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東京湾の一番長い夜
威力偵察
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【日本政府/威力偵察】
01:55 東京湾海上・巡視船『あきつしま』船橋
東京湾の深い闇を、一筋の巨大な影が切り裂いていく。
海上保安庁が誇る世界最大級の巡視船『あきつしま』である。
総トン数約6500トン。全長150メートル。
その巨躯は、羽田沖の静まり返った海面を滑るように進んでいた。
船橋(ブリッジ)は、異様な静寂に包まれている。
計器類が放つ淡い光が、乗組員たちの険しい表情を浮かび上がらせた。
中心に立つのは、船長の佐藤だった。
彼は、近年緊張の高まる海防の最前線で指揮を執り続けてきた。
国籍不明船との対峙や、過酷な法執行。
公にはできない「実戦」を幾度も潜り抜け、練磨された鉄の男だ。
だが、その佐藤の額には、ねっとりとした脂汗が滲んでいる。
海図には存在しない「質量」が、目の前に迫っていた。
「水深確認を急げ。この海域の海底地形が隆起している可能性がある」
佐藤の低い声が響く。航海士が素早く応じた。
「測深儀、異常なし。現在水深20メートルを維持」
「レーダーに映る島影との距離、2000を切りました」
佐藤は卓上の電子海図(ECDIS)を凝視する。
本来、そこは何もない海域のはずだった。
しかし、最新のレーダーは「島」と仮称される陸地を捉えている。
断崖絶壁ではなく、なだらかな傾斜を持つ巨大な陸地。
「海図通りの等深線が、島の直前まで維持されていると判断する」
佐藤は冷静に分析した。
地殻変動による急激な隆起であれば、周囲の海底も大きく歪むはずだ。
だが、レーダーと測深データは、既存の海図と矛盾していない。
まるで、広大な陸地が空から降ってきたか、あるいは異次元から差し込まれたかのようだ。
「……信じがたいが、接岸に近い距離まで近づけるな」
その判断を下した直後、見張り員の鋭い声が響いた。
「船長、前方に対象物を視認! 距離1200!」
佐藤は素早く高感度カメラのモニターに視線を移す。
暗視モードの緑色の視界に、不気味な影が浮かび上がった。
それは、古びた石造りの桟橋だった。
その奥には、西洋の城塞都市を思わせる建物が並んでいる。
いくつかの倉庫からは、今なお黒煙が上がっていた。
火災の残り香が、空調を通じて船内にまで届くような錯覚に陥る。
そして、佐藤は言葉を失った。
「……何だ、あの一団は」
モニターを拡大する。
桟橋の先端に、数十人の人間が集まっていた。
彼らは現代の服を着ていない。
鈍く光る金属製の甲冑。
右手に握られた長い槍。
その背後には、重厚な黒いコートを羽織った男たちが控えている。
さらに、刺繍を施された豪華な衣装を纏った老人たちの姿もあった。
彼らは皆、こちらを向いて手を振っている。
ある者は跪き、ある者は帽子を掲げて歓迎の意を示していた。
「……中世の騎士か? いや、映画の撮影か何かか」
航海長がつぶやくが、その声に余裕はない。
彼らが纏う「空気」は、あまりにも現実味を帯びていた。
「こちらを歓迎しているように見えます。敵対行動の兆候はありません」
報告を受け、佐藤は一瞬の思考を巡らせる。
相手に対話の意思があるなら、まずは距離を詰めるのが定石だ。
『あきつしま』が持つ圧倒的な船体規模は、そのまま国家の威信と抑止力になる。
「よし。威力偵察を継続する。微速前進。可能な限り接近せよ」
主機の振動が強まる。
6500トンの鋼鉄が、ディーゼルの咆哮を上げ加速した。
佐藤は拡声器のスイッチに手をかける。
国際信号旗の掲揚準備も指示する。
だが、その安堵は数秒も持たなかった。
「船長! 中央の集団、後方に異常を確認!」
見張り員の悲鳴に近い声が、船橋の空気を切り裂いた。
メインモニターが、一人の少女の姿を捉える。
銀色の髪をなびかせ、精緻なメイド服のような衣装を着た少女だ。
彼女は、跪く貴族たちの間から静歩で現れた。
そして、感情の読み取れない瞳で『あきつしま』を見据えた。
少女が右手を掲げた瞬間、モニターの映像がノイズで乱れた。
「何だ? 磁場異常か!?」
「いいえ、発光現象です! 少女の周囲に幾何学的な模様が展開!」
暗視カメラが光量オーバーでホワイトアウトする。
肉眼でも見えた。
少女の掌を中心に、赤黒い光の奔流が渦巻いている。
それは物理法則を無視した、禍々しい輝きだった。
周囲の空気が熱に焼かれ、陽炎のように歪む。
佐藤の脳裏に、最前線で培われた「生存本能」が警告を打ち鳴らした。
あれは歓迎の光ではない。
あの一団は、少女という名の「砲」を隠すためのデコイに過ぎなかったのだ。
「……罠だ! 回避運動! 面舵一杯(ハード・スターボード)!」
佐藤の絶叫が響く。
操舵手が血相を変えてホイールから手を離し、右舷側の操舵レバーを押し込んだ。
ブリッジに警告音が鳴る。
『あきつしま』の巨体が、慣性に抗いながら激しく右へと傾ぐ。
船内の食器が床に叩きつけられる。
激しい衝撃に備え、乗組員たちが手近な手すりにしがみついた。
その瞬間、少女が解き放った光が夜を消し飛ばした。
01:55 東京湾海上・巡視船『あきつしま』船橋
東京湾の深い闇を、一筋の巨大な影が切り裂いていく。
海上保安庁が誇る世界最大級の巡視船『あきつしま』である。
総トン数約6500トン。全長150メートル。
その巨躯は、羽田沖の静まり返った海面を滑るように進んでいた。
船橋(ブリッジ)は、異様な静寂に包まれている。
計器類が放つ淡い光が、乗組員たちの険しい表情を浮かび上がらせた。
中心に立つのは、船長の佐藤だった。
彼は、近年緊張の高まる海防の最前線で指揮を執り続けてきた。
国籍不明船との対峙や、過酷な法執行。
公にはできない「実戦」を幾度も潜り抜け、練磨された鉄の男だ。
だが、その佐藤の額には、ねっとりとした脂汗が滲んでいる。
海図には存在しない「質量」が、目の前に迫っていた。
「水深確認を急げ。この海域の海底地形が隆起している可能性がある」
佐藤の低い声が響く。航海士が素早く応じた。
「測深儀、異常なし。現在水深20メートルを維持」
「レーダーに映る島影との距離、2000を切りました」
佐藤は卓上の電子海図(ECDIS)を凝視する。
本来、そこは何もない海域のはずだった。
しかし、最新のレーダーは「島」と仮称される陸地を捉えている。
断崖絶壁ではなく、なだらかな傾斜を持つ巨大な陸地。
「海図通りの等深線が、島の直前まで維持されていると判断する」
佐藤は冷静に分析した。
地殻変動による急激な隆起であれば、周囲の海底も大きく歪むはずだ。
だが、レーダーと測深データは、既存の海図と矛盾していない。
まるで、広大な陸地が空から降ってきたか、あるいは異次元から差し込まれたかのようだ。
「……信じがたいが、接岸に近い距離まで近づけるな」
その判断を下した直後、見張り員の鋭い声が響いた。
「船長、前方に対象物を視認! 距離1200!」
佐藤は素早く高感度カメラのモニターに視線を移す。
暗視モードの緑色の視界に、不気味な影が浮かび上がった。
それは、古びた石造りの桟橋だった。
その奥には、西洋の城塞都市を思わせる建物が並んでいる。
いくつかの倉庫からは、今なお黒煙が上がっていた。
火災の残り香が、空調を通じて船内にまで届くような錯覚に陥る。
そして、佐藤は言葉を失った。
「……何だ、あの一団は」
モニターを拡大する。
桟橋の先端に、数十人の人間が集まっていた。
彼らは現代の服を着ていない。
鈍く光る金属製の甲冑。
右手に握られた長い槍。
その背後には、重厚な黒いコートを羽織った男たちが控えている。
さらに、刺繍を施された豪華な衣装を纏った老人たちの姿もあった。
彼らは皆、こちらを向いて手を振っている。
ある者は跪き、ある者は帽子を掲げて歓迎の意を示していた。
「……中世の騎士か? いや、映画の撮影か何かか」
航海長がつぶやくが、その声に余裕はない。
彼らが纏う「空気」は、あまりにも現実味を帯びていた。
「こちらを歓迎しているように見えます。敵対行動の兆候はありません」
報告を受け、佐藤は一瞬の思考を巡らせる。
相手に対話の意思があるなら、まずは距離を詰めるのが定石だ。
『あきつしま』が持つ圧倒的な船体規模は、そのまま国家の威信と抑止力になる。
「よし。威力偵察を継続する。微速前進。可能な限り接近せよ」
主機の振動が強まる。
6500トンの鋼鉄が、ディーゼルの咆哮を上げ加速した。
佐藤は拡声器のスイッチに手をかける。
国際信号旗の掲揚準備も指示する。
だが、その安堵は数秒も持たなかった。
「船長! 中央の集団、後方に異常を確認!」
見張り員の悲鳴に近い声が、船橋の空気を切り裂いた。
メインモニターが、一人の少女の姿を捉える。
銀色の髪をなびかせ、精緻なメイド服のような衣装を着た少女だ。
彼女は、跪く貴族たちの間から静歩で現れた。
そして、感情の読み取れない瞳で『あきつしま』を見据えた。
少女が右手を掲げた瞬間、モニターの映像がノイズで乱れた。
「何だ? 磁場異常か!?」
「いいえ、発光現象です! 少女の周囲に幾何学的な模様が展開!」
暗視カメラが光量オーバーでホワイトアウトする。
肉眼でも見えた。
少女の掌を中心に、赤黒い光の奔流が渦巻いている。
それは物理法則を無視した、禍々しい輝きだった。
周囲の空気が熱に焼かれ、陽炎のように歪む。
佐藤の脳裏に、最前線で培われた「生存本能」が警告を打ち鳴らした。
あれは歓迎の光ではない。
あの一団は、少女という名の「砲」を隠すためのデコイに過ぎなかったのだ。
「……罠だ! 回避運動! 面舵一杯(ハード・スターボード)!」
佐藤の絶叫が響く。
操舵手が血相を変えてホイールから手を離し、右舷側の操舵レバーを押し込んだ。
ブリッジに警告音が鳴る。
『あきつしま』の巨体が、慣性に抗いながら激しく右へと傾ぐ。
船内の食器が床に叩きつけられる。
激しい衝撃に備え、乗組員たちが手近な手すりにしがみついた。
その瞬間、少女が解き放った光が夜を消し飛ばした。
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