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Ⅰ
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空雅の耳に、何者かの声が聞こえたような気がした。
(……体が、重い、です……)
眉をしかめつつまぶたを上げると――それは見事な、髭面があった。
「お、坊主、目が覚めたか」
髭面改めヒゲモジャ男――大して変わっていないような気がしなくもないが――は、その悪人面で気味の悪い笑みを浮かべた。
――どうやら昔、必死に「にこやかな笑顔」を習得しようと努力し、なんとかこれを手に入れたらしい。
空雅の中の「記憶」がそうささやきかけてきた。
「……ここ、は……」
身を起こして首を回して現状を把握する。
二畳ほどの、狭い部屋。
その中に押し込まれた、石よりも硬いベッド。
天井の角には、巨大なクモの巣が張っている。
「なぁに言ってんだ。おい坊主、旦那がお呼びだ。スキル鑑定の儀式をする、だとさ」
一向に動こうともしない空雅に、ヒゲモジャ男はしびれを切らしたようだ。
文字通り空雅の首根っこをを引っ掴んで立たせ、「ほら行くぞ、グズグズすんな」と半ば引きずるように部屋もどきから追い立てた。
「旦那、エルフを連れてきやした」
違います、とヒゲモジャ男に否定の言葉を入れそうになった己の口を、空雅は慌てて押さえた。
(今、僕はなんと言おうとしましたか……? エルフではなく、ハイエルフです、って……僕は、人間で……ん、あれ?)
混乱する頭を必死に働かせ、ようやく一つの結論を導き出した。
(契約履行による異世界転生、それも人間ではなく、ハイエルフですか……)
「おい、エルフ」
部屋の中でぬぼーっと立っていた空雅は、声の主に視線を向けた。
先ほどヒゲモジャ男が「旦那」と呼んでいた男で、その優しげな風貌とは裏腹の鋭い目つきが、彼の冷酷な計算高さを主張している。
「お前は今日で、十六歳になったな」
「はい」
空雅は、自分の中の「記憶」が肯定して初めて、自分が十六歳だということを自覚した。
「十六になったら神からスキルを与えられる。それがなんというスキルなのか識別するのかが、スキル鑑定の儀式だ。ここまでは、理解しているな?」
「はい」
徐々に「記憶」が空雅に馴染んできている。
スキル鑑定の儀式の話によって、スキル関連の「記憶」がごそっと抜き出された。
――曰く、スキルは神によって与えられるものである。
――曰く、この世界で最も上級とされるのは、『勇往邁進』や『虚心坦懐』、『笑門福来』などである。
――曰く、この「旦那」とやらは「無能スキル」の者は厄介払いと称して奴隷として売り飛ばす。
さらっと、ひどい情報が入っている気がしなくもない。
「だから、これからスキル鑑定の儀式を行う。わかったか?」
「はい」
「おい、スキル鑑定官を呼べ」
数分後、一人の老人が部屋に入ってきた。
さすが異世界と言うべきだろうか。
彼の肩には、この世界において伝令役として利用されるフェザーリングがとまっていた。
(フェザーリングは羽ばたくことで風を起こすことができる小鳥で、主に風の精霊とともに活動。飛行能力は高いですが、力は弱い、と……なるほど、そうですか)
途端にヒゲモジャ男の主は先程までの冷淡さはどこへやら、愛想の良い人間を演じ始める。
「――ということで、本日はこの、我が家で世話をしているエルフの少年にスキル鑑定の儀式をお願いしたいんだ」
いつの間にか、話は進んでいたらしい。
だいぶ「記憶」の整理が進んできた空雅は、老人を注視した。
「ほっほっほ、そうかのそうかの。では、そろそろはじめようかのぉ」
老人は、空雅に向き直った。
その顔には深いシワが刻まれており、長年培ってきた老獪さが滲んでいた。
「ほれ、少年よ、手を出しなされ」
空雅は、言われるがままに手を老人の方に差し出した。
その手に自身の手をのせ、老人は目を伏せた。
そして、数秒後、カッと目を見開いた。
(あ~……よく時代劇の役者さんとかがやってるやつですね。何とも嘘くさく下手な……)
空雅のお気には召さなかったようで、なかなか酷い言いようである。
しかも、偏見である。
「……メインスキルは『有無相生』、サブスキルは『森羅万象』に『讃美』……? 聞いたことがないスキルじゃ、無能スキルかのう……?」
老人の言葉に、ヒゲモジャ男の主は顔をしかめた。
同時に、空雅も心のなかで顔をしかめた。
(これは確実に、奴隷として売り飛ばされますね……どうしましょうか……)
老人が部屋を出てゆくと、ヒゲモジャ男の主は被っていた猫をかなぐり捨て、忌々しげに声を出した。
「エルフだから上級スキルだろうと思っていたが……こんなことなら、さっさと売っておくんだったな」
足音荒く、彼も部屋から消える。
取り残された空雅は再びヒゲモジャ男に連れられ、雨風しのげるだけ良い、といった様相の部屋に放り込まれたのだった。
(……体が、重い、です……)
眉をしかめつつまぶたを上げると――それは見事な、髭面があった。
「お、坊主、目が覚めたか」
髭面改めヒゲモジャ男――大して変わっていないような気がしなくもないが――は、その悪人面で気味の悪い笑みを浮かべた。
――どうやら昔、必死に「にこやかな笑顔」を習得しようと努力し、なんとかこれを手に入れたらしい。
空雅の中の「記憶」がそうささやきかけてきた。
「……ここ、は……」
身を起こして首を回して現状を把握する。
二畳ほどの、狭い部屋。
その中に押し込まれた、石よりも硬いベッド。
天井の角には、巨大なクモの巣が張っている。
「なぁに言ってんだ。おい坊主、旦那がお呼びだ。スキル鑑定の儀式をする、だとさ」
一向に動こうともしない空雅に、ヒゲモジャ男はしびれを切らしたようだ。
文字通り空雅の首根っこをを引っ掴んで立たせ、「ほら行くぞ、グズグズすんな」と半ば引きずるように部屋もどきから追い立てた。
「旦那、エルフを連れてきやした」
違います、とヒゲモジャ男に否定の言葉を入れそうになった己の口を、空雅は慌てて押さえた。
(今、僕はなんと言おうとしましたか……? エルフではなく、ハイエルフです、って……僕は、人間で……ん、あれ?)
混乱する頭を必死に働かせ、ようやく一つの結論を導き出した。
(契約履行による異世界転生、それも人間ではなく、ハイエルフですか……)
「おい、エルフ」
部屋の中でぬぼーっと立っていた空雅は、声の主に視線を向けた。
先ほどヒゲモジャ男が「旦那」と呼んでいた男で、その優しげな風貌とは裏腹の鋭い目つきが、彼の冷酷な計算高さを主張している。
「お前は今日で、十六歳になったな」
「はい」
空雅は、自分の中の「記憶」が肯定して初めて、自分が十六歳だということを自覚した。
「十六になったら神からスキルを与えられる。それがなんというスキルなのか識別するのかが、スキル鑑定の儀式だ。ここまでは、理解しているな?」
「はい」
徐々に「記憶」が空雅に馴染んできている。
スキル鑑定の儀式の話によって、スキル関連の「記憶」がごそっと抜き出された。
――曰く、スキルは神によって与えられるものである。
――曰く、この世界で最も上級とされるのは、『勇往邁進』や『虚心坦懐』、『笑門福来』などである。
――曰く、この「旦那」とやらは「無能スキル」の者は厄介払いと称して奴隷として売り飛ばす。
さらっと、ひどい情報が入っている気がしなくもない。
「だから、これからスキル鑑定の儀式を行う。わかったか?」
「はい」
「おい、スキル鑑定官を呼べ」
数分後、一人の老人が部屋に入ってきた。
さすが異世界と言うべきだろうか。
彼の肩には、この世界において伝令役として利用されるフェザーリングがとまっていた。
(フェザーリングは羽ばたくことで風を起こすことができる小鳥で、主に風の精霊とともに活動。飛行能力は高いですが、力は弱い、と……なるほど、そうですか)
途端にヒゲモジャ男の主は先程までの冷淡さはどこへやら、愛想の良い人間を演じ始める。
「――ということで、本日はこの、我が家で世話をしているエルフの少年にスキル鑑定の儀式をお願いしたいんだ」
いつの間にか、話は進んでいたらしい。
だいぶ「記憶」の整理が進んできた空雅は、老人を注視した。
「ほっほっほ、そうかのそうかの。では、そろそろはじめようかのぉ」
老人は、空雅に向き直った。
その顔には深いシワが刻まれており、長年培ってきた老獪さが滲んでいた。
「ほれ、少年よ、手を出しなされ」
空雅は、言われるがままに手を老人の方に差し出した。
その手に自身の手をのせ、老人は目を伏せた。
そして、数秒後、カッと目を見開いた。
(あ~……よく時代劇の役者さんとかがやってるやつですね。何とも嘘くさく下手な……)
空雅のお気には召さなかったようで、なかなか酷い言いようである。
しかも、偏見である。
「……メインスキルは『有無相生』、サブスキルは『森羅万象』に『讃美』……? 聞いたことがないスキルじゃ、無能スキルかのう……?」
老人の言葉に、ヒゲモジャ男の主は顔をしかめた。
同時に、空雅も心のなかで顔をしかめた。
(これは確実に、奴隷として売り飛ばされますね……どうしましょうか……)
老人が部屋を出てゆくと、ヒゲモジャ男の主は被っていた猫をかなぐり捨て、忌々しげに声を出した。
「エルフだから上級スキルだろうと思っていたが……こんなことなら、さっさと売っておくんだったな」
足音荒く、彼も部屋から消える。
取り残された空雅は再びヒゲモジャ男に連れられ、雨風しのげるだけ良い、といった様相の部屋に放り込まれたのだった。
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