幸せの青い本

大秦頼太

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幸せの青い本 17

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 光が降り注ぐリビングに三人は通された。マコは部屋の中を見回した。見たことも無いような家具や大きなテレビ、白いグランドピアノまで置かれている。
「願い事なんか無いんじゃないの」
 最初に声を出したのはサクラだった。アツコが鼻で笑った。
「欲しいものが無くなったら、生きてる意味が無いでしょ」
「アツコは何でも持ってるのに、何でまだ欲しいものがあるのよ」
 ムッとして突っかかるサクラに、アツコが青い本を投げる。慌てながらサクラはそれを受け止める。
「無理しちゃって。……書きたいんでしょ?」
 挑戦的に微笑むアツコ。マコがサクラの腕を引くが、サクラはそれを振りほどく。
「お父さんがトラックの運転手じゃ、学費だって大変でしょ? 楽をさせてあげたら?」
 アツコはピアノの椅子に腰を下ろす。
 サクラは青い本を見つめたまま動かない。
「欲しいものがなくなったから、みんな死ぬのね?」
 突然しゃべりだしたマコをアツコとミユキが見る。
「でも、本当に欲しいものは失ってしまったものだから、絶望して死ぬんだわ」
「転入生は頭がおかしいのかな?」
 アツコの声がリビングに響く。マコは気にせずに言葉を続ける。
「欲しいものは、欲しいと願うから価値がある。でも、それを安易に受けてしまったら、価値なんかゼロになるのよ」
「うるさい! 私は、こんなもの欲しいなんて望んだことも無い。最初からあったのよ。当たり前のようにね。だから、私の欲しいものは、あなたたちじゃ想像出来ないくらい大きなものなのよ」
 興奮するアツコにサクラが青い本を突きつける。
「じゃあ、あなたが書きなさいよ。本当に欲しいものをあなたが自分で書きなさいよ」
 アツコは本を見つめたまま動きを止めた。ゆっくりとその手が本に近づいていく。
「私のお母さんね」
 マコが話し出すとアツコの手が止まり、みんながマコを見た。
「ずっとお家に閉じこもって、近所とも付き合わなくて孤独だったの。お父さんは転勤が多くて、いつもごめんね、ごめんねって言ってた。でもね、お母さんはお父さんのそのごめんねが苦痛で、そのうちお父さんが浮気しているんだって妄想に取り付かれちゃって、私が優しくしてあげれば良かったのに、家の中でも孤独にさせちゃったから、おかしくなって……」
 マコは唇をかみ締める。アツコが、青い本を掴む。
「何が言いたいのよ」
 サクラの手から青い本をひったくる。マコはアツコに近づいていく。
「幸せは、自分が人にあげて、人から自分へと戻ってくるものなのよ。こんな人を憎んだり、自分の願いだけを書き込んだ本なんかが与えられるわけが無い」
 マコは、アツコの手から青い本を引き抜くと、ポケットからペンを取り出した。
「待って」
 アツコとサクラが同時に声を出した。二人が動き出すよりも先に、マコがページに書き込んだ。
「願いは無い」
 青い本は白いカーペットの上に落ちた。
 サクラもミユキも、アツコもそれを見た。
 青い本は白いカーペットの上に波紋のように広がり、一瞬にして消えた。

 そして、マコの姿も消えてしまっていた。
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