短き者達

雨彩 色時

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たった一度だけ

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 俺は今、名も知らない青年と二人で屋上にいる。そして、青年は靴を脱いでおり、柵の外側で俺に背を向けていた。知らない建物の屋上まで来て、俺は名も知らない青年に会いに来たのだ。
 帰宅途中に気まぐれで上を見上げたら、如何にも今から飛び降りようとしてる人影があったからだ。ドアを開けると同時に声をかける。

「おいっ!」


 声をかけても背を向けたままで、こっちには見向きもしない。青年はそれ程までに人生と言うモノに打ちのめされたのだろうか。まだ学生だろう。いじめか家庭問題か俺にはさっぱり分からない。だが、止めなくてはいけない。
 これは俺のエゴだ。青年にとっては不幸な所へ引き戻そうとする悪魔の囁きにでも聴こえてるだろう。
 俺は知らない。
 青年がここまで追い込まれた人生を。
 天国や地獄って所の方が幸せなのかも知れない可能性を。


「話してみろよ。これも何かの縁だ。な?」
「つまらないんです」
「は?」
「貴方が思ってる人生じゃないって事ですよ。むしろ、何も無いんです」


 青年は振り向かずにあくまでも背を向けて喋る。青年の言っていることが、俺には理解が出来そうにない。そんな事で命を…自分の生を投げ出そうとしている青年に驚きを隠せない。


「まだ君は若いじゃないか。これから見つかるかも知れない。勉強が退屈なのは仕方ない。友達付き合いなんて面倒だろう。両親の小言はうるさいか? でも、そんな当たり前を今投げ出そうとしている君に楽しい事が起こると思うか?」


 青年はやっと顔を合わせてくれた。しかし、それは酷く冷たい視線だ。柵を登って、靴を履いて俺の真正面まで来た。くしゃくしゃにされた封筒を胸に強く押し付けられる。


「遺言書も満足に書けなかった僕の人生に価値なんて無いんですよ? 無いモノは生み出せません」


 青年を引き止める言葉が詰まって立ち尽くすことしか俺には出来なかった。遺言書の中身を見ると空っぽだ。綺麗事を書いている紙すら入ってない。
 俺はくしゃくしゃの封筒を持ち帰った。また彼に会う気がしたからだ。
 数日が経ったある朝。いつもの電車が人身事故により遅延した。俺はすぐに青年の顔が頭に過った。そして、数週間が経つ。俺はあれから気になって誰なのかを調べると青年だった。封筒の名前と一致したのだ。


 俺は花束を買って遺言書を隠すように花束に紛れ込ませる。そして、あの空っぽの封筒には数本の花を入れた。
 たった一度しか止められなかった。もっと早く駅に着いて青年と会っていればと俺は複雑な気持ちになった。
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