6 / 58
缶を一つ落とすだけ
しおりを挟む
僕は一人の美しい女性の後ろ姿を目にした。そこから始まる物語もあるだろう。
「あの…」
「こんばんわ」
くるりと僕の方へ体をやり、挨拶と同時に煙草の煙を吐く。艶のある黒髪は長くて、腰あたりまであり、夜なのに瞳は星と同等の輝きを放っている。
「この時間ってことは、お仲間かと…思いまして」
「それはどうかしら」
「仕事が終わらず、僕は残業ですよ。気晴らしに一服をと思いましてね。どうです?良かったら、奢りますよ」
「ありがとう。じゃあ、ブラックを」
同じスーツ姿で、こんな夜中は残業以外考えられない。このビルは屋上が解放されており、ビル内の狭い喫煙所よりここに来る喫煙者はたくさんいる。
ビル内には階数によって会社が違う。どこの会社の子なんだろうか。
僕が自販機のボタンを押し終わると彼女は言う。
「私がもし殺人者だったら、あなたはどうする?」
「だとしても、僕は君に殺される理由はないよ」
缶珈琲を受け取らず、真剣な顔で問う。
僕が戸惑いを見せながら笑みを作り、受け流す。
「無差別に殺す人もいるわよ?」
「じゃあ、何を使って君は僕を殺すのかな?」
煙草を消して缶珈琲を受け取り、彼女も笑みを作る。僕の問いに無言で缶珈琲を指差す。
「これであなたを殴り殺せるわ」
「時間かかりそうだし、どうだろう。無抵抗なら出来ると思うけど、僕が逃げちゃうかも知れない。それに捕まっちゃうよ」
「そうね。じゃあ、対象を変えましょう」
そう言うと彼女は未開封の缶珈琲を柵の外側へと腕を伸ばす。何の抵抗もなく、当たり前のように平然とした顔で。
「くだらないね。煙草が吸い終わる間の雑談にしては長いよ」
「あなたしか終わらせることが出来ないのだから。あなた自身が長くしているのよ?」
「じゃあ、雑談は終わりだ。お互い残業頑張りましょう」
「高層ビルのここから、この缶珈琲を落として人に当たれば重傷。運が悪ければ重体の可能性もあるわ」
そう、彼女は説明するように淡々と言葉を並べる。足が止まると全身が止まる。しかし、思考だけは動く。
「あなた本当にここのビルの関係者か!?警察に通報するぞ!!」
「通報して警察がすぐ来るわけじゃないわ。それに何もなかったら、私はただのおっちょこちょいの人よ?」
「あ、あなた、おかしいですよ…。もう、疲れました」
僕は表情が変わったり、身体を動かしたりしている。なのに、彼女の表情と動作は最小限で実に不気味だ。
「おかしい?おかしいのは、あなたよ。いや、この平和ボケした世界ね。用途を間違えれば人は死ぬし、殺せるのよ?貴方がしているネクタイに胸ポケットにあるボールペン。それも凶器よ」
「馬鹿馬鹿しい。そんなことが起こらないように法があり、理性がある。」
「理性は壊れる。現に理性が壊れた人は法を破り、捕まっているでしょ?ただの抑止力に過ぎないわ」
この話に付き合っていたら、頭がおかしくなりそうで気持ち悪くなる。中に戻れば残業なんて最悪だ。彼女の話に耳を傾け過ぎた。ドアノブを捻ると同時にまた彼女が声をかけてくる。
「ねぇ、落としちゃった」
その一言は身体をまた硬直させる。聞かなかったことにすれば?不注意?嘘か?俺の指紋もついてる。その場合どうなる?様々な自問自答が頭の中を襲う。
自分の目で確認しないと人は安心出来ない。彼女の両手を見ると手をパーにしている。ポケットに膨らみはない。
「何やってんだよっ!!!」
目視で確認した瞬間、口と脚が動いた。勢いよくフェンスに両手をついて下を見るとバキッと音が鳴り、全身が宙に浮いた。
「凶器が無くても人は殺せるのよ?」
その言葉が聞こえて、彼女に視線をやる。だが、もうそこにはビルの壁しか見えない。目で追って上を向いても空しかなかった。そして、疑問に思う。
僕は何に殺されたのだろうか?
彼女? 缶珈琲? 運? 理性?
頭の中では、正解が出ずにただ赤くなった。
「あの…」
「こんばんわ」
くるりと僕の方へ体をやり、挨拶と同時に煙草の煙を吐く。艶のある黒髪は長くて、腰あたりまであり、夜なのに瞳は星と同等の輝きを放っている。
「この時間ってことは、お仲間かと…思いまして」
「それはどうかしら」
「仕事が終わらず、僕は残業ですよ。気晴らしに一服をと思いましてね。どうです?良かったら、奢りますよ」
「ありがとう。じゃあ、ブラックを」
同じスーツ姿で、こんな夜中は残業以外考えられない。このビルは屋上が解放されており、ビル内の狭い喫煙所よりここに来る喫煙者はたくさんいる。
ビル内には階数によって会社が違う。どこの会社の子なんだろうか。
僕が自販機のボタンを押し終わると彼女は言う。
「私がもし殺人者だったら、あなたはどうする?」
「だとしても、僕は君に殺される理由はないよ」
缶珈琲を受け取らず、真剣な顔で問う。
僕が戸惑いを見せながら笑みを作り、受け流す。
「無差別に殺す人もいるわよ?」
「じゃあ、何を使って君は僕を殺すのかな?」
煙草を消して缶珈琲を受け取り、彼女も笑みを作る。僕の問いに無言で缶珈琲を指差す。
「これであなたを殴り殺せるわ」
「時間かかりそうだし、どうだろう。無抵抗なら出来ると思うけど、僕が逃げちゃうかも知れない。それに捕まっちゃうよ」
「そうね。じゃあ、対象を変えましょう」
そう言うと彼女は未開封の缶珈琲を柵の外側へと腕を伸ばす。何の抵抗もなく、当たり前のように平然とした顔で。
「くだらないね。煙草が吸い終わる間の雑談にしては長いよ」
「あなたしか終わらせることが出来ないのだから。あなた自身が長くしているのよ?」
「じゃあ、雑談は終わりだ。お互い残業頑張りましょう」
「高層ビルのここから、この缶珈琲を落として人に当たれば重傷。運が悪ければ重体の可能性もあるわ」
そう、彼女は説明するように淡々と言葉を並べる。足が止まると全身が止まる。しかし、思考だけは動く。
「あなた本当にここのビルの関係者か!?警察に通報するぞ!!」
「通報して警察がすぐ来るわけじゃないわ。それに何もなかったら、私はただのおっちょこちょいの人よ?」
「あ、あなた、おかしいですよ…。もう、疲れました」
僕は表情が変わったり、身体を動かしたりしている。なのに、彼女の表情と動作は最小限で実に不気味だ。
「おかしい?おかしいのは、あなたよ。いや、この平和ボケした世界ね。用途を間違えれば人は死ぬし、殺せるのよ?貴方がしているネクタイに胸ポケットにあるボールペン。それも凶器よ」
「馬鹿馬鹿しい。そんなことが起こらないように法があり、理性がある。」
「理性は壊れる。現に理性が壊れた人は法を破り、捕まっているでしょ?ただの抑止力に過ぎないわ」
この話に付き合っていたら、頭がおかしくなりそうで気持ち悪くなる。中に戻れば残業なんて最悪だ。彼女の話に耳を傾け過ぎた。ドアノブを捻ると同時にまた彼女が声をかけてくる。
「ねぇ、落としちゃった」
その一言は身体をまた硬直させる。聞かなかったことにすれば?不注意?嘘か?俺の指紋もついてる。その場合どうなる?様々な自問自答が頭の中を襲う。
自分の目で確認しないと人は安心出来ない。彼女の両手を見ると手をパーにしている。ポケットに膨らみはない。
「何やってんだよっ!!!」
目視で確認した瞬間、口と脚が動いた。勢いよくフェンスに両手をついて下を見るとバキッと音が鳴り、全身が宙に浮いた。
「凶器が無くても人は殺せるのよ?」
その言葉が聞こえて、彼女に視線をやる。だが、もうそこにはビルの壁しか見えない。目で追って上を向いても空しかなかった。そして、疑問に思う。
僕は何に殺されたのだろうか?
彼女? 缶珈琲? 運? 理性?
頭の中では、正解が出ずにただ赤くなった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる