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第六話 前編
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主な登場人物
梶間一郎:17歳。虚羽化人間カオス。
山岸ワタル:9歳。
山岸:ワタルの父親。39歳。
橋立:36歳。刑事。
松下:28歳。刑事。
安森:環境大臣。
矢島:政界で幅を利かせる元大臣。
タランテラン:クモと人の虚羽化人間。
香代子:松下の妻。28歳。
向井:製薬会社グラックス社員。28歳。虚羽化人間ホーネット。
荒幡:製薬会社グラックス専務。27歳。
梶間大作:製薬会社グラックス社長。一郎の父。
田村彦二:喫茶タームのマスター。
田村珠恵:彦二の娘。
安村:週刊誌のライター。
●都内某所・アーケード
山岸ワタル(9)と山岸(父親)がアーケード街を歩いている。
ワタルは、ゲームをしながら歩いている。
山岸は淡い色の背広を着ているがネクタイはしていない。
山岸「ワタル、学校は楽しいか?」
ワタル「普通」
山岸「そうか」
歩き続ける二人。店を見るわけでもなく、進んでいく。
山岸「勉強は好きか?」
ワタル「普通」
山岸「そうか」
立ち止まるワタル。おもちゃ屋の前。山岸は歩き続ける。
ワタル「ねぇ、ここだよ」
山岸「ああ、そうか」
●おもちゃ屋前
山岸の携帯電話が鳴る。
ワタル「ねぇ、パパ」
山岸「ああ、ちょっと待って」
ワタル「また仕事?」
山岸は、財布を取り出し1万円札をワタルに握らせる。
山岸「これだけあれば足りるか?」
ワタル「うん」
山岸、携帯に出る。ワタル、店の中に駆け込んでいく。
山岸「はい。今、青葉町です。ドームですか? 了解です」
携帯を切る。山岸、店の中を見渡す。ワタルを見つけると、手を振って声をかける。
山岸「ワタル、戻ってくるまで…」
ワタル「ここで待ってればいいんでしょ」
ワタルは父親を一瞥すると、ゲームのコントローラーを握り、遊び始める。
山岸「すまないな」
ワタル「休みの日に仕事って、おかしくない」
山岸「ごめんな」
ワタル、父親を見もしない。
ワタル「しょうがないよね。仕事なんだし」
●警察署 刑事課
刑事課長が、険しい表情で席についている。橋立は、憮然とした表情でそれを見下ろしている。
課長「刑事部長の言っていた事が理解できてなかったようだね」
橋立「理解してますよ」
課長「私の立場も考えたまえ。留守中に、何も部長がここに来ているときにあんな問題なぞ起こさなくても良いじゃないか!」
橋立「そりゃ、すみませんでした」
課長「君は私の出世を潰すつもりか?」
橋立「そんなもの興味ないですよ」
課長「そうか。よく分かった。本日中に退職届を提出したまえ」
橋立「お断りします」
課長「そうか。お前みたいなクズでも組織の一員だからと温情を示してやったのにな。じゃあ、貴様はクビだ。問題ばかり起こす警官なぞ、ここには必要ないからな」
橋立「俺をクビにすると、部長に怒られませんかね?」
課長「お前みたいなクズはいらないんだよ。さっさと出て行け!」
課長、拳で机を強く叩く。
冷ややかに笑う橋立。
橋立「どうもお世話になりましたー」
頭を深々と下げる橋立。その顔はもう笑っていない。
●ドーム・ビップルーム
政治家矢島清がプロ野球のデーゲームを観戦している。
秘書「先生」
矢島「ん?」
秘書「大臣がお見えです」
矢島「やっとか」
環境大臣安森が中に入ってくる。
安森「ご無沙汰しております」
矢島「いやいや、安森君も今じゃあ忙しいだろうから、すまんね」
安森「大臣なんて名ばかりですよ」
矢島「そうだな。うるさいハエに追い回されて、君も辟易してるんじゃないか?」
安森「まったくあいつらはどうにかなりませんかね」
矢島「研究者は記者連中に効く殺虫剤でも作ってくれんかな? なっはっはっは!」
安森「それは良いですね。あっはっはっは」
矢島、急に笑うのをやめ、安森に顔を近づける。安森もそれにならう。
矢島「あの件はどうなってる?」
安森「ご安心ください。順調に予算が通りました。これで、先生の功績は100年先まで残ります」
矢島「100年じゃ少し少ないくらいだなっはっはっは!」
ふんぞり返る矢島。
安森「緑化センターとはいい隠れ蓑になりましたね」
矢島「中身はただのゴミ捨て場だがな」
黒い人影が「ぼとり」と天井から床へと降ってくる。
矢島と安森が顔を向ける。
黒い影が立ち上がる。
それは、クモと混ざり合い異形のものとなっている山岸だった。
その名はタランテラン。
矢島「な、何だ貴様!」
安森「け、警備は…」
部屋の入り口に逃げていく安森の背中に、タランテランが腹部から白い粘液を飛ばす。
その勢いに吹き飛ばされ壁に激突する安森。べとべとの白い粘液のせいでそのまま壁に貼り付けにされる。
安森「ギャフ」
タランテラン「子どもたちの未来を、お前たちの好きにはさせない」
身動きできない矢島は、震えながらも何とか声を絞り出す。
矢島「お前、何者だ?」
タランテラン「スパイダーマンさ」
タランテランは矢島の肩を掴むと、横に開く口を大きく開けて矢島の頭にかぶりつく。一瞬で消えてしまう矢島の頭。
安森「バ、バケモノ」
タランテランは、矢島を床に投げ捨てる。床の上をバウンドし、転がる矢島の身体。
タランテラン「この世界を食い物にするお前たちのほうが、立派な化け物だろうが……。地球の害虫どもめ」
タランテランが安森に近づいていく。
安森の顔が泣きそうな顔になる。
●ドーム・地下駐車場
背広を直しながら駐車場を歩いている山岸。その口元は少しにやついている。
背後から一郎の声。
一郎「お前、血の臭いがするな」
山岸、ドキリとして立ち止まる。ゆっくりと振り返る。
誰もいない。急いで前を向く。誰もいない。
山岸の目が、駐車場の暗がりを見つめる。
赤い目が2つ。闇の中に浮かんでいる。
山岸「誰だ?」
闇の中からカオスが現れる。
山岸「仲間? いや、見たことがないな」
カオス「人を殺したのか?」
山岸「ああ、研究所組のはぐれた奴か」
カオス「お前を殺す」
山岸「しかも暴走中か」
山岸は携帯電話を取り出す。カオスが山岸につかみかかる。
山岸それを避けるとタランテランに変貌していく。
タランテラン「大分フラフラだな。俺と来い助けてやる」
カオス「人殺しの助けなど借りるものか!」
タランテランに飛び掛るカオス。
プシュッ!
タランテランの腹部から白い粘液が飛んでいく。カオスそれを避けるが、右手にあたりそのまま壁に張り付く。
プシュッ! プシュッ! プシュッ!
続けざまに発射される粘液でカオスは身動きできなくなる。
その姿を満足そうに眺めると、携帯電話をかけるタランテラン。
タランテラン「もしもし、…向井さん? あ、ハグレに出会いました。例の彼だと思います。そうです。黒い奴です。何が混ざっているのかはわかりませんが、蟻かバッタでしょうか? ドームの地下駐車場です。予定ではあと1時間後に今日のゲームが終了です」
もがくカオス。
●平賀記念病院・地下・安置所
部屋の真ん中にベッド。その上にシーツをかけられた松下の下半身が乗っている。
遺体を見下ろしている橋立。
側にパイプ椅子に座る松下の香代子、手元のバッグが小刻みに震えている。
香代子「…何も、何も言うことはないんですか?」
橋立、何も言わずに出口に向かう。
香代子、橋立に向かってバッグを投げつける。バッグは大きく的を外れ、出口付近に転がり、中身を散乱させる。
香代子「あんたが死ねばよかったのに……」
無言で一礼して出て行く橋立。泣き崩れる香代子。
●平賀記念病院・正面玄関
足取り重く外に出てくる橋立。タクシーを捕まえる。
●ドーム・地下駐車場
大型の黒いバンがカオスと山岸の前に止まる。運転席から向井が降りてくる。
山岸「わざわざすみません」
向井「いいっていいって。これがあの一郎君か」
カオス「誰だ?」
向井「悲しいな。俺、一度会ってるんだぜ。3年くらい前に」
山岸「注射打ちますか?」
向井「へへ、こういう生意気なガキには、しつけが必要さ」
そういうと向井はホーネットへと変わる。
ホーネット「1回しか言わないからよく聞いておけよ。俺の毒を2度打たれると死ぬ。1度目は警告ってことだ」
もがくカオスに近づき腹部から突き出た毒針をカオスに突き刺す。絶叫しながら一郎へと戻っていくカオス。
ぐったりと意識を失う一郎。
ホーネット「あと一時的に身体の自由が利かなくなる」
一郎の頭をつかむホーネット。
ホーネット「おい。拘束を解け」
山岸「もう固くなってますので」
ホーネット「チッ」
一郎を力いっぱい壁から引き剥がすホーネット。力なくされるがままの一郎。
硬質化した白い粘液とともにコンクリート片も剥がれてくる。
ホーネット「ラッキー。全部ついてた」
山岸、バンの後部を開く。ホーネット、そこに一郎を放り投げる。そのまま車の影を回り、運転席へ向かう。再び姿を現すと人間の姿の向井になっている。
向井「行くぞ」
山岸「息子が待ってますので、これで……」
向井「うるせぇ。ついてこい。殺すぞ」
山岸「…はい」
地下駐車場を後にするバン。
●廃病院・旧梶間医院
橋立が歩いてやってくる。
橋立「手がかりはここしかないのか……」
中に入っていく。
●診療室
橋立がゆっくりと進んでくる。注意深く室内を見回している。
橋立「あいつ、やっぱりここで」
すれた床のホコリを見る。そのまま奥に進んでいく
●廊下
橋立の足に松下の拳銃が当たる。ゆっくりとそれを見る橋立。
橋立「松下……」
拳銃を拾い上げ、弾数を確認する。
橋立「あのバカ、化物相手に順序なんて守りやがるから……」
松下の銃を構えながら廊下を奥まで進んでいく。
●住居部
橋立、松下の上着を見つける。ポケットを探り、メモ紙を見つける。
メモ紙のアップ。
メモ紙には「饗応大学DNA研究所所長梶間大作」と書かれている。
橋立「饗応大学DNA研究所? 病院だけじゃないってことか」
ズボンの中にメモ紙を突っ込むと、橋立は松下の上着で拳銃をくるむ。
橋立「仇は俺が取ってやる」
●製薬会社グラックス 地下駐車場
向井の運転する黒いバンが入ってくる。
●グラックス内部・実験室
真っ白い部屋の真ん中に、拘束具をつけられた一郎が椅子に座らされている。
●グラックス内部・モニタールーム
3、4人の研究者が複数のモニターに映る一郎の姿を観察している。向井がつまらなそうに座っている椅子を斜めにして遊んでいる。そこへ荒幡が入ってくる。
荒幡「一郎君を見つけたか。どうだ? 少しサンプル取れるか?」
研究員「ダメです。相当弱ってるので、今やるのは危険ですね。毒が中和されるまで待たないと」
荒幡「そうか」
向井「別に死んでもいいじゃん」
荒幡、向井をにらみつける。
荒幡「お前が無茶なことしなければ、何事もなく済んだんだがな」
向井「冗談じゃねぇ。俺は俺のやりたいようにやる」
荒幡「組織として、それは許されない」
向井「好きでこんなところにいるわけじゃねぇ」
荒幡「お前は危険すぎる。俺たちを裏切るようなことをすれば遠慮無く殺すからな」
向井「いつまでも俺よりてめえが強えと思ってるんじゃねぇぞ」
荒幡「相変わらず薬を飲むのを忘れてるらしいな」
向井「人間が主成分の薬の割には、不味過ぎるんだよ」
研究員「通信です」
向井「けっ!」
荒幡「回せ」
研究員「はい」
モニターの一画面に梶間大作が映る。
梶間「一郎が見つかったと聞いたが」
荒幡「はい。今はまだ昏睡状態にあります。回復には2日ほどかかるとのことです」
梶間「そうか。目が覚めたら、話をしたい。手配しておけ」
荒幡「はい」
画面が切り替わり、一郎が映る。
向井「あのオヤジ、脳みそしかない人間のくせにずいぶん態度がでかいな」
荒幡「あの老人はまだ何かを隠している」
●交番・外観
駅前交番。
●交番内部
警察官数人に囲まれて慰められているワタル。
そこに走りこんでくる山岸。それを見ても不機嫌なワタル。
山岸「ごめんな」
ワタル「べつに」
警察官「お父さん。お子さんにお金を持たせてそのまま放置って言うのは、いけませんよ。たまたま私たちが巡回していたからよかったものの、そうじゃなかったら暴行されてたかもしれないんですよ?」
山岸「すみません」
警察官「次からは気をつけてくださいね。自分の子どもはきちんと守る。これが親の務めです」
山岸、警察官に頭を下げて、ワタルの手を引いて外に出る。
警察官「……へへ、俺いいこと言うなぁ」
●商店街
ワタルをチラチラ見る山岸。口を利かないワタル。
山岸「ごめんな」
すれ違う人が変な顔をする。
山岸「何か食べて行こうか」
首を振るワタル。
山岸「そうか」
●喫茶ターム
橋立が奥の席でコーヒーを飲んでいる。手元には就職情報誌。
彦二はカウンターで、豆をひいている。
そこへ安村賢三が入ってくる。キョロキョロと店内を見回す。
それに橋立が気づき手を上げる。
安村「おう」
橋立「おう」
橋立の席に近づく安村。席にはつかず、橋立を見下ろす。
安村「5年ぶりか?」
橋立「まぁ、そのくらいだな」
安村「俺が三流ライターになったら、すぐ手を切ったお前が今頃何の用だ?」
橋立「そういうなよ。ちっと調べて欲しいことがある」
安村「へぇ」
安村、橋立の対角の席を引く。
安村「そんなに暇だと思うか?」
橋立「饗応大学の」
彦二の手が止まる。が、すぐに動き出す。
安村「待て待て、受けるなんて言ってないぜ」
安村、席につく。
安村「見返りはなんだ?」
橋立「警察の裏金の情報をやるよ。好きだろ? そういうの」
安村、テーブルの上の就職情報誌を見て、笑う。
安村「クビになったのか」
橋立「辞めてやったんだよ」
安村「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」
彦二が注文を取りにやってくる。
彦二「ご注文は?」
安村「すぐに帰るからいりません」
橋立「あのなぁ、すみません。コーヒーおかわり」
彦二「はい」
彦二カウンターへ戻っていく。
安村「さっさと言えよ」
橋立「ん?」
安村「なんかあんだろ? だから俺を呼んだ」
橋立「饗応大学のDNA研究所についてちょっと知りたいんだ」
安村「饗応ねぇ。そんなに面白いネタなの?」
安村、背中を背もたれに押し付け、面白くなさそうに天井を見上げる。
橋立「最近、多発してる殺人事件と関係してる」
安村「何?」
安村の携帯電話が鳴る。緊張感のない軽快な音である。
安村「悪い」
携帯電話を取り出し、通話をする安村。
安村「何? ドームで殺人? 大物政治家?」
橋立「え」
立ち上がる安村、釣られて立ち上がる橋立。
橋立「おい」
安村、近づく橋立を片手で制す。
安村「じゃあ、カメラマンと向こうで合流する」
通話を切り、橋立を見る安村。
安村「矢島清がドームで殺されたとさ」
橋立「何? ……誰だ、そいつ?」
安村「大物政治家だよ。環境ビジネスを展開してて、土建屋とぐるになって金儲けしてる悪党さ」
橋立「恨みか?」
安村「それが、どうも頭がないらしい」
橋立「!」
ハッとする橋立。にやりと笑う安村。
安村「そうだ。お前の言ってた連続殺人関連かも知れん」
彦二がコーヒーを持ってやってくる。
彦二「お待ちどうさま」
テーブルにコーヒーを置くと、彦二は別テーブルを片付ける振りをして2人の会話に聞き耳を立てる。
橋立「俺も行く」
安村「お前が来ても邪魔なだけだ。辞めたんだろ?」
橋立「これは俺の事件だ。首の手続きまでにはまだ時間がある」
安村「勝手にしろ」
安村、店を出て行く。
橋立、財布から千円札を出して、テーブルに置き、安村を追いかける。
それを見送る彦二。
彦二「あ、お釣り……」
奥から珠恵が走りこんでくる。
珠恵「お父さん。今日、部活の練習があるって言ったじゃん!」
彦二「おいおい、部活は辞めたはずだろ?」
珠恵「最近調子がいいの。だから復活した」
彦二「またそんなわがままを」
珠恵「大丈夫。今度の薬は、ずいぶん効くみたい」
バッグを持って走り出ていく珠恵。
●グラックス 内部・実験室
拘束具をつけられた一郎が、周囲を見回す。
白い壁と目の前に壁掛けの大きなモニター。
荒幡の声「目が覚めたようだね」
一郎「誰だ」
荒幡の声「施設では話したことがなかったね。はじめまして、荒幡トオルです。よろしく」
●モニタールーム
モニターを見ながら、マイクに語りかける荒幡。部屋には5人ほどの研究員がいる。
荒幡「教授がお話したいそうだ」
荒幡、側にいた研究員に目で合図を送る。うなづく研究員。
●実験室
モニターがつき、梶間大作の顔が映し出される。ノイズが入り、多少ぼやけた感じになっている。
一郎「……父さん! 死んだはずじゃ……」
梶間「……一郎か」
一郎「……はい。本物ですか? 本当の父さんですか?」
梶間「ああ。体は助からなかったが、頭は上手く残せた。お前もよくも生きていたな」
一郎「僕はもう死にました」
梶間「恵理子には、打てたのか?」
一郎「安部先生に先に打たれていました……」
梶間「そうか。お前は?」
一郎「僕も捕まって、持っていたやつを打たれました」
梶間「結局失敗だったか。それで研究所はどうした?」
一郎「爆破しました。これは何なんですか?」
梶間「目が覚めると、もう何もかも失っていた。お前は、どうしていた?」
一郎「父さんに最後に言われたとおり、処理を続けてきました」
梶間「安部は始末できたのか?」
一郎「え? 安部先生は、まだ生きてるんですか?」
梶間「生きている。そして必ず我々の邪魔をしてくるはずだ」
一郎「僕は、バケモノたちと戦って、それで……」
梶間「何?」
一郎「人を食ってるんです。あいつらを倒さないと、どんどん犠牲者が」
梶間「この役立たずが!」
一郎「父さん?」
梶間「貴様は、仲間が殺していたのか……。そうか、お前だったのか。おのれぇ、私の計画を台無しにしおってぇ!」
一郎「何を言ってるんですか?」
梶間「お前は、いつも失敗をする! 荒幡! 荒幡!」
荒幡の声「はい」
梶間「こいつは処分しろ! 二号を起こせ!」
一郎「父さん!」
荒幡の声「いいのですか?」
梶間「いい。見たところ不完全なようだ。生きていてもいらぬ感情がお前たちに入っても邪魔だしな」
荒幡の声「しかし」
梶間「私の夢を実現させるためには、つまらぬ感情などいらぬ。こんな無能な奴のために、計画が潰れては困るのだ」
荒幡の声「わかりました」
梶間「荒幡。お前のような息子が欲しかったな」
荒幡の声「こ、光栄です」
梶間「切れ」
モニターの電源が切られ、真っ白な部屋に残される一郎。
一郎「父さん……」
実験室の電気も消える。
●ドーム ビップルーム前・廊下
規制線が張られ、誰も現場に立ち入ることが出来ない。
少し離れた曲がり角で、安村がカメラマンと2人で忌々しそうに見ている。
そこへ掃除夫の格好をした橋立がやってくる。掃除用カートを押しながら、2人の前で立ち止まる。
橋立「よぉ」
安村「お前」
橋立、カートの中から着替えを取り出す。
橋立「ほらよ」
2人に着替えを渡す。
●ビップルーム
掃除夫の格好をした橋立たち3人が入ってくる。遺体はすでにない。飛び散った血が事件のすさまじさを物語っている。
カメラマン、部屋の中を撮影する。
安村「バケモノか?」
橋立「バケモノさ」
安村「橋立」
橋立「ん?」
安村「饗応の件。受けたぜ」
橋立「悪いね」
安村「お前のためじゃないさ。ジャーナリスト魂」
●グラックス 地下駐車場
山岸がしきりに時計を覗き込んでいる。
向井、黒いバンを運んでくる。車を止めると、頭をかきながら降りてくる。
向井「わりいわりい」
山岸「それで、今度は誰を?」
向井「自然保護団体GOGENの会長、松前仁だ。それと出来損ないを一人」
山岸「出来損ない?」
向井「ボスの息子だとさ」
山岸「殺すんですか?」
向井「そうだってよ」
山岸「私に仲間殺しをしろと?」
向井「大丈夫。こいつは裏切り者だ」
向井、バンの後ろを親指で指差す。
山岸「もういるんですか」
向井「どっちが先でも良いけど、確実にな」
山岸「わかりました」
向井「助手席のバックに薬が入ってるから、時間になったら飲めよ。それと、荒幡が、息子を連れて行けってさ」
山岸「なぜ?」
向井「しらねぇけどよ。GOGENの本部って何とかっていう遊園地だろ? だからじゃねえの?」
山岸「そうですか。彼は寝てるんですか?」
向井「ああ、冷凍中だ。それに変身しても拘束は解けないってさ」
山岸「そうですか」
車に乗り込む山岸。
向井「じゃあ、気をつけてな」
送り出す向井の顔が、意地悪く笑っている。後ろに隠した手の中に薬の瓶。
向井「くれぐれも人間を食べるんじゃないぜ」
梶間一郎:17歳。虚羽化人間カオス。
山岸ワタル:9歳。
山岸:ワタルの父親。39歳。
橋立:36歳。刑事。
松下:28歳。刑事。
安森:環境大臣。
矢島:政界で幅を利かせる元大臣。
タランテラン:クモと人の虚羽化人間。
香代子:松下の妻。28歳。
向井:製薬会社グラックス社員。28歳。虚羽化人間ホーネット。
荒幡:製薬会社グラックス専務。27歳。
梶間大作:製薬会社グラックス社長。一郎の父。
田村彦二:喫茶タームのマスター。
田村珠恵:彦二の娘。
安村:週刊誌のライター。
●都内某所・アーケード
山岸ワタル(9)と山岸(父親)がアーケード街を歩いている。
ワタルは、ゲームをしながら歩いている。
山岸は淡い色の背広を着ているがネクタイはしていない。
山岸「ワタル、学校は楽しいか?」
ワタル「普通」
山岸「そうか」
歩き続ける二人。店を見るわけでもなく、進んでいく。
山岸「勉強は好きか?」
ワタル「普通」
山岸「そうか」
立ち止まるワタル。おもちゃ屋の前。山岸は歩き続ける。
ワタル「ねぇ、ここだよ」
山岸「ああ、そうか」
●おもちゃ屋前
山岸の携帯電話が鳴る。
ワタル「ねぇ、パパ」
山岸「ああ、ちょっと待って」
ワタル「また仕事?」
山岸は、財布を取り出し1万円札をワタルに握らせる。
山岸「これだけあれば足りるか?」
ワタル「うん」
山岸、携帯に出る。ワタル、店の中に駆け込んでいく。
山岸「はい。今、青葉町です。ドームですか? 了解です」
携帯を切る。山岸、店の中を見渡す。ワタルを見つけると、手を振って声をかける。
山岸「ワタル、戻ってくるまで…」
ワタル「ここで待ってればいいんでしょ」
ワタルは父親を一瞥すると、ゲームのコントローラーを握り、遊び始める。
山岸「すまないな」
ワタル「休みの日に仕事って、おかしくない」
山岸「ごめんな」
ワタル、父親を見もしない。
ワタル「しょうがないよね。仕事なんだし」
●警察署 刑事課
刑事課長が、険しい表情で席についている。橋立は、憮然とした表情でそれを見下ろしている。
課長「刑事部長の言っていた事が理解できてなかったようだね」
橋立「理解してますよ」
課長「私の立場も考えたまえ。留守中に、何も部長がここに来ているときにあんな問題なぞ起こさなくても良いじゃないか!」
橋立「そりゃ、すみませんでした」
課長「君は私の出世を潰すつもりか?」
橋立「そんなもの興味ないですよ」
課長「そうか。よく分かった。本日中に退職届を提出したまえ」
橋立「お断りします」
課長「そうか。お前みたいなクズでも組織の一員だからと温情を示してやったのにな。じゃあ、貴様はクビだ。問題ばかり起こす警官なぞ、ここには必要ないからな」
橋立「俺をクビにすると、部長に怒られませんかね?」
課長「お前みたいなクズはいらないんだよ。さっさと出て行け!」
課長、拳で机を強く叩く。
冷ややかに笑う橋立。
橋立「どうもお世話になりましたー」
頭を深々と下げる橋立。その顔はもう笑っていない。
●ドーム・ビップルーム
政治家矢島清がプロ野球のデーゲームを観戦している。
秘書「先生」
矢島「ん?」
秘書「大臣がお見えです」
矢島「やっとか」
環境大臣安森が中に入ってくる。
安森「ご無沙汰しております」
矢島「いやいや、安森君も今じゃあ忙しいだろうから、すまんね」
安森「大臣なんて名ばかりですよ」
矢島「そうだな。うるさいハエに追い回されて、君も辟易してるんじゃないか?」
安森「まったくあいつらはどうにかなりませんかね」
矢島「研究者は記者連中に効く殺虫剤でも作ってくれんかな? なっはっはっは!」
安森「それは良いですね。あっはっはっは」
矢島、急に笑うのをやめ、安森に顔を近づける。安森もそれにならう。
矢島「あの件はどうなってる?」
安森「ご安心ください。順調に予算が通りました。これで、先生の功績は100年先まで残ります」
矢島「100年じゃ少し少ないくらいだなっはっはっは!」
ふんぞり返る矢島。
安森「緑化センターとはいい隠れ蓑になりましたね」
矢島「中身はただのゴミ捨て場だがな」
黒い人影が「ぼとり」と天井から床へと降ってくる。
矢島と安森が顔を向ける。
黒い影が立ち上がる。
それは、クモと混ざり合い異形のものとなっている山岸だった。
その名はタランテラン。
矢島「な、何だ貴様!」
安森「け、警備は…」
部屋の入り口に逃げていく安森の背中に、タランテランが腹部から白い粘液を飛ばす。
その勢いに吹き飛ばされ壁に激突する安森。べとべとの白い粘液のせいでそのまま壁に貼り付けにされる。
安森「ギャフ」
タランテラン「子どもたちの未来を、お前たちの好きにはさせない」
身動きできない矢島は、震えながらも何とか声を絞り出す。
矢島「お前、何者だ?」
タランテラン「スパイダーマンさ」
タランテランは矢島の肩を掴むと、横に開く口を大きく開けて矢島の頭にかぶりつく。一瞬で消えてしまう矢島の頭。
安森「バ、バケモノ」
タランテランは、矢島を床に投げ捨てる。床の上をバウンドし、転がる矢島の身体。
タランテラン「この世界を食い物にするお前たちのほうが、立派な化け物だろうが……。地球の害虫どもめ」
タランテランが安森に近づいていく。
安森の顔が泣きそうな顔になる。
●ドーム・地下駐車場
背広を直しながら駐車場を歩いている山岸。その口元は少しにやついている。
背後から一郎の声。
一郎「お前、血の臭いがするな」
山岸、ドキリとして立ち止まる。ゆっくりと振り返る。
誰もいない。急いで前を向く。誰もいない。
山岸の目が、駐車場の暗がりを見つめる。
赤い目が2つ。闇の中に浮かんでいる。
山岸「誰だ?」
闇の中からカオスが現れる。
山岸「仲間? いや、見たことがないな」
カオス「人を殺したのか?」
山岸「ああ、研究所組のはぐれた奴か」
カオス「お前を殺す」
山岸「しかも暴走中か」
山岸は携帯電話を取り出す。カオスが山岸につかみかかる。
山岸それを避けるとタランテランに変貌していく。
タランテラン「大分フラフラだな。俺と来い助けてやる」
カオス「人殺しの助けなど借りるものか!」
タランテランに飛び掛るカオス。
プシュッ!
タランテランの腹部から白い粘液が飛んでいく。カオスそれを避けるが、右手にあたりそのまま壁に張り付く。
プシュッ! プシュッ! プシュッ!
続けざまに発射される粘液でカオスは身動きできなくなる。
その姿を満足そうに眺めると、携帯電話をかけるタランテラン。
タランテラン「もしもし、…向井さん? あ、ハグレに出会いました。例の彼だと思います。そうです。黒い奴です。何が混ざっているのかはわかりませんが、蟻かバッタでしょうか? ドームの地下駐車場です。予定ではあと1時間後に今日のゲームが終了です」
もがくカオス。
●平賀記念病院・地下・安置所
部屋の真ん中にベッド。その上にシーツをかけられた松下の下半身が乗っている。
遺体を見下ろしている橋立。
側にパイプ椅子に座る松下の香代子、手元のバッグが小刻みに震えている。
香代子「…何も、何も言うことはないんですか?」
橋立、何も言わずに出口に向かう。
香代子、橋立に向かってバッグを投げつける。バッグは大きく的を外れ、出口付近に転がり、中身を散乱させる。
香代子「あんたが死ねばよかったのに……」
無言で一礼して出て行く橋立。泣き崩れる香代子。
●平賀記念病院・正面玄関
足取り重く外に出てくる橋立。タクシーを捕まえる。
●ドーム・地下駐車場
大型の黒いバンがカオスと山岸の前に止まる。運転席から向井が降りてくる。
山岸「わざわざすみません」
向井「いいっていいって。これがあの一郎君か」
カオス「誰だ?」
向井「悲しいな。俺、一度会ってるんだぜ。3年くらい前に」
山岸「注射打ちますか?」
向井「へへ、こういう生意気なガキには、しつけが必要さ」
そういうと向井はホーネットへと変わる。
ホーネット「1回しか言わないからよく聞いておけよ。俺の毒を2度打たれると死ぬ。1度目は警告ってことだ」
もがくカオスに近づき腹部から突き出た毒針をカオスに突き刺す。絶叫しながら一郎へと戻っていくカオス。
ぐったりと意識を失う一郎。
ホーネット「あと一時的に身体の自由が利かなくなる」
一郎の頭をつかむホーネット。
ホーネット「おい。拘束を解け」
山岸「もう固くなってますので」
ホーネット「チッ」
一郎を力いっぱい壁から引き剥がすホーネット。力なくされるがままの一郎。
硬質化した白い粘液とともにコンクリート片も剥がれてくる。
ホーネット「ラッキー。全部ついてた」
山岸、バンの後部を開く。ホーネット、そこに一郎を放り投げる。そのまま車の影を回り、運転席へ向かう。再び姿を現すと人間の姿の向井になっている。
向井「行くぞ」
山岸「息子が待ってますので、これで……」
向井「うるせぇ。ついてこい。殺すぞ」
山岸「…はい」
地下駐車場を後にするバン。
●廃病院・旧梶間医院
橋立が歩いてやってくる。
橋立「手がかりはここしかないのか……」
中に入っていく。
●診療室
橋立がゆっくりと進んでくる。注意深く室内を見回している。
橋立「あいつ、やっぱりここで」
すれた床のホコリを見る。そのまま奥に進んでいく
●廊下
橋立の足に松下の拳銃が当たる。ゆっくりとそれを見る橋立。
橋立「松下……」
拳銃を拾い上げ、弾数を確認する。
橋立「あのバカ、化物相手に順序なんて守りやがるから……」
松下の銃を構えながら廊下を奥まで進んでいく。
●住居部
橋立、松下の上着を見つける。ポケットを探り、メモ紙を見つける。
メモ紙のアップ。
メモ紙には「饗応大学DNA研究所所長梶間大作」と書かれている。
橋立「饗応大学DNA研究所? 病院だけじゃないってことか」
ズボンの中にメモ紙を突っ込むと、橋立は松下の上着で拳銃をくるむ。
橋立「仇は俺が取ってやる」
●製薬会社グラックス 地下駐車場
向井の運転する黒いバンが入ってくる。
●グラックス内部・実験室
真っ白い部屋の真ん中に、拘束具をつけられた一郎が椅子に座らされている。
●グラックス内部・モニタールーム
3、4人の研究者が複数のモニターに映る一郎の姿を観察している。向井がつまらなそうに座っている椅子を斜めにして遊んでいる。そこへ荒幡が入ってくる。
荒幡「一郎君を見つけたか。どうだ? 少しサンプル取れるか?」
研究員「ダメです。相当弱ってるので、今やるのは危険ですね。毒が中和されるまで待たないと」
荒幡「そうか」
向井「別に死んでもいいじゃん」
荒幡、向井をにらみつける。
荒幡「お前が無茶なことしなければ、何事もなく済んだんだがな」
向井「冗談じゃねぇ。俺は俺のやりたいようにやる」
荒幡「組織として、それは許されない」
向井「好きでこんなところにいるわけじゃねぇ」
荒幡「お前は危険すぎる。俺たちを裏切るようなことをすれば遠慮無く殺すからな」
向井「いつまでも俺よりてめえが強えと思ってるんじゃねぇぞ」
荒幡「相変わらず薬を飲むのを忘れてるらしいな」
向井「人間が主成分の薬の割には、不味過ぎるんだよ」
研究員「通信です」
向井「けっ!」
荒幡「回せ」
研究員「はい」
モニターの一画面に梶間大作が映る。
梶間「一郎が見つかったと聞いたが」
荒幡「はい。今はまだ昏睡状態にあります。回復には2日ほどかかるとのことです」
梶間「そうか。目が覚めたら、話をしたい。手配しておけ」
荒幡「はい」
画面が切り替わり、一郎が映る。
向井「あのオヤジ、脳みそしかない人間のくせにずいぶん態度がでかいな」
荒幡「あの老人はまだ何かを隠している」
●交番・外観
駅前交番。
●交番内部
警察官数人に囲まれて慰められているワタル。
そこに走りこんでくる山岸。それを見ても不機嫌なワタル。
山岸「ごめんな」
ワタル「べつに」
警察官「お父さん。お子さんにお金を持たせてそのまま放置って言うのは、いけませんよ。たまたま私たちが巡回していたからよかったものの、そうじゃなかったら暴行されてたかもしれないんですよ?」
山岸「すみません」
警察官「次からは気をつけてくださいね。自分の子どもはきちんと守る。これが親の務めです」
山岸、警察官に頭を下げて、ワタルの手を引いて外に出る。
警察官「……へへ、俺いいこと言うなぁ」
●商店街
ワタルをチラチラ見る山岸。口を利かないワタル。
山岸「ごめんな」
すれ違う人が変な顔をする。
山岸「何か食べて行こうか」
首を振るワタル。
山岸「そうか」
●喫茶ターム
橋立が奥の席でコーヒーを飲んでいる。手元には就職情報誌。
彦二はカウンターで、豆をひいている。
そこへ安村賢三が入ってくる。キョロキョロと店内を見回す。
それに橋立が気づき手を上げる。
安村「おう」
橋立「おう」
橋立の席に近づく安村。席にはつかず、橋立を見下ろす。
安村「5年ぶりか?」
橋立「まぁ、そのくらいだな」
安村「俺が三流ライターになったら、すぐ手を切ったお前が今頃何の用だ?」
橋立「そういうなよ。ちっと調べて欲しいことがある」
安村「へぇ」
安村、橋立の対角の席を引く。
安村「そんなに暇だと思うか?」
橋立「饗応大学の」
彦二の手が止まる。が、すぐに動き出す。
安村「待て待て、受けるなんて言ってないぜ」
安村、席につく。
安村「見返りはなんだ?」
橋立「警察の裏金の情報をやるよ。好きだろ? そういうの」
安村、テーブルの上の就職情報誌を見て、笑う。
安村「クビになったのか」
橋立「辞めてやったんだよ」
安村「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」
彦二が注文を取りにやってくる。
彦二「ご注文は?」
安村「すぐに帰るからいりません」
橋立「あのなぁ、すみません。コーヒーおかわり」
彦二「はい」
彦二カウンターへ戻っていく。
安村「さっさと言えよ」
橋立「ん?」
安村「なんかあんだろ? だから俺を呼んだ」
橋立「饗応大学のDNA研究所についてちょっと知りたいんだ」
安村「饗応ねぇ。そんなに面白いネタなの?」
安村、背中を背もたれに押し付け、面白くなさそうに天井を見上げる。
橋立「最近、多発してる殺人事件と関係してる」
安村「何?」
安村の携帯電話が鳴る。緊張感のない軽快な音である。
安村「悪い」
携帯電話を取り出し、通話をする安村。
安村「何? ドームで殺人? 大物政治家?」
橋立「え」
立ち上がる安村、釣られて立ち上がる橋立。
橋立「おい」
安村、近づく橋立を片手で制す。
安村「じゃあ、カメラマンと向こうで合流する」
通話を切り、橋立を見る安村。
安村「矢島清がドームで殺されたとさ」
橋立「何? ……誰だ、そいつ?」
安村「大物政治家だよ。環境ビジネスを展開してて、土建屋とぐるになって金儲けしてる悪党さ」
橋立「恨みか?」
安村「それが、どうも頭がないらしい」
橋立「!」
ハッとする橋立。にやりと笑う安村。
安村「そうだ。お前の言ってた連続殺人関連かも知れん」
彦二がコーヒーを持ってやってくる。
彦二「お待ちどうさま」
テーブルにコーヒーを置くと、彦二は別テーブルを片付ける振りをして2人の会話に聞き耳を立てる。
橋立「俺も行く」
安村「お前が来ても邪魔なだけだ。辞めたんだろ?」
橋立「これは俺の事件だ。首の手続きまでにはまだ時間がある」
安村「勝手にしろ」
安村、店を出て行く。
橋立、財布から千円札を出して、テーブルに置き、安村を追いかける。
それを見送る彦二。
彦二「あ、お釣り……」
奥から珠恵が走りこんでくる。
珠恵「お父さん。今日、部活の練習があるって言ったじゃん!」
彦二「おいおい、部活は辞めたはずだろ?」
珠恵「最近調子がいいの。だから復活した」
彦二「またそんなわがままを」
珠恵「大丈夫。今度の薬は、ずいぶん効くみたい」
バッグを持って走り出ていく珠恵。
●グラックス 内部・実験室
拘束具をつけられた一郎が、周囲を見回す。
白い壁と目の前に壁掛けの大きなモニター。
荒幡の声「目が覚めたようだね」
一郎「誰だ」
荒幡の声「施設では話したことがなかったね。はじめまして、荒幡トオルです。よろしく」
●モニタールーム
モニターを見ながら、マイクに語りかける荒幡。部屋には5人ほどの研究員がいる。
荒幡「教授がお話したいそうだ」
荒幡、側にいた研究員に目で合図を送る。うなづく研究員。
●実験室
モニターがつき、梶間大作の顔が映し出される。ノイズが入り、多少ぼやけた感じになっている。
一郎「……父さん! 死んだはずじゃ……」
梶間「……一郎か」
一郎「……はい。本物ですか? 本当の父さんですか?」
梶間「ああ。体は助からなかったが、頭は上手く残せた。お前もよくも生きていたな」
一郎「僕はもう死にました」
梶間「恵理子には、打てたのか?」
一郎「安部先生に先に打たれていました……」
梶間「そうか。お前は?」
一郎「僕も捕まって、持っていたやつを打たれました」
梶間「結局失敗だったか。それで研究所はどうした?」
一郎「爆破しました。これは何なんですか?」
梶間「目が覚めると、もう何もかも失っていた。お前は、どうしていた?」
一郎「父さんに最後に言われたとおり、処理を続けてきました」
梶間「安部は始末できたのか?」
一郎「え? 安部先生は、まだ生きてるんですか?」
梶間「生きている。そして必ず我々の邪魔をしてくるはずだ」
一郎「僕は、バケモノたちと戦って、それで……」
梶間「何?」
一郎「人を食ってるんです。あいつらを倒さないと、どんどん犠牲者が」
梶間「この役立たずが!」
一郎「父さん?」
梶間「貴様は、仲間が殺していたのか……。そうか、お前だったのか。おのれぇ、私の計画を台無しにしおってぇ!」
一郎「何を言ってるんですか?」
梶間「お前は、いつも失敗をする! 荒幡! 荒幡!」
荒幡の声「はい」
梶間「こいつは処分しろ! 二号を起こせ!」
一郎「父さん!」
荒幡の声「いいのですか?」
梶間「いい。見たところ不完全なようだ。生きていてもいらぬ感情がお前たちに入っても邪魔だしな」
荒幡の声「しかし」
梶間「私の夢を実現させるためには、つまらぬ感情などいらぬ。こんな無能な奴のために、計画が潰れては困るのだ」
荒幡の声「わかりました」
梶間「荒幡。お前のような息子が欲しかったな」
荒幡の声「こ、光栄です」
梶間「切れ」
モニターの電源が切られ、真っ白な部屋に残される一郎。
一郎「父さん……」
実験室の電気も消える。
●ドーム ビップルーム前・廊下
規制線が張られ、誰も現場に立ち入ることが出来ない。
少し離れた曲がり角で、安村がカメラマンと2人で忌々しそうに見ている。
そこへ掃除夫の格好をした橋立がやってくる。掃除用カートを押しながら、2人の前で立ち止まる。
橋立「よぉ」
安村「お前」
橋立、カートの中から着替えを取り出す。
橋立「ほらよ」
2人に着替えを渡す。
●ビップルーム
掃除夫の格好をした橋立たち3人が入ってくる。遺体はすでにない。飛び散った血が事件のすさまじさを物語っている。
カメラマン、部屋の中を撮影する。
安村「バケモノか?」
橋立「バケモノさ」
安村「橋立」
橋立「ん?」
安村「饗応の件。受けたぜ」
橋立「悪いね」
安村「お前のためじゃないさ。ジャーナリスト魂」
●グラックス 地下駐車場
山岸がしきりに時計を覗き込んでいる。
向井、黒いバンを運んでくる。車を止めると、頭をかきながら降りてくる。
向井「わりいわりい」
山岸「それで、今度は誰を?」
向井「自然保護団体GOGENの会長、松前仁だ。それと出来損ないを一人」
山岸「出来損ない?」
向井「ボスの息子だとさ」
山岸「殺すんですか?」
向井「そうだってよ」
山岸「私に仲間殺しをしろと?」
向井「大丈夫。こいつは裏切り者だ」
向井、バンの後ろを親指で指差す。
山岸「もういるんですか」
向井「どっちが先でも良いけど、確実にな」
山岸「わかりました」
向井「助手席のバックに薬が入ってるから、時間になったら飲めよ。それと、荒幡が、息子を連れて行けってさ」
山岸「なぜ?」
向井「しらねぇけどよ。GOGENの本部って何とかっていう遊園地だろ? だからじゃねえの?」
山岸「そうですか。彼は寝てるんですか?」
向井「ああ、冷凍中だ。それに変身しても拘束は解けないってさ」
山岸「そうですか」
車に乗り込む山岸。
向井「じゃあ、気をつけてな」
送り出す向井の顔が、意地悪く笑っている。後ろに隠した手の中に薬の瓶。
向井「くれぐれも人間を食べるんじゃないぜ」
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