追憶の騎士団

遊月海央

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追憶の騎士団9〜十二人の弟子として船に乗る

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人の運命は生まれたときに決まっているという。だとしたら私もミシェルも、運命に抗うことはできなかったのだろうか。
神は人に自由意志をお与えになっているはずだから、選択肢はあるはずだ。
だが運命、すなわち進む道筋が決められているのなら、自ら選んでいると思っていることさえ、神の掌の中にあるのだろうか。

「ようやく港町に着いたようだ」
ロベール氏の声に、馬車の振動で眠りに落ちていた私は、ずっと起きていたかのように素早く顔を上げると、そうですかと声を張る。
その刹那、やっとこれ以上馬車に揺られなくて済む安堵に包まれる。

本部を出てからもう三日は過ぎている。
途中でいくつかの支部に寄り、ひと時の休息を得たものの、すぐにまた長時間馬車に乗ることの繰り返しだった。
今日も早朝に支部を出発してから、一度も食事をとっていない。すでに太陽は高い位置から傾きかけていた。
疲労と空腹でぐったりしていた私だが、ロベール氏から到達した港町の名を聞いた瞬間、本部を出た直後の情熱が蘇る。
そこはミシェルの出身地だった。

「私の故郷の港に、かつてあのお方の妻とその御子が、船でたどり着いた伝説がある」
いつか図書館の隅でミシェルが話していた。
「祖母が南の地方出身だから、その話は聞いたことがある」
「そうか、フランシスのお祖母様は南出身なのか」
南の地方には、あの方の妻が過ごされたとされる町があり、沢山の逸話が残っている。彼らの子孫がそこで、脈々と生きながらえているという話もある。
でもそれはあくまで伝説に過ぎず、本気でそれを口にする者はいない。けれど南の人間はそれを本気で信じているのだ。
「もしも本当にあのお方の妻と御子が、我々の故郷で生きていたのなら」
他に誰もいないと知りながら、ミシェルは声を小さくして言った。
「そのことを世界に表明しなくてはいけないと思っている」
「いや、それは」
流石に私は絶句した。
もちろんそれが真実なら隠蔽するのはおかしいことだ。だが、長いこと公然の秘密とされているのにも意味がある。何故なのかはわからないが、あの方は生涯独身であり、妻や子はいなかったとされている。おそらくは様々な噂や伝説を知っているであろう教会本部は、頑なに認めようとしないのだ。それ相応の理由があるのだろう。
だとしたら、我々ごときが何かしたところで覆るはずもない。
ミシェルにそう伝えると、
「やってみなければわからない」
と、いつになく強気で答えた。
「私が偶然知った情報によると、かの方は妻を後継者と指名していた」
「な、」
「私は、だからこそなのだと思う」
「彼女を後継者にしたくないものが、存在自体を消したというのか」
「正確には消してはいない。妻であるという事実を隠し、かつて娼婦であったと捏造した」
流石に周囲が気になり私は左右を見渡す。図書館内に誰もいないことを確かめると、
「だとしたら、尚更だ。そんなことがあったのなら、彼らは意図的に事実を隠したのだ。だったら絶対に真実を認めるはずはない」
「だからと言って黙っていろというのか?」
「私だって真実ならばそれを伝えるべきだと思う。だがなミシェル、僕らにはそんな力はないのだよ」
ミシェルは小さくため息をつくと、そうだなとつぶやき、それきり黙った。

諦めてくれたと思っていたのに。君は一人で何か大それたことをしようとしていたのか?
今となっては確かめようもないが。
だが君のことは絶対に忘れない。
ああ、ミシェル。君の分も私は頑張らねばならない。
どうかいつも近くで私を見守っていてくれたまえ。

幌馬車は静かに丘陵をゆるやかに上がっていく。やがて幌馬車が止まったので、幌の隙間から覗くと、丘の頂上に砦のような頑丈な壁の建物があった。
しっかりと閉じられていた門は、幌馬車が止まると中から大きく開いた。門の中も石畳が続いている。幌馬車は再び走り出し、その門の中へと入っていく。ガタガタと車が石畳を回る音が響き続ける。

幌馬車が止まった。ロベール氏がまず降りたので、私も後に続き、そろそろと降りた。
立派な石の館が建っていて、入口に騎士団の紋章があった。
豊かな町であるためか、本部と見間違うほどに大きな建物だった。
眼下に青い海が見えた。
港には商船が何艘も停まっており、港のあちこちには、幌を屋根代わりにした出店があった。通路をたくさんの人たちが行きかっている。
「ずいぶん賑わっているのですね」
と感想を述べたが、ロベール氏は一瞬港に目をくれただけで、何も言わず建物へと進む。仕方なく私も後を追う。
建物から出てきて出迎えてくれた若者の顔を見て、私は息を呑んだ。ミシェルに瓜二つだったからだ。

「弟も騎士団に入ったんだ」
嬉しそうに報告してくれたミシェルの顔が浮かぶ。
弟から届いた入団の報告の手紙を私に見せてくれた。几帳面な文字でつづられた手紙からは、兄へ報告できる喜びがあふれていた。
私には妹しかいないため、兄弟で騎士団員になれたことが羨ましいと心から思った。

ミシェルにそっくりの青年は、目の前の男が、自分の手紙を読んでいたことなど知らず、本部からの来訪者に緊張していた。
私はミシェルの弟に声をかけることはしなかった。いや、できなかった。
あの時。彼が禁書を持っているのを見た時。
もっと強く問い詰めていれば、今頃ミシェルは生きていたかもしれない。そんな罪悪感が何度も胸にこみあげる。
君の兄さんの同僚でしたよなどと、気軽に声をかけることは永遠に出来そうもなかった。

「ここでしばらく待機するのだ」
そう私に告げたロベール氏は、幹部たちが待つ別の部屋へ通された。私が通された部屋には、若い団員たちが数名座っていた。その数が十一名であることを確認する。私が十二目。弟子の数と同じだ。
誰もが知らない顔だった。大きな机を囲むように十二人が黙って座っていた。
私の席にミシェルの弟が、パンとスープを運んできた。
「他の皆様は既に食事はお済みなので、遠慮なく召し上がりください」
朝から何も食べていなかったので、大変ありがたかった。
パンとスープを平らげ、食器を下げてもらうと、何もすることがなくなった。他の団員たちは、無言で座っており、その状態で一刻ほど過ぎた。

しばらくすると支部の団員がやってきて
「皆様外に出てください」と告げた。それを合図に部屋にいた全員が外に出た。
幹部たちはすでに港に行っていると教えられる。我々はそれぞれ徒歩で港へ向かうよう指示される。
十二人の団員がゾロゾロと一列になり丘を降りる。
港に着くと、船のそばに幌馬車が一台止まっていて、その周りに幹部たちが立っていた。その幌馬車から、五歳の子どもが入れるほどの大きさの箱が降ろされた。四人ほどの団員が呼ばれて、それを担ぎ上げ荷車に乗せた。そのままいずれかの船まで運ぶと言う。
何が入っているのか気になったが、きっと聞いてはいけないのだろうと感じていた。

伝説に聞く、騎士団にとって、いやすべての人々にとって、とても大切な箱なのだろう。きっとここにいる全員がそう思っていたに違いない。
荷台の後ろについて私たちも歩き出した。
港には大きな商船が何艘も停泊していた。
船尾に人魚の像が取り付けられた商船に、例の箱は運ばれていった。ロベール氏もその船に乗った。私たち十二人の弟子たちも無言でそれに続く。

賑わいを見せる港の中には、私たちのほうを見ている者もいた。しかし明らかに騎士団員であるとわかるようなマントを着ている私たちを、をぶしつけにじろじろ見てくる無法者はそこにはいなかった。

団員が全員船に乗り込んですぐに、船は静かに出発した。
沈みかけた夕陽が海を雛罌粟色に染めていた。これから夜になる。不安はあるが、こんな時でも夕陽が美しく感じられることにほっとした。

私があてがわれた部屋はそれほど広くなかったが、一人部屋だった。
ほかの団員たちが同じ広さで三名ずつ過ごすことを思うと、恐縮してしまう。
航海術に長けているという理由で、幹部たちと同じ扱いにされてしまったようだ。いつでも特別扱いは居心地が悪いので好きになれない。

部屋には寝台のほかに机と椅子があり、小さな窓もあった。
窓からのぞくと、どこまでも青い海が広がっている。白い小さな波が立ち、鴎がその上を器用に浮かんでいる。
波が高くても動じることなく、海上に浮かんでいられる水鳥が羨ましいと思った。
人は高波がくれば攫われてしまう。しかし、鴎は器用に波の上に浮かぶことができるだけではなく、何かあれば空へ逃げることができるのだ。
人間にとって海は絶望的なまでに逃げ道は存在していない。
海は、遠くに思いをはせるもので、乗り込んでいくものではないのにと、私はため息をついた。
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