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第五話 後編
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○病棟 病室
窓の外を見ている恵理子。呉が側でチェックをしている。
恵理子「今日って青空?」
呉「少し曇ってるかな」
恵理子「雲って何色なの?」
呉「白かな」
恵理子「じゃあ、あんまり変わらないのね」
○実験場
荒幡、ベッドの上の患者の状態をチェックしている。
ブザーが鳴る。
スピーカーから久保の声がする。
久保「そろそろ21号向井君羽化です」
手を上げて答える荒幡。
荒幡が見つめている中、向井のさなぎが羽化をする。
現れるのはスズメバチの虚羽化人間。
荒幡に襲い掛かるが、荒幡は向井をねじ伏せる。
○研究室
久保、実験場の中を見て喜ぶ。
久保「荒幡くん! 強い強い!」
○実験場
荒幡と向井がもみ合う。
向井「食わせろォ!」
荒幡「向井。おとなしくしろ」
向井「出来るわけねえだろうが!」
荒幡「仕方ないな…」
荒幡も変身する。向井の背中から羽をむしりとると、その背中に毒針を刺す。
荒幡「これくらいで死ぬなよ」
向井、ぐったりとする。スピーカーから、久保の声。
久保「蟻って針なんか持ってたっけ?」
荒幡「むしろ無いほうが珍しいんですよ。蟻は、スズメバチに近いんです」
久保「殺しちゃったの?」
荒幡「たぶんこれくらいじゃ死にませんよ。拘束具と血液をお願いします。それと試験薬も」
久保「了解」
○休憩室
安部が立って、お茶を飲んでいる。落合が、静かに近づいてくる。
落合「先生」
少し驚く安部。
安部「ん? えーと、何君だっけ? 研究所の子だね」
安部、コップを置く。
落合「落合です」
安部「あぁ。ここも随分と静かになったね」
落合「この件をマスコミに売りませんか?」
安部、落合を見る。
安部「ここを無事に出られると思ってるのか?」
落合「あんな昆虫、怖がることは無いですよ」
安部「梶間のことだ。躊躇無く襲わせるぞ」
落合「虫であることが弱点になるってことですよ」
安部「逃げ出したとしても、受け入れてくれる病院や研究所はないぞ」
落合「これのどこが医療ですか? 先生、やり直しましょう。最初からやり直しましょう」
安部「私には、無理だ」
安部の手を取り、握り締める落合。
落合「大丈夫です。やれますよ。待ってます。先生なら、絶対に正しい道に戻ってこれますよ」
落合の手を振りほどき、走り去る安部。
○実験場
荒幡と向井が、実験を進めている。ベッドに武雄が寝ている。
箕輪、長谷川、田辺の3人はベッドの上でおとなしく座っている。
○研究室
モニターしている久保。
久保「全員が一気にこっちに来たら、俺死ぬかなぁ」
机の下から、拳銃を取り出す。ドアが開く。すぐに拳銃をしまう。そこに乗り込んでくる安部。
安部「今すぐやめさせろ!」
久保「もう無理ですよ。アンプル注入終了しましたから」
安部「やめさせろ!」
久保「安部さん、落ち着いてください。今中止させたら、本当に死んじゃいますよ」
安部「武雄がバケモノになるのを見ていろというのか?」
久保「大丈夫ですよ。暴れるのは、羽化するときだけです。その後は、血液と薬剤で症状を抑えられますから」
安部「久保、お前だって初めは反対していただろうが!」
久保「安部さん、僕たちは前に進むしかないんですよ。みんな失くす物は無いんだ」
安部「私にはある! この世でたった一人の甥をバケモノにされて黙っていられるか!」
久保「だったら、あの中に入っていって止めてみたらどうです?」
久保、アゴで実験場を指す。
安部「そうさせてもらう」
安部、研究室を出ようとする。
久保「彼ら、もう虚羽化人間ですよ」
安部の足が止まる。
安部「なんだと?」
久保「彼らが危険なら、武雄君はもう生きていませんよ」
安部「奴らが安全なら、こんなところに隔離はしないはずだ」
久保「大丈夫ですよ。実験は成功してます」
強化ガラスに触れて、実験場の武雄を見つめる安部。
安部「奴らが武雄を食べないのは、もう連中の仲間になってるからだ!」
○第1研究室
薄暗い部屋。2台のモニターの光だけが頼り。1つのモニターには、実験室の様子が映っている。もう1つには、ベッドで寝ている恵理子の姿が映っている。
梶間が、薬品を調合している。
梶間「なぜもっと早く気が付かなかったんだ。あそこで、マニヒトシンとフェルデノミールを混ぜれば…」
梶間の独り言は続く。
○診療準備室
安部、カルテを見ているが、イラついている。そこに鈴木が入ってくる。
鈴木「恵理子ちゃん移動したんですか?」
安部「いや? いないのか?」
鈴木「呉かな」
安部「……」
鈴木「もう一回捜してきますね」
安部「あぁ。お願いします」
○実験場
米山、ベッドで運ばれてくる。
箕輪、長谷川、田辺は拘束されている。
ブザーが鳴る。
向井、武雄のさなぎに寄っていく。
武雄のさなぎが割れて、向井に襲い掛かる。向井、振りほどく。
武雄、米山を見つけて飛び掛る。荒幡が、その間に割ってはいる。
武雄「吸わせろぉー!」
変身した向井の毒針に、背中を刺される武雄。倒れこむ。
それでもなお突き刺す向井。
荒幡が、向井を蹴り飛ばす。
荒幡「やりすぎだ」
痙攣を起こし、床に転がる武雄。羽を広げて、アゴを鳴らし荒幡に攻撃する機会をうかがう向井。
荒幡「薬を飲み忘れたな」
スピーカーから久保の声。
久保「大丈夫か?」
荒幡「順調です。向井が薬を飲み忘れています。今から、おとなしくさせます」
荒幡も虚羽化人間に変身する。襲い掛かる向井をねじ伏せる荒幡。
荒幡は、毒針を打ち込む。
失神する向井。痙攣する武雄。
荒幡「第1実験室、空けておいてもらっていいですか?」
スピーカーから久保の声。
久保「1は教授が使ってるよ。2は空けられるけど、」
荒幡「わかりました。拘束具を2人分、いや、3人分下さい」
久保「了解」
○第2実験室
武雄が拘束されている。人間と虚羽化人間への変身を、交互に繰り返している。
○第2研究室
武雄の姿をモニターしている安部。
安部「これのどこが成功だ」
椅子を蹴る。資料を巻き上げ、椅子は倒れる。
安部「自分の娘を隠して、人の甥で実験したな…。梶間め、絶対に許すものか!」
○休憩室
落合、鈴木、その他研究員が休憩室にいる。
安部が通りかかる。落合の姿を見つけて、目で合図を送る。
落ち合いもそれに気が付き、立ち上がる。
○病棟 倉庫室
書類などが納められた倉庫。安部と落合が話している。
安部「だが、虫が外に出たら大変なことになるぞ?」
落合「あいつらは外に出ることは出来ませんよ。閉じ込めて、キーを書き換えます」
安部「もし、強引に出てきたらどうする?」
落合「それも問題ないです。あいつらが虫である以上、人間には勝てませんよ」
安部「武雄は殺さないでくれ。あんなふうになっても、大事な甥だ」
落合「わかりました。研究所を制圧したら、武雄君以外の虫は、すべて処分します」
安部「ありがとう」
落合「いえ。先生がついててくれれば、頼もしい限りです」
安部「じゃあ、計画通りに」
落合「はい」
○実験場 夜
米山のさなぎの側で、検査を続けている荒幡。拘束された向井がうなっている。箕輪たち3人は眠っている。
向井「荒幡、もう許してくれよ」
荒幡は無言で作業を続けている。
向井「なぁってばぁ、次からは忘れないからさぁ」
荒幡「アレは、わざとだったな?」
向井「だってよぉ、あの薬、苦いんだよ」
荒幡「お前は、俺の計画を台無しにするところだったんだぞ?」
向井「なんだよ計画って?」
荒幡は、笑顔になる。幸せな子供のような笑顔。
荒幡「俺たちが、世界を支配するんだ」
向井「何? そんなこと…」
荒幡「出来る」
荒幡、向井に近づいていく。
荒幡「十分な数の仲間を増やしたら、人間の数を今の10分の1にする」
向井「絶滅じゃないのか」
荒幡「残った人類は、家畜と仲間に代わる。どうだ? 地球が広くなるぞ」
向井「本気なら、すごいな」
荒幡「本気さ。俺たちは、地球から愛されるんだ」
荒幡、米山のさなぎを見る。
荒幡「だから、今は慎重に仲間を増やすんだ」
向井「俺も、仲間に入れてもらっていいか?」
荒幡「もちろん」
向井「楽しくなりそうだな」
荒幡「だから、つまらない食欲で人を殺すな」
向井「ガマンしてみる」
荒幡「ああ」
向井「…少し、寒くないか?」
荒幡「そういえば…」
天井を見上げる荒幡。エアコンから冷気が出ている。
向井「夜だからか…」
荒幡「…違う」
研究室側の強化ガラスに詰め寄る荒幡。研究室に人影。
スピーカーから、落合の声。
落合「よぉ、天才君。上ばかり見てると、こういうことになるんだ。よく覚えておくといい。下々の人間もちゃんと生きてるんだぜぇ」
荒幡「落合か」
落合「そうだ」
荒幡「どうする気だ?」
落合「人類の敵を駆除するのさ」
荒幡「なに?」
天井から降り注ぐ冷気が室温を急激に下げていく。
荒幡、強化ガラスを殴りつけるが、徐々に身体が鈍くなり動かなくなっていく。
○研究室 夜
落合、スピーカーのスイッチを切る。
研究室に、実験場の室温低下を知らせるアラームがなる。
研究員1「どうする? 停止するか?」
落合「そのままでいい。このまま殺してしまおう」
研究員2「次は、久保と教授か」
辺りを物色する研究員2。
落合「安部先生は?」
研究員1「他の連中と火をかけにいった」
落合「そうか」
研究員2「こんなものがあったぜ」
研究員2、拳銃を取り上げてみせる。
落合「誰のだ?」
研究員2「久保先生かな? まったく何やってるんだか」
笑い合う3人。そこに久保がやってくる。
久保「何してるんだ!」
部屋の様子を見て、ただ事でないことを知る久保。
逃げ出したところに銃声。腹部を押さえて、倒れこむ久保。
落合「馬鹿、まだ早い。教授に逃げられちまうぞ」
久保「こんなことをして、ただで済むと思ってるのか?」
落合「それはこっちのセリフですよ。こんな実験をして、俺たちの人生をこれ以上滅茶苦茶にしないで下さい」
研究員1「教授はどこだ?」
久保「知らない」
落合「かばうほどの価値なんか無いでしょうが」
落合、倒れている久保を掴み、壁に押し付ける。
久保「そうだな。だが、お前たちだって、教える価値も無い」
落合、ポケットからペンを取り出して、久保の腿に突き刺す。久保、叫び声を上げる。
落合「教授はどこですか? 言わないなら、足がペン立てになりますよ」
○病棟 病室 夜
一郎、ベッドの上で目を開く。遠くで、火災報知機が鳴っている。
一郎「なんだろう」
内線が鳴る。素早く出る。
一郎「父さん? 何?」
○第1研究室 夜
火災報知機がなっている。
モニターが2台が光り部屋の中を照らす。梶間、受話器を手に取っている。研究室のドアが乱暴に叩かれる。
梶間「…一郎。今からすぐに第1実験室から恵理子を運んでくれ。キーはA8547だ。急げ。安部が…」
部屋の中が暗くなる。報知器の音も消える。
銃声、ドアの外から光が漏れる。
梶間、受話器を捨てる。
ドアが開く。懐中電灯に照らされる梶間。棒状のもので殴られる。
安部「こんなところに隠れて何してる」
梶間「安部か」
再び殴られる梶間。胸をかばうようにうずくまる。
安部「何が理想の医療だ」
梶間「君は、結局、日本式から脱却することが出来なかったな。患者よりも、自分の名誉を守ったんだ」
安部、梶間の身体を起こす。
安部「お前は、甘い理想を語って俺たちをだましたんだ」
梶間「君は、誰一人として救えなかったな。私は、少なくとも数人は命を与えることが出来たよ」
研究員2「先生」
研究員2、安部に拳銃を渡す。
落合「じゃーん教授。これなんだかわかりますか?」
落合が、梶間に金属製のアンプルを見せる。
落合「本当は、教授に打とうと思ったんですけど」
安部「お前の娘は病気からだけは救ってやる」
梶間「それはダメだ。使うな」
梶間に向かって放たれる銃弾。腹部に命中する。
安部「ダメだ。それから、お前の実験材料は、今頃凍死してるはずだ。お前だって、誰一人救えなかったんだよ。えらそうなことを言うな!」
落合「予備電源はまだ復旧しないのか?」
研究員1「思ったより火の回りが強くて」
安部「まぁいい。娘と息子がバケモノになれば、こいつにも人の痛みがわかるさ」
落合「では、行きましょう」
梶間「ま、待て」
研究員2、梶間を蹴る。
研究員2「モニターがついたら、しっかり見ていてくださいね」
安部たちは、去っていく。
○第1研究室 夜
梶間、研究室の一角で壁に背をもたれている。腹部から出血をしている。下半身はすでに血で染まっている。
一郎が走りこんでくる。
一郎「父さん!」
梶間、震えながら一郎を探す。一郎、梶間を見つける。
一郎「父さん、しっかりして」
一郎、梶間を抱きかかえる。
梶間「一郎」
一郎「今、止血します」
梶間「私はいい」
梶間は、内ポケットから金属製のアンプルを取り出す。
梶間「これを恵理子にうつんだ。私が特別に作ったものだ。きっと副作用はなく成功するだろう。打ったらすぐにここを離れろ。2人で逃げるんだ。いいか、他の薬を打たれる前に、打ってくれ。蓋を取った後、身体に押し付けるだけで十分だ」
一郎「父さんは?」
梶間「急げ。2回目の注入では効果が無い。これを最初に打つんだ!」
梶間からアンプルを受け取り走り出す一郎。
梶間「一郎、逃げて全員殺してくれ。お前の手で全員殺すんだ」
○研究所廊下 夜
駆け抜ける一郎。
研究所内には、一部火の手が見える。駆け回る関係者たち。
○第1実験室 夜
一郎が滑り込んでくる。
先に到着している安部たち。一郎を振り返る手には、すでに空になったアンプルが握られている。
一郎「恵理子!」
安部「やあ、一郎君。探す手間が省けた」
合図を出す安部。研究員1と2に押さえつけられる一郎。
手に持ったアンプルを奪われる。
一郎「離せ!」
安部「これは君に使おうか。実験体になって、君の父親の罪を償うんだ」
一郎「父の罪?」
アンプルを打たれる一郎。そのまま意識を失う。
○第1実験室 夜
一郎、目を開ける。目の前に恵理子が倒れている。
一郎「恵理子?」
院内は静寂に包まれている。空のアンプルが2つ、床に転がっている。
一郎「恵理子、恵理子」
揺さぶるが、反応が無い。
一郎、ゆっくりと立ち上がる。恵理子をベッドの上に乗せる。
一郎「そうだ。父さんを…」
恵理子の手が、一郎を掴む。一瞬、驚く一郎。
恵理子「お兄ちゃん。苦しい」
一郎「しっかりしろ。すぐ病棟に連れて行ってやるから」
一郎、恵理子を抱きかかえる。
○廊下 夜
病棟に向かう一郎と恵理子。
遠くで銃声がする。
第1研究室の前で足を止める一郎。
一郎「恵理子、ちょっと待ってろよ」
廊下に恵理子を置いて第1研究室に入る。
○第1研究室 夜
室内を見る一郎。ゆっくりと梶間に近づく。
息をしていないことを知ると、その場から立ち去る。
○病棟 夜
懐中電灯に照らされる一郎と恵理子。
呉「誰? 一郎君。それに恵理子ちゃん。何の騒ぎなの?」
一郎「わかりません」
呉「とにかく、早く病室に戻って、処置しないと恵理子ちゃんが」
一郎「お願いします」
呉、恵理子を運ぶのを手伝う。
○病室 夜
ベッドで寝ている恵理子。側で見守る一郎。
そこにやってくる呉。
呉「研究所が火事よ。大体、収まっているみたいだけど。それと他に人がいないの。どうなってるのかしら」
一郎「父が死にました」
呉「え?」
一郎「研究室で、血だらけになって…」
泣き崩れる一郎。呉、一郎を抱きかかえてやる。
呉「一郎君。朝になれば、もう少し状況がわかると思うから、寝なさい。ここは私に任せて」
一郎「でも」
呉「大丈夫。何かあったらすぐに呼ぶわよ。仮眠室なら静かに寝られるから」
一郎「…はい」
○病棟 仮眠室 夜
一郎、ベッドに入り込むが目を閉じることが出来ない。
鼓動が徐々に大きくなり、部屋中に響きだす。
耳をふさぐ一郎。
女の叫び声がする。
起き上がる一郎。
一郎「なんだ?」
ベッドから飛び起きて、よろめきながらも走り出す一郎。
○病棟 廊下 夜明け
すすり泣く恵理子の声。一郎が走っていく。
○病棟 病室
すすり泣く恵理子の声。一郎がやってくる。
一郎「恵理子?」
白い大きなガウンに包まれ、顔を手の中にうずめて、恵理子は泣いていた。
一郎は、添えかけた手を引いた。
さなぎが開いていた。足元に呉の頭が転がっている。
一郎「恵理子なのか?」
恵理子は泣き止む。
ゆっくりと一郎を振り返る。身体は、前面が血に濡れていた。手には、千切れた呉の手が握られている。
恵理子「どうして殺してくれなかったのよ! あんなにお願いしたのに!」
恵理子は、すでに虚羽化人間になっていた。蛾がベースになっているようで、全体的に白い。
恵理子、一郎に飛び掛る。
一郎「恵理子」
恵理子「殺して! お兄ちゃん。お願いだから私を殺して! こんな姿になってまで、私生きたくないよ」
言葉と裏腹に、恵理子は一郎に食らいつく。恵理子の身体が一郎の血で再び紅く染まっていく。
一郎「何が起こってるんだ」
恵理子「お願い…」
一郎の目が、再びさなぎを見る。
一郎「何でこれがここにあるんだ?」
恵理子「殺して…」
一郎の目が、赤みを増す。夜の影の中から、染み出てくる闇が一郎を包んでいく。
一郎は、恵理子を引き剥がす。一郎が闇をまといカオスへと変貌していく。
一郎「治してくれる人を捜そう」
恵理子「嫌! またこんなところに押し込められて、飼育されるのはもう沢山!」
一郎「恵理子!」
恵理子「私は、これから好きなことをするの」
一郎「恵理子」
恵理子「私は、普通の女の子になって、原宿や新宿で美味しいものを食べるの。両手に持ちきれないくらい、人の頭を抱えてススリタイノ。人間たちをタベタイノ」
一郎「本当に恵理子なのか?」
恵理子「お兄ちゃん」
一郎「う」
カオスひざをつく。
恵理子「無理よ。私、今、お腹が空いてて、人を食べたくて仕方がないの。邪魔をしないで」
カオスの体が震えている。
恵理子「お兄ちゃんもでしょ?」
カオスに襲い掛かる恵理子。恵理子に食らいつくカオス。
恵理子「ほら、身体は正直じゃないの」
カオスの耳元で、梶間と安部の声が聞こえる。
梶間「一郎、逃げて全員殺してくれ。お前の手で全員殺すんだ」
安部「君の父親の罪を償うんだ」
カオスは、恵理子を振り払う。
一郎「父さんが作ったバケモノ……。それを全員殺してくれだなんて……」
恵理子の口吻が、カオスの胸を貫く。
一郎「ひどすぎるよ」
恵理子「世界ってこんなに沢山の色があるのね。私、ここを出ていろんなところを見るわ」
カオス、右手で首の突起物を掴む。そして、力いっぱい引き抜く。ブチブチィっと音がして、カオスの血が地面に落ちる。
右手に現れるカオスブレイド。
恵理子「呉先生って美人でしょ。美人を食べると、私ももっと美人になれると思うの。だからね」
一郎「もういい」
カオスは、カオスブレイドを振り、恵理子の口吻を斬る。
一郎「お前は、恵理子なんかじゃない」
伸ばしてくる恵理子の腕を斬る。羽を斬る。血ですべる恵理子。床の上でもがく。その上から、カオスがカオスブレイドを突き刺す。
恵理子「ありがとう。お兄ちゃん」
恵理子は虚羽化人間から、人間に戻っていく。カオスは、カオスブレイドを引き抜く。
カオス、カオスブレイドを食べる。
人の姿に戻り、ひざから崩れ落ちる一郎。
恵理子を抱えて抱きしめる。
○病棟
一郎が薬品を集めている。
○グラウンド
燃え盛る病棟。続いて爆発。研究所も同じように爆発する。
爆風で地面に倒される一郎。
地面に転がったまま起き上がらない一郎は空を見上げて涙を流していた。
窓の外を見ている恵理子。呉が側でチェックをしている。
恵理子「今日って青空?」
呉「少し曇ってるかな」
恵理子「雲って何色なの?」
呉「白かな」
恵理子「じゃあ、あんまり変わらないのね」
○実験場
荒幡、ベッドの上の患者の状態をチェックしている。
ブザーが鳴る。
スピーカーから久保の声がする。
久保「そろそろ21号向井君羽化です」
手を上げて答える荒幡。
荒幡が見つめている中、向井のさなぎが羽化をする。
現れるのはスズメバチの虚羽化人間。
荒幡に襲い掛かるが、荒幡は向井をねじ伏せる。
○研究室
久保、実験場の中を見て喜ぶ。
久保「荒幡くん! 強い強い!」
○実験場
荒幡と向井がもみ合う。
向井「食わせろォ!」
荒幡「向井。おとなしくしろ」
向井「出来るわけねえだろうが!」
荒幡「仕方ないな…」
荒幡も変身する。向井の背中から羽をむしりとると、その背中に毒針を刺す。
荒幡「これくらいで死ぬなよ」
向井、ぐったりとする。スピーカーから、久保の声。
久保「蟻って針なんか持ってたっけ?」
荒幡「むしろ無いほうが珍しいんですよ。蟻は、スズメバチに近いんです」
久保「殺しちゃったの?」
荒幡「たぶんこれくらいじゃ死にませんよ。拘束具と血液をお願いします。それと試験薬も」
久保「了解」
○休憩室
安部が立って、お茶を飲んでいる。落合が、静かに近づいてくる。
落合「先生」
少し驚く安部。
安部「ん? えーと、何君だっけ? 研究所の子だね」
安部、コップを置く。
落合「落合です」
安部「あぁ。ここも随分と静かになったね」
落合「この件をマスコミに売りませんか?」
安部、落合を見る。
安部「ここを無事に出られると思ってるのか?」
落合「あんな昆虫、怖がることは無いですよ」
安部「梶間のことだ。躊躇無く襲わせるぞ」
落合「虫であることが弱点になるってことですよ」
安部「逃げ出したとしても、受け入れてくれる病院や研究所はないぞ」
落合「これのどこが医療ですか? 先生、やり直しましょう。最初からやり直しましょう」
安部「私には、無理だ」
安部の手を取り、握り締める落合。
落合「大丈夫です。やれますよ。待ってます。先生なら、絶対に正しい道に戻ってこれますよ」
落合の手を振りほどき、走り去る安部。
○実験場
荒幡と向井が、実験を進めている。ベッドに武雄が寝ている。
箕輪、長谷川、田辺の3人はベッドの上でおとなしく座っている。
○研究室
モニターしている久保。
久保「全員が一気にこっちに来たら、俺死ぬかなぁ」
机の下から、拳銃を取り出す。ドアが開く。すぐに拳銃をしまう。そこに乗り込んでくる安部。
安部「今すぐやめさせろ!」
久保「もう無理ですよ。アンプル注入終了しましたから」
安部「やめさせろ!」
久保「安部さん、落ち着いてください。今中止させたら、本当に死んじゃいますよ」
安部「武雄がバケモノになるのを見ていろというのか?」
久保「大丈夫ですよ。暴れるのは、羽化するときだけです。その後は、血液と薬剤で症状を抑えられますから」
安部「久保、お前だって初めは反対していただろうが!」
久保「安部さん、僕たちは前に進むしかないんですよ。みんな失くす物は無いんだ」
安部「私にはある! この世でたった一人の甥をバケモノにされて黙っていられるか!」
久保「だったら、あの中に入っていって止めてみたらどうです?」
久保、アゴで実験場を指す。
安部「そうさせてもらう」
安部、研究室を出ようとする。
久保「彼ら、もう虚羽化人間ですよ」
安部の足が止まる。
安部「なんだと?」
久保「彼らが危険なら、武雄君はもう生きていませんよ」
安部「奴らが安全なら、こんなところに隔離はしないはずだ」
久保「大丈夫ですよ。実験は成功してます」
強化ガラスに触れて、実験場の武雄を見つめる安部。
安部「奴らが武雄を食べないのは、もう連中の仲間になってるからだ!」
○第1研究室
薄暗い部屋。2台のモニターの光だけが頼り。1つのモニターには、実験室の様子が映っている。もう1つには、ベッドで寝ている恵理子の姿が映っている。
梶間が、薬品を調合している。
梶間「なぜもっと早く気が付かなかったんだ。あそこで、マニヒトシンとフェルデノミールを混ぜれば…」
梶間の独り言は続く。
○診療準備室
安部、カルテを見ているが、イラついている。そこに鈴木が入ってくる。
鈴木「恵理子ちゃん移動したんですか?」
安部「いや? いないのか?」
鈴木「呉かな」
安部「……」
鈴木「もう一回捜してきますね」
安部「あぁ。お願いします」
○実験場
米山、ベッドで運ばれてくる。
箕輪、長谷川、田辺は拘束されている。
ブザーが鳴る。
向井、武雄のさなぎに寄っていく。
武雄のさなぎが割れて、向井に襲い掛かる。向井、振りほどく。
武雄、米山を見つけて飛び掛る。荒幡が、その間に割ってはいる。
武雄「吸わせろぉー!」
変身した向井の毒針に、背中を刺される武雄。倒れこむ。
それでもなお突き刺す向井。
荒幡が、向井を蹴り飛ばす。
荒幡「やりすぎだ」
痙攣を起こし、床に転がる武雄。羽を広げて、アゴを鳴らし荒幡に攻撃する機会をうかがう向井。
荒幡「薬を飲み忘れたな」
スピーカーから久保の声。
久保「大丈夫か?」
荒幡「順調です。向井が薬を飲み忘れています。今から、おとなしくさせます」
荒幡も虚羽化人間に変身する。襲い掛かる向井をねじ伏せる荒幡。
荒幡は、毒針を打ち込む。
失神する向井。痙攣する武雄。
荒幡「第1実験室、空けておいてもらっていいですか?」
スピーカーから久保の声。
久保「1は教授が使ってるよ。2は空けられるけど、」
荒幡「わかりました。拘束具を2人分、いや、3人分下さい」
久保「了解」
○第2実験室
武雄が拘束されている。人間と虚羽化人間への変身を、交互に繰り返している。
○第2研究室
武雄の姿をモニターしている安部。
安部「これのどこが成功だ」
椅子を蹴る。資料を巻き上げ、椅子は倒れる。
安部「自分の娘を隠して、人の甥で実験したな…。梶間め、絶対に許すものか!」
○休憩室
落合、鈴木、その他研究員が休憩室にいる。
安部が通りかかる。落合の姿を見つけて、目で合図を送る。
落ち合いもそれに気が付き、立ち上がる。
○病棟 倉庫室
書類などが納められた倉庫。安部と落合が話している。
安部「だが、虫が外に出たら大変なことになるぞ?」
落合「あいつらは外に出ることは出来ませんよ。閉じ込めて、キーを書き換えます」
安部「もし、強引に出てきたらどうする?」
落合「それも問題ないです。あいつらが虫である以上、人間には勝てませんよ」
安部「武雄は殺さないでくれ。あんなふうになっても、大事な甥だ」
落合「わかりました。研究所を制圧したら、武雄君以外の虫は、すべて処分します」
安部「ありがとう」
落合「いえ。先生がついててくれれば、頼もしい限りです」
安部「じゃあ、計画通りに」
落合「はい」
○実験場 夜
米山のさなぎの側で、検査を続けている荒幡。拘束された向井がうなっている。箕輪たち3人は眠っている。
向井「荒幡、もう許してくれよ」
荒幡は無言で作業を続けている。
向井「なぁってばぁ、次からは忘れないからさぁ」
荒幡「アレは、わざとだったな?」
向井「だってよぉ、あの薬、苦いんだよ」
荒幡「お前は、俺の計画を台無しにするところだったんだぞ?」
向井「なんだよ計画って?」
荒幡は、笑顔になる。幸せな子供のような笑顔。
荒幡「俺たちが、世界を支配するんだ」
向井「何? そんなこと…」
荒幡「出来る」
荒幡、向井に近づいていく。
荒幡「十分な数の仲間を増やしたら、人間の数を今の10分の1にする」
向井「絶滅じゃないのか」
荒幡「残った人類は、家畜と仲間に代わる。どうだ? 地球が広くなるぞ」
向井「本気なら、すごいな」
荒幡「本気さ。俺たちは、地球から愛されるんだ」
荒幡、米山のさなぎを見る。
荒幡「だから、今は慎重に仲間を増やすんだ」
向井「俺も、仲間に入れてもらっていいか?」
荒幡「もちろん」
向井「楽しくなりそうだな」
荒幡「だから、つまらない食欲で人を殺すな」
向井「ガマンしてみる」
荒幡「ああ」
向井「…少し、寒くないか?」
荒幡「そういえば…」
天井を見上げる荒幡。エアコンから冷気が出ている。
向井「夜だからか…」
荒幡「…違う」
研究室側の強化ガラスに詰め寄る荒幡。研究室に人影。
スピーカーから、落合の声。
落合「よぉ、天才君。上ばかり見てると、こういうことになるんだ。よく覚えておくといい。下々の人間もちゃんと生きてるんだぜぇ」
荒幡「落合か」
落合「そうだ」
荒幡「どうする気だ?」
落合「人類の敵を駆除するのさ」
荒幡「なに?」
天井から降り注ぐ冷気が室温を急激に下げていく。
荒幡、強化ガラスを殴りつけるが、徐々に身体が鈍くなり動かなくなっていく。
○研究室 夜
落合、スピーカーのスイッチを切る。
研究室に、実験場の室温低下を知らせるアラームがなる。
研究員1「どうする? 停止するか?」
落合「そのままでいい。このまま殺してしまおう」
研究員2「次は、久保と教授か」
辺りを物色する研究員2。
落合「安部先生は?」
研究員1「他の連中と火をかけにいった」
落合「そうか」
研究員2「こんなものがあったぜ」
研究員2、拳銃を取り上げてみせる。
落合「誰のだ?」
研究員2「久保先生かな? まったく何やってるんだか」
笑い合う3人。そこに久保がやってくる。
久保「何してるんだ!」
部屋の様子を見て、ただ事でないことを知る久保。
逃げ出したところに銃声。腹部を押さえて、倒れこむ久保。
落合「馬鹿、まだ早い。教授に逃げられちまうぞ」
久保「こんなことをして、ただで済むと思ってるのか?」
落合「それはこっちのセリフですよ。こんな実験をして、俺たちの人生をこれ以上滅茶苦茶にしないで下さい」
研究員1「教授はどこだ?」
久保「知らない」
落合「かばうほどの価値なんか無いでしょうが」
落合、倒れている久保を掴み、壁に押し付ける。
久保「そうだな。だが、お前たちだって、教える価値も無い」
落合、ポケットからペンを取り出して、久保の腿に突き刺す。久保、叫び声を上げる。
落合「教授はどこですか? 言わないなら、足がペン立てになりますよ」
○病棟 病室 夜
一郎、ベッドの上で目を開く。遠くで、火災報知機が鳴っている。
一郎「なんだろう」
内線が鳴る。素早く出る。
一郎「父さん? 何?」
○第1研究室 夜
火災報知機がなっている。
モニターが2台が光り部屋の中を照らす。梶間、受話器を手に取っている。研究室のドアが乱暴に叩かれる。
梶間「…一郎。今からすぐに第1実験室から恵理子を運んでくれ。キーはA8547だ。急げ。安部が…」
部屋の中が暗くなる。報知器の音も消える。
銃声、ドアの外から光が漏れる。
梶間、受話器を捨てる。
ドアが開く。懐中電灯に照らされる梶間。棒状のもので殴られる。
安部「こんなところに隠れて何してる」
梶間「安部か」
再び殴られる梶間。胸をかばうようにうずくまる。
安部「何が理想の医療だ」
梶間「君は、結局、日本式から脱却することが出来なかったな。患者よりも、自分の名誉を守ったんだ」
安部、梶間の身体を起こす。
安部「お前は、甘い理想を語って俺たちをだましたんだ」
梶間「君は、誰一人として救えなかったな。私は、少なくとも数人は命を与えることが出来たよ」
研究員2「先生」
研究員2、安部に拳銃を渡す。
落合「じゃーん教授。これなんだかわかりますか?」
落合が、梶間に金属製のアンプルを見せる。
落合「本当は、教授に打とうと思ったんですけど」
安部「お前の娘は病気からだけは救ってやる」
梶間「それはダメだ。使うな」
梶間に向かって放たれる銃弾。腹部に命中する。
安部「ダメだ。それから、お前の実験材料は、今頃凍死してるはずだ。お前だって、誰一人救えなかったんだよ。えらそうなことを言うな!」
落合「予備電源はまだ復旧しないのか?」
研究員1「思ったより火の回りが強くて」
安部「まぁいい。娘と息子がバケモノになれば、こいつにも人の痛みがわかるさ」
落合「では、行きましょう」
梶間「ま、待て」
研究員2、梶間を蹴る。
研究員2「モニターがついたら、しっかり見ていてくださいね」
安部たちは、去っていく。
○第1研究室 夜
梶間、研究室の一角で壁に背をもたれている。腹部から出血をしている。下半身はすでに血で染まっている。
一郎が走りこんでくる。
一郎「父さん!」
梶間、震えながら一郎を探す。一郎、梶間を見つける。
一郎「父さん、しっかりして」
一郎、梶間を抱きかかえる。
梶間「一郎」
一郎「今、止血します」
梶間「私はいい」
梶間は、内ポケットから金属製のアンプルを取り出す。
梶間「これを恵理子にうつんだ。私が特別に作ったものだ。きっと副作用はなく成功するだろう。打ったらすぐにここを離れろ。2人で逃げるんだ。いいか、他の薬を打たれる前に、打ってくれ。蓋を取った後、身体に押し付けるだけで十分だ」
一郎「父さんは?」
梶間「急げ。2回目の注入では効果が無い。これを最初に打つんだ!」
梶間からアンプルを受け取り走り出す一郎。
梶間「一郎、逃げて全員殺してくれ。お前の手で全員殺すんだ」
○研究所廊下 夜
駆け抜ける一郎。
研究所内には、一部火の手が見える。駆け回る関係者たち。
○第1実験室 夜
一郎が滑り込んでくる。
先に到着している安部たち。一郎を振り返る手には、すでに空になったアンプルが握られている。
一郎「恵理子!」
安部「やあ、一郎君。探す手間が省けた」
合図を出す安部。研究員1と2に押さえつけられる一郎。
手に持ったアンプルを奪われる。
一郎「離せ!」
安部「これは君に使おうか。実験体になって、君の父親の罪を償うんだ」
一郎「父の罪?」
アンプルを打たれる一郎。そのまま意識を失う。
○第1実験室 夜
一郎、目を開ける。目の前に恵理子が倒れている。
一郎「恵理子?」
院内は静寂に包まれている。空のアンプルが2つ、床に転がっている。
一郎「恵理子、恵理子」
揺さぶるが、反応が無い。
一郎、ゆっくりと立ち上がる。恵理子をベッドの上に乗せる。
一郎「そうだ。父さんを…」
恵理子の手が、一郎を掴む。一瞬、驚く一郎。
恵理子「お兄ちゃん。苦しい」
一郎「しっかりしろ。すぐ病棟に連れて行ってやるから」
一郎、恵理子を抱きかかえる。
○廊下 夜
病棟に向かう一郎と恵理子。
遠くで銃声がする。
第1研究室の前で足を止める一郎。
一郎「恵理子、ちょっと待ってろよ」
廊下に恵理子を置いて第1研究室に入る。
○第1研究室 夜
室内を見る一郎。ゆっくりと梶間に近づく。
息をしていないことを知ると、その場から立ち去る。
○病棟 夜
懐中電灯に照らされる一郎と恵理子。
呉「誰? 一郎君。それに恵理子ちゃん。何の騒ぎなの?」
一郎「わかりません」
呉「とにかく、早く病室に戻って、処置しないと恵理子ちゃんが」
一郎「お願いします」
呉、恵理子を運ぶのを手伝う。
○病室 夜
ベッドで寝ている恵理子。側で見守る一郎。
そこにやってくる呉。
呉「研究所が火事よ。大体、収まっているみたいだけど。それと他に人がいないの。どうなってるのかしら」
一郎「父が死にました」
呉「え?」
一郎「研究室で、血だらけになって…」
泣き崩れる一郎。呉、一郎を抱きかかえてやる。
呉「一郎君。朝になれば、もう少し状況がわかると思うから、寝なさい。ここは私に任せて」
一郎「でも」
呉「大丈夫。何かあったらすぐに呼ぶわよ。仮眠室なら静かに寝られるから」
一郎「…はい」
○病棟 仮眠室 夜
一郎、ベッドに入り込むが目を閉じることが出来ない。
鼓動が徐々に大きくなり、部屋中に響きだす。
耳をふさぐ一郎。
女の叫び声がする。
起き上がる一郎。
一郎「なんだ?」
ベッドから飛び起きて、よろめきながらも走り出す一郎。
○病棟 廊下 夜明け
すすり泣く恵理子の声。一郎が走っていく。
○病棟 病室
すすり泣く恵理子の声。一郎がやってくる。
一郎「恵理子?」
白い大きなガウンに包まれ、顔を手の中にうずめて、恵理子は泣いていた。
一郎は、添えかけた手を引いた。
さなぎが開いていた。足元に呉の頭が転がっている。
一郎「恵理子なのか?」
恵理子は泣き止む。
ゆっくりと一郎を振り返る。身体は、前面が血に濡れていた。手には、千切れた呉の手が握られている。
恵理子「どうして殺してくれなかったのよ! あんなにお願いしたのに!」
恵理子は、すでに虚羽化人間になっていた。蛾がベースになっているようで、全体的に白い。
恵理子、一郎に飛び掛る。
一郎「恵理子」
恵理子「殺して! お兄ちゃん。お願いだから私を殺して! こんな姿になってまで、私生きたくないよ」
言葉と裏腹に、恵理子は一郎に食らいつく。恵理子の身体が一郎の血で再び紅く染まっていく。
一郎「何が起こってるんだ」
恵理子「お願い…」
一郎の目が、再びさなぎを見る。
一郎「何でこれがここにあるんだ?」
恵理子「殺して…」
一郎の目が、赤みを増す。夜の影の中から、染み出てくる闇が一郎を包んでいく。
一郎は、恵理子を引き剥がす。一郎が闇をまといカオスへと変貌していく。
一郎「治してくれる人を捜そう」
恵理子「嫌! またこんなところに押し込められて、飼育されるのはもう沢山!」
一郎「恵理子!」
恵理子「私は、これから好きなことをするの」
一郎「恵理子」
恵理子「私は、普通の女の子になって、原宿や新宿で美味しいものを食べるの。両手に持ちきれないくらい、人の頭を抱えてススリタイノ。人間たちをタベタイノ」
一郎「本当に恵理子なのか?」
恵理子「お兄ちゃん」
一郎「う」
カオスひざをつく。
恵理子「無理よ。私、今、お腹が空いてて、人を食べたくて仕方がないの。邪魔をしないで」
カオスの体が震えている。
恵理子「お兄ちゃんもでしょ?」
カオスに襲い掛かる恵理子。恵理子に食らいつくカオス。
恵理子「ほら、身体は正直じゃないの」
カオスの耳元で、梶間と安部の声が聞こえる。
梶間「一郎、逃げて全員殺してくれ。お前の手で全員殺すんだ」
安部「君の父親の罪を償うんだ」
カオスは、恵理子を振り払う。
一郎「父さんが作ったバケモノ……。それを全員殺してくれだなんて……」
恵理子の口吻が、カオスの胸を貫く。
一郎「ひどすぎるよ」
恵理子「世界ってこんなに沢山の色があるのね。私、ここを出ていろんなところを見るわ」
カオス、右手で首の突起物を掴む。そして、力いっぱい引き抜く。ブチブチィっと音がして、カオスの血が地面に落ちる。
右手に現れるカオスブレイド。
恵理子「呉先生って美人でしょ。美人を食べると、私ももっと美人になれると思うの。だからね」
一郎「もういい」
カオスは、カオスブレイドを振り、恵理子の口吻を斬る。
一郎「お前は、恵理子なんかじゃない」
伸ばしてくる恵理子の腕を斬る。羽を斬る。血ですべる恵理子。床の上でもがく。その上から、カオスがカオスブレイドを突き刺す。
恵理子「ありがとう。お兄ちゃん」
恵理子は虚羽化人間から、人間に戻っていく。カオスは、カオスブレイドを引き抜く。
カオス、カオスブレイドを食べる。
人の姿に戻り、ひざから崩れ落ちる一郎。
恵理子を抱えて抱きしめる。
○病棟
一郎が薬品を集めている。
○グラウンド
燃え盛る病棟。続いて爆発。研究所も同じように爆発する。
爆風で地面に倒される一郎。
地面に転がったまま起き上がらない一郎は空を見上げて涙を流していた。
0
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