追憶の騎士団

遊月海央

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追憶の騎士団1~神と語り己を恥じる

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 私は長いこと「人は神の手により平等に作られている」と信じていた。いや、信じたいと願っていた。そうあれ、と。
 「命」は神の領域で創造されるものであり、この世のすべては神の産物だ。そもそもご神によって作られたのだ。この世界に生まれた命に価値の差があるはずもない。
 だが同時にそんなことは理想に過ぎないと理解している。実際私は貴族と呼ばれる階級の子としてこの世界に生まれた。生まれてしまったというべきか。よって二十四年間生きてこの世界には「人々が決めた明確な命の価値の差」があると知っている。
 貴族として優遇された環境にあることに嫌悪感を覚え、その感覚がもう贅沢なのだよと顰蹙をかうことも承知している。
 もし私が平民やそれ以下の階級に生まれていたら、悠長にそのような御託を並べる暇などなかったであろう。朝から晩まで空腹と戦いながら労働し、けして変わることのない貧しい生活に埋没していつか死んでいく。気の毒なほどに摩耗して朽ちるのだ。
 そんな彼らからすれば私は救いようのないあまちゃんであり、憎しみさえ覚えるだろう。貴族の仲間からも中途半端な青二歳野郎と思われるのもわかっている。
 要するに余裕があるのだ。だから余白の時間に余計なことを考える。わかっている。だが、思考は止まらず常に湧き起こり私の中でこってりした肉料理を食べた夜の消化不良のようにもたれて不快になるのだ。
 神に仕える身となってから、より強くなった。実家の食卓に並ぶ料理とは比べ物にならないほど質素な食事であっても、暖かなスープとパンを口にできる。そんな時につい思うのだ。この世は本当に不平等だ。ただ祈るだけの日々を過ごし、施設の清掃とせいぜい豆や青菜の世話程度の労働で、このように食事を与えられる。それにひきかえ、下層の人々はどうなのだ、と。
 例えば平民から見れば優遇されている貴族であっても王が命じればその命は簡単に消し飛ぶ。平民の命など王の飼っている犬以下だ。王の飼い犬に粗相などあれば、犯人とされた人間であるはずの平民は、簡単に打ち殺されるだろう。
 神の道を歩む私にとってそれらは到底納得がいかぬ話だ。

 だがそう考える私もかつては、神の思いとは異なる価値観に毒されていた。
 五歳くらいの時分のことだ。生家で働く庭師の一人が、こどもだった私に生意気な態度をとったことがある。いや、生意気だと決めつけたのは毒されていた私だ。
彼はただ「坊ちゃんはそんなこともできないのですかい」と軽口をたたいただけだ。
 今思えばそれは親しさから出たものなのだろう。私から見れば四十は年上だった彼とは主従関係というよりは、いつもそばで世話を焼いているうちに、私に対して孫のような愛情を抱いていたのかもしれない。

 あれはからかいの言葉ではなかった。今ならそれがわかる。しかしまだ五歳だった私には、ひどく侮辱されたように感じた。そしてこともあろうに身分が低い人間のくせに生意気だと腹が立ってしまったのだ。
 私は感情に身を任せて父に告げ口した。 
 
 いつも薔薇の手入れをしていたその庭師は、老齢に差し掛かる手前で突如解雇されてしまった。全身をムチで打たれて、手のひらに焼きごてで烙印を押されてそのまま屋敷の外へ放り出されたと聞いている。あの頃の庭園を持つ貴族たちは、そのような烙印を持つ庭師を雇うことはなかっただろう。
 告げ口をした翌日から薔薇園の手入れは別の若い男に変わっているのを見ていい気味だと思った。私が薔薇の棘が怖くて花にさわれなかったことを笑う男はもういない。この私があの男を追放してやったのだと。

 その後彼に会っていない。だから今どうしているかは知らない。だが、あれから二十年も経つのに、時々目の奥に彼の姿がありありと浮かぶ。その度に喉の奥へ手を突っ込まれて心臓をギュッと鷲掴みにされるような気がする。

 同じ人間でありながら、私たちは身の回りのことも手を煩わすことなく、お茶会や狩に明け暮れ享楽の中にあった。
 使用人は朝から晩まで安い賃金で働き詰めで、働かなければ生きていけない環境にいた。もっと賃金を渡せば彼らは暮らし向きが楽になりやがて傲慢となっていき、汚れ仕事に耐える気持ちを失うことだろう。それを見越してなのか雇い主は、使用人が暮らしていける程度の給与しか渡されない。

 命を削りたくさんの時間を費やして得るにはあまりに酷な金額でも、他に賃金を得る手段を持ち得ない彼らはそんな一生に甘んじるしかない。
 どの家に生まれるのかで、それは決まるのだ。それ故に私は人が平等に作られているなど、幻想に過ぎないと思う。悲しいかな、それはこれからもずっと続いていくことも。

 フランシスはそこまで書くと羽ペンをペン立てに戻した。個室として与えられたベッドと机とわずかな衣料を入れるチェストがあるだけの狭い部屋を振り返る。窓がある壁に向けられた机の背後にベッドがあり、ベッドの側面の壁にこの騎士団の紋章が描かれた小さな額縁が飾られている。ベッドの枕元の壁には他に磔になった尊いお方の十字架像が飾られていて、他に彩りを与えるものはない。

 故郷で暮らした屋敷では、使用人ですらもう少しましな部屋だった。
 しかしフランシスは満足でしている。むしろ不要な贅沢品に囲まれているかつての自分の部屋は、広い過ぎる上に華美な色が溢れており落ち着かない。

 壁に掲げられた素描の紋章を見つめる。
 一頭の馬に跨る二人の騎士は、清貧の精神及び騎士にして修道士という二重性を表現している。

 自分が今、崇高なこの組織に入ることができた。それまでは知ることが叶わなかった真実を目にしたのだ。この紋章を見るたびに自分に与えられた栄光が時に信じられなくなり眩暈すら覚える。
 叡智に触れて以来フランシスは、神はそもそも平等に世界を作ってなどいないと思うようになった。神によって選ばれた一部の存在のみが特別な魂を与えられているのだと。
 特別であることは富や地位ではない。そんなものは神が与えた特権などではない。人間が勝手に価値があると信じているだけで、時代が変わればそんなものは塵芥同然となる日が来るのだ。
 神が与える特別とは、「崇高な魂の在り方」だ。神の恩恵、それは知識であり情報だ。
 一部の特権階級だけが神の叡智に触れ、それを実践できる。ここはそらが可能となる数少ない施設の一つである。

 この世界の多くの者は、神の叡智の存在さえ知らず、日々の糧のために毎日命を削って生きている。
 とはいえもし魂の本質が神のもとに平等であるのなら、どんな生活環境に置かれていても、学ぶ機会を与えられなくとも、人は誰でも神の声を聞けるはずだ。神の教えをその心で捉え、誰に言われなくても実践するはずだ。

 なのに貧しい民たちはどうだろう。豊かとは言えない暮らしの中であっても酒を飲み、日々のことだけに目を向けて、蔭で王族や貴族を悪く言い、世を嘆くことはしても神の教えを真剣に学ぼうとしない。

 魂の本質が誰にでも平等であるならば、どのような境遇に生まれても神を求め、自ずと律して生きるものではないのか?
 そうしない者がいる一方で、神の叡智を真剣に学ばんと欲し、叡智に触れて成長していく者が存在する。そんな世界を神は本当に望んでおつくりになったのだろうか。
 それとも神は最初から人々を篩にかけてこの世界に誕生させているのか?
 だとすれば、その神の意図が分からない。なぜ神は人々を篩いにかけるのか。
 
 世の中に蔓延る不平等と魂の本質の違いを見せつけられるたびに私は、信仰心が揺らぎそうになる。全ての財を投げ打ち、神の御許に人生の全てをかけたというのに。

 ああ、だが神よ。未だ神の意図を理解することができない迷える子羊である存在へと慈悲を与えたもうた神よ。
 誇り高き聖十字騎士団に入れたことは奇跡だ。それは傲慢でも何でもなく、本当に特別なことなのだ。
 なぜ私が。
 ここに入って以来何度もその問いの答えを考えた。
 幼い頃に使用人の人生を狂わせ、未だに神の真意が分からず信仰心さえ揺らぐ未熟な自分がこの騎士団に入ることができたのはなぜなのか。
 希望してここに入れなかったものも多いのだ。なのになぜ。

 組織においては、それぞれが生まれた家の階級によって組織内の階級も決まる。そもそもこの組織に入りたいと望んでも、生まれた家柄ですでに入団できないものもいる。

 それに入団できる権利を持っていても、筆舌に尽くし難いあの最終試験に受からなければ、この場所には来れないのだ。

 フランシスはあの日のことを静かに思い出した。



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