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Ⅰ
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空雅は、強制的に夢の世界から引きずり戻された。
「坊主、さっさと起きろっ!」
威勢のよい怒鳴り声とともに、彼の耳元でやかましい音が響く。
何事かと目を開けてみれば――
「おはようございます……なにトンチキカンチキやってるんですか?」
――大鍋を片手に、ドラのように鳴らすガタイの良い強面のヒゲモジャ男が立っていた。
「どう考えても、そんな軽い音じゃないだろ……」
「そうでしょうか?」
元芸術家と言うだけあって(?)空雅の感性は少々狂っ……ズレているようである。
これで世界の求めているものを提供し続けてきたのであるから、正に摩訶不思議というものである。
「坊主、耳おかしいな」
「それは僕の台詞です」
「なかなか言うようになったじゃねぇか」
ヒゲモジャ男は、鉄さびのついた拳――先程の大鍋の轟音は殴って出していたらしい――で空雅の頭をぐりぐりと押す。
空雅は思いっきり顔をしかめた。
「痛いですっ!」
「悪い悪い」
謝りつつ、ヒゲモジャ男はハハハッ――いや、ガハハッというような笑い声を上げた。
(笑いながらとか、謝罪の態度が間違っています。もっと誠意を見せなさい、誠意をっ)
まさにそのとおりである。
(さあ、這いつくばるのです!)
……そのとおり、なの、か……?
憮然としている空雅を横目に、ヒゲモジャ男は居住まいを正した。
「にしても、坊主ともこれで別れかぁ……」
妙に感傷的な表情でなにを言い出すかと思えば、これである。
空雅が唖然としたのも、仕方のないことであろう。
「なんだ、もしかして聞いてないのか?」
もちろん何も聞いてない。
何の話だ、さあ来いっ、とばかりに空雅は万全を期して身構えた。
「坊主は、今日売られるんだとさ」
「……はい?」
万全は期していなかったらしい。
すん、と無表情になった空雅を、ヒゲモジャ男は神妙な顔つきで見つめた。
人間、場違いな表情を凝視されるのは居心地が悪くなる。
それが元来の性というものである。
常識人であるかどうかは、この際横に置いておく。
「どうした……?」
キリッとした面持ちで姿勢を正した空雅に、ヒゲモジャ男は訝しげな声を上げた。
(姿勢を正しただけで特に何も考えていませんでしたが、期待させておいて何も言わないのはカッコ悪いですよね)
やはり、思考回路がズレている。
「覚悟しておいてください。僕は今日、脱走します」
堂々と宣戦布告!
……自分からハードルを上げて、どうするというのだろう……。
どこまでも、不思議な少年である。
「そうかそうか、坊主は朝から絶好調だな」
幸いにも、冗談と受け取ってくれたようだ。
空雅は、前世の不摂生さが霞むほどに筋肉がなく、異様に重く感じられる体を起こす。
「朝ご飯ください」
「ほい」
ずい、と差し伸べた手に載せられたのは――。
……予想通りというべきか、日が経ってカチカチに乾燥しきった黒パンの欠片……ですらなく、一番硬い皮部分である。
これは、予想の範疇外だった。
(流石に……いつもはもう少し多くて、食べやすかったような……)
一晩で完全に同化した「記憶」調べである。
水準量ですら、毎日食べていてこの不健康すぎる体つきである。
その少なさたるや、言うまでもない。
「旦那がな……どうせ売り払うんだから、食費を余計に使うな、とさ」
「……なるほど」
なかなか柔らかくならないパン皮と格闘しつつ、空雅は唇を尖らせた。
器用なものである。
(いくら資金繰りが苦しくても、倹約しすぎです!)
ヒゲモジャ男の主は倹約家ではない。
ただただケチなだけで、資金繰りは苦しいどころか順風満帆である。
成長期の少年の生育状態など、我が子でもない限りどうでも良いという人種なだけで。
いや、我が子ですら怪しいかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「んじゃ、行くぞ」
空雅が黒パン本体の残骸をもぐもぐと食べ終えるやいなや、ヒゲモジャ男は空雅を急かした。
「遅いぞ、ちんたらするな」
結局、すでに蜘蛛の巣と化した部屋のような箱から追い出された。
家畜さながらに廊下を追い立てられ、昨日と同じ部屋に押し込まれる。
「あぁ、来たか。買い手が到着するまでしばらくあるから、そこら辺の床にでも座って待ってろ」
(体力使い果たして契約成立前に買い手の前で倒れました、では価値が下がるから……ですね)
大正解である。
やがてやってきた買い手は――狡猾さを隠そうともしない商人であった。
(こんな人間を取引相手に選ぶだなんて、見る目がないですね!)
商品は自分の身であるというのに、ずいぶんと呑気なものである。
「――では、その条件で」
取引は早々に決着がついたようで、がっちりと握手を交わしている。
(ちょっと痛そうです)
人の身より先に、己の身を心配するべきではなかろうか。
奴隷商人に引っ立てられて明るい光の降り注ぐ外に出ると――厳重な作りの檻があった。
馬に引かれているから、馬檻だろうか……?
ともかく、そこに押し込まれるより前に逃げなければ、助かる見込みはなくなるだろう。
(まずいですね……)
空雅も、ようやく危機感を感じ始めたらしい。
悠長なハイエルフである。
「坊主、さっさと起きろっ!」
威勢のよい怒鳴り声とともに、彼の耳元でやかましい音が響く。
何事かと目を開けてみれば――
「おはようございます……なにトンチキカンチキやってるんですか?」
――大鍋を片手に、ドラのように鳴らすガタイの良い強面のヒゲモジャ男が立っていた。
「どう考えても、そんな軽い音じゃないだろ……」
「そうでしょうか?」
元芸術家と言うだけあって(?)空雅の感性は少々狂っ……ズレているようである。
これで世界の求めているものを提供し続けてきたのであるから、正に摩訶不思議というものである。
「坊主、耳おかしいな」
「それは僕の台詞です」
「なかなか言うようになったじゃねぇか」
ヒゲモジャ男は、鉄さびのついた拳――先程の大鍋の轟音は殴って出していたらしい――で空雅の頭をぐりぐりと押す。
空雅は思いっきり顔をしかめた。
「痛いですっ!」
「悪い悪い」
謝りつつ、ヒゲモジャ男はハハハッ――いや、ガハハッというような笑い声を上げた。
(笑いながらとか、謝罪の態度が間違っています。もっと誠意を見せなさい、誠意をっ)
まさにそのとおりである。
(さあ、這いつくばるのです!)
……そのとおり、なの、か……?
憮然としている空雅を横目に、ヒゲモジャ男は居住まいを正した。
「にしても、坊主ともこれで別れかぁ……」
妙に感傷的な表情でなにを言い出すかと思えば、これである。
空雅が唖然としたのも、仕方のないことであろう。
「なんだ、もしかして聞いてないのか?」
もちろん何も聞いてない。
何の話だ、さあ来いっ、とばかりに空雅は万全を期して身構えた。
「坊主は、今日売られるんだとさ」
「……はい?」
万全は期していなかったらしい。
すん、と無表情になった空雅を、ヒゲモジャ男は神妙な顔つきで見つめた。
人間、場違いな表情を凝視されるのは居心地が悪くなる。
それが元来の性というものである。
常識人であるかどうかは、この際横に置いておく。
「どうした……?」
キリッとした面持ちで姿勢を正した空雅に、ヒゲモジャ男は訝しげな声を上げた。
(姿勢を正しただけで特に何も考えていませんでしたが、期待させておいて何も言わないのはカッコ悪いですよね)
やはり、思考回路がズレている。
「覚悟しておいてください。僕は今日、脱走します」
堂々と宣戦布告!
……自分からハードルを上げて、どうするというのだろう……。
どこまでも、不思議な少年である。
「そうかそうか、坊主は朝から絶好調だな」
幸いにも、冗談と受け取ってくれたようだ。
空雅は、前世の不摂生さが霞むほどに筋肉がなく、異様に重く感じられる体を起こす。
「朝ご飯ください」
「ほい」
ずい、と差し伸べた手に載せられたのは――。
……予想通りというべきか、日が経ってカチカチに乾燥しきった黒パンの欠片……ですらなく、一番硬い皮部分である。
これは、予想の範疇外だった。
(流石に……いつもはもう少し多くて、食べやすかったような……)
一晩で完全に同化した「記憶」調べである。
水準量ですら、毎日食べていてこの不健康すぎる体つきである。
その少なさたるや、言うまでもない。
「旦那がな……どうせ売り払うんだから、食費を余計に使うな、とさ」
「……なるほど」
なかなか柔らかくならないパン皮と格闘しつつ、空雅は唇を尖らせた。
器用なものである。
(いくら資金繰りが苦しくても、倹約しすぎです!)
ヒゲモジャ男の主は倹約家ではない。
ただただケチなだけで、資金繰りは苦しいどころか順風満帆である。
成長期の少年の生育状態など、我が子でもない限りどうでも良いという人種なだけで。
いや、我が子ですら怪しいかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「んじゃ、行くぞ」
空雅が黒パン本体の残骸をもぐもぐと食べ終えるやいなや、ヒゲモジャ男は空雅を急かした。
「遅いぞ、ちんたらするな」
結局、すでに蜘蛛の巣と化した部屋のような箱から追い出された。
家畜さながらに廊下を追い立てられ、昨日と同じ部屋に押し込まれる。
「あぁ、来たか。買い手が到着するまでしばらくあるから、そこら辺の床にでも座って待ってろ」
(体力使い果たして契約成立前に買い手の前で倒れました、では価値が下がるから……ですね)
大正解である。
やがてやってきた買い手は――狡猾さを隠そうともしない商人であった。
(こんな人間を取引相手に選ぶだなんて、見る目がないですね!)
商品は自分の身であるというのに、ずいぶんと呑気なものである。
「――では、その条件で」
取引は早々に決着がついたようで、がっちりと握手を交わしている。
(ちょっと痛そうです)
人の身より先に、己の身を心配するべきではなかろうか。
奴隷商人に引っ立てられて明るい光の降り注ぐ外に出ると――厳重な作りの檻があった。
馬に引かれているから、馬檻だろうか……?
ともかく、そこに押し込まれるより前に逃げなければ、助かる見込みはなくなるだろう。
(まずいですね……)
空雅も、ようやく危機感を感じ始めたらしい。
悠長なハイエルフである。
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