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第2章 光る船の中で

光る船の中で2〜光の中で聞いた声

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水の国が文字通り水に沈む前、山にいた人の頭上に、大きな光が現れた。
光は白い靄となり、山の尾根の遥か彼方まで並ぶ人々全てを包み込んでいく。

私の周りにも輝く白い光が降りて来て、隣にいたはずの姉のような存在のエリザが見えなくなる。
森の木の実のような甘酸っぱい香りがした。エリザやヨシアや、沢山の仲間たちと、日が沈むまで遊んだあの森が蘇る。
私は秋の森が好きだった。緑の葉が、赤や黄色やオレンジ色へと変わり、驚くほどたくさんの色が溢れる季節。

懐かしい景色が心に浮かぶと、首の後ろが熱くなり、全身がやわらかくなった。光の中でゆっくり目を閉じた。きっも山の地面から浮かんでいるのだろう。
足元がふわふわした。
光の中に吸い込まれながらも不安はなかった。

突然優しい女性の声が光の中から響いてきた。
『あなたたちのふるさとの最後です。しっかりその目にやきつけるのですよ』
ゆっくり目を開けると、そこは全てが真っ白な光の世界だった。天井も床も壁もなく世界が真っ白で、ただ光っている。そんな場所に私たちは立っていた。
光の中にたくさんの人がいるのが見えた。みな今の声で目を開いたのか、あたりを見回していた。
私の隣にはエリザがいた。
人々はまるで再会を喜ぶようにそばにいる人と手を取り、喜びを分かち合っていた。
光の中でエリザが私にハグをする。まるで再会を喜ぶように、私も強く抱きしめた。
 
『さあ、ごらんなさい』
再び声がすると、光の壁の一部が窓のように透明になる。窓らしきものから見えたものは、大地が水に沈んでいく光景だった。
 
高い波が海のはるか彼方からいくつも押し寄せて、かつて私たちが生きていた街を飲み込んでいく。
山の上で大地の揺れに耐えながら、建物が大波によって崩れ落ち、流れていくのを見た。正確には目をつぶっていたので見ていないのだけれど、水浸しになりながら、それでも大地はまだそこにあった。
それが今、目の前で沈んでいく。
美しい国が海に沈んでいくのを、誰一人言葉を発することなくただ見守っていた。

あの美しい透明な高いビルには、私が誰よりも守りたかった、ずっと側にいたかった人がいた。
「明日もちゃんと太陽が昇るから。だから心配しないでもう帰りなさい」
最後にヨシアはそう言って微笑んだ。
どうして私の話を信じてくれなかったの。それとも本当は真実を知っていたの。
涙が頬をいく筋も伝っていった。

映像が下へと移動していく。私たちは空へと上昇しているのだろう。
さっきまで私たちが立っていた山はまだ残っていた。人で溢れてきた尾根には誰もいなく、木々が風に揺れている。
けれど、離れていく映像の中で、山も沈んだ。
山の全てが海の中に沈んで姿を消すと、海だけが残った。建物の一部は海の上を頼りなく漂っていたが、かつてそこにあった国が、大陸が、まるで最初からなかったように海だけがそこにあった。

そのあまりに酷い光景に、心が固くなり、悲しいのかどうかすらわからない。何も感じられなかった。
透明な窓が閉じられ、再び優しい声が聞えた。

 『今あなたたちは悲しみに沈んでいることでしょう』
複雑な思いで何も考えられないまま、私は黙って聞いた。

『ですがどうか心配しないで下さい。これは通り過ぎるべきひとつの過程に過ぎないのです』

淡々とそう声は伝える。大勢の人がいるはずなのに、誰一人声すら漏らさない。

『しかし、これを教訓に次に進まなければなりません。あなたたちには大切な役割があるのです。
そのためにみなさんが知る必要があることを、今から順にお伝えしますので、しっかり魂に焼き付けてください』

動きの止まった私たちの心に、一つ一つ言い聞かせるように、ゆっくりと声は伝える。

『今回のような悲しみを繰り返さないため、我々はあなたたち人類をいくつかのグループに分けました。そのグループのひとつが、あなたたちです』

「悲しみを繰り返さないため」
その言葉は動けなくなった今の心に唯一響いた。
「悲しみを、繰り返さない、ため」

そこにいた全ての人の心に届くのを待つかのような沈黙のたと、声は続ける。

『今回と同じくらい大きな課題が再び人類の前に現れた時、あなたたちにはラッパを吹く役割が与えられました。人々に現実に気付けるよう、目を覚ましてくださいと知らせるためのラッパです。
今回も、多くの人が石の声を聞き、その役割を果たしました。それと同じように、人々に真実を伝える役割です。
そのためあなたたちは、何度生まれ変わっても、魂の記憶を全て覚えていることになるでしょう。
もしうまれてすぐにそれらを忘れていたとしても、きっかけさえあればすぐに思い出すでしょう』

生まれ変わっても魂の記憶を全て覚えている。
それは試練なのか。
こんな記憶を別の人生でも忘れさせてはくれないと言うのか。
声に対して怒りがわいてくる。

『あなたたちと対の存在として、全て忘れ去ってしまうグループも作ります』

ラッパを吹く役。
忘れるグループ。
神々にとって私たちはおもちゃなのか。
しかし声は続ける。

『あまりにも見えない世界に偏りすぎると、現実を見ることができなくなります。それでは生まれて経験する意味がありません。
天秤をかけるようにゆっくり傾いては再び戻りを繰り返しつつ、歴史は進んでいきます。そのためにすべてに相対するグループを作ったのです。
これは、世界のバランスをとるためにいちばんよい方法なのです』

ああ、神々にとってこの世界の全てが物語であり、そこにいる人は単なる登場人物なのだ。
怒りは、諦めに近い感情へと変化する。

『あなたたちがもし魂など存在しないと話す人と出会っても、全ての存在は霊的なものであると魂が知っています。だから忘れている人に出会っても、心配しないで下さい』

意味がわからないが、黙って聞いた。
もう聞くしかなかった。

『さあそれでは、あなたたちが次に生きるべき場所へ移動しましょう。』

優しい声がそう言うと、光は動きだした。光は船のような乗り物で、船ごと私たちはどこかへ向かって動き続けた。  
再び優しい声が話し出す。

 『私たちは何度も生まれ変わっています。その度に何かを学び続けるのです。ですがこの星はとても若い。そして私たちの魂はこの星よりはるかに古いのです』

真実がどうかわからない。でもそれは神話で語られていることだ。

『この星には、遠い星から来た者とその子孫以外に、この星で生まれた魂や、その魂に遠い星から来た者の遺伝子を混ぜた魂もいました。
それは神話で語られていますから、すでに知っている人もいるでしょう。
そして、今この船にいる人は全員、別の星からここへ、目的を持ってやってきた魂の集まりなのです』

顔を上げ周りを見回すと、同じように皆困惑の顔をして立っていた。少なくともここにいる人たちは仲間だと素直に感じ少しだけホッとする。
 
 『ラッパを吹く役割のあなたたちは、これから向かう場所で、この人生の記憶を持ったままの状態で、今回の命を全うしてください。それぞれが命の最後の日まで生きるのです』

これから私たちはどこかに連れていかれるのだ。
私はエリザを見る。エリザも私を見る。エリザと同じ場所で生きていけるなら、それでいい。とりあえず今はそれだけでいい。

『これからあなた達が生きる場所です』

再び光の壁は透明になった。
私たちは、光り輝く大きな石の建造物が三つ並んでいる様を、驚きとともに見つた。
それらは想像を絶するほど大きかった。

 『この三つの建造物は、タイムマシーンのようなものです。かつて生きていた星と、水の国の情報が保存されています。
あなたたちが幾度生まれ変わろうと、どんな災害がこようと、決して崩れることなく、次の課題の日まで持ちこたえるでしょう。遠い星から持ち越された叡智を封印したままで』
 
建造物の上空では、お碗の形をした一人用の乗り物に乗った人が、空を移動しているのが見えた。ここにも空を飛ぶ乗り物があるのか。
その中の一人の顔を見て、私はあっ、と思わず声が出る。
妖精族の教会で、すべてを知りながら命を終わらせる道を選ぶと告げた、師と呼ばれていた人だった。姿や髪の色はまったく違うのに、なぜかそう思った。
でも彼はついさっき、海に沈んだはずなのに、なぜここに?

 『この建造物を上空から見ると、このように並んでいます』

混乱する私には構わず声は説明を続ける。光は建造物の真上に止まった。今度は壁ではなく床が透明になり、三つの建造物が、鼓星のように並ぶのを見ることが出来た。

『この星に来る以前に、あなたたちが暮らした星は、この建造物が表す星座の中に存在します』

「私たちのふるさとだね」
一緒に建造物を眺めていたエリザが嬉しそうに私に笑いかけた。
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