KAОRU-マタニティ・デビル ~ボクに世界が救えるの?~

齋木カズアキ

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最初の絶望。邪悪な誘い。

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 最初に私の目に適ったのは半年後。一つ年上の、とても大人しくて余り目立たない男の子。いつも一人だった。私に近付く男たちに隠れるように、彼がいつも遠巻きで見ていることに気付き、私は声を掛けた。彼は顔を紅くした。仕事終わり、工場の影で二人きりになった。君は奇麗すぎるから気後れしてずっと話し掛けられなかったと勇気を出して打ち明けてくれた。私は嬉しかった。それから毎日こっそり二人だけで会うようになった。
 辛い生活の中の一瞬の安らぎ。
 彼の家は小さな農家で六人兄弟の五番目。貧しいから口減らしのためここに来たと言った。
 彼にも自分の家族を持つ夢があった。両親は家業が忙しくほとんど兄と姉が彼の世話をしていた。着るモノも食べるモノも粗末だった。だから自分でたくさんお金を稼いで、早くお嫁さんをもらって自分の家庭を作って、穏やかに暮らしたいとはにかんだ。
「私と一緒に家族を作らない?」
 思わず言葉が漏れた。夢が同じなら願いは叶いやすいと思った。
 私は十六歳、彼は十七歳の秋。
「えっ、君はこんなに奇麗なのに僕なんかでいいの?」
 彼はいつも『奇麗なのに』を付ける。
「容姿は関係ない。あなたが私をずっと好きでいてくれるなら、それだけで十分」
 私は彼に微笑んだ。
「僕、がんばるよ!」
「私も」
 二人は強く抱き合い、将来を誓った。

 次の日彼は死んだ。
 私たちの関係を嗅ぎ付け、妬んだ男が彼の命を絶った。

 二人目の男(ひと)はある部署の責任者をしていた。
 私は工場内で小さな組の長を任され、責任者の彼と言葉を交わすことが多くなり、自然に心は彼に傾いた。
 みんなが寝静まった真夜中。
 二人は口付けを交わした。満月の光だけが私たちを照らし、祝福しているようだった。
 私は彼に貞操を捧げようと決心した。この男(ひと)なら身を委ねてもいいと思った。
 でも彼はこう諭した。
「君を育てた男性が言うように、僕も女性の純潔に囚われない自由恋愛の時代が来ると感じている。でもやはり父と母は古い人間だから薫が誰にも汚されていないことを望むだろう。僕だって一刻も早く君を抱きたい。だが今すぐでなくても何れその時は来る。これまで僕を育ててくれた両親に報いるためにも君は真っ白のままで迎えたいんだ」
 年の暮れ、私は彼と共に彼のご両親に会いに行った。
「もう大変な仕事は辞めて、結婚までこの家で暮らしたらどうだい?」
 彼のお母様はそう勧めてくれた。
 彼のご家族はみんな暖かかった。
 お姉様もお父様も、小さな妹たちも私を歓迎してくれた。
 私は決意した。熟慮する必要はないと思った。そのまま仕事を辞め、私はこの家に残った。
 彼の家族はみんな優しかった。まるで本当の姉妹のように私に接してくれた。この家族に囲まれ、この家のしきたりやこの地に根付く風習を学び、花嫁修業をしながら製糸工場で働く彼の半年後の帰りを待ち、正式に嫁ぐその日を夢見た。
        
 でもその日は来なかった。
 工場に戻った直後、彼は労咳に倒れた。
 何も知らされないまま、半年後、私が十七歳の夏、彼の死の知らせが届いた。 
 私はその後彼の家を出て、仕事に復帰した。
 彼の両親は失意の中床に伏せ、食事も喉を通らないまま瞬く間に衰弱して息を引き取ったと、風の噂で聞いた。

 その男(ひと)はしばしば問題を起こしていた。責任者に反抗して暴力沙汰も数知れず。そして何人もの若い女工たちに手を出し子を孕ませたと、放蕩三昧の生活を誰もが罵った。でも仕事は人一倍できた。だから誰も工場から追い出すことができなかった。
 私は労咳で彼を亡くした後、心が閉じてしまった。仕事にだけ集中し、甘い誘いには耳を傾けなくなっていた。その間私はさらに大きな組の長を任せられるようになると、誰もが一目置くようになり、気軽に話せる男も次第にいなくなった。
 でも本当は心が折れかかっていた。誰かにすがり付き、安らぎたいと願ってしまった。
 そんな折だった。
「お前相当参ってるな。言い寄って来る男は星の数ほどいたのに、今は声を掛けるどころか、目を合わせる男すらいない。無理もない。お前が関わる男がみんな死んでるんだからな。怖がって誰も近付きゃしない。だがそもそもお前には男を見る目がなかった。トンと押したらすぐ倒れるような奴ばかりを選んでる。今の時代、真面目でヒョロヒョロの青白い男は頼りにならない。身体が頑丈でどんな天変地異が起こっても死なない俺みたいな男を伴侶にしたほうが一生楽に暮らしていけるってもんだ」
 男の言葉は全て正しい。私はあっさり男に身を委ねてしまった。

 それでも、男は死んだ。頑丈だと思った心も身体も、一発の弾丸で脳天を撃ち抜かれてしまえば、抵抗する暇さえ与えられないことを知った。

「どうしてなの!?」
 私は途方に暮れ、人目を憚らず泣き叫んだ。

「君の伴侶はまた死を迎えたようだね」
 瘦せこけた眼光するどいあの男が、また私に声を掛けた。
「あなたは以前私に『君に好意を抱いているが決して抱いたりはしない』と言った。あれは一体どういう意味なの?」
 私の顔は苦痛に歪んだ醜いものだったに違いない。そんな私に怯むことなく、男は不気味な笑みを浮かべ、私に言った。
「薫は美しい。だが影がある。その影が常に君に付き纏っている。その影は君が心を許した男にも必ず付き纏っている。君の家族になろうとする男は、その影のせいで不幸になるのかもしれない。それは君だけの力ではないようだね」
「努力ではどうにもならないなら、私は一生孤独の宿命に打ち克つことはできないの?人知を超えた力がなければどうすることもできないの?」
「でも今薫が被っている現実は、人間なら遅かれ早かれ誰もが味わうごく当たり前の定めに過ぎない。薫が人間でいるかぎり、それはどうすることもできない」
 男は再び不気味に笑い、私の前から消えた。
        
 私は彼の言葉の真意をずっと考えていた。そして悟った。
        
『人間はいつか死ぬ。病気になって死ぬ。病気にならなくても寿命が来たら死ぬ。病気じゃなくても、寿命じゃなくても、誰かに殺されたり、事故に巻き込まれたりして死ぬ。生き物は全ていつかは命が尽き、消えてなくなるけど、人間には一人一人に特別な想いが残る。残るからこそ、残された人間が苦しむ』

 私は縁も所縁もない老夫婦に大事に育てられ、今日まで生き永らえた。でもそんな恩ある人たちも私の前から消えた。分かっていても辛いし、悲しい。その後も私の周りにいて、私によくしてくれて、私が心を許した人たちはその途端にみんな死んで、私の前から姿を消した。家族が欲しいと願い続けているのに神様は私から大事な人たちを連れ去ってしまう。私はその度に涙を流した。『どうしてなの?!』って神様に向かって叫んだ。でも神様は何も答えてはくれなかった。そして私はいつしか死のない世界を望むようになった。
 大切な人たちの死をも覆す力が欲しかった。

 私はある夜、得体の知れない誘惑の言葉を聞いた。

~神は、怠惰で、傲慢で、他人に対する謝意を軽んじる人間の日々の行いを戒めるため、死による別れの苦しみを与えた。人間である以上、その苦しみからは逃れられない。だが、悪魔の子を宿し、産み続ければ、お前には永遠の命が与えられる。そしてお前の家族や、お前が愛おしく思う者たち全てを死の恐怖から救うことができる。~

~お前が我々の子を産めば、永遠の命が与えられる~
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