26 / 30
呪われた子 26
しおりを挟む
26
広場に五十人程度の村人が集まって、何事かと待っている。
村長が現れ、村人を静める。
続いて、マムルとセヴルが左右から現れる。ざわめきは再びあふれ出す。
バリュフが中央で村長と入れ替わると、一歩前に進んで村人の注目を集める。
「どうぞ、お座りください」
バリュフの合図で、村人がゆっくりと座っていく。その波が一段落するとバリュフは再び村人たちに呼びかける。
「さて、最初にこの村で起きた事件の話をしましょう。一体、誰がレハを殺したのか?」
「そいつだ! セヴルだ」
「どうもありがとう」
バリュフは村人に手を振るとセヴルの前に立つ。
「あなたは、レハを殺しましたか?」
「俺じゃない! レハを殺したのはあいつだ!」
セヴルはマムルを指差す。セヴルに村人から罵声が浴びせられる。片手を上げてそれを制すと、バリュフはセヴルに質問をする。
「あなたはそれを目撃しましたか?」
「見てない」
「憶測でマムル氏を犯人にしてはいけません」
セヴルに対する非難の声は一層強まっていく。
バリュフは実に楽しそうだった。
「あの人、どっちの味方なの?」
「何か考えがあるんだよ」
半ば呆れてそれをサアラが見る。ガリウスは隣で笑顔で見ている。
「マムル氏は、セヴルがレハを殺すところを見ましたか?」
覗き込んだバリュフからマムルは顔を背けて答える。
「当然だ。あいつが後ろからレハの首を切ったんだ」
「なるほど。そのときあなたは何をしていましたか?」
マムルはすらすらと答える。
「脱退署名を書いているレハを見ていた」
「どこで?」
「レハの前だ」
何度かうなずきながら、村人を見るバリュフ。村人の目はここに注がれているようだ。バリュフはわざとらしく右手で大きく頭をかく。そして、マムルに向き直る。
「セヴルが持っていた凶器はなんですか?」
「ナイフだ。俺の家のナイフを使った」
「どちらの手で持っていましたか?」
「左だ。右手は吊っていたからな」
マムルの証言に、村は一気にヒートアップする。
「殺せ! レハの仇を取れ!」
「処刑だ!」
バリュフが手を上げてそれを制する。
「話はまだ終わってない。おとなしく座っていろ」
観客となった村人に背を向け、バリュフはもう一度マムルにたずねる。
「左手に握ったナイフで、レハを後から殺したのですね?」
「あいつがな」
マムルはセヴルを指差した。セヴルは歯を食いしばってそれを見ていた。
「殺せ! レハの敵を取れ!」
「引っ込め! インチキ野郎!」
「黙れ!」
バリュフがにらみつけると村人たちは一気に静かになった。
「レハが殺された後、あなたはどうしましたか?」
「すぐに叫んで、そいつを追った」
「そいつはおかしいぞ」
村人の一人が声を上げた。浅黒い男だった。村人の視線とバリュフの視線が浅黒い男に注がれる。
「どこがおかしいのですか?」
浅黒い男が左右の目を気にしつつ口を開く。
「レハは森の中に埋められていた。俺たちが追いかけて、すぐ見つけたからそんなに早くは無理だ」
「貴重な証言をありがとう」
「どうも」
マムルは、証言者をにらみつける。浅黒い男は村人の後ろに姿を隠した。
「これについては、どう説明されますか?」
「わかった。俺が埋めた」
「認めるんですね」
ざわつく村人。村人の目が自分に集中してくると、マムルはセヴルを指差した。
「ああ、だが、殺したのはセヴルだ」
「ふざけんな!」
苦々しく言葉を吐くマムルにセヴルが食って掛かる。慌ててサアラがセヴルを押さえる。
「待ちなさいよ」
「はい。おとなしくしてね」
バリュフはセヴルを落ち着かせる。
「ご説明を」
「セヴルが、殺した。それで、俺はセヴルに逃げるように進めた。セヴルが逃げた後、レハが哀れだったんで埋めてやって、頃合を見て叫んだんだ。仲間殺しは重罪だが、俺にとっては、レハもセヴルもどっちも息子みたいなもんだったからな」
「なるほど。しっかりした説明ですね」
「わかってくれたか?」
顔中に汗をためながらマムルはバリュフに笑いかけた。
「ですが、何故? セヴルを逃がそうとしたんですか?」
「さっきも言ったように、どっちも俺の息子みたいなもんだ」
マムルは笑って見せたが、その顔には余裕が無かった。バリュフはさらに追い詰めていく。
「でも、今は殺そうと躍起になっているように思われますね」
「怪しいぞ!」
「うるさい! 黙ってろ!」
村人の野次にマムルはイラついているようだった。バリュフはぞんざいにそれを制した
「あの時は、気が動転していたんだ。レハを埋めてから思い直したんだ」
マムルはうつむいた。小さく震えている。かすかな嗚咽のような声が聞こえてくる。
「是非、レハの遺体を確認したいところですね」
バリュフの言葉に驚いて顔を上げたマムルの目には、涙の一粒も見えなかった。
「村長さん。レハの遺体の掘り出しの許可を」
「待て!」
マムルが身を乗り出して、バリュフを止めようとするが、後ろにいる村の男たちに引き戻される。
「あなたは黙っていてください」
村長はマムルから顔を背けながら言葉を吐き出した。
「許可しよう」
「お前たち、今すぐやめさせろ」
しかし、誰一人マムルの指示で動き出すものはいない。村人の中から声がした。
「あんたがやってないなら、そこで黙ってみてればいい」
「そうだ! そうだ!」
やがて村の広場に木製の簡素な棺が運ばれてくる。棺が村人たちの中央に置かれると、そこかしこから泣き声が上がり始めた。
「見たくない人は見なくて結構ですよ」
バリュフは優しくそう告げると、村人に指示を出した。
釘を外し、蓋を開く。青白い顔をしたレハが横たわっている。それをじっと見るもの、涙を流すもの、正視することが出来ないもの。村人の反応は様々だった。
セヴルはぼんやりとレハの顔を見つめた。
レハの首は、真横に大きく切り開かれている。バリュフは覗き込んでいる者たちに声をかける。
「見てください。切り口の方向を」
「左から右だ」
「右手を吊ってるセヴルには無理じゃねえか」
「そう、マムル氏の証言は信用できない。後ろから左手で斬ったなら、切り口は右から左に斬られていなければならない」
バリュフの言葉で、村の中は一気に大騒ぎになった。一人の男がさらに場を混乱させる。
「俺、知ってるぞ! そいつの右手は前から使えたんだ」
声を上げる男は、町でセヴルに殺されそうになった前歯のない男だった。
バリュフが目の上を押さえて舌打ちをする。
「どうして邪魔をするかな」
前歯のない男はさらに続けた。
「見てみろ! あいつの右手は自由じゃないか! みんな騙されるな」
村は、揺れた。バリュフが手を上げて村人を制する。だが、騒ぎは一向に収まらない。バリュフは後ろで控えているグロウを呼んだ。
「グロウ、アレをくれるかな」
「はい。先生」
グロウはバリュフに紙切れを渡す。その紙を見たマムルの顔が青ざめる。バリュフが声を出すが、誰もまともに話を聞こうとしない。
村人が立ち上がり、押し寄せようとする。マムルが立ち上がりその場から離れようとすると、後の男たちがそれを押さえつけた。
「静かにしないと蟲が来るぞ!」
ガリウスの叫びは効果覿面だった。いつの間にか広場の入り口に立っていた。肩で息をしながら村人を掻き分けサアラの隣にやってくる。
静かになった場を再びバリュフが支配する。村人を再び座らせる。
「これは一体なんでしょう」
バリュフはグロウから受け取った紙切れを広げてみせる。その紙は血で模様のようなものが描かれ汚れていた。マムルが吠える。
「意地汚い泥棒め!」
「脱退署名? 脱退署名がどうした!」
小隊の男の一人が声を上げる。バリュフは大きくうなずいた。
「そう。この脱退署名は、汚れても切れても簡単に破棄出来ない理由がある」
「通し番号もあるから、抜けていればすぐ判りますしね」
バリュフの言葉にガリウスが補足した。サアラが肘でガリウスをつつく。
「どうだった?」
「バッチリ」
ガリウスは笑ってみせる。
壇上ではマムルが唇をかみ締めている。
「それがどうした」
「ここに真実があります」
「真実?」
「そう。破棄するには正当な理由と、高額な罰金を払わなければならない。マムル氏には、正当な理由もない。だが、罰金も払いたくない。しかも不正をして虚偽の申告をした」
「私たちにもわかるように説明してよ」
中年女が声を上げる。バリュフは手を上げてそれに答える。
「失礼。白の信徒は、地方の治安を維持させるために、信徒の中から小隊長を選んでいます。彼のようにね」
バリュフの言葉に村中が注目する。
「小隊長になる者がいなくならないように、隊長には数々の特典が与えられます」
「とくてんって何だ?」
「主に金銭かな。隊に一人入ると三百Ngもらえる。脱退した場合も同じくらい隊長はお金を受け取ることが出来る」
小隊の男たちが不満の声を上げる。バリュフはさらに続けた。
「一人が作戦中に死亡した場合、五百Ngが支払われる」
中年女が悲鳴のような叫び声を上げる。
「あたしは家の人が死んで五十Ngしかもらってないよ!」
「死亡手当ては支給額が減ったんだ。でたらめを言うな!」
マムルが顔中に汗を噴出しながらわめき散らす。バリュフは涼しい顔でそれを見ていた。
「だが、そのときに提出する書類に不備があると、もらえるお金の何倍もの罰金を支払う羽目になる。レハの場合、脱退署名だからおそらく罰金は三千から五千Ngくらいかな?」
村人たちに動揺が広がる。
「そんなの嘘だでたらめだ」
マムルの声に徐々に力が無くなっていった。バリュフはそこにさらに追い討ちをかける。
「脱退後の死亡なら、あなたに不利益になることはない。さっさと脱退手当てを教団に提出すれば、補充のための資金がもらえるのに、あなたはしなかった。それどころかレハの作戦死亡届を出した」
「違う! レハの奴が哀れだったから、名誉を守ってやったんだ」
マムルを見る村人の目が変わっていく。村は静まり返り、呼吸する音さえも聞こえるくらいになった。
バリュフはマムルに近づいていく。
「おそらく脱退署名を書かせている時に、あなたは欲望に突き動かされたのでしょう。魔晶石と言う石に心を奪われた。レハが署名に血をつけなければ、あなたの思惑通りだったでしょう」
「だが、そんな証拠はない。書類の偽造は確かにした。血で汚れた脱退署名など、出せるはずもないしな。死亡手当ての方が高いっていうのもその通りだ。だが、それがどうした。レハを殺したのはそいつだ! セヴルだ!」
マムルは血走った目でバリュフを見上げる。バリュフは血で汚れた脱退署名を村人に見せた。逆さに差し出されたその紙には模様のようなものが書かれていた。
「この血まみれの脱退署名の裏に、レハが刻んだ最後の言葉がある」
マムルはもがきながら村人の腕を逃れようとする。
「そんなものは嘘だ。文字でもないじゃないか!」
「そう、草原の国で見れば、これには何の意味もないでしょう。しかし、これは石の大地の文字なんですよ」
マムルの顔から血の気が引いていく。
「そしてここには『マムルに切られた』とあります。もっとも、この血まみれの署名では、調査が入るのは間違いがないでしょう」
「誰か、その紙を破れ!」
「あなたは高額の罰金と調査を恐れ、この署名を破棄することも出来ずにしまっていた。それを私の優秀な助手が発見した」
「えっへん」
胸を張るグロウの後ろで、サアラがさりげなく突っ込みを入れる。
「だったら、最初からそれを出せばいいじゃない」
「俺は、俺は……」
マムルは村人を振り払う。そのままの勢いでバリュフを突き飛ばし、村人から剣を奪うと、セヴルに飛び掛る。
セヴルは、サアラの腰からメイスを引き抜くと、振り下ろされるマムルの剣を撃ち落す。体勢を崩したマムルの胸倉をつかみ、メイスを振りかぶる。
「ダメだ!」
「やめて!」
セヴルはメイスを持ったまま拳を振り下ろし、マムルの顔面を殴りつけた。マムルの鼻が潰れて、拳が赤く染まる。
「あーあ、持ち手が汚れた! やめてって言ったじゃない。何で、あたしのを使うのよ!」
サアラがセヴルを突き飛ばすが、サアラもその上に一緒に倒れこむ。見れば、サアラのベルトが切れ、ズボンがずり落ちている。
「ぎゃ、何よこれ!」
あわててズボンを引き上げると、ズボンを抑えながら勢いよくセヴルを蹴りまくる。
「あんたねぇ! 今度やったら、殺すわよ!」
「わかったよ。わかったから、もうやめてくれ」
サアラは片手でセヴルの落としたメイスを拾い上げる。
村中が騒然となった。マムルに向かって男たちが殺到し、場は収拾がつかなくなる。果ては関係のない殴り合いまで始まってしまう。
「なぁ、セヴル」
額の狭い男が近づいてくる。鞘に入った剣を持ってくる。
「これ、レハの使ってた剣なんだが、お前、使ってくれないか?」
セヴルは、出された剣を思わず右手で握りかけるが、思い直して左手でしっかりとつかんだ。
「いいのかな?」
「いいんだよ。レハも喜んでくれるさ」
額の狭い男がうなずいた。
「あれ? あいつは?」
ガリウスの声で、全員がマムルを探す。
「あそこ!」
グロウが、村から出る道を指差した。マムルが、笑い声を上げた。
「はははは! 俺は、どこまでも逃げてやるぞんぎゅ……」
マムルの背中に、大きな黒い影が覆いかぶさる。
広場に五十人程度の村人が集まって、何事かと待っている。
村長が現れ、村人を静める。
続いて、マムルとセヴルが左右から現れる。ざわめきは再びあふれ出す。
バリュフが中央で村長と入れ替わると、一歩前に進んで村人の注目を集める。
「どうぞ、お座りください」
バリュフの合図で、村人がゆっくりと座っていく。その波が一段落するとバリュフは再び村人たちに呼びかける。
「さて、最初にこの村で起きた事件の話をしましょう。一体、誰がレハを殺したのか?」
「そいつだ! セヴルだ」
「どうもありがとう」
バリュフは村人に手を振るとセヴルの前に立つ。
「あなたは、レハを殺しましたか?」
「俺じゃない! レハを殺したのはあいつだ!」
セヴルはマムルを指差す。セヴルに村人から罵声が浴びせられる。片手を上げてそれを制すと、バリュフはセヴルに質問をする。
「あなたはそれを目撃しましたか?」
「見てない」
「憶測でマムル氏を犯人にしてはいけません」
セヴルに対する非難の声は一層強まっていく。
バリュフは実に楽しそうだった。
「あの人、どっちの味方なの?」
「何か考えがあるんだよ」
半ば呆れてそれをサアラが見る。ガリウスは隣で笑顔で見ている。
「マムル氏は、セヴルがレハを殺すところを見ましたか?」
覗き込んだバリュフからマムルは顔を背けて答える。
「当然だ。あいつが後ろからレハの首を切ったんだ」
「なるほど。そのときあなたは何をしていましたか?」
マムルはすらすらと答える。
「脱退署名を書いているレハを見ていた」
「どこで?」
「レハの前だ」
何度かうなずきながら、村人を見るバリュフ。村人の目はここに注がれているようだ。バリュフはわざとらしく右手で大きく頭をかく。そして、マムルに向き直る。
「セヴルが持っていた凶器はなんですか?」
「ナイフだ。俺の家のナイフを使った」
「どちらの手で持っていましたか?」
「左だ。右手は吊っていたからな」
マムルの証言に、村は一気にヒートアップする。
「殺せ! レハの仇を取れ!」
「処刑だ!」
バリュフが手を上げてそれを制する。
「話はまだ終わってない。おとなしく座っていろ」
観客となった村人に背を向け、バリュフはもう一度マムルにたずねる。
「左手に握ったナイフで、レハを後から殺したのですね?」
「あいつがな」
マムルはセヴルを指差した。セヴルは歯を食いしばってそれを見ていた。
「殺せ! レハの敵を取れ!」
「引っ込め! インチキ野郎!」
「黙れ!」
バリュフがにらみつけると村人たちは一気に静かになった。
「レハが殺された後、あなたはどうしましたか?」
「すぐに叫んで、そいつを追った」
「そいつはおかしいぞ」
村人の一人が声を上げた。浅黒い男だった。村人の視線とバリュフの視線が浅黒い男に注がれる。
「どこがおかしいのですか?」
浅黒い男が左右の目を気にしつつ口を開く。
「レハは森の中に埋められていた。俺たちが追いかけて、すぐ見つけたからそんなに早くは無理だ」
「貴重な証言をありがとう」
「どうも」
マムルは、証言者をにらみつける。浅黒い男は村人の後ろに姿を隠した。
「これについては、どう説明されますか?」
「わかった。俺が埋めた」
「認めるんですね」
ざわつく村人。村人の目が自分に集中してくると、マムルはセヴルを指差した。
「ああ、だが、殺したのはセヴルだ」
「ふざけんな!」
苦々しく言葉を吐くマムルにセヴルが食って掛かる。慌ててサアラがセヴルを押さえる。
「待ちなさいよ」
「はい。おとなしくしてね」
バリュフはセヴルを落ち着かせる。
「ご説明を」
「セヴルが、殺した。それで、俺はセヴルに逃げるように進めた。セヴルが逃げた後、レハが哀れだったんで埋めてやって、頃合を見て叫んだんだ。仲間殺しは重罪だが、俺にとっては、レハもセヴルもどっちも息子みたいなもんだったからな」
「なるほど。しっかりした説明ですね」
「わかってくれたか?」
顔中に汗をためながらマムルはバリュフに笑いかけた。
「ですが、何故? セヴルを逃がそうとしたんですか?」
「さっきも言ったように、どっちも俺の息子みたいなもんだ」
マムルは笑って見せたが、その顔には余裕が無かった。バリュフはさらに追い詰めていく。
「でも、今は殺そうと躍起になっているように思われますね」
「怪しいぞ!」
「うるさい! 黙ってろ!」
村人の野次にマムルはイラついているようだった。バリュフはぞんざいにそれを制した
「あの時は、気が動転していたんだ。レハを埋めてから思い直したんだ」
マムルはうつむいた。小さく震えている。かすかな嗚咽のような声が聞こえてくる。
「是非、レハの遺体を確認したいところですね」
バリュフの言葉に驚いて顔を上げたマムルの目には、涙の一粒も見えなかった。
「村長さん。レハの遺体の掘り出しの許可を」
「待て!」
マムルが身を乗り出して、バリュフを止めようとするが、後ろにいる村の男たちに引き戻される。
「あなたは黙っていてください」
村長はマムルから顔を背けながら言葉を吐き出した。
「許可しよう」
「お前たち、今すぐやめさせろ」
しかし、誰一人マムルの指示で動き出すものはいない。村人の中から声がした。
「あんたがやってないなら、そこで黙ってみてればいい」
「そうだ! そうだ!」
やがて村の広場に木製の簡素な棺が運ばれてくる。棺が村人たちの中央に置かれると、そこかしこから泣き声が上がり始めた。
「見たくない人は見なくて結構ですよ」
バリュフは優しくそう告げると、村人に指示を出した。
釘を外し、蓋を開く。青白い顔をしたレハが横たわっている。それをじっと見るもの、涙を流すもの、正視することが出来ないもの。村人の反応は様々だった。
セヴルはぼんやりとレハの顔を見つめた。
レハの首は、真横に大きく切り開かれている。バリュフは覗き込んでいる者たちに声をかける。
「見てください。切り口の方向を」
「左から右だ」
「右手を吊ってるセヴルには無理じゃねえか」
「そう、マムル氏の証言は信用できない。後ろから左手で斬ったなら、切り口は右から左に斬られていなければならない」
バリュフの言葉で、村の中は一気に大騒ぎになった。一人の男がさらに場を混乱させる。
「俺、知ってるぞ! そいつの右手は前から使えたんだ」
声を上げる男は、町でセヴルに殺されそうになった前歯のない男だった。
バリュフが目の上を押さえて舌打ちをする。
「どうして邪魔をするかな」
前歯のない男はさらに続けた。
「見てみろ! あいつの右手は自由じゃないか! みんな騙されるな」
村は、揺れた。バリュフが手を上げて村人を制する。だが、騒ぎは一向に収まらない。バリュフは後ろで控えているグロウを呼んだ。
「グロウ、アレをくれるかな」
「はい。先生」
グロウはバリュフに紙切れを渡す。その紙を見たマムルの顔が青ざめる。バリュフが声を出すが、誰もまともに話を聞こうとしない。
村人が立ち上がり、押し寄せようとする。マムルが立ち上がりその場から離れようとすると、後の男たちがそれを押さえつけた。
「静かにしないと蟲が来るぞ!」
ガリウスの叫びは効果覿面だった。いつの間にか広場の入り口に立っていた。肩で息をしながら村人を掻き分けサアラの隣にやってくる。
静かになった場を再びバリュフが支配する。村人を再び座らせる。
「これは一体なんでしょう」
バリュフはグロウから受け取った紙切れを広げてみせる。その紙は血で模様のようなものが描かれ汚れていた。マムルが吠える。
「意地汚い泥棒め!」
「脱退署名? 脱退署名がどうした!」
小隊の男の一人が声を上げる。バリュフは大きくうなずいた。
「そう。この脱退署名は、汚れても切れても簡単に破棄出来ない理由がある」
「通し番号もあるから、抜けていればすぐ判りますしね」
バリュフの言葉にガリウスが補足した。サアラが肘でガリウスをつつく。
「どうだった?」
「バッチリ」
ガリウスは笑ってみせる。
壇上ではマムルが唇をかみ締めている。
「それがどうした」
「ここに真実があります」
「真実?」
「そう。破棄するには正当な理由と、高額な罰金を払わなければならない。マムル氏には、正当な理由もない。だが、罰金も払いたくない。しかも不正をして虚偽の申告をした」
「私たちにもわかるように説明してよ」
中年女が声を上げる。バリュフは手を上げてそれに答える。
「失礼。白の信徒は、地方の治安を維持させるために、信徒の中から小隊長を選んでいます。彼のようにね」
バリュフの言葉に村中が注目する。
「小隊長になる者がいなくならないように、隊長には数々の特典が与えられます」
「とくてんって何だ?」
「主に金銭かな。隊に一人入ると三百Ngもらえる。脱退した場合も同じくらい隊長はお金を受け取ることが出来る」
小隊の男たちが不満の声を上げる。バリュフはさらに続けた。
「一人が作戦中に死亡した場合、五百Ngが支払われる」
中年女が悲鳴のような叫び声を上げる。
「あたしは家の人が死んで五十Ngしかもらってないよ!」
「死亡手当ては支給額が減ったんだ。でたらめを言うな!」
マムルが顔中に汗を噴出しながらわめき散らす。バリュフは涼しい顔でそれを見ていた。
「だが、そのときに提出する書類に不備があると、もらえるお金の何倍もの罰金を支払う羽目になる。レハの場合、脱退署名だからおそらく罰金は三千から五千Ngくらいかな?」
村人たちに動揺が広がる。
「そんなの嘘だでたらめだ」
マムルの声に徐々に力が無くなっていった。バリュフはそこにさらに追い討ちをかける。
「脱退後の死亡なら、あなたに不利益になることはない。さっさと脱退手当てを教団に提出すれば、補充のための資金がもらえるのに、あなたはしなかった。それどころかレハの作戦死亡届を出した」
「違う! レハの奴が哀れだったから、名誉を守ってやったんだ」
マムルを見る村人の目が変わっていく。村は静まり返り、呼吸する音さえも聞こえるくらいになった。
バリュフはマムルに近づいていく。
「おそらく脱退署名を書かせている時に、あなたは欲望に突き動かされたのでしょう。魔晶石と言う石に心を奪われた。レハが署名に血をつけなければ、あなたの思惑通りだったでしょう」
「だが、そんな証拠はない。書類の偽造は確かにした。血で汚れた脱退署名など、出せるはずもないしな。死亡手当ての方が高いっていうのもその通りだ。だが、それがどうした。レハを殺したのはそいつだ! セヴルだ!」
マムルは血走った目でバリュフを見上げる。バリュフは血で汚れた脱退署名を村人に見せた。逆さに差し出されたその紙には模様のようなものが書かれていた。
「この血まみれの脱退署名の裏に、レハが刻んだ最後の言葉がある」
マムルはもがきながら村人の腕を逃れようとする。
「そんなものは嘘だ。文字でもないじゃないか!」
「そう、草原の国で見れば、これには何の意味もないでしょう。しかし、これは石の大地の文字なんですよ」
マムルの顔から血の気が引いていく。
「そしてここには『マムルに切られた』とあります。もっとも、この血まみれの署名では、調査が入るのは間違いがないでしょう」
「誰か、その紙を破れ!」
「あなたは高額の罰金と調査を恐れ、この署名を破棄することも出来ずにしまっていた。それを私の優秀な助手が発見した」
「えっへん」
胸を張るグロウの後ろで、サアラがさりげなく突っ込みを入れる。
「だったら、最初からそれを出せばいいじゃない」
「俺は、俺は……」
マムルは村人を振り払う。そのままの勢いでバリュフを突き飛ばし、村人から剣を奪うと、セヴルに飛び掛る。
セヴルは、サアラの腰からメイスを引き抜くと、振り下ろされるマムルの剣を撃ち落す。体勢を崩したマムルの胸倉をつかみ、メイスを振りかぶる。
「ダメだ!」
「やめて!」
セヴルはメイスを持ったまま拳を振り下ろし、マムルの顔面を殴りつけた。マムルの鼻が潰れて、拳が赤く染まる。
「あーあ、持ち手が汚れた! やめてって言ったじゃない。何で、あたしのを使うのよ!」
サアラがセヴルを突き飛ばすが、サアラもその上に一緒に倒れこむ。見れば、サアラのベルトが切れ、ズボンがずり落ちている。
「ぎゃ、何よこれ!」
あわててズボンを引き上げると、ズボンを抑えながら勢いよくセヴルを蹴りまくる。
「あんたねぇ! 今度やったら、殺すわよ!」
「わかったよ。わかったから、もうやめてくれ」
サアラは片手でセヴルの落としたメイスを拾い上げる。
村中が騒然となった。マムルに向かって男たちが殺到し、場は収拾がつかなくなる。果ては関係のない殴り合いまで始まってしまう。
「なぁ、セヴル」
額の狭い男が近づいてくる。鞘に入った剣を持ってくる。
「これ、レハの使ってた剣なんだが、お前、使ってくれないか?」
セヴルは、出された剣を思わず右手で握りかけるが、思い直して左手でしっかりとつかんだ。
「いいのかな?」
「いいんだよ。レハも喜んでくれるさ」
額の狭い男がうなずいた。
「あれ? あいつは?」
ガリウスの声で、全員がマムルを探す。
「あそこ!」
グロウが、村から出る道を指差した。マムルが、笑い声を上げた。
「はははは! 俺は、どこまでも逃げてやるぞんぎゅ……」
マムルの背中に、大きな黒い影が覆いかぶさる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる