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カルミナとブラーナ(第15話)

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 黒羽が発生させた魔力の渦が、はるか南東の方角にいた害蟲達に影響を与え始めたー。

 黒羽の戦闘系以外の能力は「距離に影響されない」という特徴がある。これにより、黒羽は、直接遠く離れた害蟲達に「撒き餌」を与えてこちら側におびき寄せることができるのだ。今回の「撒き餌」は、害蟲達が好む魔素をふんだんに含んだ魔力の渦だ。ただし、この渦自体には害蟲の動きを制限するだけの力はない。

「ふう・・・」

 黒羽が軽く息をつく。彼女の癖の一つだ。著しく魔力を消耗するというわけでもないのだが、こうして息をつくことで、なぜか能力を安定させることができる。

「害蟲達が「撒き餌」に引っかかりました。あと15分ほどで、こちらに到着します」

 掌の黒い羽根をちらっと一瞥してから、黒羽が淡々と報告する。

「15分か・・・距離から考えても、思ったより早いな」

「確か、南東5104だったっけ?それくらいだと、オレたちが今まで相手にしてきたクラスのやつらなら、その倍以上の時間はかかりそうなものだけどな」

 翔と卓が、害蟲達の予想到達時間が早いということを訝しんだ。

「まさか・・・害蟲達の力が強まっているとか」

 ブラーナが小首をかしげながら、カルミナの方を振り返った。

「いや、でも魔力乱流自体は収まりつつあるんでしょ?なのに力が強まるとかあり得るの?」

 カルミナの指摘と疑問ももっともだ。黒羽によれば、魔力乱流自体は収まりつつあるはずだった。要は、害蟲達が強化される要因であるものが収束しつつある中、なぜ移動速度が向上しているのか・・・。

 まさか、「撒き餌」につられて速度が上がったという程度の話でもあるまい。

「おそらくですが」

 しばし沈黙していた黒羽が口を開く。

「B級クラスの強い個体の影響かと思われます」

 黒羽の指摘に、ブラーナが気が付いたようだ。

「なるほどね・・・いるだけで周囲の仲間たちに影響を及ぼす種族がいるって聞いたけど、こいつがそれってわけか」
 
 いわゆる「支援効果」を持つ害蟲のことだ。人間の軍隊に例えれば、指揮官がいるのといないのとで、部隊の士気にかかわるのと同じようなものである。

「他は有象無象の群れであったとしても、その親玉クラスがいる限り、思わぬ相乗効果で強敵となる恐れもあるってわけね」

 実際、今回戦う害蟲たちは、単体ならそんなに強い連中ではない。それは、黒羽からの報告や近づいてくるそいつらの気配からも十分把握できる。

「敵の大将を叩くのが先決かもね」

 カルミナは、そう独り言ちると、翔と卓の方を振り返った。B級クラスの相手なら、この二人に任せた方がよさそうだ。

「まあ、オレらの出番ってわけだな」

「久々に大暴れできるぜ」

 二人はやる気満々のようだ。二人とも、目が炯々と輝いている。

「もちろん、黒羽、アンタにも期待してるわよ」

 そして、黒羽に対しても軽くウィンクする。

「信頼にこたえて見せます」

 即答する黒羽。一瞬、近くにいたブラーナの顔が曇ったが、カルミナに気づかれる前にいつもの「いたずら好きなお姉さん」風の笑みに戻る。

「・・・そろそろ来ます」

 黒羽が静かに告げる。黒羽が顔を向けた方角に、皆の視線が集まった。

「それじゃあ、行くわよ、みんな!」

 おう!の掛け声とともに、5人は一斉に、飛び掛ってくる害蟲の群れへと突撃したー。

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