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第五話 前編
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主な登場人物
梶間一郎:14歳。梶間大作と梶間陽子の子。
梶間恵理子:10歳。梶間大作と梶間陽子の子。遺伝子疾患により色がわからない。
安部:あんべ。42歳。病棟医師。
鈴木:22歳。病棟看護師兼研究員。
呉:26歳。病棟看護師。
久保:33歳。研究主任。
梶間大作:40歳。教授と呼ばれている。
向井:25歳。研究員。
荒幡:24歳。研究員。
米山:23歳。大学生。遺伝子疾患のため入院。
武雄:13歳。安部の甥。
梶間陽子:一郎と恵理子の母。大作とは離婚している。34歳。
落合:25歳。研究員。
○某県山奥
3年前 6月
○山林の病院
山の中に切り開かれたコンクリート製の病院。
病棟と研究所がL字に分かれている。土のグラウンドが、目の前に広がる。
数人、外に出ているが、ほとんどが病人で、すべてに付き添いがついている。
○病棟 診療準備室
壮年の医師安部とメガネの光る鈴木がいる。
カルテを見る安部。器具の整理をする鈴木。
安部「そろそろ梅雨だね」
鈴木「そうですね。嫌な季節ですよ 」
安部「僕は好きだけどね」
鈴木「変わってますね」
安部「そうかな?」
カルテを置く。
安部「ここも大分寂しくなったね」
鈴木「仕方がないですよ。無認可ですから」
安部「それでも大病院並みの設備が完備か」
鈴木「安部先生。私たちは、医学会に風穴を開けるんです」
安部「また梶間の受け売りか?」
鈴木「安部先生は、教授が嫌いなんですか?」
安部「好き嫌いの問題ではないよ。ただ、梶間は危うい」
鈴木「はぁ」
安部「陽子さんがいたときは、まだブレーキがあったけど、今は暴走列車だよ」
鈴木「離婚成立したんですか?」
安部「そんな話だけどね」
女性職員の呉が入ってくる。再びカルテに目をやる安部。
安部「後藤さんの調子はどう?」
呉「薬の効き目も落ちてますね。そろそろダメかも」
呉、自席にすわりノートにメモをする。
安部「そうか」
呉「それで、教授が一人まわせないかって」
安部「ここも人手不足だよ」
呉「いえ、患者の話です」
安部「患者の?」
呉「実験に使うそうです」
安部「あいつは、人の命をなんだと思ってるんだ」
○研究所 研究室
研究所内には、3つの研究室と5つの実験室がある。
一番大きい実験室は、地下にあり、テニスコート1面くらいの大きさ。
主にここのことを実験場いう。研究室から、強化ガラスを通して見ることが出来る。
かなり頑丈である。
研究所内には、大型小型の研究機器が多数。
梶間と研究主任久保が強化ガラスの奥を見ている。
そこには、人間大のさなぎがあり、防護服に包まれた研究員たちが機器をいじっている。
久保「今のところ順調です」
梶間「ようやくここまで来たな」
久保「さなぎの中の人間は、どうなっているんでしょうか?」
梶間「夢でも見ているんじゃないかな」
久保「さなぎの中でDNAが再構築されているんですね」
梶間「そうだ。再構築する際に遺伝子のエラーを修復するんだ。だが、治癒した時に人類じゃなくなってしまったりな」
久保「まさか」
梶間「ありえなくも無いだろう」
梶間、笑う。
久保「そんな」
梶間「冗談だ」
久保「笑えませんよ」
梶間「久保君は、心配性だな」
梶間、さなぎを見つめる。
梶間「研究対象としては、昆虫人間が出てきても面白いな」
笑う梶間。そこに一郎が入ってくる。
一郎「父さん」
梶間の眉が、不機嫌そうに寄る。
梶間「来る時は電話をしろといってあるだろう」
一郎「すみません。でも、恵理子が」
梶間「何? 今どうなっている?」
一郎「安部先生がついて…」
梶間「安部では話にならん。久保君、経過をあとで報告してくれ」
久保「はい」
梶間出ていく。一郎、ガラスの向こうのさなぎを見る。
○病室
梶間が入ってくる。一郎もその後ろに続く。
ベッドの上に恵理子が寝ている。額に大粒の汗。顔色も青白い。
梶間「安部。容態は?」
安部「はい。投薬の効き目も薄れてきました。このままでは…」
梶間「あともう少しで実験も成功するんだが、2週間だ。2週間持たせろ」
安部「2週間ですか…」
梶間「投与に耐えられるレベルにしておけ」
安部「し、しかし」
梶間「実験はまもなく完了する」
安部「分かりました」
梶間「頼んだぞ」
梶間、出て行く。一郎、残る。一郎の手が恵理子に触れる。
安部「一郎君、まだ触れないでくれ」
一郎「すみません」
それでも一郎は、タオルを手にとって恵理子の顔を拭いてやる。それを見る安部はイライラしている。
安部「君はまだ学生だろうに、わざわざこっちに来ることもなかったんじゃないのか?」
一郎「父が決めたことですから」
一郎、安部を見る。ひるむ安部。
○研究室
梶間が戻ってくる。
梶間「検体10名の実験を明日から行う。準備を急げ」
久保「そ、そんな」
梶間「どうした?」
久保「人が足りません」
梶間「データはコンピュータが取る。あとは分担にしよう。職員も病棟からこっちに回してもかまわん。どうせ患者をこっちに回したら人間はあまるんだ」
○休憩室
研究員たちが集まっている。
研究員1「大丈夫なのか?」
研究員2「さあね」
向井「急ぎすぎだよね~」
荒幡「そうか? 今まで随分遠慮していたと思うが」
研究員1「末期の患者で人体実験をして、何が遠慮だ」
荒幡「あの患者は、もう死んでいたも同然じゃないか? かすかな望みにかけたのだって本人の希望だ」
研究員1「貴様それでも医者か!」
荒幡「僕は、学者だ。どんな犠牲を払っても病気を治す。そういう姿勢のほうが正しいと思うけどね」
向井「俺は、楽しければどっちでもいいけどね」
研究員2「このまま行くと俺たちまで犯罪者になるぞ」
荒幡「もう遅い」
研究員1「何?」
荒幡「僕らは、ここに来た時点で、あの人の共犯者さ。元々表の病院には呼ばれない外れ者じゃないか」
研究員1「冗談じゃない」
荒幡「気に入らないなら出て行けばいい。ついでにマスコミにでも公表すれば、君は英雄だ」
研究員2「だが、永久に日の目を見ることは無い」
荒幡がにやりと笑う。
荒幡「僕らは、誰一人として正常な人間ではないんだよ。道を外れてここに来ている。ここを出て行ったら、どこにも行くところなんかないのさ」
向井「そうだな。この研究には成功してもらわないと、楽しくない人生になりそうだ」
○実験場
実験現場。
さなぎが3つ。研究員が2名。
○研究室
窓越しに実験場を見ている梶間。
梶間「10名と言ったはずだが?」
久保「病棟の安部に拒絶されました」
梶間「また安部か。恩を忘れおって」
久保「今日中には、準備します」
梶間「任せた」
○病棟 ロビー
パジャマ姿の米山が、長いすに座り自分の右手を見つめている。その手は、ピクリとも動かない。安部がそこに通りかかる。
安部「米山さん。寝てないと体に毒だよ」
米山「先生。俺、死ぬんでしょうか?」
安部「何言ってるんだ。君は治るためにここに来たんだろう?」
米山「ここに来て結構たちますが、誰も生きて出て行った人はいないじゃないですか。気休めはよしてください」
安部「米山さん」
鈴木が来る。
鈴木「米山さん。こんなところにいたのかい。薬の時間だよ」
米山「そんな薬が何になるんですか」
鈴木「新薬が完成すれば、君もまたピッチャーに戻れるよ。さぁ、病室に戻ろう」
米山に付き添う鈴木を呼び止める安部。
安部「鈴木君。忙しいところ悪いが、後で医局に来てくれ」
鈴木「わかりました」
鈴木と米山去る。安部も歩き去っていく。
歩いてくる一郎。
一郎「こんなとき母さんがいてくれたら…」
車椅子に乗った少年武雄がやってくる。武雄はわざと一郎にぶつかる。
武雄「気をつけろよ!」
通り過ぎる武雄。一郎はそれを見送る。
一郎「なんだよあいつ。いつもいつも」
○診療準備室
安部が席についている。そこに鈴木が入ってくる。
鈴木「先生、どうかしました?」
安部「ああ、しっかりと閉めてくれ」
ドアが閉められる。
安部「教授から、患者を3人連れて来いといわれた」
鈴木「新薬のテストですか?」
安部「人体実験だ」
鈴木「ですが、患者さんのことを考えると」
安部「患者のことか。そんなものはいい訳だ。教授は、我々を脅し、自らの狂気の道具にしているだけだ。あの男は、人体実験がしたいだけなんだよ」
鈴木「それで、どうするんですか?」
安部の顔に生気の色が無い。
安部「生存率の少ない人間を3人、研究室に送ってくれ…」
鈴木「わかりました」
安部「それと、いつものように梶間恵理子は外しておくように」
鈴木「はい」
鈴木が出て行く。頭を抱える安部。
安部「何が医者だ」
○研究室
久保「死亡3名です。濃度が薄すぎたために死亡したのが2名。原因不明が1名です」
梶間「原因をすぐに調べろ。マウスとは大分勝手が違うな。実験体8号は?」
久保「まもなくです」
○実験場
羽化が始まる。現れてくるカマキリ型の虚羽化人間。白い身体が徐々に緑に変わっていく。
○研究室
久保「バケモノだ…」
梶間「すばらしい」
○実験場
虚羽化人間の羽化。研究員が殺される。
そのままカマキリ型の虚羽化人間の餌になる。
スピーカーから梶間の声。
梶間「後藤君。具合はどうだね?」
虚羽化人間後藤は、ゆっくりと近づいてくる。
離れる研究員。その中で荒幡だけが目を輝かせて、虚羽化人間をみている。
○研究室
虚羽化人間後藤が、強化ガラスの奥を覗き見る。
梶間「昆虫人間か…。強化人間、いや虚羽化人間とでも呼ぼうか」
ざわめく研究員。
久保「きょ、教授。どうするんですか?」
梶間「ん?」
虚羽化人間後藤、突然強化ガラスをカマになった腕で殴りつける。強化ガラスは、びくともしない。しかし、徐々に曇り始める。
久保「早く処理しましょう!」
研究員たちが悲鳴を上げるが、梶間は動じない。
梶間「落ち着きたまえ。アレは実験材料だ」
久保「しかし」
梶間「確かに今のままでは、危険ではある」
久保「急がないとあれと同じものが次々と生まれてしまうんですよ! 全部、今のうちに処分しましょう」
梶間「次の羽化まで3日ある。さなぎのうちならいくらでも修正が可能だよ。後藤君に催眠ガスと筋弛緩薬を投与。室温も下げてみろ」
研究員「量は?」
梶間、研究員を見る。
梶間「知るか。動かなくなるまでだ。殺してもかまわん。今から私がじきじきに解剖と検査をする」
○病棟 病室
恵理子がベッドに寝ている。
一郎が入ってくる。
恵理子、目を開ける。
一郎「悪い、起こした?」
恵理子、首を振る。
一郎「今日は具合よさそうだな」
恵理子、一郎を見る。
一郎「どうした?」
恵理子「怖い」
一郎「何が?」
恵理子「怖いの」
一郎「大丈夫だよ。父さんが助けてくれるよ」
恵理子「もう死にたい」
一郎「そんなこと言うなよ」
恵理子「私、もう助からないわ」
一郎「恵理子」
恵理子「みんな死んでいく…。山内さんも、春日さんも戻ってこないもの」
一郎「父さんが投薬治療をしてるんだ。恵理子は大丈夫だよ」
恵理子「私だけ? そうだわ、私のせいでみんなが実験台になってるのよ。…私、そんなの耐えられない」
一郎「父さんを信じるんだ」
恵理子「お父さんは、おかしくなったのよ…」
○研究室
梶間、書類を見ている。別の虚羽化人間が2人、横たわっている。一人は半分人間になっている。
梶間「遺伝子の異常の修正は行われているな…」
久保「しかし、これでは人とは呼べないかと」
梶間「現段階では、そうだな。10号がヒントになるかも知れんな」
久保「クアドリンとマニピアシンの混合液が、効いているのでしょうか?」
梶間「比率を変えて、12号、15号のさなぎに注入してみよう」
久保「はい」
○休憩室
数人の研究員と病棟職員が話をしている。
落合「教授は狂ってる」
鈴木が声を上げて笑う。
鈴木「おかしいのは、教授だけじゃないですよ」
向井「そうそう。こうやって陰口を利いてる奴らも、教授の前では何も言えない腰抜けばかりだしな」
研究員1「なんだと!」
研究員2「よせ」
荒幡「アレは…」
荒幡、ぼそりとつぶやく。
荒幡「人を餌にする。だが、遺伝子レベルでも完治が認められた」
落合「アレを人というのか?」
荒幡「人か。人類ではないな」
研究員1「じゃあ、実験は失敗だ! 俺たちは、ただの犯罪者ってわけだ。おめでとう! 実に嬉しいね」
荒幡「……アレは進化だ」
研究員2「何?」
荒幡「人類は、生物の頂点に君臨し、世界を我が物顔で支配していると思い上がっているが、実のところ寄生虫でしかない。そもそも森林を捨てた人類は、かつて他の動物の餌でしかなかった」
向井「まわりくどいな」
荒幡「人間と同じ頭脳を持った人間より、生命力に溢れる生き物が現れたなら、地球はどちらを主と認めると思う?」
落合「馬鹿げてる」
研究員1「そうだ。アレは俺たちが作り出したんだ」
荒幡「そうかな? この出現は必然だと思うよ。人間は、地球から拒否されているんだ」
向井「なんでさ?」
鈴木「面白いね。続きを聞かせてよ」
荒幡「次々に現れる新種のウイルスや耐性菌。遺伝子病に科学物質に過敏に反応する体。これは地球が、僕らを敵と認識したからに他ならない」
落合「そんな馬鹿なことがあるか」
研究員1「新種のウイルスは、常に存在する。耐性菌だって、怠惰な人間が起こした人災じゃないか。科学物質だって正常な反応による拒否反応だ」
荒幡「ふるいだよ。僕たちはふるいにかけられているんだ」
研究員2「進化だって言ったな? 人為的に行っているこの実験のどこが進化なんだ」
鈴木「それはこういうことじゃないか? 進化は、環境や突然変異によって行われたものだとされているけど、知恵によっても行われるんじゃないかな?」
荒幡「そうかもしれないな。環境に強い主を選ぶ知、生き抜くすべを知っているものだけが、次に進むことが出来る」
向井「俺たちも、アレに?」
落合「ふざけるな! あんなバケモノになってたまるか」
荒幡「そうさ俺たちは、突然変異した個体をバケモノといって阻害してきた。進化とはそういうものだ」
向井「うまくいくなら、そっち側も面白そうだな」
○病棟 ロビー
武雄が、一郎の後ろからわざとぶつかってくる。
武雄「邪魔だよ。病気じゃない奴はさっさと帰れよ」
一郎「悪かったな」
一郎、武雄に背を向けて離れていく。
武雄、側にあった置物を手にとって、一郎に投げつける。
一郎、背中に置物の打撃を受けて、うずくまる。
武雄「馬鹿にすんじゃねえ! 普通に歩けるからって、いい気になりやがって、治ったら、真っ先にぶん殴ってやる」
一郎「いってぇ…」
一郎、起き上がる。武雄を見る。
武雄「なんだよ。やんのか?」
一郎「治ったらな。病気の奴をいじめても面白くない」
武雄「ふっざけんな!」
車椅子で突進してくる武雄。かわす一郎。
車椅子から飛び出す武雄、ぶつかって倒れこむ二人。
武雄は、馬乗りになって一郎を殴る。一方的に殴られる一郎。
通りかかった米山が、割って入ろうとするが、弾き飛ばされる。
米山「先生! 誰か止めてください」
なおも殴り続ける武雄。振りほどく一郎。今度は、一郎が馬乗りになって殴りかかる。安部が、丁度そこに来る。
安部「何をしている!」
離れる一郎。駆け寄ってきた安部に突き飛ばされる。
安部「武雄、怪我はないか?」
武雄、何も言わずに泣き出す。
安部「一郎君。一体どういうつもりだ」
一郎も何も言わない。その場を離れようとする。
安部「まったく、親もろくでなしなら子供もろくでなしだな。こんな弱者を痛めつけるなんて、最低な人間だよ」
一郎、安部をにらみつける。うっと言葉を飲み込む安部。一郎、その隙に去っていく。
○実験場
虚羽化人間の遺体が並ぶ。防護服に身を包んだ研究員。
○研究室
実験場の様子を見て、不機嫌な梶間。
梶間「体力的にもたんのかもしれんな」
久保「なるほど」
梶間「安部め、失敗が続けばやめると思っているんだろうな」
久保「どうします?」
梶間「さなぎになったあとの環境を変えてみよう」
久保「アレはどうします?」
梶間「共食いでもさせて、掃除させよう。もうじき何人か羽化するだろうからね」
久保「わかりました」
荒幡が入ってくる。梶間がにらむ。
久保「勝手に持ち場を離れるな」
荒幡「教授。私を実験体に使ってくれませんか?」
梶間「何?」
荒幡「羽化させるところまでは、ほぼ100%の成功です。そこから人間の形になるには、実験体側の協力も不可欠かと考えました」
梶間「面白い考え方だな」
荒幡「死んでから薬品を投与しても、効果は無いですし」
久保「わかったから、持ち場に戻れ。次の検討会のときに聞いてやる」
梶間「かまわん。続きを話せ」
荒幡「はい。自分が、被験者になれば、この実験は急激に進むはずです」
梶間「虚羽化人間になってもいいのか?」
荒幡「最近の実験は、同じことの繰り返しで」
久保「失礼だぞ」
梶間「いや、そうかもしれないな」
荒幡「ベースの虫は、こちらで選ばせていただいてもよろしいですか?」
荒幡の姿をじろりと見る梶間。
梶間「久保君。準備を手伝ってやれ」
久保「は、はい」
梶間「名前は?」
荒幡「荒幡です。荒幡トオルです」
梶間、荒幡の名前を聞いて納得の顔をする。
梶間「あぁ、指導医を殺した男か。面白いやつだ」
荒幡は、微笑む。
荒幡「彼は自殺ですよ」
梶間「そうだったな」
荒幡、久保と共に出て行く。
○休憩室
向井、落合、鈴木がいる。
向井「荒幡が成功したら、次は俺が行く」
落合「働き蟻になるそうだな」
鈴木「荒幡さんは、蟻になるんですか?」
向井「そうらしい。ファイアーアントって言う種類らしいよ」
落合「意外に勇ましい名前だね。蟻の癖に」
向井「俺はスズメバチがいいな」
鈴木「僕はクモがいいな」
落合「ばかげてる」
久保が通りかかる。
向井「先生」
久保「ん? あぁ、何、ここに集まってるの?」
久保、コーヒーを入れる。
向井「荒幡、どうですか?」
久保「羽化までは問題ないと思うよ。それにしても、彼すごいね。薬品の調整も自分でやってきたよ」
落合「俺たちとは、違うんですよ」
鈴木「荒幡さんて、何でここに来たんですか?」
向井「さあね」
落合「指導医を自殺に追い込んだんでしょ」
向井「そういうお前は、薬をくすねて追い出されたんだよな」
落合「お前は、裏口がばれて大暴れしたんだろ?」
久保「みんな、色々あるねぇ」
コーヒーを飲む久保。
鈴木「先生は?」
久保の手が止まる。
久保「内緒。あんまり聞きたがらないほうがいいよ。ここに来てること自体が、傷みたいなもんだからね。触られると痛いものさ」
コーヒーを飲み干して、カップを捨てていく。
向井「よくあんな熱いのすぐ飲めますね」
久保「のどを通る熱の感覚が、たまらなくてね」
○第3実験室
荒幡の羽化が始まる。実験室には人の姿は無く、さなぎの中から白い身体が現れる。地面にどしゃっと落ちると、ゆっくりと立ち上がる。
徐々にその身体が紅くなっていく。
アカヒアリをベースにした虚羽化人間荒幡。
扉に寄ってくると、それを殴り始める。
○研究室
モニターで暴れまわる荒幡の姿を見る梶間と研究員。
久保「やはり失敗のようですね。処理します」
梶間「待て」
○第3実験室
虚羽化人間荒幡の手が止まり、アゴがしきりに動いている。
荒幡「空腹で死にそうだ。何か食わせてください」
○研究室
梶間、虚羽化人間荒幡の様子を見守る。
梶間「なんだ? 何を言ってる? つなげ」
久保「はい」
スピーカーから、荒幡の声が聞こえてくる。
荒幡「…です。おかしくなりそうです。飯を食わせてください」
梶間「つらいか?」
荒幡「減量中のボクサーは、こんな気持ちでしょうかね」
目の前で動く荒幡の動きは洗練されている。
梶間「腹が減っているのか? 何が食いたい?」
しばらく黙っている荒幡。
梶間「どうした? 言っていいぞ」
荒幡「人間です。教授たちが、食べ物に見えます」
荒幡、笑う。梶間も笑う。
久保「教授、危険です」
梶間「荒幡君。血液でしのげるか?」
荒幡「わかりません。でも何もないよりましかと。お願いします」
梶間「輸血用の血液パックを準備しろ」
久保「はい」
久保、インターホンを手に取り、医局に連絡をする。
○第3実験室
床に座っている荒幡。血まみれ。人間に戻っている。
スピーカーから、梶間の声。
梶間「どうかな?」
荒幡「空腹感は消えました。殺人の衝動は相変わらずですが、我慢できないこともないです」
梶間「それは君だからと考えておいたほうがいいかな。抑制剤を作らせよう。色々試すがいいかな?」
荒幡「いいですよ」
梶間「荒幡君」
荒幡「はい」
梶間「さっきの姿と、今の君。どっちが本当の君だ?」
荒幡「…どっちも僕ですよ」
荒幡、屈託なく笑う。
○実験場
実験場の中には、3人の虚羽化人間がいる。誰も身動きしていない。
○研究室
実験場を見ている梶間。
久保「現在、冬眠状態が続いているようです」
梶間「寒さは意外に効果的だな」
そこに荒幡が入っていく。防寒服に身を包んでいる。
スピーカーから、荒幡の声が聞こえてくる。
荒幡「では、作業を開始します」
片手で虚羽化人間を持ち上げると、ベッドの上に乗せ、拘束具をつける。
久保、唖然とそれを見ている。
久保「人間の姿のときでも、力は強いままなのか。すごいな」
梶間「よし」
久保「はい?」
梶間「こっちは荒幡に任せよう」
久保「どこへ?」
梶間「必要なものはそろえてやれ。餌を切らすなよ」
久保「はい」
梶間、出て行く。久保、実験場を見る。
荒幡も手を止めて、研究室を見ている。ギクリとする久保。
久保「動物園の飼育員よりも刺激的だな…」
久保、スピーカーのスイッチを押す。
久保「荒幡君」
荒幡「はい?」
久保「何で蟻なの? もっと格好良いの選べばよかったのに」
荒幡「ヒアリは、かなり強いですよ。小さな個体でも人を殺せますから」
久保「あ、そうなんだ」
荒幡「久保先生は、どんな虫がお好きですか?」
久保「虫は苦手なんだ」
荒幡「そうですか」
久保「でも、蟻はまだ大丈夫かな」
荒幡が笑う。
荒幡「気を使わなくていいですよ。先生を食べたりはしませんから」
久保「頼むよ。抑制剤の効果なんて高が知れてるからね」
荒幡「私もまだ殺されたくないですからね」
梶間一郎:14歳。梶間大作と梶間陽子の子。
梶間恵理子:10歳。梶間大作と梶間陽子の子。遺伝子疾患により色がわからない。
安部:あんべ。42歳。病棟医師。
鈴木:22歳。病棟看護師兼研究員。
呉:26歳。病棟看護師。
久保:33歳。研究主任。
梶間大作:40歳。教授と呼ばれている。
向井:25歳。研究員。
荒幡:24歳。研究員。
米山:23歳。大学生。遺伝子疾患のため入院。
武雄:13歳。安部の甥。
梶間陽子:一郎と恵理子の母。大作とは離婚している。34歳。
落合:25歳。研究員。
○某県山奥
3年前 6月
○山林の病院
山の中に切り開かれたコンクリート製の病院。
病棟と研究所がL字に分かれている。土のグラウンドが、目の前に広がる。
数人、外に出ているが、ほとんどが病人で、すべてに付き添いがついている。
○病棟 診療準備室
壮年の医師安部とメガネの光る鈴木がいる。
カルテを見る安部。器具の整理をする鈴木。
安部「そろそろ梅雨だね」
鈴木「そうですね。嫌な季節ですよ 」
安部「僕は好きだけどね」
鈴木「変わってますね」
安部「そうかな?」
カルテを置く。
安部「ここも大分寂しくなったね」
鈴木「仕方がないですよ。無認可ですから」
安部「それでも大病院並みの設備が完備か」
鈴木「安部先生。私たちは、医学会に風穴を開けるんです」
安部「また梶間の受け売りか?」
鈴木「安部先生は、教授が嫌いなんですか?」
安部「好き嫌いの問題ではないよ。ただ、梶間は危うい」
鈴木「はぁ」
安部「陽子さんがいたときは、まだブレーキがあったけど、今は暴走列車だよ」
鈴木「離婚成立したんですか?」
安部「そんな話だけどね」
女性職員の呉が入ってくる。再びカルテに目をやる安部。
安部「後藤さんの調子はどう?」
呉「薬の効き目も落ちてますね。そろそろダメかも」
呉、自席にすわりノートにメモをする。
安部「そうか」
呉「それで、教授が一人まわせないかって」
安部「ここも人手不足だよ」
呉「いえ、患者の話です」
安部「患者の?」
呉「実験に使うそうです」
安部「あいつは、人の命をなんだと思ってるんだ」
○研究所 研究室
研究所内には、3つの研究室と5つの実験室がある。
一番大きい実験室は、地下にあり、テニスコート1面くらいの大きさ。
主にここのことを実験場いう。研究室から、強化ガラスを通して見ることが出来る。
かなり頑丈である。
研究所内には、大型小型の研究機器が多数。
梶間と研究主任久保が強化ガラスの奥を見ている。
そこには、人間大のさなぎがあり、防護服に包まれた研究員たちが機器をいじっている。
久保「今のところ順調です」
梶間「ようやくここまで来たな」
久保「さなぎの中の人間は、どうなっているんでしょうか?」
梶間「夢でも見ているんじゃないかな」
久保「さなぎの中でDNAが再構築されているんですね」
梶間「そうだ。再構築する際に遺伝子のエラーを修復するんだ。だが、治癒した時に人類じゃなくなってしまったりな」
久保「まさか」
梶間「ありえなくも無いだろう」
梶間、笑う。
久保「そんな」
梶間「冗談だ」
久保「笑えませんよ」
梶間「久保君は、心配性だな」
梶間、さなぎを見つめる。
梶間「研究対象としては、昆虫人間が出てきても面白いな」
笑う梶間。そこに一郎が入ってくる。
一郎「父さん」
梶間の眉が、不機嫌そうに寄る。
梶間「来る時は電話をしろといってあるだろう」
一郎「すみません。でも、恵理子が」
梶間「何? 今どうなっている?」
一郎「安部先生がついて…」
梶間「安部では話にならん。久保君、経過をあとで報告してくれ」
久保「はい」
梶間出ていく。一郎、ガラスの向こうのさなぎを見る。
○病室
梶間が入ってくる。一郎もその後ろに続く。
ベッドの上に恵理子が寝ている。額に大粒の汗。顔色も青白い。
梶間「安部。容態は?」
安部「はい。投薬の効き目も薄れてきました。このままでは…」
梶間「あともう少しで実験も成功するんだが、2週間だ。2週間持たせろ」
安部「2週間ですか…」
梶間「投与に耐えられるレベルにしておけ」
安部「し、しかし」
梶間「実験はまもなく完了する」
安部「分かりました」
梶間「頼んだぞ」
梶間、出て行く。一郎、残る。一郎の手が恵理子に触れる。
安部「一郎君、まだ触れないでくれ」
一郎「すみません」
それでも一郎は、タオルを手にとって恵理子の顔を拭いてやる。それを見る安部はイライラしている。
安部「君はまだ学生だろうに、わざわざこっちに来ることもなかったんじゃないのか?」
一郎「父が決めたことですから」
一郎、安部を見る。ひるむ安部。
○研究室
梶間が戻ってくる。
梶間「検体10名の実験を明日から行う。準備を急げ」
久保「そ、そんな」
梶間「どうした?」
久保「人が足りません」
梶間「データはコンピュータが取る。あとは分担にしよう。職員も病棟からこっちに回してもかまわん。どうせ患者をこっちに回したら人間はあまるんだ」
○休憩室
研究員たちが集まっている。
研究員1「大丈夫なのか?」
研究員2「さあね」
向井「急ぎすぎだよね~」
荒幡「そうか? 今まで随分遠慮していたと思うが」
研究員1「末期の患者で人体実験をして、何が遠慮だ」
荒幡「あの患者は、もう死んでいたも同然じゃないか? かすかな望みにかけたのだって本人の希望だ」
研究員1「貴様それでも医者か!」
荒幡「僕は、学者だ。どんな犠牲を払っても病気を治す。そういう姿勢のほうが正しいと思うけどね」
向井「俺は、楽しければどっちでもいいけどね」
研究員2「このまま行くと俺たちまで犯罪者になるぞ」
荒幡「もう遅い」
研究員1「何?」
荒幡「僕らは、ここに来た時点で、あの人の共犯者さ。元々表の病院には呼ばれない外れ者じゃないか」
研究員1「冗談じゃない」
荒幡「気に入らないなら出て行けばいい。ついでにマスコミにでも公表すれば、君は英雄だ」
研究員2「だが、永久に日の目を見ることは無い」
荒幡がにやりと笑う。
荒幡「僕らは、誰一人として正常な人間ではないんだよ。道を外れてここに来ている。ここを出て行ったら、どこにも行くところなんかないのさ」
向井「そうだな。この研究には成功してもらわないと、楽しくない人生になりそうだ」
○実験場
実験現場。
さなぎが3つ。研究員が2名。
○研究室
窓越しに実験場を見ている梶間。
梶間「10名と言ったはずだが?」
久保「病棟の安部に拒絶されました」
梶間「また安部か。恩を忘れおって」
久保「今日中には、準備します」
梶間「任せた」
○病棟 ロビー
パジャマ姿の米山が、長いすに座り自分の右手を見つめている。その手は、ピクリとも動かない。安部がそこに通りかかる。
安部「米山さん。寝てないと体に毒だよ」
米山「先生。俺、死ぬんでしょうか?」
安部「何言ってるんだ。君は治るためにここに来たんだろう?」
米山「ここに来て結構たちますが、誰も生きて出て行った人はいないじゃないですか。気休めはよしてください」
安部「米山さん」
鈴木が来る。
鈴木「米山さん。こんなところにいたのかい。薬の時間だよ」
米山「そんな薬が何になるんですか」
鈴木「新薬が完成すれば、君もまたピッチャーに戻れるよ。さぁ、病室に戻ろう」
米山に付き添う鈴木を呼び止める安部。
安部「鈴木君。忙しいところ悪いが、後で医局に来てくれ」
鈴木「わかりました」
鈴木と米山去る。安部も歩き去っていく。
歩いてくる一郎。
一郎「こんなとき母さんがいてくれたら…」
車椅子に乗った少年武雄がやってくる。武雄はわざと一郎にぶつかる。
武雄「気をつけろよ!」
通り過ぎる武雄。一郎はそれを見送る。
一郎「なんだよあいつ。いつもいつも」
○診療準備室
安部が席についている。そこに鈴木が入ってくる。
鈴木「先生、どうかしました?」
安部「ああ、しっかりと閉めてくれ」
ドアが閉められる。
安部「教授から、患者を3人連れて来いといわれた」
鈴木「新薬のテストですか?」
安部「人体実験だ」
鈴木「ですが、患者さんのことを考えると」
安部「患者のことか。そんなものはいい訳だ。教授は、我々を脅し、自らの狂気の道具にしているだけだ。あの男は、人体実験がしたいだけなんだよ」
鈴木「それで、どうするんですか?」
安部の顔に生気の色が無い。
安部「生存率の少ない人間を3人、研究室に送ってくれ…」
鈴木「わかりました」
安部「それと、いつものように梶間恵理子は外しておくように」
鈴木「はい」
鈴木が出て行く。頭を抱える安部。
安部「何が医者だ」
○研究室
久保「死亡3名です。濃度が薄すぎたために死亡したのが2名。原因不明が1名です」
梶間「原因をすぐに調べろ。マウスとは大分勝手が違うな。実験体8号は?」
久保「まもなくです」
○実験場
羽化が始まる。現れてくるカマキリ型の虚羽化人間。白い身体が徐々に緑に変わっていく。
○研究室
久保「バケモノだ…」
梶間「すばらしい」
○実験場
虚羽化人間の羽化。研究員が殺される。
そのままカマキリ型の虚羽化人間の餌になる。
スピーカーから梶間の声。
梶間「後藤君。具合はどうだね?」
虚羽化人間後藤は、ゆっくりと近づいてくる。
離れる研究員。その中で荒幡だけが目を輝かせて、虚羽化人間をみている。
○研究室
虚羽化人間後藤が、強化ガラスの奥を覗き見る。
梶間「昆虫人間か…。強化人間、いや虚羽化人間とでも呼ぼうか」
ざわめく研究員。
久保「きょ、教授。どうするんですか?」
梶間「ん?」
虚羽化人間後藤、突然強化ガラスをカマになった腕で殴りつける。強化ガラスは、びくともしない。しかし、徐々に曇り始める。
久保「早く処理しましょう!」
研究員たちが悲鳴を上げるが、梶間は動じない。
梶間「落ち着きたまえ。アレは実験材料だ」
久保「しかし」
梶間「確かに今のままでは、危険ではある」
久保「急がないとあれと同じものが次々と生まれてしまうんですよ! 全部、今のうちに処分しましょう」
梶間「次の羽化まで3日ある。さなぎのうちならいくらでも修正が可能だよ。後藤君に催眠ガスと筋弛緩薬を投与。室温も下げてみろ」
研究員「量は?」
梶間、研究員を見る。
梶間「知るか。動かなくなるまでだ。殺してもかまわん。今から私がじきじきに解剖と検査をする」
○病棟 病室
恵理子がベッドに寝ている。
一郎が入ってくる。
恵理子、目を開ける。
一郎「悪い、起こした?」
恵理子、首を振る。
一郎「今日は具合よさそうだな」
恵理子、一郎を見る。
一郎「どうした?」
恵理子「怖い」
一郎「何が?」
恵理子「怖いの」
一郎「大丈夫だよ。父さんが助けてくれるよ」
恵理子「もう死にたい」
一郎「そんなこと言うなよ」
恵理子「私、もう助からないわ」
一郎「恵理子」
恵理子「みんな死んでいく…。山内さんも、春日さんも戻ってこないもの」
一郎「父さんが投薬治療をしてるんだ。恵理子は大丈夫だよ」
恵理子「私だけ? そうだわ、私のせいでみんなが実験台になってるのよ。…私、そんなの耐えられない」
一郎「父さんを信じるんだ」
恵理子「お父さんは、おかしくなったのよ…」
○研究室
梶間、書類を見ている。別の虚羽化人間が2人、横たわっている。一人は半分人間になっている。
梶間「遺伝子の異常の修正は行われているな…」
久保「しかし、これでは人とは呼べないかと」
梶間「現段階では、そうだな。10号がヒントになるかも知れんな」
久保「クアドリンとマニピアシンの混合液が、効いているのでしょうか?」
梶間「比率を変えて、12号、15号のさなぎに注入してみよう」
久保「はい」
○休憩室
数人の研究員と病棟職員が話をしている。
落合「教授は狂ってる」
鈴木が声を上げて笑う。
鈴木「おかしいのは、教授だけじゃないですよ」
向井「そうそう。こうやって陰口を利いてる奴らも、教授の前では何も言えない腰抜けばかりだしな」
研究員1「なんだと!」
研究員2「よせ」
荒幡「アレは…」
荒幡、ぼそりとつぶやく。
荒幡「人を餌にする。だが、遺伝子レベルでも完治が認められた」
落合「アレを人というのか?」
荒幡「人か。人類ではないな」
研究員1「じゃあ、実験は失敗だ! 俺たちは、ただの犯罪者ってわけだ。おめでとう! 実に嬉しいね」
荒幡「……アレは進化だ」
研究員2「何?」
荒幡「人類は、生物の頂点に君臨し、世界を我が物顔で支配していると思い上がっているが、実のところ寄生虫でしかない。そもそも森林を捨てた人類は、かつて他の動物の餌でしかなかった」
向井「まわりくどいな」
荒幡「人間と同じ頭脳を持った人間より、生命力に溢れる生き物が現れたなら、地球はどちらを主と認めると思う?」
落合「馬鹿げてる」
研究員1「そうだ。アレは俺たちが作り出したんだ」
荒幡「そうかな? この出現は必然だと思うよ。人間は、地球から拒否されているんだ」
向井「なんでさ?」
鈴木「面白いね。続きを聞かせてよ」
荒幡「次々に現れる新種のウイルスや耐性菌。遺伝子病に科学物質に過敏に反応する体。これは地球が、僕らを敵と認識したからに他ならない」
落合「そんな馬鹿なことがあるか」
研究員1「新種のウイルスは、常に存在する。耐性菌だって、怠惰な人間が起こした人災じゃないか。科学物質だって正常な反応による拒否反応だ」
荒幡「ふるいだよ。僕たちはふるいにかけられているんだ」
研究員2「進化だって言ったな? 人為的に行っているこの実験のどこが進化なんだ」
鈴木「それはこういうことじゃないか? 進化は、環境や突然変異によって行われたものだとされているけど、知恵によっても行われるんじゃないかな?」
荒幡「そうかもしれないな。環境に強い主を選ぶ知、生き抜くすべを知っているものだけが、次に進むことが出来る」
向井「俺たちも、アレに?」
落合「ふざけるな! あんなバケモノになってたまるか」
荒幡「そうさ俺たちは、突然変異した個体をバケモノといって阻害してきた。進化とはそういうものだ」
向井「うまくいくなら、そっち側も面白そうだな」
○病棟 ロビー
武雄が、一郎の後ろからわざとぶつかってくる。
武雄「邪魔だよ。病気じゃない奴はさっさと帰れよ」
一郎「悪かったな」
一郎、武雄に背を向けて離れていく。
武雄、側にあった置物を手にとって、一郎に投げつける。
一郎、背中に置物の打撃を受けて、うずくまる。
武雄「馬鹿にすんじゃねえ! 普通に歩けるからって、いい気になりやがって、治ったら、真っ先にぶん殴ってやる」
一郎「いってぇ…」
一郎、起き上がる。武雄を見る。
武雄「なんだよ。やんのか?」
一郎「治ったらな。病気の奴をいじめても面白くない」
武雄「ふっざけんな!」
車椅子で突進してくる武雄。かわす一郎。
車椅子から飛び出す武雄、ぶつかって倒れこむ二人。
武雄は、馬乗りになって一郎を殴る。一方的に殴られる一郎。
通りかかった米山が、割って入ろうとするが、弾き飛ばされる。
米山「先生! 誰か止めてください」
なおも殴り続ける武雄。振りほどく一郎。今度は、一郎が馬乗りになって殴りかかる。安部が、丁度そこに来る。
安部「何をしている!」
離れる一郎。駆け寄ってきた安部に突き飛ばされる。
安部「武雄、怪我はないか?」
武雄、何も言わずに泣き出す。
安部「一郎君。一体どういうつもりだ」
一郎も何も言わない。その場を離れようとする。
安部「まったく、親もろくでなしなら子供もろくでなしだな。こんな弱者を痛めつけるなんて、最低な人間だよ」
一郎、安部をにらみつける。うっと言葉を飲み込む安部。一郎、その隙に去っていく。
○実験場
虚羽化人間の遺体が並ぶ。防護服に身を包んだ研究員。
○研究室
実験場の様子を見て、不機嫌な梶間。
梶間「体力的にもたんのかもしれんな」
久保「なるほど」
梶間「安部め、失敗が続けばやめると思っているんだろうな」
久保「どうします?」
梶間「さなぎになったあとの環境を変えてみよう」
久保「アレはどうします?」
梶間「共食いでもさせて、掃除させよう。もうじき何人か羽化するだろうからね」
久保「わかりました」
荒幡が入ってくる。梶間がにらむ。
久保「勝手に持ち場を離れるな」
荒幡「教授。私を実験体に使ってくれませんか?」
梶間「何?」
荒幡「羽化させるところまでは、ほぼ100%の成功です。そこから人間の形になるには、実験体側の協力も不可欠かと考えました」
梶間「面白い考え方だな」
荒幡「死んでから薬品を投与しても、効果は無いですし」
久保「わかったから、持ち場に戻れ。次の検討会のときに聞いてやる」
梶間「かまわん。続きを話せ」
荒幡「はい。自分が、被験者になれば、この実験は急激に進むはずです」
梶間「虚羽化人間になってもいいのか?」
荒幡「最近の実験は、同じことの繰り返しで」
久保「失礼だぞ」
梶間「いや、そうかもしれないな」
荒幡「ベースの虫は、こちらで選ばせていただいてもよろしいですか?」
荒幡の姿をじろりと見る梶間。
梶間「久保君。準備を手伝ってやれ」
久保「は、はい」
梶間「名前は?」
荒幡「荒幡です。荒幡トオルです」
梶間、荒幡の名前を聞いて納得の顔をする。
梶間「あぁ、指導医を殺した男か。面白いやつだ」
荒幡は、微笑む。
荒幡「彼は自殺ですよ」
梶間「そうだったな」
荒幡、久保と共に出て行く。
○休憩室
向井、落合、鈴木がいる。
向井「荒幡が成功したら、次は俺が行く」
落合「働き蟻になるそうだな」
鈴木「荒幡さんは、蟻になるんですか?」
向井「そうらしい。ファイアーアントって言う種類らしいよ」
落合「意外に勇ましい名前だね。蟻の癖に」
向井「俺はスズメバチがいいな」
鈴木「僕はクモがいいな」
落合「ばかげてる」
久保が通りかかる。
向井「先生」
久保「ん? あぁ、何、ここに集まってるの?」
久保、コーヒーを入れる。
向井「荒幡、どうですか?」
久保「羽化までは問題ないと思うよ。それにしても、彼すごいね。薬品の調整も自分でやってきたよ」
落合「俺たちとは、違うんですよ」
鈴木「荒幡さんて、何でここに来たんですか?」
向井「さあね」
落合「指導医を自殺に追い込んだんでしょ」
向井「そういうお前は、薬をくすねて追い出されたんだよな」
落合「お前は、裏口がばれて大暴れしたんだろ?」
久保「みんな、色々あるねぇ」
コーヒーを飲む久保。
鈴木「先生は?」
久保の手が止まる。
久保「内緒。あんまり聞きたがらないほうがいいよ。ここに来てること自体が、傷みたいなもんだからね。触られると痛いものさ」
コーヒーを飲み干して、カップを捨てていく。
向井「よくあんな熱いのすぐ飲めますね」
久保「のどを通る熱の感覚が、たまらなくてね」
○第3実験室
荒幡の羽化が始まる。実験室には人の姿は無く、さなぎの中から白い身体が現れる。地面にどしゃっと落ちると、ゆっくりと立ち上がる。
徐々にその身体が紅くなっていく。
アカヒアリをベースにした虚羽化人間荒幡。
扉に寄ってくると、それを殴り始める。
○研究室
モニターで暴れまわる荒幡の姿を見る梶間と研究員。
久保「やはり失敗のようですね。処理します」
梶間「待て」
○第3実験室
虚羽化人間荒幡の手が止まり、アゴがしきりに動いている。
荒幡「空腹で死にそうだ。何か食わせてください」
○研究室
梶間、虚羽化人間荒幡の様子を見守る。
梶間「なんだ? 何を言ってる? つなげ」
久保「はい」
スピーカーから、荒幡の声が聞こえてくる。
荒幡「…です。おかしくなりそうです。飯を食わせてください」
梶間「つらいか?」
荒幡「減量中のボクサーは、こんな気持ちでしょうかね」
目の前で動く荒幡の動きは洗練されている。
梶間「腹が減っているのか? 何が食いたい?」
しばらく黙っている荒幡。
梶間「どうした? 言っていいぞ」
荒幡「人間です。教授たちが、食べ物に見えます」
荒幡、笑う。梶間も笑う。
久保「教授、危険です」
梶間「荒幡君。血液でしのげるか?」
荒幡「わかりません。でも何もないよりましかと。お願いします」
梶間「輸血用の血液パックを準備しろ」
久保「はい」
久保、インターホンを手に取り、医局に連絡をする。
○第3実験室
床に座っている荒幡。血まみれ。人間に戻っている。
スピーカーから、梶間の声。
梶間「どうかな?」
荒幡「空腹感は消えました。殺人の衝動は相変わらずですが、我慢できないこともないです」
梶間「それは君だからと考えておいたほうがいいかな。抑制剤を作らせよう。色々試すがいいかな?」
荒幡「いいですよ」
梶間「荒幡君」
荒幡「はい」
梶間「さっきの姿と、今の君。どっちが本当の君だ?」
荒幡「…どっちも僕ですよ」
荒幡、屈託なく笑う。
○実験場
実験場の中には、3人の虚羽化人間がいる。誰も身動きしていない。
○研究室
実験場を見ている梶間。
久保「現在、冬眠状態が続いているようです」
梶間「寒さは意外に効果的だな」
そこに荒幡が入っていく。防寒服に身を包んでいる。
スピーカーから、荒幡の声が聞こえてくる。
荒幡「では、作業を開始します」
片手で虚羽化人間を持ち上げると、ベッドの上に乗せ、拘束具をつける。
久保、唖然とそれを見ている。
久保「人間の姿のときでも、力は強いままなのか。すごいな」
梶間「よし」
久保「はい?」
梶間「こっちは荒幡に任せよう」
久保「どこへ?」
梶間「必要なものはそろえてやれ。餌を切らすなよ」
久保「はい」
梶間、出て行く。久保、実験場を見る。
荒幡も手を止めて、研究室を見ている。ギクリとする久保。
久保「動物園の飼育員よりも刺激的だな…」
久保、スピーカーのスイッチを押す。
久保「荒幡君」
荒幡「はい?」
久保「何で蟻なの? もっと格好良いの選べばよかったのに」
荒幡「ヒアリは、かなり強いですよ。小さな個体でも人を殺せますから」
久保「あ、そうなんだ」
荒幡「久保先生は、どんな虫がお好きですか?」
久保「虫は苦手なんだ」
荒幡「そうですか」
久保「でも、蟻はまだ大丈夫かな」
荒幡が笑う。
荒幡「気を使わなくていいですよ。先生を食べたりはしませんから」
久保「頼むよ。抑制剤の効果なんて高が知れてるからね」
荒幡「私もまだ殺されたくないですからね」
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