2 / 7
本編
addolcendo 哀しげな声
しおりを挟む
「私を殺してほしいのです」
平然と放たれた彼女の言葉に、悪魔たちはみな驚きました。
「なぜですか!」
焦った悪魔のひとりが強い口調で言いました。
幼い少女、ましてや仲の良い天使の、長の娘を殺すなど、とんでもないことだったのです。
「天使と悪魔、人間の住むセカイを隔てるためです」
彼女は静かに答えました。
悪魔たちは、この小さな少女が考える、壮大なことに息を飲みました。
ですが、その中のひとりが違和感を持ちました。
「でも、どうしてあなたを殺す必要が?」
彼女は一瞬、答えたくないような素振りを見せました。ですがゆっくりと話始めました。
「あなたたちは“不幸をもたらす”と人間たちに迫害されていますね。私たち天使は“幸福をもたらす”と過剰にあがめられております。それゆえに天使は、セイドウとやらに閉じこめられたり、シュゴシャとして売買されております。あなたたちも私たちも人間によって危険にさらされているのです」
ここまで聞いて、悪魔たちは、人間から被害を受けていたのは自分たちだけではなかったことを知りました。
悪魔とは反対向きではありますが、天使も危険にさらされていたのです。
「私たちが危険にさらされたとき、神はいつも助けてくださっていたはずです。でも、まだ何もしてくださらない」
彼女は先の話に付け足しました。
悪魔たちは彼女の話に納得し、聞き入ります。
「神は私たちに“困ったときは協力しなさい”といつも仰っていましたね。では、どういたしましょうか」
さらに、彼女は問います。
彼女の問いかけに悪魔たちは考え込みました。ですが誰も答えられません。
「今は人間と、私たち人の仲が悪い状態。ですから、私たちの仲も悪く致しましょう。そうすればきっと神は考えてくださるでしょう。」
彼女は一呼吸おいて言いました。
「セカイを隔てることを」
悪魔たちはうすうすと話の到着点を悟り始めました。
彼女はさらに続けます。
「あなた方に悪い役ばかり押し付けていることは重々承知しております。ですが今一度おねがいしたいのです」
数人の悪魔たちはそわそわと落ち着かない様子でいます。
彼女がなにを言おうとしているのか解っているからです。
「命の重さに違いはありませんが、私は天使を束ねる長の娘…怒りは人を狂わせます。少なからず影響はあるでしょう…」
「!」
彼女は口を閉ざしました。
代わりに、悪魔のひとりが口を開き、震える声でたずねます。
「あなたを殺して、天使と戦争をしろ…と…?」
「…はい。あなた方に大切な人がいることはわかっています。私にも両親がいます。妹がいます。…身勝手な行いということも重々承知しております…でも、そうしないと…私たちは人間に滅ぼされてしまう」
彼女は震えていました。
沈黙が続きます。
と、ひとりが小さな声で反論しました。
「ですが、私たちにはあなた方天使と戦えるほどの力はありません。死を司るため、力の均衡を保つために、私たちはあなた方ほど強い魔力はもっていません」
「…でしたら、私の魔力をお分けします。私を捕らえてください。私の血を飲むことで、私の魔力を取り込むことができます」
再び、沈黙が続きます。
そしてまた、別の悪魔が弱々しく反論しました。
「ですが…それでは私たちが吸血している間に、あなたが死んでしまうかもしれない」
「いいのですよ。先程も言いましたが、私のことは殺して頂いて結構です」
「ですが!…」
もう、どこからも、誰からももっともらしい理由は出てきません。
「ですが…」
「心配してくださっているんですね、ありがとうございます…」
「…」
彼女の固い決意に、彼らはこれ以上反論することはできませんでした。
「これは、ここにいる人だけの秘密にしてください。天使に知られれば台無しになりますから…」
「ですが、それでは他の悪魔はあなたの本意を知らぬまま…その…殺してしまうことになるんですよ」
「よいのです」
彼女は、その一言で彼らの反論を一蹴しました。
彼女はにっこりと笑っています。
悪魔たちは彼女の決意の固さを再び知りました。
「…本当に申し訳ありません…どうか…幸せなセカイのために…お願いいたします」
彼女の言葉の後には静寂のみが残りました。
少しして、その静寂を破ったのは、いままで沈黙を貫き通していた青年でした。
「わかりました。私はあなたの理想のために、正義を捨て、悪に堕ちましょう」
決して大きくない、落ち着いた低い声が、空へ高く大きく響いてこだましました。
あらゆる方向に声は広がり、いろんな方向から幾つも跳ね返ってきます。
跳ね返った声は散漫しており、幾つもの声が聞こえてくるようでした。
それは他の悪魔たちに代わり、彼の声が彼女へのそれぞれの返答を代弁しているようでした。
彼は悪魔の長でした。
「あなたの願うセカイは、私たちの理想郷だ…どうか、あなたの力を貸してください」
青年は深く少女頭を下げました。
他の悪魔もそれに習います。
「…ありがとうございます…本当にごめんなさい」
互いに頭を下げたあと、ゆっくりと顔を見合わせました。
青年は、幼い彼女へ、残酷なことをしなければいけないことを再確認して、みるみる眉が下へ下がっていきました。
ですが、彼も決心しました。
彼は目を閉じ、ぐっと拳にぎります。
筋がたち、みるみる青くなっていきます。
さらに青から紫へと…。拳は震えています。
しばらくして、やっと彼は拳を緩めました。
顔つきも、先程とは違います。
口は一文字に結ばれ、眉は一直線に。目元は正面を鋭く見据えています。
彼は一度、息を吐き、一呼吸おいてから言いました。
「その天使を捕らえろ!」
恐る恐る、悪魔たちは彼女を囲い込み、縛りあげていきます。
数人の悪魔たちは泣き出しそうな顔をしていました。
彼は震えていました。
彼と他の悪魔たちは、きっと同じ気持ちだったのでしょう。
ひどく哀しく切なく響いた彼の声は、遥か遠くの彼方まで空気を震わせていきました。
平然と放たれた彼女の言葉に、悪魔たちはみな驚きました。
「なぜですか!」
焦った悪魔のひとりが強い口調で言いました。
幼い少女、ましてや仲の良い天使の、長の娘を殺すなど、とんでもないことだったのです。
「天使と悪魔、人間の住むセカイを隔てるためです」
彼女は静かに答えました。
悪魔たちは、この小さな少女が考える、壮大なことに息を飲みました。
ですが、その中のひとりが違和感を持ちました。
「でも、どうしてあなたを殺す必要が?」
彼女は一瞬、答えたくないような素振りを見せました。ですがゆっくりと話始めました。
「あなたたちは“不幸をもたらす”と人間たちに迫害されていますね。私たち天使は“幸福をもたらす”と過剰にあがめられております。それゆえに天使は、セイドウとやらに閉じこめられたり、シュゴシャとして売買されております。あなたたちも私たちも人間によって危険にさらされているのです」
ここまで聞いて、悪魔たちは、人間から被害を受けていたのは自分たちだけではなかったことを知りました。
悪魔とは反対向きではありますが、天使も危険にさらされていたのです。
「私たちが危険にさらされたとき、神はいつも助けてくださっていたはずです。でも、まだ何もしてくださらない」
彼女は先の話に付け足しました。
悪魔たちは彼女の話に納得し、聞き入ります。
「神は私たちに“困ったときは協力しなさい”といつも仰っていましたね。では、どういたしましょうか」
さらに、彼女は問います。
彼女の問いかけに悪魔たちは考え込みました。ですが誰も答えられません。
「今は人間と、私たち人の仲が悪い状態。ですから、私たちの仲も悪く致しましょう。そうすればきっと神は考えてくださるでしょう。」
彼女は一呼吸おいて言いました。
「セカイを隔てることを」
悪魔たちはうすうすと話の到着点を悟り始めました。
彼女はさらに続けます。
「あなた方に悪い役ばかり押し付けていることは重々承知しております。ですが今一度おねがいしたいのです」
数人の悪魔たちはそわそわと落ち着かない様子でいます。
彼女がなにを言おうとしているのか解っているからです。
「命の重さに違いはありませんが、私は天使を束ねる長の娘…怒りは人を狂わせます。少なからず影響はあるでしょう…」
「!」
彼女は口を閉ざしました。
代わりに、悪魔のひとりが口を開き、震える声でたずねます。
「あなたを殺して、天使と戦争をしろ…と…?」
「…はい。あなた方に大切な人がいることはわかっています。私にも両親がいます。妹がいます。…身勝手な行いということも重々承知しております…でも、そうしないと…私たちは人間に滅ぼされてしまう」
彼女は震えていました。
沈黙が続きます。
と、ひとりが小さな声で反論しました。
「ですが、私たちにはあなた方天使と戦えるほどの力はありません。死を司るため、力の均衡を保つために、私たちはあなた方ほど強い魔力はもっていません」
「…でしたら、私の魔力をお分けします。私を捕らえてください。私の血を飲むことで、私の魔力を取り込むことができます」
再び、沈黙が続きます。
そしてまた、別の悪魔が弱々しく反論しました。
「ですが…それでは私たちが吸血している間に、あなたが死んでしまうかもしれない」
「いいのですよ。先程も言いましたが、私のことは殺して頂いて結構です」
「ですが!…」
もう、どこからも、誰からももっともらしい理由は出てきません。
「ですが…」
「心配してくださっているんですね、ありがとうございます…」
「…」
彼女の固い決意に、彼らはこれ以上反論することはできませんでした。
「これは、ここにいる人だけの秘密にしてください。天使に知られれば台無しになりますから…」
「ですが、それでは他の悪魔はあなたの本意を知らぬまま…その…殺してしまうことになるんですよ」
「よいのです」
彼女は、その一言で彼らの反論を一蹴しました。
彼女はにっこりと笑っています。
悪魔たちは彼女の決意の固さを再び知りました。
「…本当に申し訳ありません…どうか…幸せなセカイのために…お願いいたします」
彼女の言葉の後には静寂のみが残りました。
少しして、その静寂を破ったのは、いままで沈黙を貫き通していた青年でした。
「わかりました。私はあなたの理想のために、正義を捨て、悪に堕ちましょう」
決して大きくない、落ち着いた低い声が、空へ高く大きく響いてこだましました。
あらゆる方向に声は広がり、いろんな方向から幾つも跳ね返ってきます。
跳ね返った声は散漫しており、幾つもの声が聞こえてくるようでした。
それは他の悪魔たちに代わり、彼の声が彼女へのそれぞれの返答を代弁しているようでした。
彼は悪魔の長でした。
「あなたの願うセカイは、私たちの理想郷だ…どうか、あなたの力を貸してください」
青年は深く少女頭を下げました。
他の悪魔もそれに習います。
「…ありがとうございます…本当にごめんなさい」
互いに頭を下げたあと、ゆっくりと顔を見合わせました。
青年は、幼い彼女へ、残酷なことをしなければいけないことを再確認して、みるみる眉が下へ下がっていきました。
ですが、彼も決心しました。
彼は目を閉じ、ぐっと拳にぎります。
筋がたち、みるみる青くなっていきます。
さらに青から紫へと…。拳は震えています。
しばらくして、やっと彼は拳を緩めました。
顔つきも、先程とは違います。
口は一文字に結ばれ、眉は一直線に。目元は正面を鋭く見据えています。
彼は一度、息を吐き、一呼吸おいてから言いました。
「その天使を捕らえろ!」
恐る恐る、悪魔たちは彼女を囲い込み、縛りあげていきます。
数人の悪魔たちは泣き出しそうな顔をしていました。
彼は震えていました。
彼と他の悪魔たちは、きっと同じ気持ちだったのでしょう。
ひどく哀しく切なく響いた彼の声は、遥か遠くの彼方まで空気を震わせていきました。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる