立方世界 呪われた子

大秦頼太

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呪われた子 13

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 セヴルは薄暗い部屋の中にいた。
 ひんやりとした石の感触が、火照った顔に心地よかった。腕は後ろ、足にも木製の枷がはめられていた。拾えそうなものは何も無い。つかめそうなものも何も無い。横向きになると、壁も石造りだった。出口は一つしかないようだ。そこには覗き窓のついた重厚感のある木の扉が一枚、セヴルの絶望感を増幅させた。
 もぞもぞと動き、ようやく座ることが出来た。
「よく生きていたな」
 檻の向こうから聞きなれた声が聞こえる。飛び跳ねながら扉に近づく。右手に何かを握ろうと空気を掻き続ける。
「マムル!」
「主人を呼び捨てか? 草原を越えると人が変わるらしいな」
「何でレハを殺した!」
 扉に体を押し当てる。覗き窓の位置が高く、セヴルの側から見ることは出来なかった。
「お前、あいつとは仲が悪かったんじゃないのか?」
「だからって、殺すことなかっただろ!」
「お前も間抜けだったな。部屋中に自分の痕跡を残しやがって」
「出せ! お前なんかぶっ飛ばしてやる!」
 扉に体をぶつけが、扉に跳ね返され、セヴルは床の上に転がる。
「お前が戻ってくるのを待って捕まえればよかったんだがな。流石に俺も動揺していたらしい」
「くそ! 何でだ! 何でなんだよ!」
「魔晶石さ」
「え?」
「あのガキ、魔晶石を独り占めにしやがったからな。それで俺の隊を出て行くと抜かしやがった。今までの恩を忘れてな! お前もそうだ! 何故、言わなかった? 草原で拾ったのを見てたんだよ! いくら貰う約束をしてたんだ? このガキが、舐めたマネしやがって……。だがなぁ、うへへ、お前は死刑だ」
「汚い奴!」
「何とでも言うんだな。レハの死に様も相当面白かったが、お前の死に様も楽しみだ。くふふ、今、思い出しても笑いがこみ上げてくる。脱退署名にサインをさせている間に後ろに回りこんで喉をスカッと切り裂いてやった。振り返った奴は、自分が死んでいくこともわからずに『サイン、サイン書けました』だとよ。あーっはっは! 気がついたときには、床の上で『なんで? どうして?』って呟いていたっけな。俺の気分もスカッとしたぜぇ。生意気で恩知らずなあいつを殺せたからな。あのクソガキ、最後まで署名に落書きを続けやがって、脱退手当てはパァになったぜ。屈辱の罰金を払えば、俺は許されるわけだ。だが俺は痛くもかゆくもない。なぜなら、魔晶石のおかげで、俺の懐はちっとも寒くないからだ。俺は一気に大金持ちだぜ。本当にありがとよ」
 セヴルは扉に向かって体当たりを繰り返す。だが、扉は揺るぎもしなかった。
「お前は死ぬ。死にたかったんだろ? 良かったじゃねえか」
「マムル! マムル!」
 扉に頭を打ち付けるセヴル。額が切れて扉に血と皮膚がこびりつく。
「うぅ……。許さないぞ、許さないからな!」
 扉に頭を押し付けると、滴る血が涙と混ざり床に落ちる。
「許さなくて結構、お前は終わりさ。レハの奴とせいぜいあの世で仲良くするんだな」
 覗き窓が閉まり、牢は闇の中に落ちる。笑い声と足音がどんどん遠くなる。
 セヴルは力なくうずくまった。
「何なんだ……。俺たちが一体何をしたって言うんだよ。汚いぞ! 卑怯者!」
 静かだった。自分の息遣いだけがそこにあった。目を閉じると、レハが埋まっていた穴が思い出された。
「レハもこんな風に死んだのか……」
 床の上に転がると、うつろな目で頭上を見つめた。
「……箱の中。俺は箱の中から出られないんだ」
 いくつかの足音が聞こえて来る。
「ここかな?」
 甲高くしわがれている声。
「はい、そうです」
 もうひとつは若い男の声。
 覗き窓が開く音がする。セヴルが目を空けると、光が差し誰かがこちらを覗いている。
「立て。中の男」
 甲高いしわがれた声が、頭上から命令する。セヴルは、光を見上げる。
「早く立て!」
 若い男の声は苛立っているようだった。セヴルは、ゆっくりと立ち上がる。
「若いな。君より若いんじゃないの?」
「年は十四だそうです」
「十四か。君はいくつだ?」
「十八であります。父の跡を継ぎ、先月より牢番をしております。微笑みの聖導師パ様にお会いできて光栄であります」
「ほほほほ。元気なのは良いが、言われたことだけに応えるように」
「はっ、失礼いたしました」
「蟲をたやすく切り裂く術を持っているそうですね?」
「……」
 セヴルは覗き窓から差し込む光を凝視する。
「言葉はわかるのかな?」
「はい。貴様、返事をしろ! 微笑の聖導師パ様のお尋ねであるぞ」
 人影が見える。背の低いのとそれよりずっと高い者がいる。声の甲高い方は小さい方か。
「わかるよ」
「蟲の外殻を貫く術を持っているそうですね?」
「術って言うか……」
 不意にバリュフの言葉が頭をよぎる。
「人をあまり信じすぎないほうがいいよ」
 セヴルは黙り込んだ。
「術ではないのですか?」
「俺はここで殺されるんだろ? だから言わない。放っておいてくれ」
「貴様!」
 若い男がセヴルに寄ってくる。それを後ろの男が笑いで引き止める。
「ほほほほ。よいよい。お前の望みは何ですか?」
 望み。
 セヴルがその言葉を理解するのには少しの時間がかかった。
「俺の望みは……」
 右手の呪いを解くこと。
 いや、それはまだ先でいいのかもしれない。死ぬのなら必要がないことだ。
「死ぬなら何を望んでも意味が無い」
 聖導師パの声が聞こえてくる。
「若いのだ。やりたいことがあるのではないか?」
「やりたいこと?」
 それを考えた瞬間、セヴルは心に黒い炎が燃え上がるのを感じた。
 マムルを殺す。そのためにはまずここを出て自由にならなければならない。
「望みは俺をここから出すこと。それと、俺を追わないこと」
「ふざけるな!」
 若い男の反応は、とても反射的だった。ゆっくりとした聖導師パの声が、後に続いてくる。
「ほほほほ。それは難しい。私はね、君の持っている術が欲しいのです。蟲を退治するのにとても有用だと考えています」
「人に教えられるものじゃない」
「それは残念です。閉じろ」
 光が急速にしぼんでいく。セヴルは思わず声を上げた。
「待て! 待ってくれ」
 光の収束が止まる。
「どうしたかな?」
「どうすればいい? どうすればここから出してくれる?」
「ほほほほ。素直な若い子は嫌いじゃないですよ」
 セヴルは身震いした。光が、再び増えた。
「ほほほほ。こちらの要求に応えてくれるのなら、犯した殺人に目を瞑ってもよいぞ」
「要求……」
「蟲を駆除したい。この草原の大地からね。誰も蟲に食われることのない平和な土地にしたいのですよ。平和は大地を豊かにするからね。しかし、蟲の外殻はとても硬く、並みの人間では砕くことが出来ない。君が、蟲の外殻を貫けるならば、力を貸してもらいたいのですよ」
「俺は、人殺しなんてしてない」
 聖導師パは笑うことをやめた。その声の響きの中の鋭さが増す。
「それはこの際、置いておきましょう。どうです? 教えてくれないか?」
「教えたら、俺を殺すんだろ?」
「そんなことしませんよ」
「信用できない」
「では、この話は無かったことになる」
「やらないとは言ってない」
「なに?」
「俺が、蟲を駆除する」
「この大地の全ての蟲を? そんな非現実的なこと信じられぬな。逃げるかもしれない」
「見張りをつけてくれてもいい」
「ふむ」
「教えることは出来ないけど、真似が出来るか調べればいい」
「ふむ」
 間を置く聖導師パに若い男がうろたえる。
「こいつの言うことなど信じないでください」
「よかろう。出来ぬものと判断したらまたここにつなぐぞ?」
 セヴルは光をにらみつけた。
「わかった」
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