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呪われた子 2
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マムルの小隊は森の切れ目の茂みの中に身を隠していた。彼らの視線の先には草地が広がっている。
ただ風だけが、足首の高さほどの深い茂みの上を駆け抜ける。
「見ろ」
誰かが声を出した。小隊に緊張が走る。
草むらの上に武装した集団が横たわっていた。身動き一つしない。どうやら死んでいるようだった。死体の多くは何かに食いちぎられてしまったかのようにバラバラになっていた。
マムルが手を上げると小隊のそれぞれが、その手に武器を握った。セヴルも左手に錆びた手斧が握り締める。
「白の兵士団だ! ざっと二百はいるぜ!」
歯の抜けた太っちょが声を荒げる。それをマムルが拳でふさぐ。
太っちょの耳を引き、小声で注意する。
「ムシに声を聞かれたら、生きて帰れるなんて思うなよ。連中は犬なんかよりもよっぽどしつこいからな」
ふとっちょは小刻みにうなずいて見せた。
マムルは隊を見回す。体勢を低くしたままで移動をしながら耳打ちし人数を数える。
マムルの小隊は全部で二十一人。
「隊の決め事を思い出せ」
セヴルの肩にも、マムルの手が触れる。反射的にマムルの顔を見てしまう。マムルは上唇を舌で舐めながら、草原をにらんでいた。
セヴルは、体制を変える振りをしてマムルの手から逃れた。
「(何人無事で戻れるか……)」
マムルはセヴルのことなどまるで気にかけることもなく腰袋から細長い小笛取り出して口にくわえると、息を吹き込む。
キュイ。キュイ。
と言う音が草原に響く。
しばらくしても、風の流れる音が聞こえてくるだけだった。
マムルがうなずき、手を草原に向かって振り上げる。
すると、それぞれが草原の中に散らばっていく。目指すは兵士たちの死体だ。
セヴルも草原の中に入っていく。側に誰もいないのを確認して地面に転がる死体に飛び掛った。
そいつは破れた鎖帷子を身につけた冴えない死に顔の男だった。持っている物も男と同じくらいパッとしなかった。手入れが悪く高く引き取ってもらえそうな物は期待できなかった。だが、こんな奴の方が高い物を懐に抱えていることが多い。それはマムルの受け売りだったが、実際そういう奴の方が多かったりもする。急いでそいつの荷物をあさる。背中の方に転がすと、ずっしりした皮袋が顔を出してきた。思わずにやりとした。
セヴルは、膝元に手斧を置き、皮袋を死体の腰のベルトから引き剥がす。手ごたえのある皮袋を勢い込んで開いてみた。煙こそ出なかったが、吹き上がってきたニオイに吐き気をもよおし、声を押し殺しながらその場に吐いた。
「(そんなに甘くないか)」
中身は、血と水を含んで腐った堅パンだった。
左腕で口をぬぐうと、男の首に下がっている輪っかの首飾りを強引に引き抜いた。あまりにも力強かったためか死体の頭皮と髪の毛が少量くっついてきた。
苦々しい顔でそれを右手に引っ掛けると手斧を持ち立ち上がった。
周囲を見回し、次の死体を捜す。
程近いところに身なりのいい死体を見つけた。
今度は期待できそうだった。
……だった。
死体に触れる前にセヴルは横に飛ばされた。ため息混じりに見るとやはりレハだった。幅広の剣を肩に担ぎ、『こいつは俺んだ』と言わんばかりの憎たらしい顔をしている。
後ろから左手に持った手斧で頭をかち割ってやったら、どれだけすっとするだろうか。だが、仲間を殺す奴は決して許されない。
セヴルはレハを一瞥すると、また周囲に目をやった。
「(なんだ?)」
少し離れたところで誰かが叫んでいる。
あれは死体を見て喜んでいた太っちょだ。手に持った輝く石を回りに見せびらかすように、はしゃぎまくっている。
「魔晶石だ! 宝石だぞ!」
太っちょの盛り上がりとは裏腹に小隊は緊張に包まれていく。
風が小隊と草原をなでて去っていく。
セヴルたちの余裕の無い表情とは対照的なほどあたりは物音一つしないほど静かだった。聞こえる音は、草の上を流れる風の音くらいなものだった。
「……やったな」
あまりの静けさに太っちょの側に何人かがゆっくりと近寄っていく。
それでも何も起きない。セヴルは、周囲に注意を払う。
「(バカが。ムシが出たらどうする気だ。生きて帰れないぞ)」
「くそ、俺も見つけるぞ」
すると、緊張を解き作業を再開する者や、走って太っちょの拾った石を見に行く者が出てくる。マムルをはじめとする十人程度は身動きせずにじっと我慢をしている。
「こいつを売って町で暮らすぜ。なぁ、いいんだろ? 拾った奴のもんだろ?」
太っちょはマムルに向かって手を振る。
マムルは無言でそれをにらみつけていた。セヴルも身動きをせずに成り行きを見守っていた。視界の隅に見えるレハでさえ、草むらの中に身を隠すようにじっとしていた。
「俺は大金持ちだ!」
太っちょがまた叫んだ。マムルの頬が引きつる。
風がやんだ。
セヴルの右手にかかった輪っかの首飾りに虫が止まる。一瞬どきりと体を強張らせるが、その小さな虫を見て、セヴルはほっと息をつく。
「(普通の虫か)」
顔を上げると、太っちょたちの集まりがざわついている。
「あれぇ? なんか変だぞ……」
「お前、そんなに小さかったっけ?」
「!」
太っちょが言葉にならない叫びを上げて草むらの底に消えた。追うように三人が草の中に吸い込まれた。
「(出た)」
セヴルは全身が緊張するのを感じた。ゆっくりとマムルを見る。
マムルは手のひらを見せるように右腕を上げている。
「(待機だ)」
だが、マムルの指示を見ずに逃げ出す者が何人もいた。作業を再開していた男たちだ。
「助けてくれ! 蟲だ! 蟲が出た!」
叫び声を上げて森へ逃げようとする男の背中に、中型犬くらいの黒い塊が飛びついた。
「(丸蟲だ!)」
セヴルは左手で口を押さえる。その目が塊の形をはっきりと確認する。黒いと言うより血が固まったような色、てかてか光る丸い外殻はゴツゴツと硬そうで、何本もの足がでたらめに体についている。
逃げ出す男が叫び声を上げると、また一匹、もう一匹と男をめがけて草むらの中から蟲が飛び出してくる。どれ一つとして体の作りが同じものはない。共通点は、丸いと言うことだけだった。
蟲に飛び掛られた男は、いくつもの音を発しながら、あっという間に何もかもが無くなっていく。葉っぱを噛み千切って食べる芋虫のように男は食いちぎられてしまった。
食べる物がなくなると蟲たちはその場にころんと転がる。身動きせずに何かを待っているようだった。
セヴルの視界の隅に草原を逃げていく男の姿が見える。男は草原の中に不自然な形で吸い込まれていった。マムルに視線を戻せば、ゆっくりとした動きで手で合図を送っている。男たちは、その合図を受けて周囲を見て、上げた手で合図を返していく。セヴルも音を立てないように手斧を股に挟むと周囲を見回す。
森に近いところにまだ数匹の蟲が転がっている。
左手を拳にして上げて、小刻みに振る。かすかに鳴る輪っかの首飾りにどきりとして、すぐに押さえる。蟲たちはセヴルの側からもぞもぞと離れて行くのが見えた。。
丸蟲は風が吹くと一斉にその風に流されながら草むらの中に転がり消えた。
それを確認してセヴルは、左手を開き合図した。
マムルが全員の合図が一致したのを確認して、森を指差し二回手のひらを振って見せた。
生き残った集団は、ゆっくりと森を目指して歩き出す。
マムルの小隊は森の切れ目の茂みの中に身を隠していた。彼らの視線の先には草地が広がっている。
ただ風だけが、足首の高さほどの深い茂みの上を駆け抜ける。
「見ろ」
誰かが声を出した。小隊に緊張が走る。
草むらの上に武装した集団が横たわっていた。身動き一つしない。どうやら死んでいるようだった。死体の多くは何かに食いちぎられてしまったかのようにバラバラになっていた。
マムルが手を上げると小隊のそれぞれが、その手に武器を握った。セヴルも左手に錆びた手斧が握り締める。
「白の兵士団だ! ざっと二百はいるぜ!」
歯の抜けた太っちょが声を荒げる。それをマムルが拳でふさぐ。
太っちょの耳を引き、小声で注意する。
「ムシに声を聞かれたら、生きて帰れるなんて思うなよ。連中は犬なんかよりもよっぽどしつこいからな」
ふとっちょは小刻みにうなずいて見せた。
マムルは隊を見回す。体勢を低くしたままで移動をしながら耳打ちし人数を数える。
マムルの小隊は全部で二十一人。
「隊の決め事を思い出せ」
セヴルの肩にも、マムルの手が触れる。反射的にマムルの顔を見てしまう。マムルは上唇を舌で舐めながら、草原をにらんでいた。
セヴルは、体制を変える振りをしてマムルの手から逃れた。
「(何人無事で戻れるか……)」
マムルはセヴルのことなどまるで気にかけることもなく腰袋から細長い小笛取り出して口にくわえると、息を吹き込む。
キュイ。キュイ。
と言う音が草原に響く。
しばらくしても、風の流れる音が聞こえてくるだけだった。
マムルがうなずき、手を草原に向かって振り上げる。
すると、それぞれが草原の中に散らばっていく。目指すは兵士たちの死体だ。
セヴルも草原の中に入っていく。側に誰もいないのを確認して地面に転がる死体に飛び掛った。
そいつは破れた鎖帷子を身につけた冴えない死に顔の男だった。持っている物も男と同じくらいパッとしなかった。手入れが悪く高く引き取ってもらえそうな物は期待できなかった。だが、こんな奴の方が高い物を懐に抱えていることが多い。それはマムルの受け売りだったが、実際そういう奴の方が多かったりもする。急いでそいつの荷物をあさる。背中の方に転がすと、ずっしりした皮袋が顔を出してきた。思わずにやりとした。
セヴルは、膝元に手斧を置き、皮袋を死体の腰のベルトから引き剥がす。手ごたえのある皮袋を勢い込んで開いてみた。煙こそ出なかったが、吹き上がってきたニオイに吐き気をもよおし、声を押し殺しながらその場に吐いた。
「(そんなに甘くないか)」
中身は、血と水を含んで腐った堅パンだった。
左腕で口をぬぐうと、男の首に下がっている輪っかの首飾りを強引に引き抜いた。あまりにも力強かったためか死体の頭皮と髪の毛が少量くっついてきた。
苦々しい顔でそれを右手に引っ掛けると手斧を持ち立ち上がった。
周囲を見回し、次の死体を捜す。
程近いところに身なりのいい死体を見つけた。
今度は期待できそうだった。
……だった。
死体に触れる前にセヴルは横に飛ばされた。ため息混じりに見るとやはりレハだった。幅広の剣を肩に担ぎ、『こいつは俺んだ』と言わんばかりの憎たらしい顔をしている。
後ろから左手に持った手斧で頭をかち割ってやったら、どれだけすっとするだろうか。だが、仲間を殺す奴は決して許されない。
セヴルはレハを一瞥すると、また周囲に目をやった。
「(なんだ?)」
少し離れたところで誰かが叫んでいる。
あれは死体を見て喜んでいた太っちょだ。手に持った輝く石を回りに見せびらかすように、はしゃぎまくっている。
「魔晶石だ! 宝石だぞ!」
太っちょの盛り上がりとは裏腹に小隊は緊張に包まれていく。
風が小隊と草原をなでて去っていく。
セヴルたちの余裕の無い表情とは対照的なほどあたりは物音一つしないほど静かだった。聞こえる音は、草の上を流れる風の音くらいなものだった。
「……やったな」
あまりの静けさに太っちょの側に何人かがゆっくりと近寄っていく。
それでも何も起きない。セヴルは、周囲に注意を払う。
「(バカが。ムシが出たらどうする気だ。生きて帰れないぞ)」
「くそ、俺も見つけるぞ」
すると、緊張を解き作業を再開する者や、走って太っちょの拾った石を見に行く者が出てくる。マムルをはじめとする十人程度は身動きせずにじっと我慢をしている。
「こいつを売って町で暮らすぜ。なぁ、いいんだろ? 拾った奴のもんだろ?」
太っちょはマムルに向かって手を振る。
マムルは無言でそれをにらみつけていた。セヴルも身動きをせずに成り行きを見守っていた。視界の隅に見えるレハでさえ、草むらの中に身を隠すようにじっとしていた。
「俺は大金持ちだ!」
太っちょがまた叫んだ。マムルの頬が引きつる。
風がやんだ。
セヴルの右手にかかった輪っかの首飾りに虫が止まる。一瞬どきりと体を強張らせるが、その小さな虫を見て、セヴルはほっと息をつく。
「(普通の虫か)」
顔を上げると、太っちょたちの集まりがざわついている。
「あれぇ? なんか変だぞ……」
「お前、そんなに小さかったっけ?」
「!」
太っちょが言葉にならない叫びを上げて草むらの底に消えた。追うように三人が草の中に吸い込まれた。
「(出た)」
セヴルは全身が緊張するのを感じた。ゆっくりとマムルを見る。
マムルは手のひらを見せるように右腕を上げている。
「(待機だ)」
だが、マムルの指示を見ずに逃げ出す者が何人もいた。作業を再開していた男たちだ。
「助けてくれ! 蟲だ! 蟲が出た!」
叫び声を上げて森へ逃げようとする男の背中に、中型犬くらいの黒い塊が飛びついた。
「(丸蟲だ!)」
セヴルは左手で口を押さえる。その目が塊の形をはっきりと確認する。黒いと言うより血が固まったような色、てかてか光る丸い外殻はゴツゴツと硬そうで、何本もの足がでたらめに体についている。
逃げ出す男が叫び声を上げると、また一匹、もう一匹と男をめがけて草むらの中から蟲が飛び出してくる。どれ一つとして体の作りが同じものはない。共通点は、丸いと言うことだけだった。
蟲に飛び掛られた男は、いくつもの音を発しながら、あっという間に何もかもが無くなっていく。葉っぱを噛み千切って食べる芋虫のように男は食いちぎられてしまった。
食べる物がなくなると蟲たちはその場にころんと転がる。身動きせずに何かを待っているようだった。
セヴルの視界の隅に草原を逃げていく男の姿が見える。男は草原の中に不自然な形で吸い込まれていった。マムルに視線を戻せば、ゆっくりとした動きで手で合図を送っている。男たちは、その合図を受けて周囲を見て、上げた手で合図を返していく。セヴルも音を立てないように手斧を股に挟むと周囲を見回す。
森に近いところにまだ数匹の蟲が転がっている。
左手を拳にして上げて、小刻みに振る。かすかに鳴る輪っかの首飾りにどきりとして、すぐに押さえる。蟲たちはセヴルの側からもぞもぞと離れて行くのが見えた。。
丸蟲は風が吹くと一斉にその風に流されながら草むらの中に転がり消えた。
それを確認してセヴルは、左手を開き合図した。
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