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第2章 光る船の中で

光る船の中で3〜スパークする魂たち

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エリザの言葉に、改めて大きなピラミッド型の建造物を見た。

『この星に来る以前に、あなたたちが暮らした星は、この建造物が表す星座の中に存在します』
声が示したことが真実なら、この形をしている星座に私たちのふるさとがあるのだ。

光の下に見えているピラミッドの表面は、磨かれた石で出来ていた。
妖精の居留地にも水晶のピラミッドがあったが、ここにあるのは透明ではない。
しかし、つるつるした石の表面が、鏡のように太陽の光を反射している。建造物は緑の森の中に燦然とそびえ、まるで本物の星のように光り輝いていた。

水晶ピラミッドは女王が儀式を行う場所だ。
「あなたは女王自らお産みになられた、ただ一人の御子なのです」
ある日、養護施設の所長に呼ばれ、唐突に告げられたことを思い出す。十四歳になった日のことだ。

「シリウスの遺伝子は母から娘にのみ伝わるもの。ルルゥ、あなたは女王の遺伝子を最も強く受け継いでいるただ一人の女王の娘なのです」
百人もの同じ遺伝子を持つ兄弟姉妹がいる中で、あなた一人だけは違うと言われても、はい、そうですかとはならない。
戸惑う私に構わず所長は伝える。
「あなたは時期女王になる方です。今後それなりの訓練があるでしょう」
これ以上ない誕生日の贈り物をしたかのような顔で、そう伝えた。
訓練と言っても水晶の部屋で、瞑想や石との対話の時間が増えたくらいで、特殊なことはなかったと思う。

二十一歳の誕生日に、水晶ピラミッドにおいて、女王になる儀式のために女王と接見することになっていた。
本来であれば一定の誕生日に会うはずだった。しかし特殊な生まれであることを考慮して、接見は叶わなかった。
会ってみたくないといえば嘘になる。
女王が、国と共に沈んでいくビジョンが見えていたから、もう会えないとわかっていた。

『この星の人々が鼓星と呼ぶ星座の惑星のひとつに、かつてあなたたちの祖先は暮らしていました』
再び声は説明を始める。

『その星で長い年月をかけて魂の成長を遂げ、あるレベルに達することが出来ました。人間としての感情の動きが緩慢となり、個人としての成長の速度もまた緩慢となるため、肉体を必要としなくなったのです。
神に近づいた魂は、そして大いなる魂と再び一つとなります。
あなたたちがセントラム ムンドゥースと呼ぶ存在です。それは名前をつけるのとさえ無意味であるほど、大きくて全ての存在なのです』

声が伝えることの半分くらいはわかったけど、半分くらいはよくわからなかった。魂が成長すると、肉体が必要なくなる?
全く意味不明だ。肉体のない魂に存在する意味を感じられなかった。

『かつての星の魂は、ある者は大いなる魂と完全に同化し、あるものは別の星に移動して、新しい魂たちの教育のため再び肉体をまとって生まれ、それぞれの星で生まれた新しい魂たちと混じり合う。永遠にそれを繰り返して上昇しているのです』

光の中の声が話す内容は、私が習っていた神話と少し違った。

『鼓星からさらに蒼き狼の星、またの名をシリウスと呼んだ星に移った者がいました。シリウスは先程沈んだ水の国とよく似た理由から星が滅びました。おそらくあなたちちは、シリウスの神話を教わっていることでしょう』

 「私は覚えているよ」
エリザが言う。
「シリウスのことを覚えている」
「まさか」
だって私とエリザは生まれた時からずっと一緒にいるもの。そんな星にいたなんて聞いてないし、あり得ない。
そう伝える私にふふっと笑う。
「もちろん今の私がそこにいた訳じゃない。でもね、魂の奥にその時の記憶があるの。
そこは空気が青くて美しい星だった。そのときあなたも一緒に暮らしていた」
エリザは微笑む。
よくわからないけど、エリザの言葉が記憶の扉を開く鍵になり、私の中にある遠い記憶を呼び覚ます。
遥か遠い星から繋がる見えない糸さえ、この目に見える気がした。
エリザが伝える通りの景色を知っている、そんな気持ちになる。

「私たちの背中には羽が生えていたよね」
「背中に直接?」
そう言われると、白鳥のように白くて大きな翼が、背中に広がっている人を見た気がした。
あれがシリウス人なのか。
「まるで腕が生えるように、肩甲骨から骨が飛び出て、そこに羽が生えていたの」
ヨシアの背中を思い出す。たしかにあの肩甲骨から羽が繋がっていても不思議はない。あの不思議な形の骨は、羽根の名残なのだ。

誰かに呼ばれた気がして床に視線を落とした。透明な床の下をちょうど、空飛ぶ乗り物が通り過ぎていくところだった。その船に乗っていた、かつて師と呼ばれた存在と目が合った。
彼も私のことをじっと見詰めていた。

地上からこの光の船の中が見えているのだろうか?
そう思った瞬間、突然何かが目の前でスパークした。
ふいに飛び散った火花が眩しくて目を閉じると、頭の中に不思議な映像が見えた。
青い肌の美しい人と私が抱きあっている姿だ。その人は銀色に輝くまっすぐ伸びた長い髪をしていた。私はその人の青い目を見詰めていた。
あれは師と呼ばれてた人だ。

かつて私たちは、あの蒼き星で遠い場所で深く愛し合っていたのだ。頭の中で私たちは抱き合ったまま、お互いにスパークしていた。青い人の頭上から、真っ白なオーラが螺旋を描きながら上昇していく。私からも同じようにオーラが螺旋を描きながら上昇し、そのニ本のオーラは、ふたりのやや上方で、お互いにからみつきながら、ゆっくりとひとつの螺旋を描き始める。そのまま宇宙の果てまで続いていくほど、どこまでも上昇していった。
 
彼の身体の表面からは、水の国を埋め尽くした海の色のように、透明で美しい青い光がほとばしっていた。私はピンク色に発光していて、二色の光はときどきスパークしながら混じりあい、やがて紫色のひとつの光となった。
 
気付くと抱き合ったまま、ふたりの身体は静かに振動していた。
小さく規則的に響く音がふたつ。
どくん、どくん、どくん…
一定のリズムを刻みながら、やがてふたつの音はひとつの音楽を奏ではじめた。

どくんどくんどくん…
静かな振動がふたりをわずかに揺らし、スパークする光に包まれたまま、私たちはひとつに溶けあっていくのを感じた。
やがてふたりの螺旋のエネルギーが、宇宙を一回りして下から上がってくる。
それは、今まで感じたあらゆる感覚の中で、もっとも甘美で幸せなものだった。
ふたつが完璧なひとつになったと感じた瞬間、激しくスパークした。
 
衝撃で我に返ると、師と呼ばれた人は、まだ私を見詰めていた。
私は知らずに泣いていた。
彼はかつて生まれた星で、深く愛し合った私の魂の半分だったのだ。
遠い星の上で長い時間をかけて何度も生まれ変わり、とうとうひとつに溶け合い完璧なひとつになった。そしてそれぞれが独立した魂となり、新しい星に生まれ変わった。
 
師とよばれた人は優しく私に笑いかけた。海の底のように静かで深い青の魂を持った、優しい人だった。
彼とはこの先何度も生まれ変わり、何度もすれ違うことだろう。何より大切な魂のひとつとして、それぞれのために大きな役割を持って出会うだろう。
けれど、本当に愛し合い、溶け合い、お互いの形で完璧なひとつになった魂である私たちは、もう結ばれることはない。
なぜなら私たちは、永遠にひとつのエネルギーとして宇宙に存在しつづけられるから。

切なさと悲しみとそして喜びで、私は涙が止まらなかった。
大きなため息をつきふと顔を上げると、エリザが泣いていた。
「どうしたの?」
驚いて声をかける。泣き虫の私と違い、エリザが泣くことはほとんどないのだから。
「今誰かに呼ばれた気がして下を見ると、遠い星で愛し合った人と目があったの」
「嘘でしょ。私もたった今同じことが起きた」
エリザは真顔になると
「なるほど」と呟く。
「エリザには何かわかったの?
私には何が起きているのかわからない。さっきから混乱ばかりしている」

「声よ。光のどこかから響くあの声が言っていた。あなたたちには大切な役割があるって。そのためにみなさんが知る必要があることを、今から順にお伝えします、と言っていた」
「たしかに」と答えて気づく。
「でも、その声はさっきから何も話していないわ」
エリザが頷き
「今私たちが体験したことも、きっと彼らが伝えてきたことなのよ」
「師と呼ばれた人と私がスパークしたことが?」
近くにいた人が振り返ったので、声が響いていたことに気がついた。エリザがクスクスと笑いながら
「スパークって何」と聞いてくる。
「お互いが光って、それで」
説明するのが恥ずかしくて困っていると、
「魂が結ばれた、つまりエネルギーが一つになったのね」
「うん」
「シリウスで」
「そう、シリウスで」

光の中からまた声がした。
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