金色と漆黒

雨後乃筍

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本当の願い

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 冬香はベンチに深く座り直し、空を見上げた。

「私こそ、おねーさんが羨ましいよ。何不自由ない生活。まともな両親。いつも食べられる美味しいご飯。キラキラした青春時代。私には何もなかった。ただ、私の体目当ての男ばっかり。私の価値は、そのとき手に持ってる金か、男の欲望を満たす体だけ」

 金色の髪が、月明かりの下でわずかに揺れる。

「おねーさんは考えたことがある?明日のご飯の心配。今日の寝るとこがどこだかわからない生活。おもちゃみたいに扱われて、いつ捨てられるかわからない今日とか」

 夏美は何も言えなかった。

「だから、私は日本に帰ってきたんだ」

 ゴクリ。夏美は喉を鳴らして息を飲んだ。

「刺激もスリルもいらない。退屈でもいい。なにも起こらなくていい。普通の生活、夢にまで見た普通の家庭。そんな普通の家族に囲まれて、一人の人間として過ごしたい」

 冬香は空を見上げながら手を上げた。まるで天の星を掴む様に。

「おねーさん、普通ってさ、簡単には手に入らないんだよ?かけがいのない宝物さ」

 それは、夏美が今、手放しかけている「普通」という名の宝物だった。

 夏美は、冬香の言葉の重さを理解した。自分にとっての「退屈」は、冬香にとっての「憧憬」であり、「平和」なのだと。

「きっと、できるよ。冬香さんなら」

 夏美は初めて心からの笑顔で冬香を励ました。

 冬香は少し寂しそうに笑って、立ち上がった。

「ありがと。おねーさんはさ、今の生活を大事にね。普通って、かけがえのないものだよ。それは、世界中を回って、一番わかったこと」

 夏美と冬香は、黙って二人で公園の街灯を眺めていた。相変わらずジジジっと不快な音を立てている。

「じゃ、そろそろ行くね。おねーさんもそろそろ帰んな?」

 そう言って、冬香は夜の闇の中に消えていった。

 結局自分の名前を言えなかった。どこに住んでいるのかも聞かなかった。もう会うこともないだろう。

 夏美は一人、飲みかけのビールの缶を握りしめた。

 ぽつり、と夏美の涙が缶に落ちた。

 それは、刺激的な人生への憧れを捨てた涙だったのかもしれない。
 日常という名の宝物を再発見した涙だったのかもしれない。

 夏美は静かに溢れてくる涙を拭いもせず、ただ公園のベンチに座っていた。
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