虚羽化人間CHAOS

大秦頼太

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第七話 後編

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●グラックス 廊下
   鈴峰が歩いていると、後ろから米山が声をかけてくる。

米山「鈴峰さん」

   鈴峰は無視して、歩き続ける。

米山「鈴峰さん!」

   鈴峰は、面倒くさそうに振り返る。

鈴峰「何よ」
米山「薬のことです」
鈴峰「薬?」
米山「どうして知っていたんです?」
鈴峰「聞いたからに決まってるじゃないの。あんた頭悪いのね?」
米山「何であなたが知っているんですか? あなたは部外者なのに」
鈴峰「部外者? 残念だけど、私も第1世代よ」
米山「そんなバカな。あなたは研究所にはいなかった」
鈴峰「そうね」
米山「そんなの嘘だ」

   鈴峰が不意に妖艶な表情を見せる。

鈴峰「今晩空いてる?」
米山「え?」
鈴峰「じっくり教えてあげるわ」

   鈴峰は、呆然とする米山にクスっと笑うと、背中を向けて歩き出す。

鈴峰「じゃ、帝都ホテルに20時ね。遅れないでよ。1分でも遅れたら殺すわよ」

●山奥 畑
   小さな畑を耕している一郎。少しはなれたところで座って見ている倉持。
   一郎が手を止める度に、倉持が声を上げる。

倉持「しっかりやれぇ! 腰がはいっとらんぞ!」

   ふらふらしながら一郎は鍬を振り下ろす。

倉持「そらそら、だらしないぞ」
一郎「こ、こんなことなんになるんですか」
倉持「質問なんぞ、10年は早いわ!」
一郎「食べ物が出来ても、俺、食えないのに」
倉持「なんか言ったか?」
一郎「何にも言ってません!」
倉持「お前、何が食べたい?」

   一郎手を止めて、倉持を見る。

倉持「休むな!」

   あわてて動き出す一郎。

一郎「キャラメルが食べたいです」
倉持「子どもみたいね」
一郎「……すみません」
倉持「こんな山奥にそんなものあるわけないでしょうに贅沢言うんじゃないよ」
一郎「すみません」
倉持「ああ、でも、水飴ならあったかもねぇ。甘けりゃ同じさ」

   倉持は立ち上がり、山小屋へ向かう。一郎はその背中を見つめる。

一郎「おばあさん」
倉持「休むな!」
一郎「は、はい!」

   飛び上がりそうになって、畑仕事を再開する一郎。

●交差点
   通行人の多い交差点。橋立が、信号待ちをしている。
   青になると同時に動き出す。少し遅れて橋立も動き出す。
   反対側から向井が歩いてくる。すれ違う二人。
   ふと足を止める橋立。振り返る。そこには通行人がいるだけで、向井の姿はすでにない。再び歩き出す橋立。

●喫茶ターム
   客はいない。彦二は、カップを拭いている。
   入り口が開く。不機嫌な様子で帰ってくる珠恵。

彦二「おかえり。どうだった?」

   珠恵、答えずに奥に入っていく。首をかしげる彦二。

珠恵「あーもう!」

   物凄い勢いで戻ってくる珠恵。

珠恵「あいつ本当にむかつく!」
彦二「ケンカでもしたのかい?」
珠恵「ケンカのほうがまだまし、あいつ本当に無能だよ」
彦二「あいつ?」
珠恵「お父さんも絶対むかつくと思うよ」
彦二「そうだねぇ、で、誰?」
珠恵「もう、頼まれたって行かないもんね」
彦二「えっと、コーヒー飲むかい?」
珠恵「いらない」

   珠恵は奥に行ってしまう。どうしたらいいかわからずに、再びカップを洗い始める彦二。

●帝都ホテル ロビー
   米山が落ち着かない様子でロビーの椅子に腰掛けている。キョロキョロと辺りを見回している。
   不意に後ろから鈴峰が現れる。

鈴峰「振り向かないで」

   米山、ドキリとして動きが止まる。

米山「はい」
鈴峰「1時間後に最上階のA3号室に行くから、中で隠れていて」

   鈴峰はそう言うと、米山の背もたれに鍵をすべり落とす。

米山「は、はい」
鈴峰「お願いね」

   そういうと鈴峰は、米山から離れていく。

米山「うわぁ、なんか俺期待してたなぁ……」
   頭を抱える米山。

●A3号室
   明かりのついていない部屋。ドアが開き、重なり合う男女が入ってくる。一人は鈴峰。もう一人は大柄な男、大杉。

鈴峰「センセェ、しっかりしてくださいよ」
大杉「ん、あぁ」
鈴峰「せっかくこんな夜景がきれいな部屋を取っていただいたのに」

   鈴峰、ソファーに大杉を座らせる。

大杉「少し、飲みすぎたようだ。何よりも、君の美しさに酔ったのかもなっはっはっは」
鈴峰「まぁ、センセェは口がお上手ね」

   グラス2つとワインを持ってくる鈴峰。

大杉「私は真実しか言わないよ」
鈴峰「奥様に怒られますよ」
大杉「いいんだよ。アレは私には関心がないからね」
鈴峰「センセェもでしょ?」
大杉「そうかもなっはっはっは」

   鈴峰、大杉の上に座る。

鈴峰「はい。グラスを持って、センセェ」

   グラスを2つ受け取る大杉。

大杉「ここは少し暗くないか?」
鈴峰「このくらいが丁度いいのよ」

   ワインをグラスに注ぐ鈴峰。

大杉「あれ? いつのまに空けたんだい?」
鈴峰「センセェ。医師会に圧力をかけられなかったんですって?」
大杉「ん? あぁ、あそこからは大分献金が来るんで、何も言えないんだ」

   ワインがグラスから溢れる。

鈴峰「認可待ちの薬が沢山あるのに」
大杉「分かっているよ。入れすぎだ。こぼれてるじゃないか」
鈴峰「私、無能な男と約束を守れない男って大嫌いなの」
大杉「何を言ってるんだね。酔ってるな?」
鈴峰「この間抜け!」

   鈴峰は、空になったワインのボトルで、大杉を殴りつける。
   頭を抑え、うずくまる大杉から、離れていく。

鈴峰「次は、お医者さんでも紹介してもらおうかしら」

   震えながら立ち上がる大杉。

大杉「このあまぁ」
鈴峰「センセェは、カマキリのことどれくらいご存知?」
大杉「カマキリ? あんな虫がどうした。いま、思い知らせてやるぞ」

   不適に笑いながら、鈴峰との距離をつめていく。

大杉「ぐふふふ。無事で帰れると思うなよ」
鈴峰「みんな誤解してるのよね。カマキリの鎌は、斬るための物だって思ってるけど……」

   鈴峰、両手を無造作に開く。そのシルエットは微妙におかしく、腕が長い。
   ドスン。

大杉「ん?」

   背中を見ようとする大杉。身動きできずにもがく。

大杉「何だ?」
鈴峰「獲物を放さないための物なのにね」

   力強く鈴峰に引き寄せられる大杉。

大杉「何だ、これは」
鈴峰「本当にすごいのは、何でも噛み切っちゃう歯なのにね」

   鈴峰が、蟷螂がベースの虚羽化人間キュラマンティスへと変わっていく。

大杉「ひぃ!」
鈴峰「私、あなたのこと大嫌いだったけど、美味しく食べてあげるわね」

   がりがり、ごり、ぼき。がり、ごりごり、がり。
   部屋の中に響く租借音。
   どさ。
   後頭部を失った大杉が床に投げ捨てられる。
   見下ろす鈴峰は口元から胸元まで血まみれになっている。

鈴峰「いる?」

   奥から米山が出てくる。

米山「誰です?」
鈴峰「さぁ、忘れちゃった」
米山「どうするんですこれ?」
鈴峰「彼は自殺するの。医師会から賄賂を貰っていたことがバレて、脅されていたのを苦にしてね」
米山「はぁ」
鈴峰「じゃ、あとはお願いね」
米山「え?」
鈴峰「私シャワーを浴びてくるから、うまく出来たら、荒幡と私の関係を教えてあげるわ」

   鈴峰は、そう言ってシャワー室へと消えていく。
   立ち尽くす米山。

米山「失敗した。俺また期待してたわ」

●山奥 山小屋の中
   虫の音が聞こえる中、一郎は目を開ける。
   掛け布団をどかし、起き上がる。
   側で寝ている倉持に、お辞儀をする。
   ゆっくりと小屋を出て行く一郎。

●山小屋前
   空一面に星。
   空を見上げる一郎。

一郎「あそこもこんな空だったな」

   虫の音がやむ。
   ガサガサガサ。
   一帯を包む音。

一郎「なんだ?」
戦闘員A「ギュー!」
戦闘員全「ギュー!」

   一斉に一郎に飛び掛ってくる黒い集団。その数は全部で20。
   蟻をベースにした戦闘員アントマニアたちだ。

一郎「やめろ! 僕はもう父さんとは関係ないんだ。放っておいてくれ」
戦闘員A「ギュー!」
戦闘員B・C「ギュー!」

   戦闘員B・Cは一郎から離れて、小屋のほうへ向かう。

一郎「やめろ! 関係ない人を巻き込むな!」

   一郎はカオスに変貌する。戦闘員たちを吹き飛ばすと、小屋に向かった戦闘員たちを追いかける。
   カオスブレイドを引き抜き、戦闘員B・Cを一撃でほふる。

カオス「父さんは間違ってる」
戦闘員A「ギュー!」
戦闘員全「ギュー!」

   カオスを取り囲む戦闘員たち。
カオス「僕はもう人じゃない! だから、もう迷わない」

   襲い掛かる戦闘員たちを次々と切り裂いていくカオス。

倉持「なんだい? バケモノ同士が仲間割れかい?」

   振り返るカオス。闇の中にカオスの身体が溶け出し、一郎が現れる。カオスブレイドもバラバラと崩れ落ちる。

倉持「あんた本当に死神だったんだね?」
一郎「僕を追ってきたようです」
倉持「そうじゃないさ」
一郎「え?」
倉持「こいつらは私をさらいに来たのさ」
一郎「理由がないですよ」
倉持「大有りさ。私はまだ会社の株を持っているからね。大方それが欲しいんだろうね」
一郎「なぜ?」
倉持「地球の環境を維持するためさ」
一郎「え?」
倉持「グラックスって言う製薬会社を知っているかい? その前身が倉持製薬。あたしはそこの社長だった倉持エイコ」
一郎「薬の会社が環境ですか?」
倉持「新薬を作るには、世界中の事を知っていないとダメなのよ。世界のことを知るには、慈善事業も必要。今の経営陣が決めたのは、環境を変えないことが、一番いい薬になるってことね」
一郎「それが、こいつらとどう関係があるんです?」

   周囲に倒れているのは、アジア系外国人の死体。

倉持「2年位前に、孫が戻ってきて、会社をよこせと言ってきたのよ。もう、すべてに辟易してたから、大部分を孫にやったのよ。それで私はここに来たの」
一郎「地球の環境を維持するために、人を作り変えている?」
倉持「人を助ける薬屋が、人を殺す兵器を作っているのよ。そして、その力を増すためには、私は邪魔になってきた」
一郎「どうして?」
倉持「2年前にあったあの子の目は、もう人間ではなかったわね。何かにとりつかれていた。権力とか、欲望とかそんなものにね。最も小さい頃から嫌な子だった」
一郎「狙いはなんですか?」
倉持「しらないわ」
一郎「止めないと」
倉持「なぜ?」
一郎「だって、彼らは人を食べるんです。平気で殺して、何も無かったように」
倉持「この世の中には、死なない人なんていないのよ」
一郎「だけど、死んでいい人だっていない!」
倉持「そうね。だから、人を殺しちゃいけないの」
一郎「僕はどうすればいいんだろう」
倉持「グラックスに行きましょうか。これから2人で」
一郎「え?」
倉持「あなたは私のボディガード。何があっても私を守ってね。そこそこ強いんでしょ?」
一郎「で、でも」
倉持「これはデモでもストでもないわよ。あそこじゃあ、まだ私が一番偉いんだから」

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