追憶の騎士団

遊月海央

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追憶の騎士団13(最終回)〜宇宙のことわり

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人の命は何よりも尊い。
世界には数多の生き物が存在している。もちろんそれらの命も等しく尊い。蜂は、鳥は、獅子は、すべての生き物はその生を真摯に全うしていく。
その中で他者の命を奪う行為は、自らが生きるために他者を食べることから発生する。食物連鎖の掟の中でしか命は奪われない。
では人間はどうだろう。
尊いはずの人の命を奪うのは、決して食物連鎖の厳しい掟などではない。
この世界にはそもそも誰かの命を奪っていい理由などないはずだ。それなのに何故はるか昔から、愚かな殺人がなくならないのか。
命は尊い。全ての命に対して心からそう思う。だから何度でも言う。この世界に人が人の命を奪っていい理由など一つも存在しないのだと。

王国の兵士に拘束され、目隠しをされて運ばれた後の事はぼんやりしか覚えていない。
永遠に続くと思われる、人の所業とは思えない暴力的な尋問と、やってもいない罪の告白。
その過程で私は、あの朝私たちが本部を出た後に、一体何が起きていたのか、その概要を知ることができた。
国王の命で、この国の騎士団本部のみならず、支部の全てに一斉に国王直下の兵士たちが攻め入った。その場で多くの団員達は命を落とし、総長はじめ残りの団員全て逮捕されてしまった。しかも一部の幹部を除くほとんどが、既に処刑されていると、審問官から聞いた。

人は、神の手により平等に作られていると信じている。確かに人間が作り出した愚かな身分制度はある。だが少なくとも命は平等なのだ。そうあるべきなのだ。
神のことを深く知ろうとせず、日々の暮らしに明け暮れている者に生きる価値がないと、神はお考えになるだろうか。
命を与えたことがすでに神の意志であるのに、その命は価値がないと思うはずはない。私はそう考える。
命は平等なのだ。何者であろうとも、人の命を奪っていいはずはない。
だが実際は人は簡単に人の命を奪う。しかも彼らはその時のことを笑いながら話していた。
私は身震いが止まらなかった。それを怯えていると勘違いしたのか
「見ろよコイツ震えてやがる」とさらに笑った。
私はあなた達の醜さに震えているのだ。あなた達の穢れた魂のあり様に絶望して震えているのだ。
そう伝えてやりたかったが、口の中に鉄の棒を突っ込まれて何度も揺さぶられて歯が折れ、口の中のあちこちから血が出ており、殴られて腫れている状態のため、口がうまく動かせなかったことが残念だ。

団員達が殺された。
幌馬車で旅した途中で立ち寄った、支部の青年たちの顔が浮かんでくる。ミシェルの弟もまた捉えられてしまったのだろうか。逃げ延びた者はいたのだろうか。
このような事態になることを幹部達は知っていたと、ロベール氏は話していた。だとしたら戦わず団員達を皆、避難させる道もあったのではないか。
逃げる道を選んだ支部が一つでもあってほしいと心から願った。
それにしても、幹部のロベール氏が語った以上の詳細な情報を、私を拷問する審問官から聞くこととなるとは、皮肉な話だ。

「お前たちが運んでいた、救い主様が書いたとされる日記はどこにある」
いくらそう尋問されても、私には答えようがない。
私たちがそれを船で運んだと言い張るのなら、もしかしたらあの船にあったのかもしれない。
だがその実物の存在を、そもそも私は知らない。確かに私はロベール氏の部屋でそのようなものを見た。あの禁書が日記の一部だったのかもしれないとも思う。
だがあの本自体はおそらくは写しであり、本物ではない。なぜなら最近の手法で書かれた書物だったから。
そして私は港で船を乗り換えここに戻ってきた。新天地と呼ばれる新しい騎士団の建物がどこにあるのか、何一つ情報はない。

その程度しか知らない、私のような下っ端の団員をいくら拷問しようとも、答えなど出てくるはずもなかった。
そのことは審問官も本当はわかっていたことだろう。私が答えを知らないと知りながら、痛めつけることを目的とした尋問が続けられていた。

まともな食糧も水すら与えられず、尋問時以外は、人がやっと入れる程度の棺桶のような木箱の中に入れられ、立ったまま放置された。横になることも許されずまともな食事も摂ることもなく、毎日そのような拷問が続くうち、痛みも空腹も感じなくなった。
私はただもう何も話したくない。何も見たくない。そして何も知りたくない。
それだけだった。

その日は突然やってきた。
いったいどれくらいの時間がたったのか、ぼんやりして思い出せない。
狭い地下通路を抜けて幌馬車で海まで旅したことも、海の上で見た景色も、あの本に書かれていたことも。
すべてが遠い日の出来事のようで、別の誰かの人生のようだった。
審問官に引っ張られて何処かに連れてこられた。見上げる気力もなかったが、十字架が目に入った。どうやら教会の前のようだと思った。
広場になっていた場所には、たくさんの男達が、膝を地面につけた状態で縄で繋がれていた。その場に集められた多くの仲間たちを見て、他にもこんなに捕えられていたのかと初めて知った。
団員達は、中央に積み上げられた木材を取り囲むように、五人ずつ縛られていた。その中の一つに私も繋がれた。

パチパチと木が爆ぜる音があちこちから聞こえる。何かが焦げる臭いがした。おそらく、中央の木を囲むように縛られた団員ごと火がつけられているのだろう。
しかし誰も叫び声ひとつあげなかった。そこに人などいないのかと思うほど、断末魔の声は聞こえない。火の燃え盛る音が広場のあちこちから聞こえるだけだ。
いつものことなのか、誰も泣き叫ばないことを不思議がる様子もなく、火をつけて回る王国の兵士達も黙っている。

水すらまともに与えられない拘束生活の中、横になって眠ることも許されず、私はもう休みたかった。だから目の前に積まれた木の中に炎を見た時、やっと神の身許に行くことを許されたとホッとした。

熱さとか息苦しさとか痛みとか。
そんなものはほとんど感じなかった。
生きている感覚が希薄で、炎の中にいるはずなのに、ただ神の光をそばに感じた。
拘束されるようになって少したった頃から、真っ白な光に包まれた、美しい女神が私のそばにいるようになった。
それは聖母マリアか。それとも祖母の故郷で信仰されていた黒い聖母か。
もう誰でもよかった。
私はその光を感じるだけで、空腹も、体の痛みも、すべてが一瞬で消失できたから。

炎が私を包んでいった。その中にもやはり女神はいた。まるで私を待っていたかのように微笑んで、両手を広げてそこに立っていた。
私はまるで聖母の胸に抱かれるような安堵と、恍惚の思いで炎の中にいた。

何も感じない私の目に、炎の中心から真っ黒なカラスが飛び出してきたのが映った。それはまるで燃え盛る太陽の中から、飛び出してきたようにも見えた。

どこかの国の古文書に
「魂がその器である肉体を離れる瞬間に、別の器に強く意識を移すことができたなら、意思だけはその器に受け継ぐことができる」
とあったのを思い出す。
私はカラスを見た。
カラスも私を見た。

漆黒の瞳の奥に、この世界が、この宇宙が、すべてのことわりがあった。
新たに形成される混沌の世界。
宇宙の果てから大きな黒い渦が、カラスを通して目の前に現れ、一瞬で私を飲み込んだ。

私の意識はカラスの中にあった。
カラスは空高く飛翔する。
眼下に見えるのは、浄化のような赤い炎。
私がいるはずの炎は、私の視界からどんどん遠ざかっていく。
これは現実なのか、幻なのか、そんなことはどうだってよかった。

もしもあの尋問で、私が真実を話していれば、何か違っただろうか。
かの崇高な存在には妻があり、子もいたのです。その子らが正当な神の子孫であるのです。聖職者である我々にとって、彼らを守ることが、真の使命ではないのですか。
そう伝えていたら、どうなっていたと言うのか。

いいや。
私はどこかで知っている。本当は「彼ら」も知っているのだ。なのにあえて真実を語らないのだ。

権力者に都合のいい形に書き換えられた物語。多くの人たちがその物語の中に生きている。
真実が都合の悪いものにとって、真実は永遠に表に出てはいけない。
「彼ら」にとって真実は、世界から抹消しなくてはならないものなのだ。

空高く飛翔しながら私は高らかに宣言する。
「だから我々は命がけでその秘密を守り続けるのだ。けして公表できなくても、その事実は真実なのだと示すものを、密かに伝承させていくことこそ、我らが使命なのだ」

そうだ、我々は人々を欺くために欺いたのではない。守るために真実を隠したのだ。この世界から消し去られないように。

炎の中に取り残された方の私は、いつの間にか笑っていた。それも、周りに聞こえるような大声で笑っていた。
炎の外で、恐怖にも似たざわめきを聞いた気がする。
でも私は本当に愉快だったのだ。
私は私が望んだように生きていたのだ。しかも、誇り高い使命を全うすることができたのだ。
こんなにも愉快なことはあるだろうか。

私の意識はカラスの身体に乗り、どこまでも高く高く上昇する。
宇宙の中心に続く回路を通り、螺旋の風に乗って、果てしなくどこまでも上昇する。
私は何度でも生まれ変わる。その度に全てを覚えていくだろう。魂に刻まれたすべての思いと記憶を。

回路の途中で、私として生まれる前の人生を見た。
あの方はかつて私のそばにいた。
あの透き通るような薄茶色の優しい瞳で、私をじっと見ていた。

遠い星からともにこの青い星へ渡ってきた、遥か遠い記憶さえ、蘇ってくるのがわかった。

何度生まれ変わっても、私はあの方の足跡を辿るだろう。
そこにある宇宙のことわりを、真実を見つけ出し、世界に向かって伝え続けるだろう。
それが私の魂が持つ使命なのだから。

魂は不滅だ。
何度も何度も繰り返し、私は私の魂が覚えている真実を伝え続けるだろう。

遠くではじまりの音を聞いた気がした。
やがて静寂という名の闇が、世界の全てを包み込んでいった。
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