立方世界 呪われた子

大秦頼太

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呪われた子 19

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 19

 草原の草を踏んで作られた大きな円の中に、セヴルたちは座っていた。周りをセヴルの腰の高さほどの草が取り囲んでいる。
「運動って?」
「蟲を狩るのさ。それが目的でもあるんだろう?」
 慌てふためく一同を他所に、バリュフは荷物袋の中から何か探している。その背中からセヴルが声をかける。
「狩るって誰が?」
「君が」
 バリュフは振り返りもしないで探し物を続けていたが、目当てのものが見つからないのか、別の荷物袋を見る。
「何で」
「あとで説明する」
 首をかしげるバリュフ。
「グロウ、魔法の杖って持ってきたっけ?」
「どれですか?」
「木の枝みたいな奴」
「三又の枝の奴ですか?」
「そうそう、三又の枝の奴」
「枯れたイガイガの葉っぱが一枚ついてた?」
「それそれ。葉っぱの一枚ついてた奴」
 グロウは右上を見ながら返事を続ける。
「アレは……。あっ、僕知らないです」
「あっ、ってなんだい?」
「言いません」
「言いなさい」
「言いません。先生、怒るから」
「言いなさい。怒らないから」
「起こるから嫌です」
「怒らないって」
「嫌です」
「言えって、言ってるだろうが!」
 グロウは、サアラの背中に逃げ込む。サアラがバリュフの前に立ちはだかる。
「こんな小さな子を相手に、本気で怒るなんてあなたどうかしてるわよ。魔術師って、頭がおかしい連中が多いって本当だわね」
「子どもに本気で怒れないなら、私はこの子の師になった意味がない。気持ちはいつでも本気だ。でも、この子に手を上げたことはない」
「つねるくせに」
 サアラの後ろからグロウが顔を出す。
「忘れたのか?」
「ううん」
「じゃあ、持ってきたんだな?」
「ううん」
「どういうことかな?」
「パン焼くときにね、薪がなくて、それで、その日は雨だったから、外に行きたくなくて」
「まさか?」
「湿気ってる薪じゃ、美味しく焼けないんだもん」
「わかった」
 バリュフは、その場に崩れ落ちる。その背中にセヴルが声をかける。
「大丈夫?」
 バリュフは力なく手を上げて応える。
「大丈夫」
「まさか、それがないと魔法が使えないとか?」
 と、セヴル。バリュフは首を振る。
「いや、そういうわけじゃないんだ。少しは似てるんだけど」
「どなたかの形見とか?」
 ガリウスも寄ってくる。
「まだ死んでない。と思う」
「師匠から貰ったとか?」
 セヴルが首をかしげる。バリュフは言葉を濁らせる。
「元妻だ。元妻から貰ったんだ」
「そんな大事なものを」
 ガリウスが小さく驚く。
「それほど大事じゃなかったんだ。だから、適当に置いてあったんだ」
「だから捨てられたのね」
 サアラの言葉は鋭くバリュフを突き刺す。
「……まあいい。セヴル、鞘を貸して」
 バリュフは起き上がり、セヴルの左手から鞘を受け取る。
「セヴル、向こうを向いて」
「え? あ、はい」
 バリュフは、左手に鞘を持ち、右手を自らの唇に添える。
 呪文を唱える間、バリュフは踊っているかのように躍動感のある不思議な動きをする。
「ちょっと、何してるのよ」
 グロウが、サアラの腕をつかむ。見下ろすサアラに首を振ってみせる。
「今、邪魔しないで、呪文の詠唱が失敗すると、危ないから」
「危ないって何が?」
 バリュフは鞘を空に向ける。鞘の先端がうっすら赤く輝きだす。それをセヴルの背中に当てると、バリュフが叫ぶ。
「『憎悪(ヘイト)』!」
 鞘の先から生まれた真っ赤な光が、セヴルを包み込む。ガリウスとサアラが感嘆の声を上げる。
「おおー」
「何これ?」
 セヴルは何事かと慌てふためく。
「今から、セヴルめがけて、蟲が来るからみんなは見ていよう。あー疲れた」
 バリュフは体中に大粒の汗をかいている。草の上に腰を下ろすと、セヴルに手を振った。
「よろしく」
「は? 冗談だろ?」
 バリュフが唇に指を当てる。風が流れ、一瞬の静けさの中に近づいてくる気配があった。
 キュイキュイ。キュイキュイ。
「嘘だろ。本当に来た」
 セヴルの声にガリウスが武器を引き抜く。バリュフが手を上げてそれを制止する。
「大丈夫、憎しみが強い分、動きが単純になっているから。でも、顎には気をつけてね」
 草むらの中から丸蟲が三匹転がり出てくる。じりじりと、セヴルへと寄って来る。その中の一匹が、バリュフたちにも反応している。どちらに飛び掛るか迷うように、小刻みに震えている。
「あれ? 変だな……」
「先生?」
 丸蟲は、セヴルとの距離をつめると、飛び掛ってくる。セヴルは、一匹目をかわす。そこに突っ込んできた二匹目を折れた剣で突き刺す。赤黒い体液が飛び散る。
 三匹目の丸蟲はブルブルと震えて迷っているようだった。
 バリュフは、グロウの手を握り丸蟲から遠ざかる。三匹目の丸蟲はバリュフたちには反応しなかった。ガリウスがメイスを構える。サアラが丸蟲と距離をとろうとする。すると丸蟲もそれに反応する。
 ガリウスがそれを見て、丸蟲の後ろに回り込もうとすると、丸蟲はそれにも反応する。
「驚いた」
 バリュフの声に丸蟲は反応を示さない。バリュフは自分の胸元を見る。
「うん、そうだ。私の声に反応をしないのは、私には蟲除けが効いているからだ。しかし、彼らの銀の輪っかには反応している。これはやはり……」
 バリュフが独り言をつぶやいている間に、セヴルがもう一匹の丸蟲を切り捨てる。狙いを絞りきれない丸蟲を刺し殺す。
 サアラがバリュフに詰め寄ってくる。
「どういうこと?」
「いやあ、悪い悪い」
 キュイキュイ。キュイキュイ。
 セヴルは舌を出した。
「またか」
「しばらく出るよ」
「なんで?」
「二人は下がって」
 バリュフは、ガリウスとサアラを側に呼ぶ。
「何で俺だけ、戦うんだよ」
「蟲を退治するのが君の仕事だろ?」
 丸蟲が二匹近づいてくる。
「(くそ)」
 先制攻撃は、セヴルからだった。しかし、丸蟲の突撃に巻き込まれた。丸蟲と固まって草原を転がるセヴル。丸蟲の絡み付いてくる足を切り落とすと、胴を突き刺した。その間にもう一匹がセヴルの左足に噛み付く。
「うわあああ!」
 セヴルは力任せに折れた剣を叩きつける。丸蟲は真っ二つに裂ける。
「ちょっと大丈夫?」
 サアラが駆け寄る。ガリウスもセヴルの元に近づく。バリュフが声をかける。
「二人とも戻るんだ」
「肉がえぐれてるわ。ガリウス、薬草を」
 サアラの言葉を受け、ガリウスは荷物をあさり始める。後ろからはバリュフの声が響く。
「油断していると、命を落とすぞ」
「あなたねぇ!」
 サアラの非難を抑えてセヴルは起き上がる。
「いいんだ。……調子に乗ってた」
「ダメよ! すぐにやめさせて」
「蟲は死ぬまで殺そうとしてくるからな。気を抜くな」
「わかった」
「待って」
 ガリウスがセヴルの左足を縛り、止血する。
 キュイキュイ。
「まだまだ来るぞ」
「やめさせて!」
「ダメだ。ここでやめたらセヴルはこれから先、生き残れない」
「いいわ。魔術師って本当にろくでもない奴しかいないのね」
 サアラは背中から丸盾を取り外す。
「あなたはそこで休んでればいいわ」
 草むらの中から、皿型蟲が現れる。サアラはメイスと丸盾を構えるが、その手は震えている。
「僕もやるよ」
 ガリウスが銀の輪っか片手に振り回し、右手にメイスを握る。皿型蟲はガリウスを大きく外れて飛び掛る。
 ガリウスの一撃は、皿型蟲の外殻に跳ね返される。体勢を崩し、ガリウスは転げる。なおもガリウスを襲う構えを見せる皿型蟲に、サアラの一撃が撃ち落される。
「うっ!」
 サアラの腕は衝撃を受けて、メイスを手放してしまう。皿型蟲の外殻にはひびすら入っていない。
「なんて硬いの!」
 皿型蟲は、サアラに狙いをつける。
「ガリウス!」
 セヴルがガリウスに左手を伸ばす。皿型蟲がサアラに飛び掛る。ガリウスの手がセヴルを引く。セヴルは勢いのまま右足で飛び、皿型蟲の背中に折れた剣を突き入れる。
 真っ赤な体液が、サアラに降り注ぐ。
「何よ、これ!」
 顔を押さえて苦しがるサアラ。セヴルが皮の水筒をサアラに投げる。
「水で、顔を洗って。バリュフ、鞘を返してくれ。左足の変わりに杖にする」
 バリュフは、静かにうなずいた。
「投げるぞ」
「うん」
 鞘を受け取ると、セヴルは鞘を杖に立ち上がる。
 キュイキュイ。キュイキュイ。
「さあ、来い!」
 セヴルは草原に向かい、折れた剣を構えた。そこへ丸蟲が三匹転がり込んでくる。
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