⚖️東京湾 ダンジョン都市クライシス〜異世界市長 万の民を背に、固定資産税と斯く戦えり〜

アリス&テレス

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東京湾の一番長い夜

完璧な計算…違い

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【アヴァロン島 / 完璧な計算…違い】

01:55 アヴァロン島・南港岸壁

 海風が、重油の臭いを運んでくる。

 ウィルは、アヴァロン島の南港にある石積みの岸壁に立っていた。

 背後には、先ほど説き伏せた都市参事会のメンバーたちが、不安そうな顔で控えている。

 商会ギルド長は、まだ顔色が悪い。消費税10%のショックから、まだ立ち直っていないようだ。

(少し脅し過ぎたか……まあいい、これで交渉の準備は整った)

 ウィルは心の中で、これまでの手順を確認する。

 全権委任状を手に入れた。議会の承認なしに、日本政府と直接交渉できる。

 あとは、日本側に「我々は話の通じる文明人です」とアピールするだけだ。

 そうすれば——

(いや、甘いか?)

 ふと、前世の記憶が脳裏をよぎる。

 役所の窓口で、何度も何度も書類を突き返された日々。

 「これでは受理できません」という、冷たい声。

 制度は、人の都合を聞かない。

 ウィルは前髪を掻き上げ、眉間の皺を深くした。

(……綺麗事では誰も守れない。だが、暴力でもダメだ。合法的に、利益で従わせる)

 固定資産税の減免も、自治権の確保も、全て交渉次第だ。

 だからこそ、初対面で最悪の印象を与えるわけにはいかない。

「マスター、来ます」

 隣に立つアリシアが、海を指差した。

 闇の中、白い船体が浮かび上がる。

 海上保安庁の巡視船だ。

 ウィルには分かっていた。日本側も様子を伺っているのだ。だから、ここで立っていれば、気が付かれるだろうと。

(ここで、最大限に友好的かつ理知的な態度を示す。我々は野蛮な侵略者ではなく、話の通じる文明人だとアピールするんだ)

 それが、合法的ハックへの第一歩だ。

 ウィルは大きく深呼吸をし、笑顔を作り、後ろで並ぶ全員に指示を出した。

「全員、笑顔で手を振るんだ、笑顔だぞ」

「市長殿、この距離で見える訳ありません。ましてやこちらは篝火程度の明かりなのですぞ」

「良いから、手を振れ。相手は見えてるから」

 ウィルの予想通り、正面の巡視船はこちらに向かって、真っ直ぐ進路をとった。

 ただこちらに近寄る巡視船を見ると、思ったよりデカい。

 巨船だ。後ろの議員たちがどよめいている。

 良い兆候だった。これで議員たちも余計な口を出さなくなるだろう。

 この時、ウィルの目には、巡視船は

「救済のビジネスパートナー」に見えていた。
 元会社経営者として、初対面での印象管理は完璧にこなしてきた。今回も同じだ。

 笑顔、礼儀正しい態度、そして冷静な対話。

 暴力ではなく、利益で従わせる——それが、自分の統治哲学だ。

「アリシア、いいか。俺が前に出る。お前は後ろで——」

 ウィルが振り返った時。

「はあ?」

 そこには、無機質な殺意を全身から放つ、美しい殺戮兵器の姿があった。

 アリシアの翠の瞳が、不吉な真紅へと変化し、巡視船を睨みつけていた。

 その周囲には、既に魔法陣の兆候が現れている。

 空気が震え、マナが収束していく。

「……え? ちょっと待って。何で戦闘モード?」

 ウィルの声が裏返った。

 脳内で、警報が鳴り響く。

(これ、思ってたのと違うのでは?)

 と。

「マスター、報告。対象船の挙動に変化。……異常なエネルギー増幅を確認」

 隣に立つアリシアの声が、冷淡な警告を鳴らす。

 ウィルが目を凝らした瞬間。

 ――ドォォォォォォン!!

 腹に響くような、重低音の咆哮。

 巡視船の煙突から黒煙が噴き上がり、白銀の船体が大きく揺れた。

 浅瀬と海底地形の確認を終えた巡視船が、市長(ウィル)の熱烈な歓迎に応えるべく、接岸のために主機関の出力を上げたのだ。

「速……いッ!?」

 ウィルの顔から余裕が消えた。

 巨大な巡視船が、波を切り裂き、白い飛沫を上げながら猛然と加速したのだ。

 現代人からすれば「接岸に向けた当然の機動」であった。

 だが、帆船と手漕ぎ舟しか知らない異世界の住人にとっては、それは、「重力を無視した鉄の塊の突撃」に他ならなかった。

「警告。対象船は風を受けず、帆も張らず、対数的な加速度を維持。……流体力学を無視した、質量兵器による物理衝突(ラム)と断定」

 アリシアの翠の瞳が、血のような真紅に染まる。

 彼女の演算回路は、巡視船の「親切な急行」を、「防衛線を突破するための決死の特攻」と誤認した。

「ちょっちょちょっと待て、アリシア! 違う、あれはただのサービス精神だ! 日本人の『早く行かなきゃ』っていうマナーなんだよ!」

 だが、アリシアの戦闘プログラムは、既に起動していた。

《推奨行動:警告射撃から消去作業へ移行》

「警告します。敵艦、このまま接近を続ける場合、脅威周辺ごと消去作業へと移行します」

 アリシアの右手が、ゆっくりと掲げられる。

 その掌に、赤黒い光が集まり始めた。

「ちょ、ちょっと待て! 待て待て待て!」

 ウィルは慌てて、アリシアの前に立ちはだかった。

 後ろで控えていた議員たちが、青ざめている。

「市長殿……あの、大丈夫なのですか……?」

「黙ってろ!今、なんとかするから!」

 ウィルは必死で脳を回転させた。

 どうする? どうすればいい?

 疲労で思考が鈍る。前髪がもう一房、垂れ落ちた。

(クソッ、これじゃ前回の二の舞だ——!)

 前世で会社が潰れた時、今世で失敗した時。

 何もかもが同時に始まり、わけも分からないまま制御不能になった、あの感覚。

(同じ失敗を繰り返すなど、絶対に認めない——!)

 ウィルの拳が震えた。

 最悪の事態だけは避けようと、ウィル脳は全力で回転した。

「消去作業開始」

 アリシアの掌に、赤黒い光が凝縮された。

 ウィルは悟る。

 ——これは交渉ではない。

 “事故”ですらない。

 ただ、ちょっとだけ致命的な誤認なんだ

----


ウィルの必死の制止も虚しく——

殲滅魔法『紅蓮の抱擁(ファイア・ストーム)』が、発動する。

初対面の挨拶が、武力攻撃に。

誤解は、最悪の形で現実となる。
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