転生、からの下剋上。誰も知らない無能スキルは、実は誰もが知っている伝説スキルだった……? わかんないので、とりあえず取扱説明書くださいっ!!

間瀬

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プロローグ

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 ――名だたる国際音楽コンクールを、史上最年少で次々制覇。
 ――数々の名作を創り出し、美術界を激震させた。
 ――年間収入は、著作権関係だけで七億ドルを超える。
 ――世界の著名人堂々一位に、三年連続で輝いている。
 全て、この、怠惰な姿勢でアルバムをめくっている青年が成し遂げたことである。

「……こんな時代も、ありましたね……」

 彼が黒い瞳を優しく細めて見つめるのは、幼き日の彼の姿。
 玄関を泥だらけにして母に怒られている様子を、父が写真に撮った――何とも悪趣味な父である。
 くすくすと笑いながら、アルバムのページを進めた。

「……あ、これは……」

 驚いたような声を上げた彼の手には、一枚の紙があった。
 小さな小さな、メモ書き程度の紙切れ。
 ――世界中の人達を、芸術で笑顔にしたい!
 僕の夢、という拙い文字に、彼の希望が詰まっている。

「ふふふ……これはまだ、達成しきれていませんね」

 戦争や、紛争。
 苦しんでいる人々は、まだまだいる。
 芸術には大きな力があり、だからこそ、世界を平和に、一つにすることも可能なはずだ。
 彼は、物心ついた頃から、本気でそう信じていた。
 そして、それを実現するために日々努力を続けている。
 決して、才能だけの人間ではないのだ。

「さて、今日もまだ時間は残っています。頑張りましょう」

 立ち上がってぐぅ……っと伸びをすると、関節がバキバキッボキッと派手な音を立てた。

「不健康ですね……」

 ろくに運動をしようともしない我が身の不摂生さを嘆くかのように、彼は目にかかる黒い髪をかきあげる。
 身をかがめてアルバムを取り、棚に戻したところで、机の上の電話が鳴った。

「はい」
「こんにちは。あかつき空雅くうがさんで間違いないですね?」
「はい、そうですが……」

 空雅は、心のなかで小首を傾げた。
 内部の親密な人間にしか、電話番号は教えていないはずなのだ。

「こちら、アニマ管理局の者です。この度、暁さんに重要なお知らせがあり、お電話させていただきました」
「あに、ま……?」
「Anima、イタリア語で魂という意味です」

 それはわかる。
 彼は世界平和を目指す上で、文化に根付いた意思疎通手段の重要さを知り、現在、ほぼ全言語を制覇しているのだから。

「――ということで、暁さん、おめでとうございます。今回あなたは、異世界転生対象者に選ばれました」
「……はい?」
「おや、嬉しくないんですか? 今時、珍しい方ですね」

 突然日常に飛び込んできた非日常的な話に、空雅の心はハテナマークでいっぱいである。

「まあ、異論は認めません」
「ちょっと待ってください! 僕には、世界を芸術で笑顔に平和にするという夢が」
「それは異世界あちらの世界でご自由にどうぞ」

 柔らかい女性の声は、慈愛を含んだ声色で、何とも残酷な宣告を続けてゆく。

「ちなみに、あなたがこの転生を拒んだ場合、この世界は滅亡します」
「……」

 沈黙……沈黙。
 理解が、追いつかなかった。

「そもそも、あなたの世界愛に免じ、あなたという損失だけで滅亡を逃れるという結論に至ったんです。ですので、あなたが条件を履行しないのならば、この世界は当初の予定通り滅亡します」

 数秒の静寂の後、空雅は諦めたように息を吐いた。

「わかりました、受け入れます。ただ、最後に――もう一度、教えてください」

 つい数分前まで眺めていたアルバムのそばまで歩み寄り、その背表紙を愛おしげに撫でながら、彼は震える声で言った。

「あなたは、この世界を治める神の、代行者なんですね?」
「はい、そうです」
「……僕が受け入れれば、この世界は滅亡はしないし、家族や大事な人達や……世界中の誰も、犠牲にならないんですよね?」
「はい、あなた以外は」

 空雅の頬を、一筋の光が伝う。
 電話の向こう側の神の代行者は、何度か口ごもったような気配の後、小さく囁いた。

「……全て、我が身と神にかけて、誓います」
「ありがとうございます……」
「では、契約を履行しますので、心の準備をお願いします」

 プツン、と通話が切れる。
 着信履歴に残った「非通知」の文字を放心したように見つめているうちに、空雅の身を、睡魔が襲う。
 次第に薄れゆく意識の中、彼はアルバムから一枚の写真を取り出し、大切そうに抱きしめた――。

 ◇◇◇◇◇

 何度かけたたましくインターホンが鳴った後、遠慮がちに玄関の鍵とドアが開けられた。

「おじゃましま~す……暁さ~ん、仕事の時間ですよ~……」

 不自然なほどの静寂が返ってくる。
 空雅の秘書である彼女は靴を脱ぎ、リビングルームへと足を進めた。
 そして、目に入った光景に大きな悲鳴を上げた。

「――暁さん……!」

 生気のないその体には、もはや、ぬくもりの欠片も残っていない。
 彼女は、救急車を呼ぼうとしていた指を止めた。

「暁さん……空雅さん……好き、でした……」

 彼女の涙が落ちた数センチ先では、空雅が最後に掻き抱いた写真――親しい人たちのみを集めて開いたパーティーの記念写真の中の空雅が、太陽のように明るく笑っていた。
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