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雨音
122.
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「ヤったか、あの女と」
「は……はあ?」
意味を咀嚼しかねて一瞬考え、行き着いた答えに顔を顰める。
「なに、言ってんだよ、ディアナとはそんなんじゃ」
「キスしてたろうが」
「あ、あれは」
やはり見られていた。けれどもあれはそういうのじゃない。完全に無意識だった上に、もっと他に理由があったのだ。
ただそんなこと当の本人に言えるはずもなく、トイは口を濁した。
ソンリェンのことを考えていたからなんて、口が裂けても言えない。
「あれは、違う……き、気づいたら、してて」
「キツいのが好み、か」
「え?」
ディアナは冗談もよく口にするが、別に気の強い女の子ではない。むしろ優しい。
「ディアナは、優しい子だよ」
「そうじゃねえよ」
くっとソンリェン肩を震わせた。嫌な笑みだった。
「そんなによかったのか、穴の具合」
「──は?」
「キツ過ぎて抜けたもんじゃなさそうだったけどな。処女だったか?」
あまりにも酷い暴言に、トイは硬直してしまった。
「……!」
ソンリェンの発言に対して怒りがこみ上げるのは今に始まったことじゃないが、いつも鋭い瞳に睨みつけられて直ぐに萎んでしまっていた。だが、今ソンリェンは此方を向いていない。
彼の顔が見えないことが、トイの気を大きくさせた。
それに、初めてできた大事な友達をこんな形で侮辱されて黙っていられるわけがなかった。
「ディアナは、ものじゃねえよ!」
腹に力を込めて叫ぶ。
ソンリェンは窓の外を眺めたまま微動だにしない。まるで、トイのことなんかどうでもよさそうな態度だ。その姿にトイの中の怒りが加速していく。
「何も、何も知らねえくせに……!」
トイを馬鹿にするのならまだいい。けれどもトイのみならず無関係の人間にまで彼の暴言が及ぶのは耐えられない。
ディアナは普段は明るく振舞ってはいるがふと寂しそうに空を見上げることがある。なのに悲しんでる姿は絶対に子どもたちに見せずに、いつも笑顔を振るまう温かい女の子なのだ。
ソンリェンとは違って。
「ディアナのこと、悪く言うなよ!」
そんなディアナにどうして酷いことが言えるのか。ソンリェンはいつだってそうだ、自分が認めた者以外は人間とみなさない。
育児院で暮らしているからって、親がいないからなんだというのだ。富裕層の人たちもそうでないと人たちもみんな同じ人間だ。トイだってそうだ。
人間が、人間を玩具として扱っていいはずがない。
「必死じゃねえか……」
「と、友達をバカにされて、黙ってられるわけないだろ!」
「てめえは俺のもンだろうが。玩具がご主人様に逆らってんじゃねえよ」
なのにソンリェンはいつもトイを対等の存在として扱ってくれない。話も聞いてくれない。それが悲しい。ものとして可愛がるのではなく、もっとトイを人間として扱ってくれたら。少しはトイだってソンリェンのことを──何だろうか。よくない思考に行き着いてしまいそうで、トイは頭を振って語尾を荒くした。
「俺は、ソンリェンのものなんかじゃねえよ!」
初めて、ソンリェンの言葉を否定した。
「オレは、ものじゃない! オレは、オレは……!」
尚も言い募ろうとした時、ふと誰かと目が合った気がして言葉を飲み込んだ。しかし不思議なことに、視線は感じるが窓の外には誰もいない。流れる景色が映るだけだ。
ソンリェンではない、だって彼はトイのことなんかどうでもいいという態度を崩さず、ずっと窓の外を眺めているのだから。
そう、窓の外を──と、そこまで考えて目を見張った。
もう一度目が合ったのだ。窓に映ったソンリェンの瞳と。
──ぞっと、身体が凍り付き、トイは今度こそ声を失った。
膨れ上がっていた怒りが徐々に冷え、代わりにソンリェンに抱く圧倒的な恐れに塗り替えられていく。
「あ……」
無意識のうちに後ずさる。しかしここは車内だ、直ぐに逃げ場を失う。
「なあ、トイ」
ソンリェンがゆっくりと振り向いた。
彼の顔に笑みはなかった。無表情のままトイを見つめている。得意の眉間の皺さえもない。
ここまで温度のないソンリェンの表情を見るのは久しぶりだった。一度目の脱走が失敗した時も、彼は似たような表情をしていた気がする。
あの時は殴られ蹴られ、激しく鞭打たれた。では今は。
「前に言ったよな……女に突っ込んだら、殺すってよ」
ソンリェンは、トイが車に乗り込んだその瞬間から、窓に映ったトイの顔を凝視していたのだ。
今更ながらに、ソンリェンの声が淡々としていた理由に気が付く。
彼は押し殺していたのだ。彼の身の内で荒れ狂う、底冷えするほどの怒りを。
「お前、死ぬか?」
「は……はあ?」
意味を咀嚼しかねて一瞬考え、行き着いた答えに顔を顰める。
「なに、言ってんだよ、ディアナとはそんなんじゃ」
「キスしてたろうが」
「あ、あれは」
やはり見られていた。けれどもあれはそういうのじゃない。完全に無意識だった上に、もっと他に理由があったのだ。
ただそんなこと当の本人に言えるはずもなく、トイは口を濁した。
ソンリェンのことを考えていたからなんて、口が裂けても言えない。
「あれは、違う……き、気づいたら、してて」
「キツいのが好み、か」
「え?」
ディアナは冗談もよく口にするが、別に気の強い女の子ではない。むしろ優しい。
「ディアナは、優しい子だよ」
「そうじゃねえよ」
くっとソンリェン肩を震わせた。嫌な笑みだった。
「そんなによかったのか、穴の具合」
「──は?」
「キツ過ぎて抜けたもんじゃなさそうだったけどな。処女だったか?」
あまりにも酷い暴言に、トイは硬直してしまった。
「……!」
ソンリェンの発言に対して怒りがこみ上げるのは今に始まったことじゃないが、いつも鋭い瞳に睨みつけられて直ぐに萎んでしまっていた。だが、今ソンリェンは此方を向いていない。
彼の顔が見えないことが、トイの気を大きくさせた。
それに、初めてできた大事な友達をこんな形で侮辱されて黙っていられるわけがなかった。
「ディアナは、ものじゃねえよ!」
腹に力を込めて叫ぶ。
ソンリェンは窓の外を眺めたまま微動だにしない。まるで、トイのことなんかどうでもよさそうな態度だ。その姿にトイの中の怒りが加速していく。
「何も、何も知らねえくせに……!」
トイを馬鹿にするのならまだいい。けれどもトイのみならず無関係の人間にまで彼の暴言が及ぶのは耐えられない。
ディアナは普段は明るく振舞ってはいるがふと寂しそうに空を見上げることがある。なのに悲しんでる姿は絶対に子どもたちに見せずに、いつも笑顔を振るまう温かい女の子なのだ。
ソンリェンとは違って。
「ディアナのこと、悪く言うなよ!」
そんなディアナにどうして酷いことが言えるのか。ソンリェンはいつだってそうだ、自分が認めた者以外は人間とみなさない。
育児院で暮らしているからって、親がいないからなんだというのだ。富裕層の人たちもそうでないと人たちもみんな同じ人間だ。トイだってそうだ。
人間が、人間を玩具として扱っていいはずがない。
「必死じゃねえか……」
「と、友達をバカにされて、黙ってられるわけないだろ!」
「てめえは俺のもンだろうが。玩具がご主人様に逆らってんじゃねえよ」
なのにソンリェンはいつもトイを対等の存在として扱ってくれない。話も聞いてくれない。それが悲しい。ものとして可愛がるのではなく、もっとトイを人間として扱ってくれたら。少しはトイだってソンリェンのことを──何だろうか。よくない思考に行き着いてしまいそうで、トイは頭を振って語尾を荒くした。
「俺は、ソンリェンのものなんかじゃねえよ!」
初めて、ソンリェンの言葉を否定した。
「オレは、ものじゃない! オレは、オレは……!」
尚も言い募ろうとした時、ふと誰かと目が合った気がして言葉を飲み込んだ。しかし不思議なことに、視線は感じるが窓の外には誰もいない。流れる景色が映るだけだ。
ソンリェンではない、だって彼はトイのことなんかどうでもいいという態度を崩さず、ずっと窓の外を眺めているのだから。
そう、窓の外を──と、そこまで考えて目を見張った。
もう一度目が合ったのだ。窓に映ったソンリェンの瞳と。
──ぞっと、身体が凍り付き、トイは今度こそ声を失った。
膨れ上がっていた怒りが徐々に冷え、代わりにソンリェンに抱く圧倒的な恐れに塗り替えられていく。
「あ……」
無意識のうちに後ずさる。しかしここは車内だ、直ぐに逃げ場を失う。
「なあ、トイ」
ソンリェンがゆっくりと振り向いた。
彼の顔に笑みはなかった。無表情のままトイを見つめている。得意の眉間の皺さえもない。
ここまで温度のないソンリェンの表情を見るのは久しぶりだった。一度目の脱走が失敗した時も、彼は似たような表情をしていた気がする。
あの時は殴られ蹴られ、激しく鞭打たれた。では今は。
「前に言ったよな……女に突っ込んだら、殺すってよ」
ソンリェンは、トイが車に乗り込んだその瞬間から、窓に映ったトイの顔を凝視していたのだ。
今更ながらに、ソンリェンの声が淡々としていた理由に気が付く。
彼は押し殺していたのだ。彼の身の内で荒れ狂う、底冷えするほどの怒りを。
「お前、死ぬか?」
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