だんだん~徒然~

祝木田 吉可

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第6話:高校時代①

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高校は、ボランティア推薦で私立の西高校に入学した。クラスは特別進学クラス。建物も特別進学クラスだけ別棟になっている。3年間同じクラスだ。担任は志田英五先生。
入学式が無事に終わり教室に戻り、最初の自己紹介を終えると志田先生が話始める。
「いきなりで悪いんだが、学級委員長と副学級委員を決めなきゃいかんので、誰かやりたい人はいないか。」
そんなことを言われても我先にと手を挙げる人はおらずシーンと静まり返った。志田先生も続ける。
「まぁ、いきなり言われて手を挙げる人はいないんじゃないかと思っていたから、こうなっても大丈夫だ。悪いが決まらないと進まないので、先生から今回は指名する。新川と綿貫、お願いできるか?」
不意に指名され断りきれず私はうんと頷いた。
「よろしく頼むよ。」
「さて、学級委員も決まったことだし他の委員も決めなきゃならないんだが、それはまた週明けに決めようと思う。今日はお知らせを一つ。高校時代は次の進路をしっかりと考える大事な時期だ。特にこのクラスは特別進学だ。でもだからといって進学が絶対ということもない。就職というのも大事な選択だ。そのためにも我々は君たちの思いを理解しないといけないので定期的に個人面談を実施する。早速だが、週明けの月曜日からの放課後に6人ずつに分けて一週間やっていくのでそのつもりでいてほしい。男子は安東、女子は青山からやっていくのでよろしくな」
水曜日。自分の個人面談の日。放課後、個人面談のある人だけが残って順番に志田先生のいる進学指導室で面談を行っていく。そして自分の前の浜屋歩美さんの面談が終わり教室で待っている私に声掛けた。
「新川くん。次、新川くんだってさ。」
「分かった。ありがとう。」
私はそう言って教室を出て進学指導室へ向かった。
「新川か、こっちへ。」
進学指導室の中にある面談室にいた志田先生に言われて面談室に入った。
「そこ座って。」
「失礼します。」
「新川、いきなり学級委員長を指名して悪かったな。」
「いえ。大丈夫です。急でビックリはしましたが。」
「そうか。なら、良かった。」
志田先生は一つ「フーっ」と息をついて続けて話し始める。
「新川、中学でボランティア始めてこの高校に入学したんでしょ。」
「はい。」
「じゃあ、福祉の大学に行くなんて、どう?」
「はい。ボランティア始めて興味あるんで行ってみたいです。」
「だったら…」
志田先生はそういうと大学資料の棚に向かった。私は何校か大学の資料を持ってきて参考にさせてもらえるんだろうと思っていた。が、そうではなかった。
「だったら、この日本福祉大学にしなさい。AO入試で受験できるように私たちの方でサポートする。どうだ。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
「ところで、新川は部活は決めたのか。」
「いえ、未だ。迷ってたんです。剣道続けるか、ボランティアかって。」
「ボランティアでAO入試を目指すんだからボランティアにしたらどうだ。新川には他にもやってもらいたいものあるから、その方が都合いいんじゃないかな。」
「わかりました。因みにそのボランティアの部活ってなんです?」
「インターアクトクラブというやつだ。私が顧問している。あと、そこにいる渡邊覚先生と就職指導の江藤弘道先生に非常勤の長岡有紀先生の4人だ。明日の放課後、ミーティングがサテライト室であるから行くといい。他の先生には伝えておく。」
「分かりました。」
「じゃあ、よろしくな。」
「はい。失礼します。」
そう言って、私は進学指導室を出た。
進学指導室を出た私は帰る前に情報処理室に寄った。情報処理室ではパソコン部が活動していた。顧問の樋野先生が私に気づいた。
「ん?部活の見学か?」
「いえ、ちょっと調べ物したくて。パソコンお借りしても良いですか。」
「あぁ、そこの後ろ2列は使わないから好きに使ってくれ。」
「ありがとうございます。」
私は入り口近くのパソコンで調べてみた。
すると、志田先生の薦める日本福祉大学は愛知県にあり福祉大学でも有数の国家資格と就職率と書いてあった。大学の環境も名古屋から急行で一時間南に下った出雲とあまり変わらないから良さそうな所で安心した。
家に帰った私はその夜、親に面談で話した。
「今日、学校で進路の話があった。」
「早速あったのか。それでなんて?」
「愛知県の日本福祉大学という所をAO入試で受けることを薦められたから受けることにする。」
すると母がこう言った。
「そんなすぐに決めて良いの?卒業後の進路だぞ。それに愛知県って、せめて中国地方に無かったの?」
「無いことはないけど、せっかく、福祉に特化した大学だから色んなことを学べる気がして。」
父が続ける。
「お前は未だ入学したばかりじゃないか。福祉に行きたいのは分かったからそれは良いとして、大学はもう少し色んなところを知ってからでも良いんじゃないかな。」
「分かってる。でも優先順位はこの大学で目指していこうと思う。」
「分かった。」
とりあえず、親は承知をしてくれ薦めてくれた日本福祉大学のAO入試に向けてやっていくことにした。
次の日の昼休み、志田先生に誘われるままインターアクトクラブのミーティングに参加した。場所は理科室。理科室に入ると、2、3年生で15人のメンバーが点々バラバラに座っていた。割合が女子10人、男子5人で女子が多く、思っているより人が多くて私は呆気に取られていた。私含め、この日のミーティングに参加した1年生は5人いて、男子は私と月阪和行の2人で女子は同じクラスの笹森優希、内藤茉由、福元由紀子の3人だった。
この日のミーティングは、全員の自己紹介と今年度の主だった予定の確認だった。ミーティングが終わると私たち5人は入部届けを渡されて理科室を出た。
放課後。最後のこの日の最後の面談が終わるのを待って私は志田先生のいる進学指導室に寄った。
「志田先生、良いですか。昨日の話の事で。」
「おう。良いぞ。そこ座りなさい。」
「はい。」
志田先生に言われて私は、先生の隣の席に座った。
「それで。AO入試に向けてはどうする?」
「前向きに考えていきたいです。」
「前向きに考えたい、とは?」
「AO入試だと、その大学一本になるんですよね。」
「それは、そうなるな。」
「未だ入学したばかりなので、今から一本に絞るのは早いんじゃないかと言われて。他の大学のことも知ってから決めて欲しいと言われたので。でも、AO入試に向けての準備は始めていきたいと思ってます。」
私が答えると志田先生は少し考える間があったものの、納得してくれた。
「分かった。とりあえず、今日インターアクトクラブのミーティングで貰った入部届けを出すこと、あと、生徒会に入ること。生徒会のミーティングは週明け月曜日の放課後だからそれに参加するように。」
「分かりました。」
その場で私はインターアクトクラブの入部届けに記入して志田先生に提出した。
「よろしくお願いします。」と一礼して私は進学指導室を出た。
進学指導室を出ると月阪が私に声掛けてきた。
「新川、今終わり?」
「うん。」
「俺も、入部届け出したら終わるからマック行かない?」
「良いけど。」
「じゃあ、出してくるからちょっと待って。」
「分かった。」
そう言って10分ほど進学指導室の前で待ってると月阪が出てきた。
「ごめん、提出したら東原先生に生徒会の話をされて遅くなった。なんか、志田先生が新川にも生徒会の話をしたから、お前もどうだって。本当か。」
「うん。大学のAO入試の為に入った方が良いって。」
「月曜日の放課後、ミーティングあるみたいだけど、行くのか。」
「うん。行くよ。」
「じゃあ、俺も一緒に行っていいか。俺、5組なんだ。放課後、行く前に教室来てくれるか。」
「分かった。」
「よしっ。決まりだな。じゃあ、行こうぜ。」
「うん。」
その後、2人マックで合流して、それぞれ飲み物買って席に着いた。
「新川、そういえば俺の事覚えてる?」
私は首を傾げた。
「一中の剣道部だった月阪。中学の時にお前と何度か対戦したんだよ。」
「一中の月阪?」
私はその名前に少し反応して、思い出したことをそのまま口にした。
「先輩との距離の詰め方が上手い太鼓持ちの。」
「って。おい!何だよその覚え方。強い弱いじゃないのか。」
「どっちも聞いてないけど練習は人一倍してたって。」
「そりゃ、下手だから練習しないと付いていけないしね。お前もそうだろ。」
「まぁね。基礎練しないと実践難しいからね。だけど、自負して人一倍って言えた自覚は僕はなかったな。」
「それは、お前。謙遜じゃないのか。」
「そうかな。」
「まあ。いいや。これからよろしくな。」
「うん。」
「急に話しかけて悪かった。でも、付き合ってくれてありがとう。」
「こちらこそ、ありがとう。」
お互いに「じゃあ!」と別れて家路についた。
月曜日の放課後、準備が出来た私は月阪のクラスの前で待っていた。しばらくして月阪が出てきて生徒会室に向かった。生徒会室には既存メンバーの2、3年生が既に集まっていた。センター奥のホワイトボードの前に座っている女子生徒が私たちの方へ近づいてくる。
「新川浩之くんと、月阪和行くんだね。私は、3年の生徒会長をやってる香具山馨。よろしくね。とりあえず入り口前が2つ席あるから座って。」
「失礼します。」と二人声揃えて座った。
香具山さんが話を始める。
「今日は二人も来ているので、自己紹介から始めるね。改めて、私が3年の生徒会長、香具山馨です。」
「3年の副生徒会長、猪口彰人です。」
「3年の書記長、勝部明子です。」
「2年の副書記長、嶋村由紀江です。」
「3年の会計、古谷純奈です。」
「3年の広報、吉野千佳です。」
「2年の環境、友田紗知です。」
「これで全員だね。会計と広報にそれぞれ担当して欲しいと思ってるけど、どれがいい?」
私が少し考えてる間に月阪が二つ返事で答えた。
「俺、会計が良いです!」
「じゃあ、決まりね。月阪くんは会計補佐、新川くんは、広報補佐ということでいい?」
「はい!」と二人同時に返事をした。
「じゃあ、この後は会計、広報。それぞれに内容を聞いてもらってね。」
香具山さんが話終わると、吉野さんが続けて話始めた。
「じゃあ、月阪くんと新川くん。私たちに付いてきて。」
「はい。」
4人で2階の情報処理室に移動した。
「月阪くんと古谷さんはそっちのPC、新川くんと私はこっちのPCでやろう。」
「分かりました。」
二手に分かれて作業を開始した。
「新川くんは広報ということで、広報は月一回の広報新聞と年に一回の広報誌を作ってるよ。広報新聞は、ここにネタがあるからこれを参考にしてね。もちろん、ここにあるネタ以外に思いついたものがあればやってくれていいよ。で、新聞に書く前にワードでデータを作ってね。」
「分かりました。」
「今日は、過去のデータを見てどんなネタがあるのか把握してみようか。」
「はい。」
私は、吉野さんと一緒にUSBに入っているデータの確認をした。時事ネタや季節ネタ、校内の行事など様々なネタのデータが入っていた。
「大体、どんなのか分かった。」
「はい。」
「今回の新聞は生徒会メンバーの紹介欄を作るから、新川くんは紹介欄を担当してもらっても良いかな。」
「はい。紹介欄って何すればいいですか。」
「9つの質問を作ってメンバーに回答してもらってそれを纏めて新聞に載せるの。もちろん、顔写真も付けてね。」
「なるほど。質問ってどんなのですか。」
「学年とコース、血液型は決まってるんだけど、それ以外は担当者が独断と偏見で考えた質問を載せてるわ。新川くんは初めての記事だから難しく考えないで載せたい質問を考えてくれれば良いから。本屋に売ってる名鑑を参考にしてくれれば良いからね。」
「分かりました。」
作業を終えた私はパソコンの電源を切って生徒会室に戻った。生徒会室には香具山さんが作業をしていた。
「お疲れ様です。」
「新川くん、お疲れ様。どう?生徒会は。やっていけそう?」
「はい。皆さん優しくて明るくて楽しくやれそうです。」
「良かった。悪いんだけど、入会届を書いて欲しいな。」
「分かりました。」
私が生徒会の入会届を書いていると、月阪と古谷さんが戻ってきた。
「月阪くん、お疲れ様。月阪くんは、どう?生徒会は。やっていけそう?」
「はい。バッチリです。」
「良かった。じゃあ、入会届を書いてもらえるかな。」
「了解です。」
月阪は鼻歌を口ずさみながら入会届に記入した。
「月阪、ご機嫌だね。」
「だって、古谷さんが優しかったから嬉しくて。それに生徒会の先輩方もみんな優しそうだし。」
「それは分かるかも。」
「二人とも嬉しいこと言ってくれるね。」
香具山さんは少し照れながら答えた。
「今日は二人ともこれで終わって帰っていいからね。」
「ありがとうございます。」
生徒会を終えた私は月阪と一緒に生徒会室を出た。
金曜日、インターアクトクラブのミーティング。志田先生が話し始める。
「明日は毎月恒例の西高カフェです。行ける人は手を挙げて。」
予定が無かった私は直ぐに手を挙げた。1年は私と月阪、笹森優希、内藤茉由の4人。2年生は奈義良紗知、谷内ひとみの2人。3年生は吾郷大介、原田あゆみ、板持渚の3人の9人が手を挙げた。
「よし、じゃあ手を挙げた9人は残って。それ以外の人は帰っていいよ。」
志田先生の合図で手を挙げなかった人は帰っていった。
「明日の西高カフェはこの9人で行くことになるな。明日はいつも通り15時開店だから学校集合も13時30分でよろしく。じゃあ、解散。」
志田先生はそう言うと部屋から出て行った。その後各自解散になった。
翌日、13時30分。いつもの理科室で時間通りに9人が集まった。志田先生が入ってきて話を始める。
「みんな、今日はありがとう。よろしくね。これ、今日の動きを作ってきた資料だから一人一枚取って回してね。」
資料を取って回した。
「一年生は最初の西高カフェだから先輩に付いてホールの接客してね。キッチンは私と長岡先生、吾郷くんの3人で担当します。吾郷くんと長岡先生、私のキッチン担当はこれから買い出しに行くのでホール担当は残ってホールの流れをお願いします。」
そう言って、吾郷先輩と長岡先生、志田先生の3人は買い出しに出かけた。ホール担当が理科室に残ると原田先輩が話し始める。
「ホール担当の流れの説明をします。ホール担当は、当日参加される利用者さんを職員の方と迎えに行ってホールまで誘導をします。車椅子を使っている方は私たち学生が車椅子を押して誘導します。事前に当日参加予定となっていますが、行ってみて本人さんの体調や気分でGOが出た方をホールへお連れします。拒否をされたら無理強いはしないで退室してホールに戻ります。ホールにてメニューを聴いて、トロミがいる方や温度に敏感の方もいるので詳細に本人さんや職員の方に聞いてください。聞いた注文をキッチンに伝えて、出来たら本人さんの所に持って行って可能であれば話し相手をしてください。」
一年生は「分かりました。」と理解した。原田先輩が話を続ける。
「では、組み合わせを発表します。私、原田と内藤さん、板持さんと月阪くん、谷内さんと笹森さん、奈義良さんと新川くんの組み合わせになりますのでよろしくお願いします。では、ペアに別れて車椅子の操作方法について確認してください。」
原田先輩の合図でペアに別れて車椅子の操作方法を確認していると買い出し組が戻ってきた。
「お待たせ。買ってきたよ。」
長岡先生の合図でメニュー表作りが始まった。
「今日のメニューは、飲み物がホットコーヒー、アイスコーヒー、アイスティーのストレートとミルク、紅茶のストレートとミルク、オレンジジュース、りんごジュース。お菓子はビスケットだよ。」
長岡先生に言われた通りにメニュー表を作る。
「デザインはどんなのが良いですか。」
「春だから桜とかチューリップとか華やかなもの、とかどう?」
「分かりました。」
先生に言われた通りに配置を考えながらやってみた。
「こんなんでどうでしょう。」
「うん、いいんじゃない。これでいこう。」
「ありがとうございます。」
あっという間に出発の14時30分になった。
志田先生が声かける。
「そろそろ出発の時間だから、私の車が7人乗りなので月阪、吾郷、板持、原田、内藤、笹森の6人、長岡先生の車が4人乗りなので新川、奈義良、谷内の3人に分かれて乗ってくれ。」
志田先生が割り振ったように乗り込んで施設に向かう。高校から施設までは車で10分、乗り合わせで行くなんて初めてで10分の移動時間でも緊張して長く感じた。
施設に到着すると、担当者が出てきて挨拶をした。
「志田先生、今日はよろしくお願いします。今月担当します。坂根隆二です。」
「志田です。よろしくお願いします。」
「今日は今のところ8人の入所者が利用されることになってます。声掛けの時の気分や体調によっては人数の変動があるかとは思いますが、よろしくお願いします。」
「分かりました。」
「では、ラウンジにご案内します。」
担当者の案内で階段で2階に上がりラウンジに到着した。
「よしっ!じゃあ準備するか。」
「はいっ。」
志田先生の合図で準備に取り掛かる。準備をしてると入所者さんが声を掛けてきた。
「いつから始まるかね。カフェは。」
「準備が出来たら声かけさせてもらいますね。」
「私、予定じゃないけど良いだか?」
そう入所者さんが言われると横から坂根さんが声掛けてきた。
「大丈夫ですよ。後で梶さんにも声かけますね。」
「ありがとう。」
梶さんという方は有り難そうにお礼を言うと部屋に戻って行った。
「あの方は梶時子さん。カフェが好きで楽しみにされてる方なんですよ。」
「そうなんですね。」
「良かったら、お誘いに行きますか。私も付き添いますので。」
「ぜひ。ありがとうございます。」
しばらくして準備が整った。
志田先生が口火を切る。
「よしっ。じゃあホールの人呼びに行こうか。坂根さんが順番に案内してくれるからそれに従って。」
坂根さんの呼びかけで順番に利用者さんの部屋に行って声掛けして出てもらっている。
「では、山根さんと和田野さん呼びに行かれる方、付いて来てください。」
私と奈義良さんの順番が回り、坂根さんの後に付いて順番に部屋を回った。
「これで予定の人は大丈夫ですね。」
坂根さんと私の目が合うと坂根さんは続けて言った。
「では、梶さんを迎えに行きましょうか。」
「はい。お願いします。」
坂根さんに付いて梶さんの部屋に向かった。
「梶さん、体調どうですか。」
「うん、今日は調子良いよ。」
「ちょっとバイタル測りますね。」
坂根さんは慣れたように体温、血圧、血中濃度を測る。測っている間も不安にさせないように優しく声掛けている。
「うん、大丈夫ですね。じゃあこれ。今日の喫茶代渡しますね。」
「ありがとうね。」
梶さんは深く感謝するように言った。
「今日は、西高の生徒さんに連れて行ってもらいましょうね。」
「西高一年の新川浩之です。よろしくお願いします。」
私が挨拶すると梶さんは私の顔をジッと見て呟いた。
「あんた、カツノリじゃないかね。」
間髪入れずに坂根さんが訂正する。
「梶さんのお孫さんじゃないですよ。」
「そうかね。」
「梶さんのお孫さんは今大学生でしょ。この方は高校生さんだから違うよ。」
「そうかね、そうかね。悪かったね。」
「いえ。お孫さん、会えてないんですね。」
「そうなの。私がここに来てからずっとね。」
「そうなんですね。」
「だから孫と似たような歳の子が来ると楽しくて。」
「そうだったんですね。」
「梶さん、行きましょうか。」
「お願いします。」
坂根さんの誘導で車椅子に移乗した梶さんを私が連れて喫茶スペースまで連れていった。
「ホットコーヒーください。」
「かしこまりました。」
私は厨房に戻り注文を通した。
「ホットコーヒー1つお願いします。」
注文を通すと坂根さんが私に聞いてきた。
「これ、梶さんのだよね。」
「はい。」
「そうすると、トロミをつけて上げるのと暑いの苦手だから氷入れてあげてね。」
「分かりました。」
私は坂根さんに言われる通りにトロミと氷を入れて再度確かめてもらった。
「これで、どうでしょう。」
すると坂根さんはスプーンを手に取って確かめた。
「トロミは大丈夫だね。温度は、」
坂根さんはスプーンで一回掬って手の甲に垂らした。
「うん。温度も大丈夫だね。持っていって大丈夫だよ。提供するときは、真ん中より少し右側に寄せて右手側に取っ手があるように出してね。梶さん、斜視あるから少し右よりから見てるんだ。提供したらそのまま梶さんに付いてもらえる。飲んだあとに零すといけないから付いていてあげた方が安心でしょ。」
「分かりました。」
私は梶さんに付いて、話をしたんだけど、中々聞き取れなくてホールにいる職員さんに助けてもらいながら話をしていた。会話のキャッチボールが上手くいかなくて申し訳ない気持ちでいたけど、梶さんからは「ありがとう」と丁寧に言われて、日頃感謝されることのない自分としては新鮮な気持ちになり、自然と「こちらこそ、ありがとうございました。」と言った。
西高カフェは滞りなく進み、無事に終わることが出来た。片付けも終わり、お世話になった坂根さんに挨拶をした。坂根さんに帰り際に「また来てね」と言われたことに私は嬉しくなった。
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