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第二話
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主な登場人物
田村彦二:喫茶タームのマスター。
田村珠恵:彦二の娘。
梶間一郎:虚羽化人間カオス。
橋立:刑事。
松下:刑事。
ムカデロン:ムカデと人の虚羽化人間。
○山中 河原
梶間一郎が河原でうつぶせになって倒れている。傷つき、全身が血で汚れている。
○山道
山道を登ってくる田村彦二と珠恵。
珠恵は手ぶら。彦二がその分まで持って先を歩いている。
珠恵「お父さん。何で山なんか登るのよ」
彦二「黙ってついておいで、山頂から見える景色は最高なんだぞ」
珠恵「げ。山頂まで行くの? ちょっと登るだけって言ったじゃん。私ヤダよー。もう疲れたもん」
彦二「あのなぁ、父さんに荷物を預けて、お前は手ぶらじゃないか」
珠恵「こんなところまで連れてきたのはお父さんでしょ」
彦二「ブツブツ文句を言ってないで早く上ってきなさい」
珠恵「休憩しようよ」
珠恵、立ち止まる。腰掛けるのに丁度よい石を見つけ駆け寄ると、谷に向かい腰を下ろす。
珠恵「休憩、休憩」
彦二「まったく」
彦二、珠恵の側に近づき荷物を降ろす。
珠恵、景色に見とれる。
珠恵「わー、ここからでも結構すてきな景色だね」
彦二「頂上ならもっといい景色が見れるよ」
珠恵「わ、私にはこれぐらいが丁度いいんじゃないかな? 初心者だし。山に興味もないし」
彦二「何を言ってもダメ。今日は頂上まで昇るからな」
珠恵、がっくりと首をうなだれる。
その目が、眼下の河原で倒れている一郎の姿をとらえる。
珠恵「お父さん。あれ人じゃない?」
珠恵が指を刺す。覗き込む彦二。
彦二「どれ?」
珠恵「死体かな?」
彦二「え?」
珠恵「私、死体見るの初めて。行ってみよう。お父さん」
下る道を探す珠恵。躊躇する彦二。
彦二「ちょっと」
珠恵「お父さん、それでも医者だったの?」
彦二「もう何年も前の話だよ」
斜面を下っていく珠恵。
彦二「それに研修で倒れちゃったし」
すでに珠恵はいない。
彦二「やれやれ」
○山中 河原
水の流れる音と河原の石を踏む音がする。
一郎が目を開けると珠恵が近づいてくるのが見える。かすれた声で一郎が呟く。
一郎「…恵理子?」
珠恵は立ち止まる。
○山中 河原
珠恵、後ろを振り返り叫ぶ。
珠恵「お父さん。この人、生きてるよ。早く来て、急いで」
起き上がろうとする一郎。
近づいて触れる珠恵。
珠恵「あなた怪我してるじゃない」
一郎「(何か言うが言葉にならない)」
一郎は、起き上がろうと指先を動かす。
珠恵「動いちゃダメ。今お父さんが来るから」
一郎は、かすれた小さな声で答える。
一郎「放っておいてくれ」
そう言うが一郎は立ち上がれない。這うようにして珠恵から逃げようとする。
彦二がようやくやってくる。
彦二は一郎を見て、手に持っていた荷物を地面に落とす。
彦二「梶間…」
珠恵「お父さん、早く」
彦二「あ、ああ」
彦二は一郎の側により、一郎の身体を仰向けにする。あらわになる左肩の傷。
一郎は身体をよじって避けようとするがほとんど動かない。
彦二「これはひどい。生きてるのが不思議なくらいだ」
傷に触れると、一郎は叫び声を上げて気絶する。
珠恵「じゃあ、救急車呼ぶ?」
珠恵は携帯電話を取り出す。
彦二「家に運ぼう」
珠恵「え? お父さんが手当てするの?」
彦二「話は後。彼を車まで運ばないと…」
彦二、顔を上げる。珠恵はすでに歩き出している。
彦二「えっと…。荷物もあるんだけど」
遠くから珠恵が呼びかける。
珠恵「お父さん。早くしないと死んじゃうよ」
彦二「お父さんも死にそうだ」
彦二は一郎を背負い、両手に荷物を持って歩き始める。
○喫茶店「ターム」 外観
2階建ての一軒家を喫茶店に改装している。1階が喫茶店。2階が住宅。
○喫茶店「ターム」 店内
店内も地味な喫茶店。客は誰もおらず、カウンター席に珠恵が座っている。
○喫茶店「ターム」 外観 夜
明かりはついていない。
○喫茶店「ターム」 店内 夜
暗い店内。
カウンターに座り続けている珠恵。
突然明かりがつく。
同時に彦二が奥から現れる。
彦二「明かりもつけないで何してるんだ?」
珠恵「お客さんが来たら困るでしょ」
彦二「それもそうだね」
珠恵「それで、助かったの?」
彦二「うん」
珠恵「起きてる?」
彦二「いや、麻酔しちゃった」
珠恵「え? 大丈夫なの?」
彦二「ん? うん。大丈夫、大丈夫。麻酔には自信があるから」
珠恵「…そうなんだ」
彦二は、お湯を沸かし、コーヒーの豆を取り出して、挽き始める。
彦二「君も飲むかい?」
珠恵「いらない。私、コーヒー嫌いなの知ってるでしょ?」
彦二「そうだったね。そこはお母さんに似なかったんだな」
珠恵「香は好きだけどね」
彦二「あっそ」
珠恵は席を立ち上がり奥へ行こうとする。
彦二「多分、朝まで起きないよ」
珠恵「わかってます。見に行くだけ」
彦二「機器には触るなよ」
珠恵「はいはーい」
珠恵、奥に入っていく。
○喫茶「ターム」 地下階段 夜
コンクリート製の地下階段。
明かりは頭上からの蛍光灯のみ。
珠恵が階段を下りてくる。
珠恵「秘密きち~秘密きち~。あーあ、お父さんも喫茶店なんかしないできちんとお医者さんすればいいのに」
珠恵、階段の途中で立ち止まる。
珠恵「そうすれば、私は毎日車で送り迎え、好きなものは何でも買ってもらって~」
○珠恵の妄想 学校
珠恵が通っている女子高。
校門前で生徒たちが騒いでいる。
生徒1「見て!」
生徒2「珠恵様よ!」
生徒3「キャー! 珠恵様!」
ピンクのリムジンが校門の前に横付けされる。
校門から玄関までレッドカーペットが敷かれる。
リムジンのドアが開く。
高級ブランド品で全身を固められた珠恵がその中から降りてくる。
学校中から歓声が上がる。
珠恵「みんなー! 今日のおこづかいよぉ!」
お札を振り撒きながら珠恵が通る。
生徒たち「珠恵様、バンザーイ!」
珠恵「オーホッホッホ!」
○喫茶「ターム」 地下階段 夜
蛍光灯がまたたく。我に返る珠恵。
珠恵「よく考えてみれば、医者の娘でもそこまでは無理だなぁ。やっぱり石油王か」
珠恵、再び階段を下りていく。
○喫茶「ターム」 地下室前 夜
大きな扉がある。
珠恵が扉を開く。
部屋の中は暗い。
足を踏み入れる珠恵。
○喫茶「ターム」 地下室 夜
薄暗い部屋の中央に2つの赤い光がある。
珠恵「なんだろ?」
珠恵が部屋に入り明かりをつける。赤い光が何だったのか分からず首をひねる。
中央に手術台があり、その上に一郎が寝ている。一郎の上にはシーツが掛けられている。
珠恵「これじゃあ、治っても風邪引くんじゃないかなぁ…」
部屋の中を見て回る珠恵。
珠恵「さっきの光なんだったんだろう?」
○街中 夜
人通りの少ない暗い路地。無灯火の自転車が通り抜ける。
突然、黒い影が覆いかぶさり自転車ごと物陰に引きずり込む。
○ゴミ置き場 早朝
ゴミ置き場のゴミの中から人の足が出ている。
ゴミを捨てに来た主婦が悲鳴を上げる。
○喫茶「ターム」 2階と1階の階段
制服を着た珠恵、2階から駆け下りてくる。
珠恵「お父さん、6時に起こしてっていったでしょ」
返事はかえって来ない。
珠恵「もう」
○喫茶「ターム」 地下室への階段
階段の下を見つめる珠恵。
7時を告げる時計。
珠恵「やば」
駆け出す珠恵。
○ゴミ置き場
警察車両とゴミ収集車が止まっている。
警察関係者が作業をしている一方で、刑事の橋立とゴミの収集業者がもめている。
橋立「だから、後で来いって言ってるだろうが」
収集業者「うちも仕事なの。死体が必要なら、死体だけ残しておくって言ってるだろうが」
橋立「あのねぇ。現場の保全が最優先なの」
収集業者「こっちも仕事なの。あんたらが帰った後にゴミが残ってると、文句言われるのは俺たちなんだよ」
橋立「だから、後でとりに来いって」
収集業者「ルートが決まってるんだよ。時間だって決まってるんだ。ここだけ特別扱いできるか」
橋立「あのなぁ、殺人事件なんだよ? 非常事態なの。少しはわかってくれよ」
収集業者「殺人事件がなんだって言うんだ!」
警察車両から、刑事松下が出てくる。
橋立「これ以上、文句言うと公務執行妨害で逮捕するぞ!」
収集業者「なんだと? 権力振りかざしやがって、やって見やがれ!」
松下が二人に近づいていく。
松下「あのー」
橋立&収集業者「なんだよ!」
松下「ここのゴミは、後で警察のほうで収集センターのほうに持っていくって上に話しておきました」
○ゴミ置き場
橋立は、ゴミ置き場に捨てられた遺体を見る。
遺体の上部半分は食いちぎられて存在しない。
橋立「なぁ」
松下「はい?」
橋立「こないだから、死体に縁があるよな」
松下「はぁ」
橋立「しかも変死体ばかり」
松下「橋立さんっていつも変なこと考えてますよね」
橋立「馬鹿。くだらねえこと言ってないでこの状況から犯人を推理しろよ」
松下「話しかけてきたのは、そっちじゃないですか」
橋立「この感じは、刃物じゃなさそうだし」
松下「どっちにしても、身元を確認できるものはなさそうなんで、切り取られた半分が出てこないことには話になりませんね」
橋立「出てくればな。この感じ、普通の事件じゃない気がする」
松下「そりゃあ、見ればわかりますよ。一部バラバラ事件だし」
橋立「馬鹿。そういう意味じゃないよ」
松下「またアレですか? 化け物がどうとかいう気ですか? この間の事件だって結局うやむやじゃないですか」
橋立「まだ終わってないよ。あの男さえ捕まえれば何かわかるはずなんだ」
松下「あの男ねぇ」
○喫茶「ターム」 地下室
薄暗い地下室。
中央に寝ている一郎の上に毛布が掛けられている。
扉が開き彦二が部屋の中に入ってくる。
一郎の目が開く。
彦二「まだ起き上がらないほうがいい」
一郎「ここは?」
彦二「喫茶店の地下室さ」
一郎「病院じゃないのか…」
安堵する一郎。
彦二「元個人診療所。父親が私に残したもんだけどね」
一郎「あなたは?」
彦二「田村ゲンジ。ヒコニと書いてゲンジと読むんだ。君は?」
しばらくの沈黙の後、一郎が答える。
一郎「梶間一郎です」
彦二「そうか、やはり梶間か……。」
一郎「やはり?」
彦二「昔ね、君によく似た人と学んだことがあるんだ。その人の名は、梶間大作」
一郎が体を起こす。
彦二「随分昔の話だ」
一郎「父を知っているんですね」
彦二「彼は、今どうしてるんだい?」
一郎「父は死にました」
彦二「なに?」
一郎「……3年前に研究所の爆発に巻き込まれて亡くなりました」
彦二「そうか…。君は」
一郎「はい?」
彦二「……彼には、遺伝子の病気を持った子供がいたと聞いていたが」
一郎は、驚いた顔をする。
一郎「そのことも知ってるんですか?」
彦二「それは君かい?」
一郎「…妹です」
彦二「そうか。……梶間は娘を救えたのか?」
一郎「……いいえ。妹も死にました」
彦二「そうか。彼の研究は、実を結ばなかったんだな」
一郎「結局、父は化け物を作ることしか出来ませんでした」
彦二「一郎君といったね。移植医療も初めから認められたわけではないよ。今でさえ、その壁は分厚く高いものだ。化け物だなんて言うもんじゃない」
一郎「違う!」
一郎は、手術台から降りるが足に力が入らず床に倒れる。
彦二、起こそうとする。
一郎「触らないで下さい」
一郎の目が赤くなり光りだす。身体は徐々に黒くなっていく。
身体から突起物が盛り上がり、黒光りした外殻に覆われる。
一郎は、カオスへと変身をする。
カオスはゆっくりと立ち上がる。そして、全身を彦二に見せる。
カオス「これでも、人間と呼べますか? 多くの人の病気は治った。でも、父のやったことは、人として決して許されることじゃない」
彦二「そ、そんな。実験は、成功していたのか」
カオスの目が光を失い、黒い体が崩れ落ちる。同時に一郎が床に倒れこむ。
彦二は、一郎を抱えて手術台の上に戻す。
一郎「僕が怖くないんですか?」
彦二「恐ろしいさ。でも、とにかくゆっくり休んだほうがいい」
一郎「ですが、こうしている間にも生き延びた他の奴らが人を殺しているかもしれない」
彦二「なんだって? 他にもいるのか?」
一郎「はい」
彦二「でも、人を殺すなんて大げさじゃないか? 仮にも人間なんだから」
一郎「虚羽化人間は、人を食べるんです」
彦二「え?」
素早く一郎から離れる彦二。
一郎「固体によって食べる部位は違いますが、人を殺すことには違いないんです」
彦二「君も人を食べるのか?」
一郎はゆっくりと彦二を見る。
彦二も一郎を見る。
○警察署 刑事部捜査一課第5分室
書類に埋もれている橋立と松下。
内線がかかってくる。
あわてて電話を掘り起こす松下。
松下「はい第5分室です」
受話器からもれてくる怒鳴り声。
松下「はい。スミマセン。すぐに行きます」
松下、受話器を置いてため息をつく。
橋立「どうした?」
松下「課長が呼んでます」
橋立「お前も大変だなぁ」
松下「橋立さんも一緒に来るようにって」
橋立「パス」
松下「パスって、無理に決まってるじゃないですか」
橋立、立ち上がって出口に向かう。
橋立「じゃ、俺はこれから捜査の約束があるからよ」
橋立、部屋を出て行く。
松下「えぇ、俺って可哀想」
○喫茶店「ターム」外観
営業中の札は出ているが、人通りも無い。
珠恵が走って帰ってくる。
○喫茶店「ターム」店内
彦二が店の片づけをしている。一郎の姿は無い。
珠恵が中に入ってくる。
珠恵「起きた?」
彦二「おかえり」
珠恵「ねえ、起きたの?」
彦二「ただいまは?」
珠恵「ただいま。で、起きた?」
珠恵は、そのままカウンターの奥へ行こうとする。
彦二「彼はもういないよ」
珠恵「え? どういうこと?」
駆け出す珠恵。
○喫茶「ターム」 地下室
扉が開き、珠恵が入ってくる。
そこに一郎の姿は無い。
○喫茶「ターム」 店内
珠恵、走って戻ってくる。
珠恵「何で?」
彦二「何でって、私が起きたらもういなかったんだから、仕方ないだろう」
珠恵「なんだあ。急いで帰ってきて損した」
彦二「彼のこと気に入ってたの?」
珠恵「そうじゃないけど、なんか普通じゃなさそうだったから、興味はあったかも」
彦二「そうか…」
珠恵「何であんなところに倒れてたか、知りたかったなぁ」
○回想 喫茶「ターム」 地下室
一郎と彦二、互いに相手を見ている。
一郎「僕は、人は食べません」
彦二「人は、か…」
一郎「…はい」
彦二「梶間が、父親が憎いかい?」
一郎「いいえ」
彦二「君をそんな風にしたのに?」
一郎「わからない。父がしたことは許されないことです。でも、妹を、みんなを助けようとしてやったことなんです。でも、みんな虚ろに行ってしまった」
彦二「虚ろ?」
一郎「つらい現実に耐えられずに、虚ろへと羽化したんです」
彦二「君は?」
一郎「妹が、恵理子が人を殺したくないと、泣いて俺にすがるんです。だから……」
彦二「梶間は人体実験をしたんだね」
一郎は小さくうなずく。
一郎「あそこには、お金もなく希望も無い、それでも生きていたいっていう人たちがいました」
彦二「なんてことを…」
一郎「すみません。ここにはいられない。助けていただいてありがとうございました」
力なく立ち上がり、よろめきながら歩き出す一郎。
彦二「一郎君」
彦二、手を出して手術台に戻そうとする。
一郎、彦二をにらみつける。目に赤い光。
後ずさる彦二。
一郎「もう僕にかまわないで下さい」
一郎、地下室を出て行く。
○喫茶「ターム」 店内 夕方
彦二、ぼうっとしたままコップを拭き続けている。
珠恵が店の奥からやってくる。
珠恵「お父さん? お父さん」
彦二「え? あ、どうした?」
珠恵「もうお店閉める時間でしょ? どうしたのぼうっとして」
彦二「ちょっと考え事してたんだ」
珠恵「まったく、少しはお客さんが来るようなこと考えてよね」
彦二「ああ、すまない」
珠恵「今日の晩御飯、何にするの?」
彦二「ごめん。まだ考えてなかったよ」
珠恵「しっかりしてよね」
○トンネル 夜
幹線道路からやや外れた道沿いにあるトンネル。車が入ってきて中で止まる。
○トンネル 車内 夜
車内には若いカップルが乗っている。
女「ねぇ、やめようよ」
男「平気だって。お前、お化け怖いの?」
女「こ、怖くないわよ。大体そんなものいるわけないじゃない」
男「じゃあ、鳴らすぞ」
男がクラクションを長めに鳴らす。
○トンネル 夜
トンネル内に響くクラクションの音。
その後は沈黙。
○トンネル 車内 夜
周囲を見回す女。
ハンドルから手が離せない男。
男「ほ、ほら何も起こらないだろ」
車のフロントに黒いものが落ち、車が揺れる。フロントガラスは泥で汚れて前が見えにくくなる。
女「な、何?」
男はエンジンを掛けようとするが、かからない。
女「なんかいるよ! 動いてるよ!」
男はワイパーを動かす。ワイパーは少しだけ動きすぐに止まってしまう。
男「動け、動けよ」
女「に、逃げようよ」
男「エンジンが、かかんないんだよ」
女「だから嫌だって言ったのに!」
車内が揺れる。フロントガラス全体にクモの巣状のひびが入る。
女「もう嫌!」
車を出ようとする女。鍵を開けることも忘れている。
再び揺れる車内。フロントガラスがはがれて車内に泥が入ってくる。
女が鍵に気が付きドアを開く。
逃げ出そうとした女を捕まえる黒い影。
男は何も出来ずに黒い影を見ている。
黒い影はムカデの顔を持った虚羽化人間、ムカデロン。
女「いやあ、離してぇ!」
女の首筋に噛み付くムカデロン。
女「助けて…」
男「…う、うわぁ」
男もドアを開いて外に出て行く。
○トンネル 夜
車から離れていく男。
ムカデロンが車の屋根に乗る。その右手にぐったりとした女を掴んでいる。左手には、千切れたハンドルを握っている。
ムカデロンは逃げる男に、ハンドルを投げつける。
ハンドルは男の背中にめり込み、男は地面に倒れてうめき声を上げる。
ムカデロンはゆっくりと右手に持った女を引きずりながら近づいてくる。
ムカデロン「知ってるか? 人の一番うまい部分を?」
男「来るな、来るなぁ」
ムカデロンは男の側にやってくる。
ムカデロン「もっともお前たちはわかんないだろうけどね」
ムカデロンの手が男を掴む。
ムカデロン「俺は脳が大好きなんだ。でも一人に一個しか無いんだ。悲しいねぇ」
嫌がる男の頭にかぶりつくムカデロン。
○トンネル
警察車両に封鎖されているトンネル。
橋立が別の刑事ともめている。
橋立「おい、どういうことだ。何で現場に入れないんだよ」
刑事1「あんたらは、この事件から外されたんだよ。今日から、この事件は捜査1課のものになるんだ。おとなしく帰ってくれよ」
橋立「俺たちも捜査一課だろ! 捜査権があるはずだ」
刑事1「これは普通の殺人事件だ。オカルト分室は帰ってくれ」
橋立「オカルト分室とはなんだっ!」
松下「橋立さん、一度帰りましょう」
橋立「馬鹿。この事件はなぁ、普通じゃないんだよ。普通の捜査してたんじゃ、何もわからないんだよ」
刑事2が、トンネルの中からやってくる。
刑事2「おい、呼んでるぞ。お? オカルト分室のダメコンビじゃないか。何やってんだ? 書類の整理を頼まれてるんじゃないのか?」
橋立「なんだと?」
飛びかかろうとする橋立を、必死に抑える松下。
刑事1「じゃ、忙しいんで帰ってくれ」
刑事1、警官を一人呼ぶ。
刑事1「おい、君。この人たちは今回の捜査と関係ない部外者だから、絶対に現場に入れないでね。部外者だから」
警官「は、はい」
奥に行く刑事1と2。取り残される橋立と松下。
橋立「松下。もういい、離せ」
松下「で、でも」
橋立「この事件は普通じゃないって言っただろ」
松下「離した途端に走りこみませんね?」
橋立「……」
松下「ヤッパリ」
警官「すみません。私も立場上、止めないといけないんで、出来れば…」
橋立「帰る。だから離せ」
松下「は、はい」
松下、ゆっくりと橋立から離れる。
橋立「事件は夜に起こる」
トンネルに背を向け歩き出す橋立。
橋立「馬鹿。何やってんだ。早く帰るぞ」
松下「はい」
先に行った橋立を追いかける松下。
田村彦二:喫茶タームのマスター。
田村珠恵:彦二の娘。
梶間一郎:虚羽化人間カオス。
橋立:刑事。
松下:刑事。
ムカデロン:ムカデと人の虚羽化人間。
○山中 河原
梶間一郎が河原でうつぶせになって倒れている。傷つき、全身が血で汚れている。
○山道
山道を登ってくる田村彦二と珠恵。
珠恵は手ぶら。彦二がその分まで持って先を歩いている。
珠恵「お父さん。何で山なんか登るのよ」
彦二「黙ってついておいで、山頂から見える景色は最高なんだぞ」
珠恵「げ。山頂まで行くの? ちょっと登るだけって言ったじゃん。私ヤダよー。もう疲れたもん」
彦二「あのなぁ、父さんに荷物を預けて、お前は手ぶらじゃないか」
珠恵「こんなところまで連れてきたのはお父さんでしょ」
彦二「ブツブツ文句を言ってないで早く上ってきなさい」
珠恵「休憩しようよ」
珠恵、立ち止まる。腰掛けるのに丁度よい石を見つけ駆け寄ると、谷に向かい腰を下ろす。
珠恵「休憩、休憩」
彦二「まったく」
彦二、珠恵の側に近づき荷物を降ろす。
珠恵、景色に見とれる。
珠恵「わー、ここからでも結構すてきな景色だね」
彦二「頂上ならもっといい景色が見れるよ」
珠恵「わ、私にはこれぐらいが丁度いいんじゃないかな? 初心者だし。山に興味もないし」
彦二「何を言ってもダメ。今日は頂上まで昇るからな」
珠恵、がっくりと首をうなだれる。
その目が、眼下の河原で倒れている一郎の姿をとらえる。
珠恵「お父さん。あれ人じゃない?」
珠恵が指を刺す。覗き込む彦二。
彦二「どれ?」
珠恵「死体かな?」
彦二「え?」
珠恵「私、死体見るの初めて。行ってみよう。お父さん」
下る道を探す珠恵。躊躇する彦二。
彦二「ちょっと」
珠恵「お父さん、それでも医者だったの?」
彦二「もう何年も前の話だよ」
斜面を下っていく珠恵。
彦二「それに研修で倒れちゃったし」
すでに珠恵はいない。
彦二「やれやれ」
○山中 河原
水の流れる音と河原の石を踏む音がする。
一郎が目を開けると珠恵が近づいてくるのが見える。かすれた声で一郎が呟く。
一郎「…恵理子?」
珠恵は立ち止まる。
○山中 河原
珠恵、後ろを振り返り叫ぶ。
珠恵「お父さん。この人、生きてるよ。早く来て、急いで」
起き上がろうとする一郎。
近づいて触れる珠恵。
珠恵「あなた怪我してるじゃない」
一郎「(何か言うが言葉にならない)」
一郎は、起き上がろうと指先を動かす。
珠恵「動いちゃダメ。今お父さんが来るから」
一郎は、かすれた小さな声で答える。
一郎「放っておいてくれ」
そう言うが一郎は立ち上がれない。這うようにして珠恵から逃げようとする。
彦二がようやくやってくる。
彦二は一郎を見て、手に持っていた荷物を地面に落とす。
彦二「梶間…」
珠恵「お父さん、早く」
彦二「あ、ああ」
彦二は一郎の側により、一郎の身体を仰向けにする。あらわになる左肩の傷。
一郎は身体をよじって避けようとするがほとんど動かない。
彦二「これはひどい。生きてるのが不思議なくらいだ」
傷に触れると、一郎は叫び声を上げて気絶する。
珠恵「じゃあ、救急車呼ぶ?」
珠恵は携帯電話を取り出す。
彦二「家に運ぼう」
珠恵「え? お父さんが手当てするの?」
彦二「話は後。彼を車まで運ばないと…」
彦二、顔を上げる。珠恵はすでに歩き出している。
彦二「えっと…。荷物もあるんだけど」
遠くから珠恵が呼びかける。
珠恵「お父さん。早くしないと死んじゃうよ」
彦二「お父さんも死にそうだ」
彦二は一郎を背負い、両手に荷物を持って歩き始める。
○喫茶店「ターム」 外観
2階建ての一軒家を喫茶店に改装している。1階が喫茶店。2階が住宅。
○喫茶店「ターム」 店内
店内も地味な喫茶店。客は誰もおらず、カウンター席に珠恵が座っている。
○喫茶店「ターム」 外観 夜
明かりはついていない。
○喫茶店「ターム」 店内 夜
暗い店内。
カウンターに座り続けている珠恵。
突然明かりがつく。
同時に彦二が奥から現れる。
彦二「明かりもつけないで何してるんだ?」
珠恵「お客さんが来たら困るでしょ」
彦二「それもそうだね」
珠恵「それで、助かったの?」
彦二「うん」
珠恵「起きてる?」
彦二「いや、麻酔しちゃった」
珠恵「え? 大丈夫なの?」
彦二「ん? うん。大丈夫、大丈夫。麻酔には自信があるから」
珠恵「…そうなんだ」
彦二は、お湯を沸かし、コーヒーの豆を取り出して、挽き始める。
彦二「君も飲むかい?」
珠恵「いらない。私、コーヒー嫌いなの知ってるでしょ?」
彦二「そうだったね。そこはお母さんに似なかったんだな」
珠恵「香は好きだけどね」
彦二「あっそ」
珠恵は席を立ち上がり奥へ行こうとする。
彦二「多分、朝まで起きないよ」
珠恵「わかってます。見に行くだけ」
彦二「機器には触るなよ」
珠恵「はいはーい」
珠恵、奥に入っていく。
○喫茶「ターム」 地下階段 夜
コンクリート製の地下階段。
明かりは頭上からの蛍光灯のみ。
珠恵が階段を下りてくる。
珠恵「秘密きち~秘密きち~。あーあ、お父さんも喫茶店なんかしないできちんとお医者さんすればいいのに」
珠恵、階段の途中で立ち止まる。
珠恵「そうすれば、私は毎日車で送り迎え、好きなものは何でも買ってもらって~」
○珠恵の妄想 学校
珠恵が通っている女子高。
校門前で生徒たちが騒いでいる。
生徒1「見て!」
生徒2「珠恵様よ!」
生徒3「キャー! 珠恵様!」
ピンクのリムジンが校門の前に横付けされる。
校門から玄関までレッドカーペットが敷かれる。
リムジンのドアが開く。
高級ブランド品で全身を固められた珠恵がその中から降りてくる。
学校中から歓声が上がる。
珠恵「みんなー! 今日のおこづかいよぉ!」
お札を振り撒きながら珠恵が通る。
生徒たち「珠恵様、バンザーイ!」
珠恵「オーホッホッホ!」
○喫茶「ターム」 地下階段 夜
蛍光灯がまたたく。我に返る珠恵。
珠恵「よく考えてみれば、医者の娘でもそこまでは無理だなぁ。やっぱり石油王か」
珠恵、再び階段を下りていく。
○喫茶「ターム」 地下室前 夜
大きな扉がある。
珠恵が扉を開く。
部屋の中は暗い。
足を踏み入れる珠恵。
○喫茶「ターム」 地下室 夜
薄暗い部屋の中央に2つの赤い光がある。
珠恵「なんだろ?」
珠恵が部屋に入り明かりをつける。赤い光が何だったのか分からず首をひねる。
中央に手術台があり、その上に一郎が寝ている。一郎の上にはシーツが掛けられている。
珠恵「これじゃあ、治っても風邪引くんじゃないかなぁ…」
部屋の中を見て回る珠恵。
珠恵「さっきの光なんだったんだろう?」
○街中 夜
人通りの少ない暗い路地。無灯火の自転車が通り抜ける。
突然、黒い影が覆いかぶさり自転車ごと物陰に引きずり込む。
○ゴミ置き場 早朝
ゴミ置き場のゴミの中から人の足が出ている。
ゴミを捨てに来た主婦が悲鳴を上げる。
○喫茶「ターム」 2階と1階の階段
制服を着た珠恵、2階から駆け下りてくる。
珠恵「お父さん、6時に起こしてっていったでしょ」
返事はかえって来ない。
珠恵「もう」
○喫茶「ターム」 地下室への階段
階段の下を見つめる珠恵。
7時を告げる時計。
珠恵「やば」
駆け出す珠恵。
○ゴミ置き場
警察車両とゴミ収集車が止まっている。
警察関係者が作業をしている一方で、刑事の橋立とゴミの収集業者がもめている。
橋立「だから、後で来いって言ってるだろうが」
収集業者「うちも仕事なの。死体が必要なら、死体だけ残しておくって言ってるだろうが」
橋立「あのねぇ。現場の保全が最優先なの」
収集業者「こっちも仕事なの。あんたらが帰った後にゴミが残ってると、文句言われるのは俺たちなんだよ」
橋立「だから、後でとりに来いって」
収集業者「ルートが決まってるんだよ。時間だって決まってるんだ。ここだけ特別扱いできるか」
橋立「あのなぁ、殺人事件なんだよ? 非常事態なの。少しはわかってくれよ」
収集業者「殺人事件がなんだって言うんだ!」
警察車両から、刑事松下が出てくる。
橋立「これ以上、文句言うと公務執行妨害で逮捕するぞ!」
収集業者「なんだと? 権力振りかざしやがって、やって見やがれ!」
松下が二人に近づいていく。
松下「あのー」
橋立&収集業者「なんだよ!」
松下「ここのゴミは、後で警察のほうで収集センターのほうに持っていくって上に話しておきました」
○ゴミ置き場
橋立は、ゴミ置き場に捨てられた遺体を見る。
遺体の上部半分は食いちぎられて存在しない。
橋立「なぁ」
松下「はい?」
橋立「こないだから、死体に縁があるよな」
松下「はぁ」
橋立「しかも変死体ばかり」
松下「橋立さんっていつも変なこと考えてますよね」
橋立「馬鹿。くだらねえこと言ってないでこの状況から犯人を推理しろよ」
松下「話しかけてきたのは、そっちじゃないですか」
橋立「この感じは、刃物じゃなさそうだし」
松下「どっちにしても、身元を確認できるものはなさそうなんで、切り取られた半分が出てこないことには話になりませんね」
橋立「出てくればな。この感じ、普通の事件じゃない気がする」
松下「そりゃあ、見ればわかりますよ。一部バラバラ事件だし」
橋立「馬鹿。そういう意味じゃないよ」
松下「またアレですか? 化け物がどうとかいう気ですか? この間の事件だって結局うやむやじゃないですか」
橋立「まだ終わってないよ。あの男さえ捕まえれば何かわかるはずなんだ」
松下「あの男ねぇ」
○喫茶「ターム」 地下室
薄暗い地下室。
中央に寝ている一郎の上に毛布が掛けられている。
扉が開き彦二が部屋の中に入ってくる。
一郎の目が開く。
彦二「まだ起き上がらないほうがいい」
一郎「ここは?」
彦二「喫茶店の地下室さ」
一郎「病院じゃないのか…」
安堵する一郎。
彦二「元個人診療所。父親が私に残したもんだけどね」
一郎「あなたは?」
彦二「田村ゲンジ。ヒコニと書いてゲンジと読むんだ。君は?」
しばらくの沈黙の後、一郎が答える。
一郎「梶間一郎です」
彦二「そうか、やはり梶間か……。」
一郎「やはり?」
彦二「昔ね、君によく似た人と学んだことがあるんだ。その人の名は、梶間大作」
一郎が体を起こす。
彦二「随分昔の話だ」
一郎「父を知っているんですね」
彦二「彼は、今どうしてるんだい?」
一郎「父は死にました」
彦二「なに?」
一郎「……3年前に研究所の爆発に巻き込まれて亡くなりました」
彦二「そうか…。君は」
一郎「はい?」
彦二「……彼には、遺伝子の病気を持った子供がいたと聞いていたが」
一郎は、驚いた顔をする。
一郎「そのことも知ってるんですか?」
彦二「それは君かい?」
一郎「…妹です」
彦二「そうか。……梶間は娘を救えたのか?」
一郎「……いいえ。妹も死にました」
彦二「そうか。彼の研究は、実を結ばなかったんだな」
一郎「結局、父は化け物を作ることしか出来ませんでした」
彦二「一郎君といったね。移植医療も初めから認められたわけではないよ。今でさえ、その壁は分厚く高いものだ。化け物だなんて言うもんじゃない」
一郎「違う!」
一郎は、手術台から降りるが足に力が入らず床に倒れる。
彦二、起こそうとする。
一郎「触らないで下さい」
一郎の目が赤くなり光りだす。身体は徐々に黒くなっていく。
身体から突起物が盛り上がり、黒光りした外殻に覆われる。
一郎は、カオスへと変身をする。
カオスはゆっくりと立ち上がる。そして、全身を彦二に見せる。
カオス「これでも、人間と呼べますか? 多くの人の病気は治った。でも、父のやったことは、人として決して許されることじゃない」
彦二「そ、そんな。実験は、成功していたのか」
カオスの目が光を失い、黒い体が崩れ落ちる。同時に一郎が床に倒れこむ。
彦二は、一郎を抱えて手術台の上に戻す。
一郎「僕が怖くないんですか?」
彦二「恐ろしいさ。でも、とにかくゆっくり休んだほうがいい」
一郎「ですが、こうしている間にも生き延びた他の奴らが人を殺しているかもしれない」
彦二「なんだって? 他にもいるのか?」
一郎「はい」
彦二「でも、人を殺すなんて大げさじゃないか? 仮にも人間なんだから」
一郎「虚羽化人間は、人を食べるんです」
彦二「え?」
素早く一郎から離れる彦二。
一郎「固体によって食べる部位は違いますが、人を殺すことには違いないんです」
彦二「君も人を食べるのか?」
一郎はゆっくりと彦二を見る。
彦二も一郎を見る。
○警察署 刑事部捜査一課第5分室
書類に埋もれている橋立と松下。
内線がかかってくる。
あわてて電話を掘り起こす松下。
松下「はい第5分室です」
受話器からもれてくる怒鳴り声。
松下「はい。スミマセン。すぐに行きます」
松下、受話器を置いてため息をつく。
橋立「どうした?」
松下「課長が呼んでます」
橋立「お前も大変だなぁ」
松下「橋立さんも一緒に来るようにって」
橋立「パス」
松下「パスって、無理に決まってるじゃないですか」
橋立、立ち上がって出口に向かう。
橋立「じゃ、俺はこれから捜査の約束があるからよ」
橋立、部屋を出て行く。
松下「えぇ、俺って可哀想」
○喫茶店「ターム」外観
営業中の札は出ているが、人通りも無い。
珠恵が走って帰ってくる。
○喫茶店「ターム」店内
彦二が店の片づけをしている。一郎の姿は無い。
珠恵が中に入ってくる。
珠恵「起きた?」
彦二「おかえり」
珠恵「ねえ、起きたの?」
彦二「ただいまは?」
珠恵「ただいま。で、起きた?」
珠恵は、そのままカウンターの奥へ行こうとする。
彦二「彼はもういないよ」
珠恵「え? どういうこと?」
駆け出す珠恵。
○喫茶「ターム」 地下室
扉が開き、珠恵が入ってくる。
そこに一郎の姿は無い。
○喫茶「ターム」 店内
珠恵、走って戻ってくる。
珠恵「何で?」
彦二「何でって、私が起きたらもういなかったんだから、仕方ないだろう」
珠恵「なんだあ。急いで帰ってきて損した」
彦二「彼のこと気に入ってたの?」
珠恵「そうじゃないけど、なんか普通じゃなさそうだったから、興味はあったかも」
彦二「そうか…」
珠恵「何であんなところに倒れてたか、知りたかったなぁ」
○回想 喫茶「ターム」 地下室
一郎と彦二、互いに相手を見ている。
一郎「僕は、人は食べません」
彦二「人は、か…」
一郎「…はい」
彦二「梶間が、父親が憎いかい?」
一郎「いいえ」
彦二「君をそんな風にしたのに?」
一郎「わからない。父がしたことは許されないことです。でも、妹を、みんなを助けようとしてやったことなんです。でも、みんな虚ろに行ってしまった」
彦二「虚ろ?」
一郎「つらい現実に耐えられずに、虚ろへと羽化したんです」
彦二「君は?」
一郎「妹が、恵理子が人を殺したくないと、泣いて俺にすがるんです。だから……」
彦二「梶間は人体実験をしたんだね」
一郎は小さくうなずく。
一郎「あそこには、お金もなく希望も無い、それでも生きていたいっていう人たちがいました」
彦二「なんてことを…」
一郎「すみません。ここにはいられない。助けていただいてありがとうございました」
力なく立ち上がり、よろめきながら歩き出す一郎。
彦二「一郎君」
彦二、手を出して手術台に戻そうとする。
一郎、彦二をにらみつける。目に赤い光。
後ずさる彦二。
一郎「もう僕にかまわないで下さい」
一郎、地下室を出て行く。
○喫茶「ターム」 店内 夕方
彦二、ぼうっとしたままコップを拭き続けている。
珠恵が店の奥からやってくる。
珠恵「お父さん? お父さん」
彦二「え? あ、どうした?」
珠恵「もうお店閉める時間でしょ? どうしたのぼうっとして」
彦二「ちょっと考え事してたんだ」
珠恵「まったく、少しはお客さんが来るようなこと考えてよね」
彦二「ああ、すまない」
珠恵「今日の晩御飯、何にするの?」
彦二「ごめん。まだ考えてなかったよ」
珠恵「しっかりしてよね」
○トンネル 夜
幹線道路からやや外れた道沿いにあるトンネル。車が入ってきて中で止まる。
○トンネル 車内 夜
車内には若いカップルが乗っている。
女「ねぇ、やめようよ」
男「平気だって。お前、お化け怖いの?」
女「こ、怖くないわよ。大体そんなものいるわけないじゃない」
男「じゃあ、鳴らすぞ」
男がクラクションを長めに鳴らす。
○トンネル 夜
トンネル内に響くクラクションの音。
その後は沈黙。
○トンネル 車内 夜
周囲を見回す女。
ハンドルから手が離せない男。
男「ほ、ほら何も起こらないだろ」
車のフロントに黒いものが落ち、車が揺れる。フロントガラスは泥で汚れて前が見えにくくなる。
女「な、何?」
男はエンジンを掛けようとするが、かからない。
女「なんかいるよ! 動いてるよ!」
男はワイパーを動かす。ワイパーは少しだけ動きすぐに止まってしまう。
男「動け、動けよ」
女「に、逃げようよ」
男「エンジンが、かかんないんだよ」
女「だから嫌だって言ったのに!」
車内が揺れる。フロントガラス全体にクモの巣状のひびが入る。
女「もう嫌!」
車を出ようとする女。鍵を開けることも忘れている。
再び揺れる車内。フロントガラスがはがれて車内に泥が入ってくる。
女が鍵に気が付きドアを開く。
逃げ出そうとした女を捕まえる黒い影。
男は何も出来ずに黒い影を見ている。
黒い影はムカデの顔を持った虚羽化人間、ムカデロン。
女「いやあ、離してぇ!」
女の首筋に噛み付くムカデロン。
女「助けて…」
男「…う、うわぁ」
男もドアを開いて外に出て行く。
○トンネル 夜
車から離れていく男。
ムカデロンが車の屋根に乗る。その右手にぐったりとした女を掴んでいる。左手には、千切れたハンドルを握っている。
ムカデロンは逃げる男に、ハンドルを投げつける。
ハンドルは男の背中にめり込み、男は地面に倒れてうめき声を上げる。
ムカデロンはゆっくりと右手に持った女を引きずりながら近づいてくる。
ムカデロン「知ってるか? 人の一番うまい部分を?」
男「来るな、来るなぁ」
ムカデロンは男の側にやってくる。
ムカデロン「もっともお前たちはわかんないだろうけどね」
ムカデロンの手が男を掴む。
ムカデロン「俺は脳が大好きなんだ。でも一人に一個しか無いんだ。悲しいねぇ」
嫌がる男の頭にかぶりつくムカデロン。
○トンネル
警察車両に封鎖されているトンネル。
橋立が別の刑事ともめている。
橋立「おい、どういうことだ。何で現場に入れないんだよ」
刑事1「あんたらは、この事件から外されたんだよ。今日から、この事件は捜査1課のものになるんだ。おとなしく帰ってくれよ」
橋立「俺たちも捜査一課だろ! 捜査権があるはずだ」
刑事1「これは普通の殺人事件だ。オカルト分室は帰ってくれ」
橋立「オカルト分室とはなんだっ!」
松下「橋立さん、一度帰りましょう」
橋立「馬鹿。この事件はなぁ、普通じゃないんだよ。普通の捜査してたんじゃ、何もわからないんだよ」
刑事2が、トンネルの中からやってくる。
刑事2「おい、呼んでるぞ。お? オカルト分室のダメコンビじゃないか。何やってんだ? 書類の整理を頼まれてるんじゃないのか?」
橋立「なんだと?」
飛びかかろうとする橋立を、必死に抑える松下。
刑事1「じゃ、忙しいんで帰ってくれ」
刑事1、警官を一人呼ぶ。
刑事1「おい、君。この人たちは今回の捜査と関係ない部外者だから、絶対に現場に入れないでね。部外者だから」
警官「は、はい」
奥に行く刑事1と2。取り残される橋立と松下。
橋立「松下。もういい、離せ」
松下「で、でも」
橋立「この事件は普通じゃないって言っただろ」
松下「離した途端に走りこみませんね?」
橋立「……」
松下「ヤッパリ」
警官「すみません。私も立場上、止めないといけないんで、出来れば…」
橋立「帰る。だから離せ」
松下「は、はい」
松下、ゆっくりと橋立から離れる。
橋立「事件は夜に起こる」
トンネルに背を向け歩き出す橋立。
橋立「馬鹿。何やってんだ。早く帰るぞ」
松下「はい」
先に行った橋立を追いかける松下。
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