違うの?」
「違うな……夜でも夜盗が出ないよう燈を灯さなければならないから。夜空というのはこれほどまでに美しいのか」
村では夜盗よりも野菜を盗み食いに来る猪のほうが大問題だ。火を灯すより犬を飼ったほうが建設的だ。
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