転生、からの下剋上。誰も知らない無能スキルは、実は誰もが知っている伝説スキルだった……? わかんないので、とりあえず取扱説明書くださいっ!!

茉瀬 薫

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 空雅は一度立ち止まり、さりげない仕草で周囲を見渡した。
(かの有名な孫氏も言っていました。「知彼知己者、百戰不殆」「知地知天者、勝乃可全」って)
 ――敵を知り、己を知る者は、百回戦っても危険に陥ることはない。
 ――地形や環境と天候や時勢を理解すれば、完全な勝利が可能になる。
 空雅はこれを、実践しようというのである。

「何してるんだ、早くしろ」
「はい――って、うわぁっ」

 従順に歩き出したと見せかけて、自然に見えるように転ぶ。
 もちろん、時間稼ぎである。
(これは本当にまずいです……脱走しないためなのでしょうけど、周りを筋肉ムキムキの人たちが囲んでいるせいで「地」がほとんど見えません)
 気づくのが遅すぎる、としか言いようがない。

「もたもたすんな!」

 苛立ちが抑えきれなくなったようで、筋肉ムキムキのうちの一人が怒鳴った。
 空雅は、ヒェッと悲鳴を上げて飛び上がる。
(まずいです……どうしましょう……まずいです……)
 まずいという言葉を心のなかで連呼している空雅は、語彙力というものをどこかに置き忘れてきたようだ。

『こっちだよ! 早くおいで!』

 混乱する空雅は、不意に聞こえてきた声に目を見開いた。
 昨日空雅が罵倒していた、スキル鑑定官の老人と全く同じ仕草だが――知らぬは本人ばかり、というやつだ。

『ほら、そこ、バックステップ!』
「ぬわぁぁっ」

 奇声を上げつつ、空雅は後ろに跳んだ。
 とりあえず、指示に従ってみることにしたらしい。

「ぅおっ、え、エルフが消えた?!」
「違う、お前の死角だ!」

 その場は、一気に混沌と化した。
 空雅はその様子を見て、とりあえず謎の声を信じることにした。
(他に方法はないですし、どうやら他に聞こえている人は居ないようですし。……あ、もしかしてこれは――)
 空雅は、何かに気がついたらしい。

『ジャンプ! からのダッシュで前進!』
「――これが俗に言う天啓というやつですね! 凄いです!」

 ……何かを大きく間違っている。
 きっと、思考のはたらく方向性だろう。
 空雅は持ち前のセンスで指示を的確に再現し、順調に囲いを抜けてゆく。

『わわっ、伏せて、危ないっ!』

 空雅が地面に身を投げだすと、その上をブオンッという風切り音とともに回し蹴りが飛んでいった。
 危機一髪である。
 今の空雅があれを食らっていたら、骨など軽く折れていただろう。
(おぉ、回し蹴りの後のキリキリ旋回、からの目を回して倒れる! 今得た素晴らしいインスピレーションを絵にしたいです!)
 ……楽観的思考を継続できるのは、才能である。
 たぶん。

『右に避けて、立ち上がって! 前進、左にサイドステップっそのままカニ歩きっ!』

 珍妙な動きで庭を這いずり駆け巡り、とうとう南端までやってきた。
 すぐ目の前は、鬱蒼とした森林である。
(ヘビとか虫とか、いっぱい居そうです。ハブやキングコブラに会えるかもしれませんね)
 危機管理能力を強化すべきである。
 会ったら最後、噛み殺されて捕食されるのが落ちだ。

『ラスト! 森に飛び込んでツタを掴んで!』

 駆け込んだ勢いで目の前にあったツタを掴もうとし――

「あ、こんにちは」

 ――毒々しい赤色の小さな羽が背中に生えた、緑色のヘビだったと気付く。
 幸いにもお腹は減っていなかったらしく、ヘビは尾を軽く振った後、再びうとうととし始めた。
 一安心である。
(なんてかわいいんでしょうか。なでたいです、そしてお持ち帰りしたいです)
 すぐ近くで筋肉ムキムキたちのむさ苦しい声が聞こえたため、チャレンジャーな空雅はそれを断念した。
 素早い動きで隣の木まで移動し、今度こそ本物のツタを掴む。

「――あーああ~! 僕、野生児としての才能もあるかもしれません!」

 バカではないだろうか……いや、確実に、バカだ。
 天才とバカは紙一重、とはよく言うが。
 一見脈絡のない行動であっても、天才には確固とした根拠がある。
 バカには、それが無い。
 空雅にも、それは無い。
 つまるところ、まあ、そういうことである。

『もう大丈夫だよ!』

 空雅はツタから名残惜し気に手を離し、宙に放物線を描いた後、スタッと着地した。
 そして、キョロキョロとあたりを見渡した。
 直径一メートルはあろうかというほど大きな傘の、かわいらしい赤いキノコ、白い水玉つき。
 無風でもゆらゆらと青い葉を揺らし続ける、白い幹の大木。
 ピカピカと自己主張の激しいハゲ頭のリス、派手な黄色の毛に埋もれて陰鬱に光る緑色の目。
 不気味の森の空雅は、嬉しそうな表情を見せた。
(見たことのない動植物ばっかりです! 特にあのキノコ、煮ても焼いても美味しそうです!)
 ※良い子は食べてはいけません、猛毒キノコです。

『ねぇねぇ、君の名前はなぁに?』
「……ん?」

 空雅はちょうど、近くに生えていた苔の中心で丸まっている、青いぷるぷるとした塊に手を伸ばそうとしていたところだった。
(命の恩人です、邪険にしないようにしなければいけませんよね)
 邪魔された不満を押し隠し、声のした方向に向き直る。
(……にしても、名前、ですか……「記憶」にないので……僕の前世の名前でいいでしょう)

「僕は空雅です。あかつき空雅くうが
『クウガ?』
「はい、そうです。あなたは?」
『ヴェントだよ!』

 力のない、しゅんとした声の後、ポンッという可愛らしい音が鳴る。
 ほわほわとした、小さく柔らかい緑の光が、空雅の目の前に現れた。
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