召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

文字の大きさ
19 / 59
第三章 二度目の討伐の不幸

03.聖者、万事休す

しおりを挟む
 ローシェンの背に揺られながら、前回よりは余裕を持って周囲の景色を見回した。歩くよりもずっと高い位置から見える風景は木々にも空にも近くて、真柴は新鮮な気持ちでそれらを見つめていた。
 背中を支えてくれるアーフェンのおかげで快適だ。

 二度目の討伐に出て五日目、順調に進んでいる。
 今回は野営もあり、馬車では通れない道を進むというので再びローシェンの背に跨がることとなったが、真柴は前回にない充足感で臨んでいた。

(今回は騎士団に迷惑をかけてない……良かった)

 なんせ前回は途中から体調はボロボロだし、神殿に戻ってからもずと眠ってしまったくらいだった。だがこの数日は散歩を取り入れたおかげですこぶる体調が良いのだ。
 夜になればまた記憶をなくすようにすぐに眠ってしまうが、日中は起きていられるようになった。

 それだけでも大きな進歩だ。
 なんせ日本でもデスクワークをしていた真柴は、筋肉隆々の騎士団の面々と比べて格段に落ちる。

(きっと前回も、馴れないことをしたから身体が悲鳴を上げたんだ。今回は……うん、大丈夫!)

 だって食事だって長く眠った後からずっと、自分でも信じられない量を食べている。
 神官たちは驚いていたが、厨房の、特に肝っ玉母さんなコック夫人は嬉しそうに色んなものを真柴の前に並べてくれるようになった。

『ずっとお祈りばかりしている神官様たちは本当に小食で食べさせ甲斐がないったらありゃしないよ』

 そんな暴言を並べては、本当はこういう料理を作りたかったんだと肉をこってりと焼いたメインディッシュを皿に載せてくれる。お代わりを何度もしてやっと満たされるという不思議な身体になったが、すこぶる体調が良いのだ。
 だから今回は迷惑をかけないようにとしっかり食べて眠るようにしているのだが、あまりの食べっぷりに騎士団員ですら驚愕していると真柴は知らなかった。

「今日はどの辺りまで行くのでしょうか」

 こちらの地理は頭に入っていない。王都よりも西にある、ルメシア領という場所らしい。大河が流れ、肥沃な土の恵みからなる広大な農地と、高い山々に囲まれた避暑地で有名だが、同時に山に巣くう魔獣も多く、今最も深刻な被害を受けている場所である、らしい。

 ドゴや大司教から聞いた話を鵜呑みにするしかない真柴は、そこがとても生まれ故郷に似ているような気がして楽しみなのだ。そして、今回は神官の随行がないと聞いて、より開放的になっている。
 真柴も穏やかな田園地帯で生まれ育ち、夏はあぜ道を駆け回り、冬は雪の上を滑る、そんな日々を過ごした。東京に出てきてからだ、色んなことがありすぎて、気がつけば心が動かなくなり、端からどんどんと欠けていったのは。

(……なんで思い出しちゃうんだろうな……)

 バカだなと独りごち、返事を待つ。
 真柴の後ろでいかにも馬術に長けているといった美しい姿勢で、朝からずっと言葉一つ出さないアーフェンは、いつものように面倒くさそうに溜め息を吐いた。この変わらない姿勢が真柴には心地よい。きっと嘘を吐くのが下手な人だろう。同時に善人ぶって人を傷つけることをよしとしない。

 不機嫌なら不機嫌と、嫌だと思ったそのまま、楽しければ全身でそれを表す真っ直ぐさが正直真柴には羨ましかった。
 今も、いやいや真柴をローシェンに乗せているのだと隠しもしない。
 だからすぐに返事もくれないと分かっていてただ待つのだ。

「……城へ行く……今日の宿はルメシア城だ」
「えっ……お城に泊まるんですか!?」
「城と言っても領城だ。領主であるルメシア候と、どの辺りを捜索するかを話し合わなければならない。それまでに遭遇できたなら儲けもんだがな」

 なるほど、王都から目的地に着くまでの間に出会えなければさらに討伐をしなければならないのだ。手間はなるべく少ない方が良いのは確かで、この道中に出会えれば手間は省けて効率的だ。
 ここはどのような敵が出てくるのだろうか。
 前回のアルヘンティーノは氷や風といったなかなかに倒すのが難しそうな魔獣ばかりだったが今回も人々を困らせるだけあり、一癖も二癖もあるのだろうか。

 なんとなく昔やったRPGゲームの感覚でワクワクしてしまう。
 よくよく考えれば敵に属性があって、それに対して対策をするのはゲームそのもののように思える。
 つい、研究で調べまくった十三世紀ヨーロッパと重ねてしまうが、ここは真柴がいたのとは全く別の世界なのだ。それこそ生き死にがとても身近で、真柴には考えられないような出来事が次々と起こっても、ここの人たちにとっては当たり前の日常なのだ。

 例えば今のように目の前に魚が浮いていても……。

「えっ……魚?」

 突然ローシェンが動きを止めた。
 巨木が左右から覆い被さるようにしてある一本道で、周囲に水の音は聞こえない。むしろ虫や鳥の声ばかりだ。
 なのに、空中に、魚が、浮いている。
 あり得ない光景に真柴は慌ててアーフェンを見た。
 いつもは感情を露わにしている彼が、無表情のまま魚を見つめている。

「下りろ、聖者……一人で下りられるか?」
「だ……大丈夫です、多分」

 だったらさっさと下りろと手綱を持つ手が片方、外れる。そちらから下りろというのか。
 真柴はそろりとローシェンの身体を伝って降り、指先の指示通り木陰に隠れる。
 一匹だったはずの魚が次第に増え、ふわふわと浮きながら近づいてくる。それが一カ所に集まると視界がぐにゃりと、スライムを潰したかのように歪み始めた。
 悲鳴を上げそうになった真柴は慌てて口を抑え、じっと騎士団を見つめる。

 宙に浮く魚を相手にどうやって戦うのだろう、彼らは。馬に乗ったままでは難しいと思うと、アーフェンとローデシアンがそれぞれ手を上げ前から後ろに少し振った。それだけで最後尾から少しずつ馬が下がっていく。

「すご……」

 たったあれだけの指示でみんなちゃんと動いてくれるなんて、統制がしっかり取れている証拠だ。無数の魚はよく見れば、背びれや尾びれが黄色いカワムツによく似ていた。ただし、ひれの色が毒々しい紫と黒のグラデーションだが。
 魚が一斉に口を開けて泡を吹き出した。
 すぐさま後ろの団員が団扇のような大きな紙を振り始めた。
 泡はやってきた風に飛ばされ、魚にぶつかって弾ける。そのたびに魚の外皮が溶けていく。

「嘘だろ……」

 吐き出した本人ですら溶けるような恐ろしいものを出すなと叫びたい。
 愛らしい見た目と裏腹なその攻撃に驚くばかりだ。骨と内臓まで見えていく魚に恐ろしくなり、両手で口を塞ぎながらゆっくりゆっくりと後退していった。
 怖い。
 あれが僅かでも騎士団の誰かに当たれば怪我をするばかりか死んでしまう。
 大きな団扇がなければすぐに……いや、人だけではない。ここまで真柴を運んでくれたローシェンすらも死んでしまうだろう。

 ――こわい。こわいこわいこわいっ!

 この世界の人たちはこんな恐ろしいものに日々怯えて生きていかなければいけないのか。
 その毒はまるで言葉となって自分の心を侵していったものたちを具現化したようにすら見えた。
 逃げ出したい。けれど目の前で戦っている騎士団がいる。けれど人間の本能は恐怖に直面したとき、すぐに逃走を試みるようにできている。踏ん張ったところで身体だけではない心までも死んでしまうのだ。

 それは、真柴が一番よく知っている。
 ジリジリと音を立てずに後ずさり、そして何かにぶつかった。
 森に茂る巨木だろうかと振り返って、今まで堪えていた悲鳴が指の隙間から突き抜けていった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 人よりも大きな魚だ。あの魚たちと同じ姿で身体だけが大きくなっている。
 どこを見ているか分からない目がぎょろっと真柴を捕らえる。

(逃げなきゃ!)

 だが足が動かない。それどころか尻餅をついて地面に積もった枯れ葉を蹴るばかりだ。

「あ……あ……っ!」

 身体を揺らし近づいてきて、真柴の前へとやってくると大きく口を開いた。
 あの溶ける泡を吐き出すつもりなのだろうか。

「いやーーーーーっ!」

 死ぬ、と思ったその瞬間、真柴は身体を抱き締めた。

 ――そこから後の記憶はなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

処理中です...