立方世界 呪われた子

大秦頼太

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呪われた子 25

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25

 その日、マムルの村の人間は驚き、怒り、そして、ざわめいた。
 セヴルが村に戻って来たと聞くと、それは暴風となり村中に広がり、どんどん人がセヴルたちの前に集まり次々に罵声を浴びせ始めた。
「よくもまぁ、そんな顔してやって来れたもんだね」
「人殺し! あんたが生きてちゃ、レハも浮かばれないよ」
「俺が殺してやろうか! この卑怯者」
「まだ生きてやがったか、処刑されたと思っていたがな」
 セヴルは誰とも目を合わせない。伏した目が地面を見つめている。怒涛のように押し寄せる声にただひたすらに耐えている。
 村人の集団からマムルが一人進み出てきた。後ろでは小隊の男たちが武器を携えて構えている。
「驚いたな。逆恨みか? 仲間まで集めやがって」
 余裕の笑みを浮かべるマムルがセヴルの前に立つ。セヴルは震える右手を左手で押さえつける。目を合わせないようにじっとうつむいていた。
 ふん、とマムルが鼻を鳴らす。
「立ち話もなんだな。俺の家に来るがいい」
 セヴルたちは周りを村人たちに固められながらマムルの家に連れて行かれた。バリュフがグロウに目配せをする。
 マムルの家はセヴルがいた頃と変わってはいなかった。血の染み込んだ床もそのままだった。
「この村に蟲を呼び込みたいんですけど」
 座席に着いた早々にバリュフが明るく笑った。マムルは一瞬、唖然とした。
 セヴルの目は床の染みを凝視していた。グロウが家の中を駆けずり回っている。
「うるさい静かにしろ!」
 怒鳴り声に静かになるグロウ。
「ダメだな。許可できん」
「あんたの許可は必要ない」
 涼しい顔のバリュフを、マムルがにらむ。
「先生、お外に行きたい」
「ダメ。君は弟子なんだから、おとなしくしていなさい」
「はーい」
「弟子?」
 マムルはバリュフの姿をしげしげと見つめる。
「匠のようには見えないがな」
「魔術師ですよ」
「ふん。魔術師は、無条件で監獄送りに出来るんだがな」
 マムルの嫌らしい笑みが、バリュフに向けられる。バリュフは糸の先ほども気にしなかった。
「監獄か」
「条件次第では、このまま返してやってもいいぞ」
 マムルのその余裕の表情を見て、サアラが歯噛みしながらバリュフの背を膝で押す。バリュフは軽く笑ってマムルに返事をする。
「条件?」
 マムルは、セヴルを指差す。ちょうどその前をグロウが通り過ぎる。
「その小僧を置いていけ」
「僕?」
 グロウは自分を指差してアピールする。
「お前じゃない! あっちへ行ってろ」
 部屋の奥へ逃げ出すグロウ。
「セヴルだ」
「断ったら?」
 バリュフはいたって涼しい顔だった。
「お前も捕まえる」
「そう」
「悪い話じゃあるまい?」
「彼も殺すんですか?」
 バリュフの問いにマムルは余裕の笑みを見せる。
「彼も、じゃない。レハの仇をとるんだ。誘導がへたくそだな」
「レハを殺したのは、お前だ!」
 セヴルがマムルに飛び掛ろうとするのをバリュフが制する。
「まぁ待て」
 サアラとガリウスがセヴルを押さえる。
「ここに来た理由はね、あなたに後悔をしてもらうのが目的だったんだけど」
「残念だったな。後悔するのはお前たちの方だ」
 マムルの攻勢にも、バリュフは余裕の対応をする。
「私は、後悔なんてしませんよ」
「強がりを言うな。汚い魔術師め」
 バリュフはにんまりと笑ってみせる。
「私、これでも法師の資格を持ってるんですよ。だから、捕まりません」
「嘘!」
 声を上げたのは、マムルよりもサアラの方が早かった。
「でまかせを言うな」
 マムルも少なからず動揺していた。
「そうは言っても、持ってるんですよね。これが」
 バリュフは、満面の笑顔で胸元に下げられた金色に輝く輪っかを取り出す。マムルに鋭い眼差しを向ける。その指先が金色の輝きに導かれる。が、バリュフは早々にしまってしまう。
「嘘、本物……」
サアラはそれを見て息を飲み込んだ。
「レハを殺したのは、あなただ」
「……証拠がない」
 苦しそうに言葉を吐き出すマムル。その視線は定まらない。バリュフはそれをじっと見ていた。
「確かに、当然ここにはもう証拠になるようなものは残ってないでしょうね。それでも、私が……」
「先生、トイレ……」
 股を押さえながらグロウがかけてくる。
「このクソガキ! ここでしたら承知しないぞ! さっさと村から出て行け! お前らもな」
 マムルは小隊の男たちに命令し、セヴルたちを家の中から追い出す。そのまま村から追い出されると思いきや、小隊の男たちは法師であるバリュフの扱いに困っているようだった。
「君たちも大変だね。もうじき彼は終わるよ。その前に次の身の振り方をきちんと決めておいた方がいいね」
 バリュフの言葉に男たちは顔を見合わせてその場を離れていった。
「さあ、次はどうしようか」
 楽しそうなバリュフの顔とは対照的に、セヴルやガリウスの表情は曇っていた。サアラに至っては、不機嫌を通り越して怒りの形相になっていた。
「あんの野郎!」
「どうします?」
「追い出されちゃったしね」
 ガリウスの心配などバリュフはまるで気にしていなかった。サアラが横を歩くグロウを見る。グロウがそれにおびえる。
「トイレ、行かなくていいの?」
「……うん。なんか、したくなくなっちゃった」
 バリュフがグロウの頭をなでる。
「そういうこともあるよね」
「なーんか怪しいのよね、あの人」
 バリュフの行動をサアラが怖い顔で見張る。
「セヴル、大丈夫かい?」
「……結局、俺には何も出来ないんだ」
 バリュフは、セヴルの肩に手を乗せる。そして、軽く二、三度叩くと笑って言った。
「人間はね、自分のことを理解すると、そこから新しい道を進むことが出来るんだよ」
「すばらしい言葉ですね」
 感銘を受けたのは、ガリウスだったようだ。
「新しいことって言えば、あんたが、じゃない。バリュフさんが法師だなんて知りませんでした」
 サアラは、言葉遣いを改めようとするが、これはあまり続かなかった。
「そりゃあ、言ってないもの」
「でも、尊敬は出来なさそう」
 にらみつけるサアラを涼しげな表情でバリュフは諭す。
「尊敬は強要するものじゃないさ、自然に生まれ出てくるものだ」
「それには同感」
 サアラは舌を出してバリュフをやり過ごす。グロウがバリュフの服をつまむ。
「先生、次は?」
「そうだねぇ、蟲が来るまでヒマだしねぇ。セヴルに罵声を浴びてもらうか」
「暇つぶしに俺を利用しないでくれ」
「少し元気出た?」
「……少しはね」
 セヴルはわずかに微笑んだ。
「そうだ。村長とも話してみる?」
 バリュフの目が輝いた。
「マムルが村長じゃないのか」
「村長は、マムル頼みだから、何でも決めるときはマムルなんだよね」
「それなら、付け入る隙はあるかもね」
 ガリウスの顔も明るくなったが、サアラの顔は怒ったままだった。
「あんたねぇ、そういうことは先に言いなさいよ」
 セヴルの案内で村の中ほどの一番大きな家に向かう。村人が物陰からセヴルたちを見ている。チラリと見れば、物陰はすぐに顔を隠してしまう。サアラはわざと何度も物影を振り返った。
 バリュフは村長の家にノックもせずにいきなり入り込んだ。セヴルたちが慌ててバリュフを追いかける。
「あんたがこの村の村長か。何故マムルの好きなようにやらせているんだ!」
 村長は突然のことに慌てふためき言葉を吐き出すことが出来なかった。土色のお茶が入った杯がその手から零れ落ちる。
「マムルのせいでこの村はめちゃめちゃになるぞ。それでもいいのか?」
「誰だ。お前らは」
 やっと出すことが出来た言葉は、ひどくかすれていた。
「村長」
 セヴルの姿を見て、村長はようやく我を取り戻したようだった。
「セヴル! 処刑されたはずだ」
「ところが、彼は生かされている。これがどういう意味なのかわかるな?」
 バリュフは実に楽しそうだった。サアラが後ろから耳打ちする。
「ちょっと大丈夫なの?」
「まぁ、任せてくれ」
 バリュフは、村長と向かい合った。
「村長。マムルは汚れている。ここは新種の蟲のための実験場なんですよ」
 年老いた村長はバリュフの話を聞いて震え上がった。
「マムルは、大丈夫だと言っておったぞ。現に、蟲などここでは見たこともない」
 バリュフが、村長と話を進める。
「新種の蟲には蟲除けは、効果がないんですよ。草原の周りの村は全て犠牲になった。ここが残されたわけは、ご存知でしょう?」
「マムルはそんなこと言っておらんかったぞ」
 村長は顔に浮き出る汗を拭いた。
「おや、ご存じない?」
 バリュフは大げさにため息をついて見せた。
「彼を信用してるんですか?」
「当然じゃ。奴はこれまでに何度も村を守ってきた」
「そして、名を売った」
 村長がバリュフをにらみつける。
「それが悪いことか?」
「悪くはない。ただ……」
「ただ?」
「まぁ、信じたいなら彼を信じればいいけど」
「……」
 バリュフが突き放した分だけ村長が話に入り込んでくる。
「分け前も貰ってるんだろうしね」
「輪っかのことなら、きちんと許可を得ているぞ」
「あれ?」
 わざと大きなバリュフの言葉が村長の注意を引いた。
「なんじゃ?」
「マムルがレハを殺して奪った魔晶石のこと知らないの? 意外だったな、こりゃ」
「何? レハはこいつが殺したんじゃないのか?」
 バリュフは、大きく首を振る。
「セヴルがレハを殺すには、疑問点が多すぎるでしょうに。村長は聡明な方なのに、まさか本気で信じてはいませんよね?」
「……」
 村長の目が泳ぐのをバリュフは楽しそうに見つめている。
「顔を見れば罵りあう。利き腕の使えなかったセヴルに、レハを襲えるのか?」
「背後から襲ったんだと言うじゃないか」
「ここだけの話だが……」
 身を乗り出すバリュフに、釣られる村長。
「この二人は、彼を調査をするために派遣された」
 顔を合わせるサアラとガリウス。
「何?」
「マムルはもうじき教団の捜索を受ける」
 村長の顔から血の気が引いていく。
「本当か」
 バリュフは金の輪っかを村長にチラリと見せた。村長の目がそれに釘付けになる。
「あ、あなたは……」
「教団の特別捜査を担当しています。マムルはもう終わりだよ。手を切るなら今だ」
「そこまでだ!」
 マムルが男たち数人を連れて村長の家に乗り込んでくる。セヴルが動き出そうとするのをガリウスとサアラが引き止める。
 バリュフが涼しい顔でマムルを迎え入れる。
「おやおや、何か御用ですか?」
「この泥棒め。さっさと出て行け。ここは俺の村だ」
 小隊の男たちが家の中に入ってくる。それでもバリュフは顔色一つ変えなかった。
「人聞きの悪いことを言いなさんな」
「ぶちのめしてから、追い出してやる」
「まあまあ、落ち着いて話し合いで解決しましょう」
 余裕で天井を仰ぐようにマムルと会話するバリュフ。その態度にマムルは激高する。
「ふざけるな!」
「私は、いつも真面目ですよ」
 バリュフはゆっくりと立ち上がる。
「村長、広場に村人を集めて下さい」
「貴様に命令される覚えなどないわ」
 不敵な笑みを浮かべるマムルだったが、村長の助けは得られなかった。
「集めろ」
「おい、村長。あんた、どういうつもりだ」
 にらみつけてくるマムルに村長は目を伏せながら、ぼそぼそと言葉を吐き出した。
「マムル。何も心配することはないんだろう? 広場ではっきりさせようじゃないか。村の連中にもきちんとした説明が必要だ。ここはワシの村なんだからな」
 苦々しい顔で村長をにらみつけるが、小隊の男たちにまで動揺は広がっておりもはや道はそれしか無かった。
「ぐ。……いいだろう」
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