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本編1
05.美味しいご飯02
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とても美味しそうには見えないが、口にしなかったらこっぴどく怒られるだろうと、恐る恐る手を伸ばした。
一口囓る。
力任せに握ったのがわかる詰まったご飯粒に、ざらりとした塩の感触。
それをゆっくりと粗食した。
しょっぱくて食べづらいのに、どうしてだろう凄く美味しいと感じた。
一口、もう一口と囓れば、焦げ目を纏った具材が出てきた。咀嚼すれば鮭独特の味が広がる。
どれも美味しくて、同時に心が柔らかくなるのがわかった。
餓鬼みたいにおにぎりに貪りついた。こんなにも美味しいのを食べたのは初めてだ。
(これ……耀一郞さんが用意したのかな?)
きっとそうだ。彼が頼むプロの人だったら絶対に完璧なものを用意するだろう。こんなしょっぱくて焦げた具材が入ったおにぎりのはずがない。耀一郞が作ってくれた、それが嬉しくて食べ進めていく。
もぐもぐと頬張る様子に耀一郞は肩の力を抜き、樟の目の前に腰掛けると自分の分にと用意したおにぎりを手に取り食べ始め、「ぐっ」とすぐに口を覆いキッチンに駆け込んだ。
水をがぶ飲みする。
「それを食うな!」
「え?」
大股で近寄った耀一郞は皿ごとおにぎりを取り上げると、シンクに捨てた。
「あ……」
美味しかったのに、どうして――。
これも樟に対するいじわるなのだろうか。そう考えると悲しくてギュッと奥歯を噛み締め、込み上げてくる涙を堪えた。
――取り上げないで。もっと食べさせて。
病院で出た食事よりも美味しくて、ずっと食べていたかったのに。
言いたいのをぐっと堪えて、伸ばした手を引っ込め、また俯いた。
耀一郞はまた前の椅子に腰掛けた。
意地悪をした後に怒られるんだ。父や兄と同じように。
だが耀一郞から飛び出した言葉は意外なものだった。
「すまない」
頭を下げる姿があった。樟は大きな目をさらに大きく見開いてそれを見た。
「飯を作るのがこんなにも難しいことだと知らなかった。変なものを食わせてすまなかった。今まで捨てたことも」
「いえ……気にしないでください」
ロボットのような返答をして、けれど驚きを隠せない。だってアルファの耀一郞が頭を下げて謝ってくるなんてどうして信じられるだろうか。今までずっと高慢な態度で接してきたのに。
「おにぎり……すごく、美味しかったです」
勇気を振り絞って気持ちを伝えたが、男らしい眉根が寄った。
「世辞はいらない。すぐに他を注文するから待っていてくれ」
ジャケットの胸ポケットからスマートフォンを取り出すとどこかに連絡を始めた。
(本当にあのおにぎりが美味しかったんです。まだ食べてたかったんです)
樟の本音なのに否定されると気持ちがどこまでも落ち込んでしまう。
長く待つことなく注文したものが届いた。
有名なホテルの名前が印字された箱に入っていたのは彩りの美しいサンドイッチとサラダだった。定番のBLTサンドや卵サンド、贅沢にローストビーフが挟まれたサンドイッチまである。
それにまだ湯気の立つポタージュスープが添えられている。
一口食べてみた。
コンビニのパンとは違う香ばしい大麦を使ったパンに、新鮮な野菜。きっと美味しいのだろうが、樟にはあのおにぎりのほうがずっと美味しかった。
もうあのおにぎりは食べられないのだろうか。それが悲しかった。
サンドイッチを一つ完食できなくて、途中で手を下ろした。
「……どうした」
「ごめんなさい、もう……」
おにぎりをガツガツ食べていたのが嘘のように、サンドイッチは半分以上が残ってしまった。だが耀一郞は怒るでも詰るでもなく、静かに「そうか」とだけ口にして、立ち上がった。
「ついてこい」
連れて行かれた先は、リビングの隣にある自分の部屋……なのに、そこは全く様相を変えていた。
細長いテーブルが壁に沿ってあり、上に同色のノートパソコンが置かれていた。隣には樟が実家から持ってきた僅かな本と小さな観葉植物が配置された背の高いラック。テーブルの下には四段の抽斗があるキャスターつきキャビネットが鎮座し、座り心地の良さそなパーソナルチェアがしっかりと収められている。
何よりも存在感を醸し出しているのはダブルはある大きいベッドだ。
彫刻が施されたフレームに厚めのマットレス。ふわふわの掛け布団に清潔なシーツ。
すべてが白で統一されていた。
窓にはカーテンが付けられ、その上には信じられないことにエアコンが起動して温かい風を吐き出している。床には長い筒状の機械が置かれ、先から水蒸気が吐き出されている。
リビングと同じ、雑誌から飛び出してきたようなスタイリッシュな部屋だ。
「これ……」
「疲れただろう。今日はゆっくり休め」
パタンと背後で扉が閉まり、最後まで言うことができなかった。
こんなにも素敵な部屋を本当に自分が使っていいのだろうか。舞い上がりそうになる心を抑えることができない。
クローゼットを開けてみた。もしかしたら自分が使っていた布団が収納されていると思って。
「うそ……どうしよう」
そこにはたくさんの服が掛かっていた。樟には縁のないスーツにラフなジャケット。コートだけでも三着もある。上の棚には帽子や鞄が収納され、可動式のラックには下着からシャツ、セーターまでもが入っている。
「こんなにたくさん……お礼を言わないと」
慌てて部屋から出てリビングに行ったが、そこには耀一郞の姿がなかった。樟は肩を落として自室に戻った。直接お礼を言いたかったが、彼の寝室か書斎なら入ることはできない。
落胆は身体を重くした。樟は肩を落としてラックからパジャマを取り出すと着替えてからベッドに潜った。柔らかく軽い羽毛布団はすぐに樟の身体を包み込み、ポケットコイルのマットレスは身体の形に沈み込む。
目を閉じればすぐに夢の中へと沈み込んだ。
上手くできなかった。
耀一郞は書斎に入ると思い切り嘆息した。
深く刻んだ眉間の皺は晴れることはない。どうしてこうなってしまったんだと後悔を繰り返すが、どうしようもなかった。
樟は確実に怯えている、耀一郞に対して。
当たり前だ、今までひどい態度をとり続けてきたのだから怖がられて当然だ。耀一郞の一挙手一投足にビクビクして縮こまる姿を見て、自分がどれほど酷いことをしてきたのかを目の当たりにした。
初めて作った料理はしょっぱすぎてとても食べれたものではなかったが、樟は拒めずに口にし続けたのだろう。そう思うとやるせなくなる。
優しくしたいのに、もう怯えなくて良いと伝えたいのに、またしても怯えさせてしまった。
一口囓る。
力任せに握ったのがわかる詰まったご飯粒に、ざらりとした塩の感触。
それをゆっくりと粗食した。
しょっぱくて食べづらいのに、どうしてだろう凄く美味しいと感じた。
一口、もう一口と囓れば、焦げ目を纏った具材が出てきた。咀嚼すれば鮭独特の味が広がる。
どれも美味しくて、同時に心が柔らかくなるのがわかった。
餓鬼みたいにおにぎりに貪りついた。こんなにも美味しいのを食べたのは初めてだ。
(これ……耀一郞さんが用意したのかな?)
きっとそうだ。彼が頼むプロの人だったら絶対に完璧なものを用意するだろう。こんなしょっぱくて焦げた具材が入ったおにぎりのはずがない。耀一郞が作ってくれた、それが嬉しくて食べ進めていく。
もぐもぐと頬張る様子に耀一郞は肩の力を抜き、樟の目の前に腰掛けると自分の分にと用意したおにぎりを手に取り食べ始め、「ぐっ」とすぐに口を覆いキッチンに駆け込んだ。
水をがぶ飲みする。
「それを食うな!」
「え?」
大股で近寄った耀一郞は皿ごとおにぎりを取り上げると、シンクに捨てた。
「あ……」
美味しかったのに、どうして――。
これも樟に対するいじわるなのだろうか。そう考えると悲しくてギュッと奥歯を噛み締め、込み上げてくる涙を堪えた。
――取り上げないで。もっと食べさせて。
病院で出た食事よりも美味しくて、ずっと食べていたかったのに。
言いたいのをぐっと堪えて、伸ばした手を引っ込め、また俯いた。
耀一郞はまた前の椅子に腰掛けた。
意地悪をした後に怒られるんだ。父や兄と同じように。
だが耀一郞から飛び出した言葉は意外なものだった。
「すまない」
頭を下げる姿があった。樟は大きな目をさらに大きく見開いてそれを見た。
「飯を作るのがこんなにも難しいことだと知らなかった。変なものを食わせてすまなかった。今まで捨てたことも」
「いえ……気にしないでください」
ロボットのような返答をして、けれど驚きを隠せない。だってアルファの耀一郞が頭を下げて謝ってくるなんてどうして信じられるだろうか。今までずっと高慢な態度で接してきたのに。
「おにぎり……すごく、美味しかったです」
勇気を振り絞って気持ちを伝えたが、男らしい眉根が寄った。
「世辞はいらない。すぐに他を注文するから待っていてくれ」
ジャケットの胸ポケットからスマートフォンを取り出すとどこかに連絡を始めた。
(本当にあのおにぎりが美味しかったんです。まだ食べてたかったんです)
樟の本音なのに否定されると気持ちがどこまでも落ち込んでしまう。
長く待つことなく注文したものが届いた。
有名なホテルの名前が印字された箱に入っていたのは彩りの美しいサンドイッチとサラダだった。定番のBLTサンドや卵サンド、贅沢にローストビーフが挟まれたサンドイッチまである。
それにまだ湯気の立つポタージュスープが添えられている。
一口食べてみた。
コンビニのパンとは違う香ばしい大麦を使ったパンに、新鮮な野菜。きっと美味しいのだろうが、樟にはあのおにぎりのほうがずっと美味しかった。
もうあのおにぎりは食べられないのだろうか。それが悲しかった。
サンドイッチを一つ完食できなくて、途中で手を下ろした。
「……どうした」
「ごめんなさい、もう……」
おにぎりをガツガツ食べていたのが嘘のように、サンドイッチは半分以上が残ってしまった。だが耀一郞は怒るでも詰るでもなく、静かに「そうか」とだけ口にして、立ち上がった。
「ついてこい」
連れて行かれた先は、リビングの隣にある自分の部屋……なのに、そこは全く様相を変えていた。
細長いテーブルが壁に沿ってあり、上に同色のノートパソコンが置かれていた。隣には樟が実家から持ってきた僅かな本と小さな観葉植物が配置された背の高いラック。テーブルの下には四段の抽斗があるキャスターつきキャビネットが鎮座し、座り心地の良さそなパーソナルチェアがしっかりと収められている。
何よりも存在感を醸し出しているのはダブルはある大きいベッドだ。
彫刻が施されたフレームに厚めのマットレス。ふわふわの掛け布団に清潔なシーツ。
すべてが白で統一されていた。
窓にはカーテンが付けられ、その上には信じられないことにエアコンが起動して温かい風を吐き出している。床には長い筒状の機械が置かれ、先から水蒸気が吐き出されている。
リビングと同じ、雑誌から飛び出してきたようなスタイリッシュな部屋だ。
「これ……」
「疲れただろう。今日はゆっくり休め」
パタンと背後で扉が閉まり、最後まで言うことができなかった。
こんなにも素敵な部屋を本当に自分が使っていいのだろうか。舞い上がりそうになる心を抑えることができない。
クローゼットを開けてみた。もしかしたら自分が使っていた布団が収納されていると思って。
「うそ……どうしよう」
そこにはたくさんの服が掛かっていた。樟には縁のないスーツにラフなジャケット。コートだけでも三着もある。上の棚には帽子や鞄が収納され、可動式のラックには下着からシャツ、セーターまでもが入っている。
「こんなにたくさん……お礼を言わないと」
慌てて部屋から出てリビングに行ったが、そこには耀一郞の姿がなかった。樟は肩を落として自室に戻った。直接お礼を言いたかったが、彼の寝室か書斎なら入ることはできない。
落胆は身体を重くした。樟は肩を落としてラックからパジャマを取り出すと着替えてからベッドに潜った。柔らかく軽い羽毛布団はすぐに樟の身体を包み込み、ポケットコイルのマットレスは身体の形に沈み込む。
目を閉じればすぐに夢の中へと沈み込んだ。
上手くできなかった。
耀一郞は書斎に入ると思い切り嘆息した。
深く刻んだ眉間の皺は晴れることはない。どうしてこうなってしまったんだと後悔を繰り返すが、どうしようもなかった。
樟は確実に怯えている、耀一郞に対して。
当たり前だ、今までひどい態度をとり続けてきたのだから怖がられて当然だ。耀一郞の一挙手一投足にビクビクして縮こまる姿を見て、自分がどれほど酷いことをしてきたのかを目の当たりにした。
初めて作った料理はしょっぱすぎてとても食べれたものではなかったが、樟は拒めずに口にし続けたのだろう。そう思うとやるせなくなる。
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