金色と漆黒

うごの筍

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漆黒の幸せ

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 数年後。

 夏美は相変わらず、共働きで、家事に追われる毎日を送っていた。俊哉との関係は劇的な変化はなかったが、以前のように「寂しい」と感じることは少なくなっていた。

 朝のコーヒーの香り。

 仕事帰りのスーパーで特売品を見つける小さな喜び。

 休日に俊哉と「一緒に見よう」と声をかけて、他愛ない会話をしながら観るテレビ。

 家の庭を通り過ぎる近所の猫。

 俊哉からの言葉も、徐々に「ああ」「うん」以外が増えてきたような気がする。

 それら日々の「なにげない出来事」一つ一つに、夏美は小さな感謝を感じていた。

 寂しさは自分から行動を起こせば薄れる。それは退屈な日常があってこそ。

 それを教えてくれたのは、あの夜、公園で出会った不思議な女性、冬香だった。

 夏美は俊哉と、郊外のアウトレットモールに来ていた。

 高い雲と秋の柔らかな日差しが彼女の髪を穏やかに照らしていた。

 ふと目に入った親子連れに、なぜだか目が釘付けになった。

 母親と手を繋ぎ、小さい子、おそらく二歳ぐらいの男の子が、笑いながら歩いている。

 母親は、かつて夏美が見た金色のロングではなかった。艶やかな黒髪のボブカットになっている。

 しかし、その横顔、そして夏美の心に焼き付いた強い眼差しは、間違いなくあの時の冬香だった。

「あ…」

 冬香は、おどけた顔で子供を抱き上げ、頬にキスをした。

 子供がキャッキャと笑い、冬香も優しい笑顔を返す。

 その表情は、かつて夏美の隣で焼酎を飲んでいた、虚ろで強い女性の顔ではなかった。

 そこには、かけがえのない「日常」の中にいる、満たされた女性の顔があった。

「やさしい旦那とかわいい子供。そんな普通の家族に囲まれて、なにげない人生を過ごしたい」

 あの夜、冬香が切望した、夏美の「退屈」という宝物。

 夏美はそっと、その場の空気を乱さないよう、一歩後ろに引いた。

 声をかける必要はなかった。

 冬香は、自分自身の力で、「金色の虚無」を、誰にも上書きできない「漆黒の幸福」に変えたのだ。

 夏美は静かに立ち尽くし、ただ見送った。

 冬香が、どうやって今の生活を手に入れたのか知らない。いや、知ってはいけない気がした。

 どうしてだろう?

 私と再会すればきっと彼女は驚き喜んでくれるだろう。

 だがそれは同時に彼女の宝物を壊しかねない危うさがある、そんな感じがした。
 私は彼女の前に出てはいけない。彼女がやっと手に入れた宝物を壊してはいけない。

 夏美の頬を、熱い涙が伝う。俊哉がびっくりした顔で見ている。

「なんでもないの、ただこうしていられるのが幸せで」

 俊哉がそっと手を握ってくれる。

 なにげない日常への感謝。

 そしてかつての友への、二度と会うことのない友への、静かなエールだった。
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