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呪われた子 4
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森の先は、日の光をうけて真っ白に輝いていた。
小隊が再び草原に戻ると、兵士の死体はほとんどが食いちぎられていた。地面には杭を打った後のような小さな穴がいくつも空いている。
噛み切られた武器や鎧が残された一方で、多くの死者たちはまるで歩き去ってしまったかのように消え去っていた。輪っかの近くだけは、そのまま放置されている。
森の中から草原を見つめる小隊は、この状況に動き出せずにいた。
「どういうことだ」
あまりの出来事にマムルが声を出していた。それを許可と受け取ったのか、男たちは口々にしゃべりだす。
「一体何が……」
前歯のない男を頭の薄い男がつつく。
「おい、ちょっと見て来いよ」
「お前が見て来い」
「嫌だよ。お前行けよ」
マムルは草原を端から端までゆっくりと観察する。
「変だな」
腰袋から笛を取り出し吹く。耳を草原に向けるが返ってくる音は風が草をなでる音だけだった。
「蟲は死骸を食わないはずだ。それに同業者なら……」
「夜には仕事はしねえはず」
しゃしゃり出るにやついている男の頭をレハが小突く。
「馬鹿。それはうちの決まり。わざわざ蟲の出やすい夜に行動することもないだろ? それに同業者なら輪っかを残していくなんて考えられないんだよ」
レハの言葉にマムルがうなずいた。小隊に動揺が広がる。
「まさか蟲が死骸を食った?」
「蟲の事を理解できる奴なんかいないさ。いつでも奴らは予想外だ」
マムルは側にあった大きな袋から輪っか数個を取り出し、自らの首から下げる。
「とりあえずレハとセヴル、見て来い。他の奴は少し下がれ」
それぞれ武器を手にとって草原の中に入っていく。
セヴルはレハとは別方向に歩き出す。
草の生えていない土は、蟲の体と同じように赤黒い。すっぱい匂いが鼻を刺激してくる。足元に散らばっている残骸には金になりそうなものは無かった。それでも輪っかの周辺だけは無傷で残っている。どこを見てもそんな感じだった。
「(ただの金属の輪にしか見えないのに、何でこの周りだけ無事なんだ?)」
セヴルは立ち止まって輪っかを拾い上げる。
「(これってアレに似てるよな。蟲は牛が嫌いだったりしてな)」
鼻で笑って、どきりと体を緊張させる。
「(音を立てるな)」
草原のルールは、先を歩いて死んだ奴らの犠牲があって生まれた。やってはいけない事の積み重ねが今につながっている。
「(何かが起こっている)」
この大地に住む人間の多くがそう感じているが、そのほとんどは考えてはいなかった。数年前までは草原にも頻繁に人の往来があり、蟲も脅威ではなかった。気持ちが悪いだけでも十分害があるという声もあったが、人や動物を襲うことはないと思われてた。
「(蟲が変わったのか、食べるものがないのか)」
セヴルは吊っている右手に輪をかける。そして、森の方へと戻っていく。
「(レハは何かを見つけただろうか?)」
視線の先にすぐにレハを見つけることが出来た。何かを探しているように見える。
「(!)」
不意にレハの姿が消えた。セヴルの緊張が一気に高まる。
手斧を握る左の手に力を込めて、ゆっくりとレハのほうへ歩んでいく。森に逃げれば済む話なのに、なぜか近づくことを選んだのだ。
レハが再び姿を現す。手には輪っかと魔晶石を握っている。レハはすばやく皮鎧の下に魔晶石をもぐりこませる。そして、近くに来ていたセヴルに気がついた。
ばつが悪そうに苦笑いしながらセヴルに寄って来る。
側まで来ると輪っかを見せながら小声で話しかけてくる。
「輪っかは蟲除けなんだぜ。これがあれば少しは安全だ。話だって出来る。そろそろ戻ろうぜ」
レハは森に向かって歩き始める。
「最初からそれを狙ってたんだ」
「見てたのかよ。ゆっくり戻りながら話せ。俺には計画があるんだ」
レハは森に向かう。セヴルもそれを追いかける。
「草原ではしゃべるな」
足元を気にするようなそぶりを見せレハが歩みを緩めてセヴルに並ぶ。
「小声なら大丈夫だ。輪っかもある」
「昨日はそれでも蟲は出た」
レハの腕がセヴルの肩を押す。セヴルもそれを押し返す。
「あんな馬鹿騒ぎは論外だ。唇を動かすな、出来るだろ?」
「しゃべれるか」
「こっちも見るな」
「命令すんな」
「これがあれば、街でもまともな生活が出来るんだ」
「石の大地に行くんだろ」
「あれは昨日までの話だ」
「言葉も覚えたんだろ?」
「黙ってたら少しやるからよ」
「いらないよ」
「なんで? 家畜小屋から引っ越せるんだぞ? 牛が同居人なんて家畜か奴隷だけだろうが」
「いいだろ」
「ガキだな。俺からの施しは受けたくないってか?」
「そう思ってろよ」
「じゃあ、黙っててくれ」
「しゃべる必要も無いだろ。『拾ったものは自分のもの』」
「へへ、悪いな」
セヴルは立ち止まってレハを見た。レハもすぐ振り返る。
「なんだ?」
「いや、レハからそんな言葉が出たんで驚いただけだよ」
「俺は大人だからな。だが、お前って言うな……」
二人はすぐに歩き始める。
「大して変わらないくせに」
森に入ってすぐマムルが話しかけてきた。レハはマムルに輪っかを差し出すと、何食わぬ顔で腕を組んで懐深く魔晶石を抱えている。マムルは輪っかを受け取ると、レハの微妙な動きに気がつくこともなく草原を覗き込んだ。
「どうだった?」
「輪っかは無事でしたが、その他は何かに襲われたみたいでした。野犬か何かでしょうね。穴は杭か何か先の尖った物が刺さっていた感じです。テントでも張ってたんでしょうかね」
「そうか……。よし、作業に移れ。さっさと回収して村に帰るぞ。セヴル、連中を呼んで来い」
森の奥に向かおうとするセヴルの肩を、マムルは力強くつかんだ。
「それから、輪っかは俺のだ。置いていけ」
森の先は、日の光をうけて真っ白に輝いていた。
小隊が再び草原に戻ると、兵士の死体はほとんどが食いちぎられていた。地面には杭を打った後のような小さな穴がいくつも空いている。
噛み切られた武器や鎧が残された一方で、多くの死者たちはまるで歩き去ってしまったかのように消え去っていた。輪っかの近くだけは、そのまま放置されている。
森の中から草原を見つめる小隊は、この状況に動き出せずにいた。
「どういうことだ」
あまりの出来事にマムルが声を出していた。それを許可と受け取ったのか、男たちは口々にしゃべりだす。
「一体何が……」
前歯のない男を頭の薄い男がつつく。
「おい、ちょっと見て来いよ」
「お前が見て来い」
「嫌だよ。お前行けよ」
マムルは草原を端から端までゆっくりと観察する。
「変だな」
腰袋から笛を取り出し吹く。耳を草原に向けるが返ってくる音は風が草をなでる音だけだった。
「蟲は死骸を食わないはずだ。それに同業者なら……」
「夜には仕事はしねえはず」
しゃしゃり出るにやついている男の頭をレハが小突く。
「馬鹿。それはうちの決まり。わざわざ蟲の出やすい夜に行動することもないだろ? それに同業者なら輪っかを残していくなんて考えられないんだよ」
レハの言葉にマムルがうなずいた。小隊に動揺が広がる。
「まさか蟲が死骸を食った?」
「蟲の事を理解できる奴なんかいないさ。いつでも奴らは予想外だ」
マムルは側にあった大きな袋から輪っか数個を取り出し、自らの首から下げる。
「とりあえずレハとセヴル、見て来い。他の奴は少し下がれ」
それぞれ武器を手にとって草原の中に入っていく。
セヴルはレハとは別方向に歩き出す。
草の生えていない土は、蟲の体と同じように赤黒い。すっぱい匂いが鼻を刺激してくる。足元に散らばっている残骸には金になりそうなものは無かった。それでも輪っかの周辺だけは無傷で残っている。どこを見てもそんな感じだった。
「(ただの金属の輪にしか見えないのに、何でこの周りだけ無事なんだ?)」
セヴルは立ち止まって輪っかを拾い上げる。
「(これってアレに似てるよな。蟲は牛が嫌いだったりしてな)」
鼻で笑って、どきりと体を緊張させる。
「(音を立てるな)」
草原のルールは、先を歩いて死んだ奴らの犠牲があって生まれた。やってはいけない事の積み重ねが今につながっている。
「(何かが起こっている)」
この大地に住む人間の多くがそう感じているが、そのほとんどは考えてはいなかった。数年前までは草原にも頻繁に人の往来があり、蟲も脅威ではなかった。気持ちが悪いだけでも十分害があるという声もあったが、人や動物を襲うことはないと思われてた。
「(蟲が変わったのか、食べるものがないのか)」
セヴルは吊っている右手に輪をかける。そして、森の方へと戻っていく。
「(レハは何かを見つけただろうか?)」
視線の先にすぐにレハを見つけることが出来た。何かを探しているように見える。
「(!)」
不意にレハの姿が消えた。セヴルの緊張が一気に高まる。
手斧を握る左の手に力を込めて、ゆっくりとレハのほうへ歩んでいく。森に逃げれば済む話なのに、なぜか近づくことを選んだのだ。
レハが再び姿を現す。手には輪っかと魔晶石を握っている。レハはすばやく皮鎧の下に魔晶石をもぐりこませる。そして、近くに来ていたセヴルに気がついた。
ばつが悪そうに苦笑いしながらセヴルに寄って来る。
側まで来ると輪っかを見せながら小声で話しかけてくる。
「輪っかは蟲除けなんだぜ。これがあれば少しは安全だ。話だって出来る。そろそろ戻ろうぜ」
レハは森に向かって歩き始める。
「最初からそれを狙ってたんだ」
「見てたのかよ。ゆっくり戻りながら話せ。俺には計画があるんだ」
レハは森に向かう。セヴルもそれを追いかける。
「草原ではしゃべるな」
足元を気にするようなそぶりを見せレハが歩みを緩めてセヴルに並ぶ。
「小声なら大丈夫だ。輪っかもある」
「昨日はそれでも蟲は出た」
レハの腕がセヴルの肩を押す。セヴルもそれを押し返す。
「あんな馬鹿騒ぎは論外だ。唇を動かすな、出来るだろ?」
「しゃべれるか」
「こっちも見るな」
「命令すんな」
「これがあれば、街でもまともな生活が出来るんだ」
「石の大地に行くんだろ」
「あれは昨日までの話だ」
「言葉も覚えたんだろ?」
「黙ってたら少しやるからよ」
「いらないよ」
「なんで? 家畜小屋から引っ越せるんだぞ? 牛が同居人なんて家畜か奴隷だけだろうが」
「いいだろ」
「ガキだな。俺からの施しは受けたくないってか?」
「そう思ってろよ」
「じゃあ、黙っててくれ」
「しゃべる必要も無いだろ。『拾ったものは自分のもの』」
「へへ、悪いな」
セヴルは立ち止まってレハを見た。レハもすぐ振り返る。
「なんだ?」
「いや、レハからそんな言葉が出たんで驚いただけだよ」
「俺は大人だからな。だが、お前って言うな……」
二人はすぐに歩き始める。
「大して変わらないくせに」
森に入ってすぐマムルが話しかけてきた。レハはマムルに輪っかを差し出すと、何食わぬ顔で腕を組んで懐深く魔晶石を抱えている。マムルは輪っかを受け取ると、レハの微妙な動きに気がつくこともなく草原を覗き込んだ。
「どうだった?」
「輪っかは無事でしたが、その他は何かに襲われたみたいでした。野犬か何かでしょうね。穴は杭か何か先の尖った物が刺さっていた感じです。テントでも張ってたんでしょうかね」
「そうか……。よし、作業に移れ。さっさと回収して村に帰るぞ。セヴル、連中を呼んで来い」
森の奥に向かおうとするセヴルの肩を、マムルは力強くつかんだ。
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