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――暑い。暑すぎる。もうこれは、熱い、でしょ!
うだるような暑さの中、私は愚痴と汗をこぼしながら自転車をこいでいた。
時刻は、もう十時を過ぎていた。
真夏の炎天下はもうすでに始まっていて、太陽の熱線はジリジリと肌に照りつけてくる。
私の肌は黒くならない質だけど、日に焼けると肌がヒリヒリする。
それが嫌で、欧州に居た頃は薄手の手首まである上着を羽織っていたのだけれど、日本の夏でそれは無理で、肘あたりまでの薄いシャツしか着れなかった。
欧州の夏の空気はカラッとしているところが多いけど、日本の夏の空気は湿っていて、蒸し暑いから。
「――ん? 日向?」
キィッとブレーキをかける。
日向が座っているのが見えた。Uターンして少し道を戻り、坂を下る。
「あ、舞白。おはよ、どうしたの?」
自転車を止めた音がすると、彼は本からぱっと顔を上げた。
こんなふうにびっくりしたときも、彼の顔からは笑顔が消えない。
「日向が見えたから、戻ってきた。隣、座るね」
私が座った後に、うん、と返事が来た。
反応が微妙に遅いところも、昔から変わっていない。
「何読んでたの?」
世界史の教科書だよ、とくぐもった声で意外な返事が返ってくる。
なぜか、彼は膝に顔をうずめていた。
「ふ~ん。思ってたよりも、真面目」
前ならサボってたはずなのになぁ、とぼやきながら、水筒の中のロイヤルミルクティを飲む。
こればかりはマイメニューじゃないと美味しく感じられないから、自分で淹れてきたものだ。
キンキンに冷やされた甘さが、火照った体に染み渡る。
「ひどいなぁ。僕だって、サボってばかりじゃないよ。来年は受験だし」
せっかくの夏休みが勉強に溶けてっちゃう、と顔を上げて口をとがらせた後、かたわらにおいてあった『天然水』と書いてあるペットボトルを開く。
シュワッという音とともに、炭酸特有の爽やかな香りがそよ風にのってただよってくる。
「ペリエ?」
「うん、そうだよ」
ペリエはフランス産の天然炭酸水の代表とも言える存在だ。
そもそもは瓶詰めのそれがなぜペットボトルに入っているかといえば、割れるから嫌だ、と移し替えているから――だったはず。
少なくとも、前はそうだった。
まあ、単に日向の扱いが悪いだけだと思うんだけど。
「……うぇ、ぬるい」
当たり前でしょ、と呆れてしまう。
ペットボトルは、私達の頭上にある道路橋の陰の内側に入っていなかったのだから。
「日向は昔からこれが大好きだよね」
なんだかおかしくなって少し笑いながら彼をのぞき込むと、彼の顔は真っ赤になっていた。
「どうしたの?え、もしかして、熱中症になっちゃっ」
「……て」
「ごめん、なんて言ったの?よく聞こえなくて」
先程上を通った車の音が、遠ざかってゆく。
日向は、私の目をじっと見つめた。
「お願いだから、やめて。これ以上、僕を――」
風が、吹く。
彼の瞳は、私の後ろの川の輝きを映している。
私は、なぜか彼から目が離せなくなった。
「――僕を、おかしくしないで。君を、これ以上好きにさせないでよ」
期待しちゃうじゃん、とつぶやいた彼の瞳には、涙が一粒、太陽の光を反射していた。
川の流れる柔らかい音と心臓の鼓動が、妙に耳に響いていた。
うだるような暑さの中、私は愚痴と汗をこぼしながら自転車をこいでいた。
時刻は、もう十時を過ぎていた。
真夏の炎天下はもうすでに始まっていて、太陽の熱線はジリジリと肌に照りつけてくる。
私の肌は黒くならない質だけど、日に焼けると肌がヒリヒリする。
それが嫌で、欧州に居た頃は薄手の手首まである上着を羽織っていたのだけれど、日本の夏でそれは無理で、肘あたりまでの薄いシャツしか着れなかった。
欧州の夏の空気はカラッとしているところが多いけど、日本の夏の空気は湿っていて、蒸し暑いから。
「――ん? 日向?」
キィッとブレーキをかける。
日向が座っているのが見えた。Uターンして少し道を戻り、坂を下る。
「あ、舞白。おはよ、どうしたの?」
自転車を止めた音がすると、彼は本からぱっと顔を上げた。
こんなふうにびっくりしたときも、彼の顔からは笑顔が消えない。
「日向が見えたから、戻ってきた。隣、座るね」
私が座った後に、うん、と返事が来た。
反応が微妙に遅いところも、昔から変わっていない。
「何読んでたの?」
世界史の教科書だよ、とくぐもった声で意外な返事が返ってくる。
なぜか、彼は膝に顔をうずめていた。
「ふ~ん。思ってたよりも、真面目」
前ならサボってたはずなのになぁ、とぼやきながら、水筒の中のロイヤルミルクティを飲む。
こればかりはマイメニューじゃないと美味しく感じられないから、自分で淹れてきたものだ。
キンキンに冷やされた甘さが、火照った体に染み渡る。
「ひどいなぁ。僕だって、サボってばかりじゃないよ。来年は受験だし」
せっかくの夏休みが勉強に溶けてっちゃう、と顔を上げて口をとがらせた後、かたわらにおいてあった『天然水』と書いてあるペットボトルを開く。
シュワッという音とともに、炭酸特有の爽やかな香りがそよ風にのってただよってくる。
「ペリエ?」
「うん、そうだよ」
ペリエはフランス産の天然炭酸水の代表とも言える存在だ。
そもそもは瓶詰めのそれがなぜペットボトルに入っているかといえば、割れるから嫌だ、と移し替えているから――だったはず。
少なくとも、前はそうだった。
まあ、単に日向の扱いが悪いだけだと思うんだけど。
「……うぇ、ぬるい」
当たり前でしょ、と呆れてしまう。
ペットボトルは、私達の頭上にある道路橋の陰の内側に入っていなかったのだから。
「日向は昔からこれが大好きだよね」
なんだかおかしくなって少し笑いながら彼をのぞき込むと、彼の顔は真っ赤になっていた。
「どうしたの?え、もしかして、熱中症になっちゃっ」
「……て」
「ごめん、なんて言ったの?よく聞こえなくて」
先程上を通った車の音が、遠ざかってゆく。
日向は、私の目をじっと見つめた。
「お願いだから、やめて。これ以上、僕を――」
風が、吹く。
彼の瞳は、私の後ろの川の輝きを映している。
私は、なぜか彼から目が離せなくなった。
「――僕を、おかしくしないで。君を、これ以上好きにさせないでよ」
期待しちゃうじゃん、とつぶやいた彼の瞳には、涙が一粒、太陽の光を反射していた。
川の流れる柔らかい音と心臓の鼓動が、妙に耳に響いていた。
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