43 / 58
波は喰らう
しおりを挟む
私には名前がある。しかし、知らない人が見れば凡人とか普通の人と答えるだろう。間違ってはない。私自身、その様に振る舞っているし、その生き方しか知らないからだ。もう50年近くもそれ以外を知らないのだから。
「あの、ここが少し分からなくて…」
「真っ直ぐ家に帰るなんて、奥さんが羨ましいですよ。聞いて下さいよ。うちの人なんて…」
「お帰りなさい。お風呂沸いてるわよ」
「お父さん、そこのリモコン取って」
本当に毎日が平和で、平凡だ。多分これが、人並みの幸せと言うのだろう。
部下が頼ってくれて、事務の愚痴を聞いて、妻の優しいお出迎えにテレビっ子の息子。こんな生活に不満なんて贅沢な話だ。これから息子も成長して自立し、妻と老後の生活が待っている。定年を迎えたら、公園で散歩したりして。
「次は____駅です。お降りのお客様は…」
私はいつも通りに通勤している。ここで降りなければならない。しかし、今日の私は違った。
小説を読んでるのは変わらないのだが、夢中になり過ぎた。降りるはずの駅が、視界から横へ横へと消えていく。次で降りて、タクシーを使えば仕事に支障は無い。瞬時に問題は解決する。
「今日暑いなー。学校行きたくねー」
「サボって海行こうぜ」
「バーカ。親父に怒鳴られたくねーよ」
いつもなら会わない学生の会話。確かに暑い。こんな暑い時の海風は気持ちいいだろう。そして、この電車は途中で、海が近い駅で停車する。そんな誘惑があるから、言葉にも出したくなる。
そんな事を思っていたら、停車する。ここで降りなければいけない。なのに、身体が動かないのだ。会社に遅刻してしまう。
そう言えば、小説がいい所だった。私は動かない足を諦めて、動く手で小説を開く。駅を降りたのは昼過ぎだ。マナーモードにしていた社用携帯に複数の不在着信。私用は妻からの不在着信と安否確認のチャットが、ホーム画面に表示されている。
「やっぱり、海風は涼しいな」
波音はこんな状態の私ですら、魅了する。それは自身を平凡と思っていた私にとって、最高の音である。岩に衝突する度に波音は、私を喰らっている様だ。
心臓にもし味があるのなら、きっと今美味しく海は私を喰らうだろう。
「あの、ここが少し分からなくて…」
「真っ直ぐ家に帰るなんて、奥さんが羨ましいですよ。聞いて下さいよ。うちの人なんて…」
「お帰りなさい。お風呂沸いてるわよ」
「お父さん、そこのリモコン取って」
本当に毎日が平和で、平凡だ。多分これが、人並みの幸せと言うのだろう。
部下が頼ってくれて、事務の愚痴を聞いて、妻の優しいお出迎えにテレビっ子の息子。こんな生活に不満なんて贅沢な話だ。これから息子も成長して自立し、妻と老後の生活が待っている。定年を迎えたら、公園で散歩したりして。
「次は____駅です。お降りのお客様は…」
私はいつも通りに通勤している。ここで降りなければならない。しかし、今日の私は違った。
小説を読んでるのは変わらないのだが、夢中になり過ぎた。降りるはずの駅が、視界から横へ横へと消えていく。次で降りて、タクシーを使えば仕事に支障は無い。瞬時に問題は解決する。
「今日暑いなー。学校行きたくねー」
「サボって海行こうぜ」
「バーカ。親父に怒鳴られたくねーよ」
いつもなら会わない学生の会話。確かに暑い。こんな暑い時の海風は気持ちいいだろう。そして、この電車は途中で、海が近い駅で停車する。そんな誘惑があるから、言葉にも出したくなる。
そんな事を思っていたら、停車する。ここで降りなければいけない。なのに、身体が動かないのだ。会社に遅刻してしまう。
そう言えば、小説がいい所だった。私は動かない足を諦めて、動く手で小説を開く。駅を降りたのは昼過ぎだ。マナーモードにしていた社用携帯に複数の不在着信。私用は妻からの不在着信と安否確認のチャットが、ホーム画面に表示されている。
「やっぱり、海風は涼しいな」
波音はこんな状態の私ですら、魅了する。それは自身を平凡と思っていた私にとって、最高の音である。岩に衝突する度に波音は、私を喰らっている様だ。
心臓にもし味があるのなら、きっと今美味しく海は私を喰らうだろう。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる