トイの青空

宝楓カチカ🌹

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告白

153.

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 自分は壊れてしまったのだと思っていた。
 だって、壊されたから。
 でも、優しい人たちに拾われたから。優しさに触れたから。
 壊れた体を戻すことができるのかもしれないと、思っていたのに。
 やっぱり壊れた人形は、いつまでたってもガラクタのままだった。





 一番初めに目に入ってきたのは大きな窓だった。

 透明なガラスと、装飾の施された窓枠。そこにしとしとと小雨が降りかかっている。天気は荒れ模様だ。遠くの方には青い空も覗いているのだろうか、ここからでは錆色の雲しか見えない。
 次に、目線をあげて上を見る。見慣れない天井があった。自室ではない、黄ばんだ染みが一つもない。だが育児院の天井とも違う。一番近いと思ったのはかつて監禁されていた屋敷の天井だ。
 しかしよく見ればそれとも違う。まず色が異なる。あそこは白い天井だったが、ここのは薄っすらと青みがかっている。では一体ここはどこなんだ。

 ちり、と、断続的な記憶が脳裏を掠めて頭が痛んだ。

 手足が重い。しかし幾分かは身体の疼きも収まっていた。長く苦しい夢を見ていた。まるで闇の中にいるみたいだった。身体のあちこちが熱くて痛くて痒くて息も出来なくて、暴れてしまう身体を誰かに押さえつけられることも辛くて、ただ泣いていた。
 誰だったっけ、と考えてぼんやりと見知った顔が浮かんできた。シスターだ。ずっと傍に居てくれた気がする。手を伸ばせば優しい手に握り返して貰えた。
 目だけでぐるりと部屋を見回す。
 なんとか起き上がろうとするが力が入らない。腕で弾力のあるベッドを押して、蹲りながら上体を起こす。ずきりとした鈍痛が身体の奥に響いて激しくふらついたが、なんとか顔を上げて再度広い部屋の中を見回せた。しかし、探している女性はいなかった。
「……シスター?」
 おかしい、確かにシスターがいたはずなのに。
 今は何時だと、壁にかかっている時計を見れば夕方だった。あれから何日たったんだ、と考えてから「あれから」という自身の思考に引っ掛かりを覚えた直後、記憶が蘇ってきた。

 ──できれば思い出したくない記憶だった。

 あれから意識を失って、気が付いたら車に乗せられてあまりの恐怖に怯えて怯えて──ということは、ここは彼に連れて来られた場所なのかもしれない。ではなぜ薄っすらとシスターが傍にいてくれた記憶が残っているのだろう。
 握りしめてくれた手も、腕を擦ってくれた手の温かさも本物だった。間違えるはずがない。
 声が、聞こえていた。二人分の声だった。大丈夫よ、傍にいるわとぬくもりに満ちた声で語り掛けてくれたのはシスターだ。だから彼女が苦しむトイを宥めてくれていたことは事実のはずだ。
 ではもう一つの声は誰だったのだろう。
 大丈夫だ、傍にいる。そう囁かれた気がする。背中に回された腕は硬かったけど逞しかった。声はシスターよりも低かった。お前は自由だ、とも言われた気がする。顔中に落とされた柔らかな感触はここ最近ではもう慣れたものだった。誰かの唇。薄っすらと目を開けた時、空のような青が真っ直ぐにトイを見つめていた。その彼、とは──。


「起きたか」


 はっと声のした方へと意識を向ける。開かれた扉から青年が入ってきた。
 一瞬で、記憶のピースがハマった。そうだ、トイに触れてきたのはきっと彼だ。でもこの男がお前は自由だなんて台詞をトイに言うはずがない。
 誰かの記憶と混同してしまっているのかもしれないと結論付け、ソンリェンを見やる。
 近づいてきたソンリェンは、彼らしくなく少し疲れた顔をしていた。美しい顔に影がある。なまじ肌が白いだけに目の下の隈も目立った。
 ソンリェンはゆっくりとした足取りでトイの傍に来ると、強張るトイに強引に何かを押し付けて来た。思わず力の入らない手で受け取る。
 重くはない、大きめのグラスに入った水だった。
「顔色はいいな」
 椅子に腰を降ろしたソンリェンにじっと見つめられて、落ち着かなさにトイは目線を下げた。波打つカップの水面が目に入る。
 ゆらゆらと揺れる水に、最後に見た水面が茜色に輝いていたことを思い出す。途端に身体が重くなった。視界の端でソンリェンが目を細めた。


 走り去るように逃げた靴音も鮮明に思い出してしまった──ディアナ。


「具合は」
 具合──そうだ、怠さの残る手を持ち上げて首を抑えてみる。包帯が巻かれているようだ。
 忌々しい液体の苦さはもう喉には残っていない。だが触れただけで首がずきりと痛む。車の中で強く絞められた記憶が蘇った。きっと痣になっているのだろう。
「……ここ、どこ」
 てっきり喉はからからに乾いていると思ったが、予想に反して声はひび割れてなかった。それどころか湿っている。正気を失っている間に、水か何かを飲んだのかもしれない。
「俺の部屋だ」
「へや……」
 やはり、と片手でシーツを握りしめる。予想はしていたので驚きはしなかった。
「シスターは」
 間髪入れずに問う。一番気になっていたことだった。

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