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第三話
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主な登場人物
梶間一郎:虚羽化人間カオス。
橋立:刑事。
松下:刑事。
箕輪:ある施設の元患者。
ムカデロン:ムカデと人の虚羽化人間。
田村彦二:喫茶タームのマスター。
田村珠恵:彦二の娘。
米山:製薬会社の営業マン。
梶間恵理子:梶間一郎の妹。
梶間大作:梶間一郎の父。
○自然公園
池と林のある自然公園。
林の中に、一郎が寝転がっている。
○自然公園 夜
闇の中で一郎が目を開く。
一郎、ゆっくりと立ち上がる。
目は赤く光り、一郎は闇をまといカオスへと変貌していく。
○路地 夜
人通りの無い路地を歩く女性。
物陰から伸びる黒い手。
悲鳴もなく、あっという間に闇の中に引きずり込まれる女性。
○路地 昼
事件現場になった路地を通行止めにする警察関係者。
それを遠くから見ている橋立。その後ろでメモを取っている松下。
松下「こんなこと意味があるんですかね?」
橋立「馬鹿。現場に入れなくても現場の空気を感じるんだよ」
松下「こんな遠くから見て何かわかるものですか?」
橋立「馬鹿。現場から出て行くものをメモしておけ。どんな細かいものでもきっちりな」
松下「自分でやってくださいよ」
橋立「あのなぁ、俺にそんなことが出来ると思うか?」
松下「思いません」
橋立「ようやくわかってきたな?」
松下「少しだけですけどね」
橋立「しかし、腹減ってきたな」
松下「そうですね」
松下、ポケットから黒糖キャラメルを出す。
松下「なめます?」
橋立「馬鹿。遠足じゃねえんだぞ」
橋立、さりげなく手を出す。
松下「すいません」
松下、黒糖キャラメルをしまう。
橋立、手で催促をする。
松下、気が付かない。
橋立「馬鹿。さっさとよこせ」
松下「え、ああ。はい」
松下、黒糖キャラメルを渡す。
橋立、黒糖キャラメルをなめる。
松下「分かりにくい人だなぁ……」
橋立「何か言ったか?」
松下「何も」
橋立「甘いなぁ」
松下「キャラメルですからね」
橋立「もう一個ある?」
松下「もう全部あげますよ」
松下、黒糖キャラメルを箱ごと橋立に渡す。
橋立「おお、ありがとう。お前、いいやつだな」
橋立、ポケットに大事そうにしまう。
橋立「繋がりがないように見えるこの事件も、無差別、連続、猟奇という点ですべてが繋がっている」
松下「でも、犯人は何が目的なんでしょうか?」
橋立「さあな」
松下「現場の遺体の状態も気になりますね」
橋立「それはもう監察医の先生にお願いしてある」
松下「珍しく手際がいいですね」
橋立「馬鹿。珍しくは余計なんだよ」
○街中
人通りの多い街中。
ふらふらと歩いている一郎。誰もが一郎を避けるように歩いていく。
一郎は、前からくる身なりのよい男、箕輪とすれ違う。
箕輪、振り返り一郎に声を掛ける。
箕輪「一郎君? 梶間一郎君?」
一郎、ゆっくりと箕輪を見る。
見開かれる一郎の目。
箕輪「こんなところで会うなんてな」
一郎「箕輪さん。あなたも…」
箕輪「どうしたんだ? そんな汚い格好で、ふらふらじゃないか。きちんと食べているのか?」
一郎「……いえ」
箕輪「そうか……。よし、俺がうまいものを食わせてやる。服も新しいのを買ってやるよ」
一郎「僕は、大丈夫です」
箕輪「そんな状態には見えないな。とにかく何か食べたほうがいい。ついて来い」
一郎、箕輪に肩をかりて歩いていく。
○警察署 刑事部捜査一課第5分室前
第5分室のプレート。
○警察署 刑事部捜査一課第5分室室
橋立、電話をしている。
松下、パソコンで何かしている。
橋立「……そうですか。いえ、どうもありがとうございました」
橋立、受話器を置く。
松下「どうでした」
橋立「あぁ」
橋立、黙ったまま受話器を見つめている。
松下「どうしました?」
橋立「溶血タンパク質とかで、穴が膨らんでショックとかなんとか…」
松下「なんですかそれ?」
橋立「よくわからん。とにかく何か毒物で殺してから、被害者の身体を千切ったらしい」
松下「はぁ」
橋立「そっちはどうだった?」
松下「メモを整理してたらわかったんですけど、犯人は金目当てだったようですね」
橋立「何?」
松下「カバンとか財布とか、腕時計も無くなってますね」
橋立「それで身元がわからないように上半身を隠した?」
松下「でも、間抜けな奴ですよね。携帯電話を残しておくなんて」
橋立「……そうだな」
○廃ビル 内部
薄暗い廃ビルの中をゆっくりと歩いていく一郎と箕輪。
箕輪「その様子だと、ほとんど食べていないんじゃないのか?」
一郎「ええ、胃がうけつけなくて」
箕輪「だろうな」
一郎「この臭いなんですか?」
箕輪「だが、俺は見つけたよ」
立ち止まる箕輪。
○廃ビル 内部
角の暗がりに立つ一郎と箕輪。
二人の目の前にある人間の遺体。上半身、頭部、その数は4,5人程度。
側にカバンや財布が転がっている。
一郎「う」
一郎、逃げるようにその場を離れる。
○廃ビル 内部
物陰で吐いている一郎。
その後ろに現れる箕輪。
箕輪「食堂で吐くなんてひどいな」
一郎「食堂…?」
箕輪「外に出しておくとカラスが来るからな。あれは俺を恐れてないんだ」
一郎「箕輪さんは、人を食べているんですか?」
箕輪「え? 必要な栄養は、人間から取るのが一番早いんだろ?」
一郎「だけど、こんな風に殺して、その死体を取っておくなんて」
箕輪「ははは。街中でどう声をかけるんだ? あなたの体液を分けていただけますか? とでも言うのか? 体液だけじゃ、元気になれないしな」
一郎「だからって殺して食べるなんて」
箕輪「なんだよ。人間だって、牛や豚だって殺して食べているじゃないか」
一郎「じゃあ、牛や豚を食べればいいじゃないですか」
箕輪「食べてたよ」
一郎「だったらなんで」
箕輪「戻れないんだよ」
一郎「え?」
箕輪「人間の味が忘れられないんだよ。あの充足感、他の動物では得られないんだ」
一郎「それじゃあ、ただの殺人鬼じゃないか…」
箕輪「そうさ」
一郎「箕輪さんまで…」
箕輪「一郎君。牛を殺すことと人を殺すこと、どこが違うんだ。俺はどっちも食べるために殺した。生きるためには、食べなきゃいけない」
一郎「箕輪さんは、殺すことを楽しんでいる」
箕輪「何?」
一郎「肉食獣は、獲物をあんな風に飾ったりはしないですよ」
箕輪「あれは蓄えだ」
一郎「違う」
箕輪「一郎君。昔の君は、もっと素直だったのにね。いちごうくん」
一郎「……箕輪さんだって、誰よりも命が大切なんだって言ってたじゃないですか」
箕輪「一郎君。この世に自分の命より大切なものがあるかい?」
一郎「箕輪さん」
箕輪「梶間教授だって、自分のエゴで俺たちを実験台にしたじゃないか」
一郎「だからって」
箕輪「このままだと君も死ぬぞ」
一郎「だからって、人を食べることなんて出来ない」
箕輪「俺たちが生きるためには、必要なことなんだ。食べろ、食べるんだ」
一郎「嫌だ!」
一郎、カオスに変身。
箕輪、ムカデロンに変身。
カオス、ムカデロンに飛び掛るも弱っているためムカデロンに組み伏せられる。
ムカデロン「一郎君。少し、考えてみるといい。自分の命の大切さを」
ムカデロン、カオスの首筋に噛み付く。
カオス、一郎に戻っていく。
ムカデロン、一郎から離れる。
一郎、ぐったりとして起き上がれない。
ムカデロン「これでしばらくは動けないだろう。その間ゆっくりと考えるんだな」
ムカデロン、箕輪に戻る。
○喫茶店「ターム」 外観
珠恵が走って店の中に駆け込んでいく。
○喫茶店「ターム」 店内
珠恵、店の中に入ってくる。
彦二、カウンター席で新聞を読んでいたが、珠恵を見る。
彦二「おかえり」
彦二、再び新聞を見る。
珠恵「戻ってきた?」
彦二、顔を上げる。
彦二「何が?」
珠恵「あの人」
彦二「来ないよ」
彦二、新聞をたたむ。ため息。
珠恵「そっか」
彦二「彼とは関らないほうがいい」
珠恵「え?」
彦二、新聞を片付ける。
珠恵「何か知ってるの?」
珠恵、彦二ににじり寄る。
彦二は逃げるようにカウンターへ向かう。
彦二「彼は、知り合いの息子なんだ」
珠恵「はぁ? 知り合いの子供なのに、あんな大怪我で外に放り出したの? 信じらんない」
珠恵、外に出ようとする。
彦二「どこに行く気だ」
珠恵「探してくる」
彦二「やめなさい」
珠恵「ほうっておいたら死んじゃうでしょ」
彦二、追いかける。
彦二「珠恵、待ちなさい」
入り口が開き、米山コウジが入ってくる。米山はサラリーマン風のいでたちでカバンを手に持っている。
珠恵、米山とぶつかりそうになる。
米山「おっと」
珠恵、力なくひざから地面に座り込む。
米山、珠恵の肩に触れる。珠恵の額には大粒の汗。
米山「これはいけない。田代さん」
彦二「はい」
米山、珠恵を席に座らせる。
珠恵、息も絶え絶えといった感じでそれに従う。
米山「水を」
彦二「あ、はい」
彦二、水をコップに入れて運んでくる。
米山、カバンから小瓶を取り出す。
彦二「今、薬も持ってきます」
米山「いえ、今日は新しい薬を持ってきましたから」
彦二「え?」
米山、小瓶から錠剤を2粒取り出して珠恵に飲ませる。
珠恵、症状は変わらず。
米山「新薬です。やっと認可が下りました」
彦二「そうですか」
米山「横にさせたほうがいい」
彦二「じゃあ、私が運びます。米山さんはちょっと待ってて下さい」
彦二、珠恵を奥に連れて行く。
米山「あ、いえ。今日は薬を届けに来ただけですから」
彦二「すぐに戻りますから」
米山、小瓶のふたを閉め、カウンターへ持っていく。
米山、片付けられた新聞を見る。
新聞の見出しに、電力会社幹部自殺という記事。
米山、その記事を見てニヤリと笑う。
彦二、戻ってくる。
米山、笑みを消す。
彦二「よかった。落ち着いたみたいです」
米山「そうですか。何よりです」
彦二「それで、薬の代金なんですが」
米山「結構ですよ。田代さんには、社長がお世話になっているんですから」
彦二「しかし、これは、その、とても高い薬なんじゃ…」
米山「我々の会社グラックスが、今日あるのも田代さんのおかげなんです。田代さんの研究結果がなければ、我々は大手製薬メーカーに吸収されていたんですから」
彦二「すみません」
米山「いえ、娘さんの病気が一日も早く治るように我々も協力しますから、力を落とさずに頑張りましょう」
彦二「はい」
米山「薬ですが、一日2回、2粒ずつで結構です。出来れば食後に飲ませてください」
彦二「わかりました」
○廃ビル
横たわる一郎。
○回想
一郎、暗闇の中に立っている。足元は波紋の広がる水面のよう。
妹、恵理子の声がする。
恵理子「お兄ちゃん。助けて…」
一郎「どこだ? どこにいるんだ?」
恵理子「私を、殺して…」
一郎「恵理子。そんなこと言うんじゃない」
一郎、闇の中を走り回るが、誰も出てこない。
続いて、梶間大作の声も聞こえてくる。
大作「一郎。一郎」
一郎「…父さん」
大作「奴らを全員殺すんだ」
一郎「……嫌だ。嫌です!」
水面から黒い闇が伸びてきて、一郎を掴む。
闇はそのまま一郎を引きずりこんでいく。
広がる波紋の中から、赤く光るカオスの目が浮かび上がってくる。
○廃ビル 内部
首輪をつけた犬が一郎の側に来る。
その後ろから男がやってくる。
男「うわ、ひどい臭いだなぁ。ベル、帰るぞ、戻って来い」
男、一郎と死体を見つける。
男「うわぁ」
○廃ビル 外観
警察関係者が廃ビルの入り口を固めている。
○廃ビル 外観
橋立と松下が外から警察の動きを見ている。
松下「あのー」
橋立「ん?」
松下「俺たち、本当に刑事なんでしょうか? 心配になってきました」
橋立「馬鹿。俺は一人でもこの事件を解決するよ」
松下「一人でもって…」
橋立「見ろ」
橋立、廃ビルの入り口を指差す。
○廃ビル 外観
一郎が連れ出される。
○廃ビル 外観
一郎が警察車両に乗せられる。
橋立「誰か連れていかれたな」
松下「犯人でしょうか?」
橋立「どうかな?」
○喫茶「ターム」店内
彦二、コーヒーを入れている。
奥から珠恵がやってくる。
彦二「大丈夫かい?」
珠恵「うん。もう平気」
彦二「何か飲むかい?」
珠恵「いらない」
珠恵、そのまま彦二の前を通り過ぎ出口に向かう。
彦二「そうか」
珠恵「私」
彦二「ん?」
珠恵「やっぱり捜しに行くね」
彦二、寂しそうな顔をする。
彦二「そうか」
珠恵「じゃ、行ってくるね。晩御飯までには戻ってくるから」
彦二「でも、無理するんじゃないよ」
珠恵「はいはい」
珠恵、外に出ていく。
彦二「あんなところは、陽子さんにそっくりだな」
○警察署前 夜
警察署の外観。
○警察署 取調室 夜
薄暗い取調室。一郎と刑事1、警官が2名いる。
刑事1「君、名前は?」
一郎、黙秘。
刑事1「何であそこにいたの?」
一郎、身動き一つしない。
刑事1、ため息をつく。
刑事1「こりゃ、勾留決定かな?」
○警察署 刑事部捜査一課第5分室 夜
橋立と松下の二人、書類に埋もれている。
橋立「容疑者は若い男だってな」
松下「若い男ですか」
橋立「前の事件の現場にも、若い男がいたな」
松下「そうでしたっけ?」
橋立「馬鹿。事件の資料くらい頭の中に入れておけ」
松下「アナフィラキシーショックを、穴が膨らんだショックって言ってたのは、どこの誰でしたっけ?」
橋立「馬鹿。俺には重要じゃない情報なんだよ。何がアナコンダパニックだ」
橋立、ポケットから黒糖キャラメルを取り出し口に入れる。
松下「すっかりハマッてますね」
橋立「馬鹿。仕方なく食ってるんだよ」
○地下連絡通路 夜
若い女性が、地下連絡通路を歩いている。
蛍光灯が点滅する。
女性が駆け出す。
連絡通路内が真っ暗になる。
女性の小さな悲鳴とボキッと鈍い音。
○地下連絡通路 入り口
事件現場を封鎖をしている警官を見ている橋立と松下。
橋立「容疑者確保したのに、連続殺人は止まらずか」
松下「1課の連中、ざまあみろですね」
橋立「馬鹿。被害者がいるんだぞ。誰が捕まえても同じなんだよ。とにかく早く捕まえるんだ」
松下「でも、俺たちに出来ることなんて大してありませんよ」
橋立、松下の尻を蹴り上げる。
橋立「本気で言ってるなら、刑事なんか辞めちまえ」
○喫茶「ターム」店内
珠恵、普段着で外に出ようとしている。
彦二がカウンターの奥から現れる。
彦二「出かけるの?」
珠恵「うん」
彦二「…友達?」
珠恵「ん」
彦二「また捜しに行くのか?」
珠恵「…行ってくる」
彦二「あんまり人のいないところに行かないようにな」
珠恵、出て行く。
○警察署 前
一郎、刑事数人と共に出てくる。
刑事1「本当はお前みたいな怪しい奴はずっと勾留しておきたいんだが、証拠がないとうるさいんでね。今日のところは帰っていいぞ」
一郎、警察署を離れていく。
○警察署 門
橋立、門の側で一郎を見送る。
一郎、力なく歩いている。
橋立「ふらふらじゃねえかお前」
一郎、橋立を一瞥。すぐに歩き出す。
橋立、ポケットをまさぐる。財布を取り出す。
中を見ると小銭が少ししか入っていない。
橋立、再びポケットを探る。黒糖キャラメルの箱が出てくる。
橋立、箱と歩いていく一郎を交互に見つめる。
橋立、軽く舌打ちをする。
橋立「おい、待て」
橋立、一郎を追いかける。
橋立「おい」
橋立、一郎の手を掴むと黒糖キャラメルの箱を握らせる。
橋立「これ、食え。全部やるよ。持ってけ」
一郎「……どうも」
一郎、箱を手に持ったまま歩き出す。
橋立「おい」
振り返る一郎。
橋立「すぐ食え。うまいぞ、それ」
一郎、一瞬表情を曇らせる。しかし、すぐに箱から一粒黒糖キャラメルを取り出すと、ゆっくりと口の中に入れる。
一郎「甘い」
橋立「だろう? お前、名前は?」
一郎「梶間一郎」
橋立「そうか、梶間か。梶間、元気出せよ」
一郎「え」
橋立「俺はおめえみたいにしょぼくれた奴がほっとけねえ質なんだよ。じゃあな」
橋立、警察署に戻っていく。
一郎、その背中を見送る。
○街中 歩道橋の上 夕方
珠恵、歩道橋の上から下を歩く人を見ている。
珠恵「どこにいるんだろうなぁ」
○ビルの屋上 夕方
一郎が街を見下ろしている。眼下には、珠恵のいる歩道橋も見える。
一郎、黒糖キャラメルを食べる。
○ビルの屋上 夜
一郎、見下ろしていた顔を上げる。
一郎「父さん。今日も約束通り一人殺します」
一郎、カオスへ変わる。
カオス、駆け出す。
○路地 夜
人通りが少ない路地。
ムカデロンが、若い男を襲う。
○路地 夜
珠恵、路地の影に倒れている男を見つける。
珠恵「また行き倒れてるのか?」
珠恵、ゆっくり近づいていく。その足が、急に止まる。
ムカデロンが男を食べている。
珠恵、悲鳴。
ムカデロン、珠恵を振り返る。ゆっくりと立ち上がり、珠恵に迫ろうとする。
珠恵、身動きできずに固まっている。
珠恵「い、いやぁ」
カオスが現れ、ムカデロンを弾き飛ばす。
ムカデロン「一郎!」
カオス「箕輪さん!」
珠恵、ムカデロンとカオスにおびえている。
カオス「早く逃げるんだ!」
珠恵「え?」
カオス「早く」
珠恵「はい」
珠恵、ふらふらと逃げ出す。
カオス、珠恵を追おうとするムカデロンを殴り飛ばす。
カオス「やめてください」
ムカデロン、ゆっくりと起き上がる。
ムカデロン「やめろだと? 一郎君。君に何の権利があって、そんなことを言うんだい?」
カオス、ムカデロンに向かって走り出す。
カオス「僕は、こんな体になっても、人として生きていたい。心まで化け物にはなりたくない」
ムカデロン、カオスと組み合う。
ムカデロン「さっきの子、恵理子ちゃんに似てたな。だからか?」
カオス「…」
カオス、ムカデロンと格闘。
ムカデロン「君は、自分の父親が憎くないのか? 俺たちをこんな風に化け物へ変えたあの男が。恵理子ちゃんを殺したのも教授じゃないか」
カオス「あなたは、憎しみを理由にして自分の欲望を満たしているだけだ!」
カオスの拳がムカデロンを打つ。
しかし、効いていない。
ムカデロン「君は、違うのか!」
ムカデロン、カオスを殴りつける。
カオス、吹き飛ばされ壁に激突する。
ムカデロン「君だって、湧き上がる衝動に逆らい続けているんじゃないのか? あるだろう。憎しみが!」
カオス、立ち上がろうとする。
そこへ、ムカデロンが突進してくる。
もみ合う二人。
カオス「憎しみ?」
ムカデロン「そうだ」
ムカデロン、カオスを打ちのめす。
カオス「僕の中にあるのは、怒りだ」
ムカデロン「怒り?」
カオス「僕は僕を許さない」
ムカデロン、カオスの背中をおさえる。
カオス「僕は、妹を助けられなかった。父を救えなかった。それなのに、こんな姿になってまで生きている」
カオス、首の突起物に右の手をかける。
ムカデロン「一郎君。君はもう楽になったほうがいい」
ムカデロン、後ろからカオスの首に噛み付こうとする。
カオス、突起物を引きちぎるように体から抜く。突起物は滴る血を固まらせカオスブレイドへと変貌させる。
ムカデロン「何を?」
カオス、カオスブレイドを逆手に持ち替えて後ろにいるムカデロンを突き刺す。
ムカデロン、悲鳴を上げてカオスから離れる。
カオス「痛いですか? あなたが殺した人たちも、痛みがあったはずだ。明日があったはずだ」
ムカデロン「俺は、捕食者だ。餌のことなんて考えられるか!」
ムカデロン、カオスに襲い掛かる。
カオス、ムカデロンを迎え撃ち、通り抜け様にカオスブレイドでムカデロンを斬る。
カオス「箕輪さん!」
カオス、背を向けたムカデロンの頭上にカオスブレイドを投げる。そして、その上から全体重を載せたキックを炸裂させる。
カオスブレイドがムカデロンに突き刺さり、ムカデロンは地面に倒れる。
ムカデロン「死にたくない…」
カオス、ムカデロンからカオスブレイドを引き抜く。
ムカデロン「いやだぁ…」
ムカデロンの身体が崩れ、箕輪の死体が現れる。
カオス、カオスブレイドにかぶりつき、食べ始める。
○路地 夜
珠恵、再び路地に現れる。
カオス、気が付かずにカオスブレイドを食らい尽くす。
カオス、身体から黒い影がこぼれ落ち一郎に戻る。
一郎、珠恵に気が付く。
目が合う一郎と珠恵。
一郎、走り去る。
珠恵「ま、待って」
珠恵、追いかける。
一郎、曲がり角を曲がる。
○路地 夜
珠恵、曲がり角を曲がってくる。
一郎の姿はどこにも無い。
珠恵「一体、何なの…」
珠恵、振り返る。
○路地 夜
箕輪の死体がそこにある。
梶間一郎:虚羽化人間カオス。
橋立:刑事。
松下:刑事。
箕輪:ある施設の元患者。
ムカデロン:ムカデと人の虚羽化人間。
田村彦二:喫茶タームのマスター。
田村珠恵:彦二の娘。
米山:製薬会社の営業マン。
梶間恵理子:梶間一郎の妹。
梶間大作:梶間一郎の父。
○自然公園
池と林のある自然公園。
林の中に、一郎が寝転がっている。
○自然公園 夜
闇の中で一郎が目を開く。
一郎、ゆっくりと立ち上がる。
目は赤く光り、一郎は闇をまといカオスへと変貌していく。
○路地 夜
人通りの無い路地を歩く女性。
物陰から伸びる黒い手。
悲鳴もなく、あっという間に闇の中に引きずり込まれる女性。
○路地 昼
事件現場になった路地を通行止めにする警察関係者。
それを遠くから見ている橋立。その後ろでメモを取っている松下。
松下「こんなこと意味があるんですかね?」
橋立「馬鹿。現場に入れなくても現場の空気を感じるんだよ」
松下「こんな遠くから見て何かわかるものですか?」
橋立「馬鹿。現場から出て行くものをメモしておけ。どんな細かいものでもきっちりな」
松下「自分でやってくださいよ」
橋立「あのなぁ、俺にそんなことが出来ると思うか?」
松下「思いません」
橋立「ようやくわかってきたな?」
松下「少しだけですけどね」
橋立「しかし、腹減ってきたな」
松下「そうですね」
松下、ポケットから黒糖キャラメルを出す。
松下「なめます?」
橋立「馬鹿。遠足じゃねえんだぞ」
橋立、さりげなく手を出す。
松下「すいません」
松下、黒糖キャラメルをしまう。
橋立、手で催促をする。
松下、気が付かない。
橋立「馬鹿。さっさとよこせ」
松下「え、ああ。はい」
松下、黒糖キャラメルを渡す。
橋立、黒糖キャラメルをなめる。
松下「分かりにくい人だなぁ……」
橋立「何か言ったか?」
松下「何も」
橋立「甘いなぁ」
松下「キャラメルですからね」
橋立「もう一個ある?」
松下「もう全部あげますよ」
松下、黒糖キャラメルを箱ごと橋立に渡す。
橋立「おお、ありがとう。お前、いいやつだな」
橋立、ポケットに大事そうにしまう。
橋立「繋がりがないように見えるこの事件も、無差別、連続、猟奇という点ですべてが繋がっている」
松下「でも、犯人は何が目的なんでしょうか?」
橋立「さあな」
松下「現場の遺体の状態も気になりますね」
橋立「それはもう監察医の先生にお願いしてある」
松下「珍しく手際がいいですね」
橋立「馬鹿。珍しくは余計なんだよ」
○街中
人通りの多い街中。
ふらふらと歩いている一郎。誰もが一郎を避けるように歩いていく。
一郎は、前からくる身なりのよい男、箕輪とすれ違う。
箕輪、振り返り一郎に声を掛ける。
箕輪「一郎君? 梶間一郎君?」
一郎、ゆっくりと箕輪を見る。
見開かれる一郎の目。
箕輪「こんなところで会うなんてな」
一郎「箕輪さん。あなたも…」
箕輪「どうしたんだ? そんな汚い格好で、ふらふらじゃないか。きちんと食べているのか?」
一郎「……いえ」
箕輪「そうか……。よし、俺がうまいものを食わせてやる。服も新しいのを買ってやるよ」
一郎「僕は、大丈夫です」
箕輪「そんな状態には見えないな。とにかく何か食べたほうがいい。ついて来い」
一郎、箕輪に肩をかりて歩いていく。
○警察署 刑事部捜査一課第5分室前
第5分室のプレート。
○警察署 刑事部捜査一課第5分室室
橋立、電話をしている。
松下、パソコンで何かしている。
橋立「……そうですか。いえ、どうもありがとうございました」
橋立、受話器を置く。
松下「どうでした」
橋立「あぁ」
橋立、黙ったまま受話器を見つめている。
松下「どうしました?」
橋立「溶血タンパク質とかで、穴が膨らんでショックとかなんとか…」
松下「なんですかそれ?」
橋立「よくわからん。とにかく何か毒物で殺してから、被害者の身体を千切ったらしい」
松下「はぁ」
橋立「そっちはどうだった?」
松下「メモを整理してたらわかったんですけど、犯人は金目当てだったようですね」
橋立「何?」
松下「カバンとか財布とか、腕時計も無くなってますね」
橋立「それで身元がわからないように上半身を隠した?」
松下「でも、間抜けな奴ですよね。携帯電話を残しておくなんて」
橋立「……そうだな」
○廃ビル 内部
薄暗い廃ビルの中をゆっくりと歩いていく一郎と箕輪。
箕輪「その様子だと、ほとんど食べていないんじゃないのか?」
一郎「ええ、胃がうけつけなくて」
箕輪「だろうな」
一郎「この臭いなんですか?」
箕輪「だが、俺は見つけたよ」
立ち止まる箕輪。
○廃ビル 内部
角の暗がりに立つ一郎と箕輪。
二人の目の前にある人間の遺体。上半身、頭部、その数は4,5人程度。
側にカバンや財布が転がっている。
一郎「う」
一郎、逃げるようにその場を離れる。
○廃ビル 内部
物陰で吐いている一郎。
その後ろに現れる箕輪。
箕輪「食堂で吐くなんてひどいな」
一郎「食堂…?」
箕輪「外に出しておくとカラスが来るからな。あれは俺を恐れてないんだ」
一郎「箕輪さんは、人を食べているんですか?」
箕輪「え? 必要な栄養は、人間から取るのが一番早いんだろ?」
一郎「だけど、こんな風に殺して、その死体を取っておくなんて」
箕輪「ははは。街中でどう声をかけるんだ? あなたの体液を分けていただけますか? とでも言うのか? 体液だけじゃ、元気になれないしな」
一郎「だからって殺して食べるなんて」
箕輪「なんだよ。人間だって、牛や豚だって殺して食べているじゃないか」
一郎「じゃあ、牛や豚を食べればいいじゃないですか」
箕輪「食べてたよ」
一郎「だったらなんで」
箕輪「戻れないんだよ」
一郎「え?」
箕輪「人間の味が忘れられないんだよ。あの充足感、他の動物では得られないんだ」
一郎「それじゃあ、ただの殺人鬼じゃないか…」
箕輪「そうさ」
一郎「箕輪さんまで…」
箕輪「一郎君。牛を殺すことと人を殺すこと、どこが違うんだ。俺はどっちも食べるために殺した。生きるためには、食べなきゃいけない」
一郎「箕輪さんは、殺すことを楽しんでいる」
箕輪「何?」
一郎「肉食獣は、獲物をあんな風に飾ったりはしないですよ」
箕輪「あれは蓄えだ」
一郎「違う」
箕輪「一郎君。昔の君は、もっと素直だったのにね。いちごうくん」
一郎「……箕輪さんだって、誰よりも命が大切なんだって言ってたじゃないですか」
箕輪「一郎君。この世に自分の命より大切なものがあるかい?」
一郎「箕輪さん」
箕輪「梶間教授だって、自分のエゴで俺たちを実験台にしたじゃないか」
一郎「だからって」
箕輪「このままだと君も死ぬぞ」
一郎「だからって、人を食べることなんて出来ない」
箕輪「俺たちが生きるためには、必要なことなんだ。食べろ、食べるんだ」
一郎「嫌だ!」
一郎、カオスに変身。
箕輪、ムカデロンに変身。
カオス、ムカデロンに飛び掛るも弱っているためムカデロンに組み伏せられる。
ムカデロン「一郎君。少し、考えてみるといい。自分の命の大切さを」
ムカデロン、カオスの首筋に噛み付く。
カオス、一郎に戻っていく。
ムカデロン、一郎から離れる。
一郎、ぐったりとして起き上がれない。
ムカデロン「これでしばらくは動けないだろう。その間ゆっくりと考えるんだな」
ムカデロン、箕輪に戻る。
○喫茶店「ターム」 外観
珠恵が走って店の中に駆け込んでいく。
○喫茶店「ターム」 店内
珠恵、店の中に入ってくる。
彦二、カウンター席で新聞を読んでいたが、珠恵を見る。
彦二「おかえり」
彦二、再び新聞を見る。
珠恵「戻ってきた?」
彦二、顔を上げる。
彦二「何が?」
珠恵「あの人」
彦二「来ないよ」
彦二、新聞をたたむ。ため息。
珠恵「そっか」
彦二「彼とは関らないほうがいい」
珠恵「え?」
彦二、新聞を片付ける。
珠恵「何か知ってるの?」
珠恵、彦二ににじり寄る。
彦二は逃げるようにカウンターへ向かう。
彦二「彼は、知り合いの息子なんだ」
珠恵「はぁ? 知り合いの子供なのに、あんな大怪我で外に放り出したの? 信じらんない」
珠恵、外に出ようとする。
彦二「どこに行く気だ」
珠恵「探してくる」
彦二「やめなさい」
珠恵「ほうっておいたら死んじゃうでしょ」
彦二、追いかける。
彦二「珠恵、待ちなさい」
入り口が開き、米山コウジが入ってくる。米山はサラリーマン風のいでたちでカバンを手に持っている。
珠恵、米山とぶつかりそうになる。
米山「おっと」
珠恵、力なくひざから地面に座り込む。
米山、珠恵の肩に触れる。珠恵の額には大粒の汗。
米山「これはいけない。田代さん」
彦二「はい」
米山、珠恵を席に座らせる。
珠恵、息も絶え絶えといった感じでそれに従う。
米山「水を」
彦二「あ、はい」
彦二、水をコップに入れて運んでくる。
米山、カバンから小瓶を取り出す。
彦二「今、薬も持ってきます」
米山「いえ、今日は新しい薬を持ってきましたから」
彦二「え?」
米山、小瓶から錠剤を2粒取り出して珠恵に飲ませる。
珠恵、症状は変わらず。
米山「新薬です。やっと認可が下りました」
彦二「そうですか」
米山「横にさせたほうがいい」
彦二「じゃあ、私が運びます。米山さんはちょっと待ってて下さい」
彦二、珠恵を奥に連れて行く。
米山「あ、いえ。今日は薬を届けに来ただけですから」
彦二「すぐに戻りますから」
米山、小瓶のふたを閉め、カウンターへ持っていく。
米山、片付けられた新聞を見る。
新聞の見出しに、電力会社幹部自殺という記事。
米山、その記事を見てニヤリと笑う。
彦二、戻ってくる。
米山、笑みを消す。
彦二「よかった。落ち着いたみたいです」
米山「そうですか。何よりです」
彦二「それで、薬の代金なんですが」
米山「結構ですよ。田代さんには、社長がお世話になっているんですから」
彦二「しかし、これは、その、とても高い薬なんじゃ…」
米山「我々の会社グラックスが、今日あるのも田代さんのおかげなんです。田代さんの研究結果がなければ、我々は大手製薬メーカーに吸収されていたんですから」
彦二「すみません」
米山「いえ、娘さんの病気が一日も早く治るように我々も協力しますから、力を落とさずに頑張りましょう」
彦二「はい」
米山「薬ですが、一日2回、2粒ずつで結構です。出来れば食後に飲ませてください」
彦二「わかりました」
○廃ビル
横たわる一郎。
○回想
一郎、暗闇の中に立っている。足元は波紋の広がる水面のよう。
妹、恵理子の声がする。
恵理子「お兄ちゃん。助けて…」
一郎「どこだ? どこにいるんだ?」
恵理子「私を、殺して…」
一郎「恵理子。そんなこと言うんじゃない」
一郎、闇の中を走り回るが、誰も出てこない。
続いて、梶間大作の声も聞こえてくる。
大作「一郎。一郎」
一郎「…父さん」
大作「奴らを全員殺すんだ」
一郎「……嫌だ。嫌です!」
水面から黒い闇が伸びてきて、一郎を掴む。
闇はそのまま一郎を引きずりこんでいく。
広がる波紋の中から、赤く光るカオスの目が浮かび上がってくる。
○廃ビル 内部
首輪をつけた犬が一郎の側に来る。
その後ろから男がやってくる。
男「うわ、ひどい臭いだなぁ。ベル、帰るぞ、戻って来い」
男、一郎と死体を見つける。
男「うわぁ」
○廃ビル 外観
警察関係者が廃ビルの入り口を固めている。
○廃ビル 外観
橋立と松下が外から警察の動きを見ている。
松下「あのー」
橋立「ん?」
松下「俺たち、本当に刑事なんでしょうか? 心配になってきました」
橋立「馬鹿。俺は一人でもこの事件を解決するよ」
松下「一人でもって…」
橋立「見ろ」
橋立、廃ビルの入り口を指差す。
○廃ビル 外観
一郎が連れ出される。
○廃ビル 外観
一郎が警察車両に乗せられる。
橋立「誰か連れていかれたな」
松下「犯人でしょうか?」
橋立「どうかな?」
○喫茶「ターム」店内
彦二、コーヒーを入れている。
奥から珠恵がやってくる。
彦二「大丈夫かい?」
珠恵「うん。もう平気」
彦二「何か飲むかい?」
珠恵「いらない」
珠恵、そのまま彦二の前を通り過ぎ出口に向かう。
彦二「そうか」
珠恵「私」
彦二「ん?」
珠恵「やっぱり捜しに行くね」
彦二、寂しそうな顔をする。
彦二「そうか」
珠恵「じゃ、行ってくるね。晩御飯までには戻ってくるから」
彦二「でも、無理するんじゃないよ」
珠恵「はいはい」
珠恵、外に出ていく。
彦二「あんなところは、陽子さんにそっくりだな」
○警察署前 夜
警察署の外観。
○警察署 取調室 夜
薄暗い取調室。一郎と刑事1、警官が2名いる。
刑事1「君、名前は?」
一郎、黙秘。
刑事1「何であそこにいたの?」
一郎、身動き一つしない。
刑事1、ため息をつく。
刑事1「こりゃ、勾留決定かな?」
○警察署 刑事部捜査一課第5分室 夜
橋立と松下の二人、書類に埋もれている。
橋立「容疑者は若い男だってな」
松下「若い男ですか」
橋立「前の事件の現場にも、若い男がいたな」
松下「そうでしたっけ?」
橋立「馬鹿。事件の資料くらい頭の中に入れておけ」
松下「アナフィラキシーショックを、穴が膨らんだショックって言ってたのは、どこの誰でしたっけ?」
橋立「馬鹿。俺には重要じゃない情報なんだよ。何がアナコンダパニックだ」
橋立、ポケットから黒糖キャラメルを取り出し口に入れる。
松下「すっかりハマッてますね」
橋立「馬鹿。仕方なく食ってるんだよ」
○地下連絡通路 夜
若い女性が、地下連絡通路を歩いている。
蛍光灯が点滅する。
女性が駆け出す。
連絡通路内が真っ暗になる。
女性の小さな悲鳴とボキッと鈍い音。
○地下連絡通路 入り口
事件現場を封鎖をしている警官を見ている橋立と松下。
橋立「容疑者確保したのに、連続殺人は止まらずか」
松下「1課の連中、ざまあみろですね」
橋立「馬鹿。被害者がいるんだぞ。誰が捕まえても同じなんだよ。とにかく早く捕まえるんだ」
松下「でも、俺たちに出来ることなんて大してありませんよ」
橋立、松下の尻を蹴り上げる。
橋立「本気で言ってるなら、刑事なんか辞めちまえ」
○喫茶「ターム」店内
珠恵、普段着で外に出ようとしている。
彦二がカウンターの奥から現れる。
彦二「出かけるの?」
珠恵「うん」
彦二「…友達?」
珠恵「ん」
彦二「また捜しに行くのか?」
珠恵「…行ってくる」
彦二「あんまり人のいないところに行かないようにな」
珠恵、出て行く。
○警察署 前
一郎、刑事数人と共に出てくる。
刑事1「本当はお前みたいな怪しい奴はずっと勾留しておきたいんだが、証拠がないとうるさいんでね。今日のところは帰っていいぞ」
一郎、警察署を離れていく。
○警察署 門
橋立、門の側で一郎を見送る。
一郎、力なく歩いている。
橋立「ふらふらじゃねえかお前」
一郎、橋立を一瞥。すぐに歩き出す。
橋立、ポケットをまさぐる。財布を取り出す。
中を見ると小銭が少ししか入っていない。
橋立、再びポケットを探る。黒糖キャラメルの箱が出てくる。
橋立、箱と歩いていく一郎を交互に見つめる。
橋立、軽く舌打ちをする。
橋立「おい、待て」
橋立、一郎を追いかける。
橋立「おい」
橋立、一郎の手を掴むと黒糖キャラメルの箱を握らせる。
橋立「これ、食え。全部やるよ。持ってけ」
一郎「……どうも」
一郎、箱を手に持ったまま歩き出す。
橋立「おい」
振り返る一郎。
橋立「すぐ食え。うまいぞ、それ」
一郎、一瞬表情を曇らせる。しかし、すぐに箱から一粒黒糖キャラメルを取り出すと、ゆっくりと口の中に入れる。
一郎「甘い」
橋立「だろう? お前、名前は?」
一郎「梶間一郎」
橋立「そうか、梶間か。梶間、元気出せよ」
一郎「え」
橋立「俺はおめえみたいにしょぼくれた奴がほっとけねえ質なんだよ。じゃあな」
橋立、警察署に戻っていく。
一郎、その背中を見送る。
○街中 歩道橋の上 夕方
珠恵、歩道橋の上から下を歩く人を見ている。
珠恵「どこにいるんだろうなぁ」
○ビルの屋上 夕方
一郎が街を見下ろしている。眼下には、珠恵のいる歩道橋も見える。
一郎、黒糖キャラメルを食べる。
○ビルの屋上 夜
一郎、見下ろしていた顔を上げる。
一郎「父さん。今日も約束通り一人殺します」
一郎、カオスへ変わる。
カオス、駆け出す。
○路地 夜
人通りが少ない路地。
ムカデロンが、若い男を襲う。
○路地 夜
珠恵、路地の影に倒れている男を見つける。
珠恵「また行き倒れてるのか?」
珠恵、ゆっくり近づいていく。その足が、急に止まる。
ムカデロンが男を食べている。
珠恵、悲鳴。
ムカデロン、珠恵を振り返る。ゆっくりと立ち上がり、珠恵に迫ろうとする。
珠恵、身動きできずに固まっている。
珠恵「い、いやぁ」
カオスが現れ、ムカデロンを弾き飛ばす。
ムカデロン「一郎!」
カオス「箕輪さん!」
珠恵、ムカデロンとカオスにおびえている。
カオス「早く逃げるんだ!」
珠恵「え?」
カオス「早く」
珠恵「はい」
珠恵、ふらふらと逃げ出す。
カオス、珠恵を追おうとするムカデロンを殴り飛ばす。
カオス「やめてください」
ムカデロン、ゆっくりと起き上がる。
ムカデロン「やめろだと? 一郎君。君に何の権利があって、そんなことを言うんだい?」
カオス、ムカデロンに向かって走り出す。
カオス「僕は、こんな体になっても、人として生きていたい。心まで化け物にはなりたくない」
ムカデロン、カオスと組み合う。
ムカデロン「さっきの子、恵理子ちゃんに似てたな。だからか?」
カオス「…」
カオス、ムカデロンと格闘。
ムカデロン「君は、自分の父親が憎くないのか? 俺たちをこんな風に化け物へ変えたあの男が。恵理子ちゃんを殺したのも教授じゃないか」
カオス「あなたは、憎しみを理由にして自分の欲望を満たしているだけだ!」
カオスの拳がムカデロンを打つ。
しかし、効いていない。
ムカデロン「君は、違うのか!」
ムカデロン、カオスを殴りつける。
カオス、吹き飛ばされ壁に激突する。
ムカデロン「君だって、湧き上がる衝動に逆らい続けているんじゃないのか? あるだろう。憎しみが!」
カオス、立ち上がろうとする。
そこへ、ムカデロンが突進してくる。
もみ合う二人。
カオス「憎しみ?」
ムカデロン「そうだ」
ムカデロン、カオスを打ちのめす。
カオス「僕の中にあるのは、怒りだ」
ムカデロン「怒り?」
カオス「僕は僕を許さない」
ムカデロン、カオスの背中をおさえる。
カオス「僕は、妹を助けられなかった。父を救えなかった。それなのに、こんな姿になってまで生きている」
カオス、首の突起物に右の手をかける。
ムカデロン「一郎君。君はもう楽になったほうがいい」
ムカデロン、後ろからカオスの首に噛み付こうとする。
カオス、突起物を引きちぎるように体から抜く。突起物は滴る血を固まらせカオスブレイドへと変貌させる。
ムカデロン「何を?」
カオス、カオスブレイドを逆手に持ち替えて後ろにいるムカデロンを突き刺す。
ムカデロン、悲鳴を上げてカオスから離れる。
カオス「痛いですか? あなたが殺した人たちも、痛みがあったはずだ。明日があったはずだ」
ムカデロン「俺は、捕食者だ。餌のことなんて考えられるか!」
ムカデロン、カオスに襲い掛かる。
カオス、ムカデロンを迎え撃ち、通り抜け様にカオスブレイドでムカデロンを斬る。
カオス「箕輪さん!」
カオス、背を向けたムカデロンの頭上にカオスブレイドを投げる。そして、その上から全体重を載せたキックを炸裂させる。
カオスブレイドがムカデロンに突き刺さり、ムカデロンは地面に倒れる。
ムカデロン「死にたくない…」
カオス、ムカデロンからカオスブレイドを引き抜く。
ムカデロン「いやだぁ…」
ムカデロンの身体が崩れ、箕輪の死体が現れる。
カオス、カオスブレイドにかぶりつき、食べ始める。
○路地 夜
珠恵、再び路地に現れる。
カオス、気が付かずにカオスブレイドを食らい尽くす。
カオス、身体から黒い影がこぼれ落ち一郎に戻る。
一郎、珠恵に気が付く。
目が合う一郎と珠恵。
一郎、走り去る。
珠恵「ま、待って」
珠恵、追いかける。
一郎、曲がり角を曲がる。
○路地 夜
珠恵、曲がり角を曲がってくる。
一郎の姿はどこにも無い。
珠恵「一体、何なの…」
珠恵、振り返る。
○路地 夜
箕輪の死体がそこにある。
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