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繋がれた手
181.
トイは聖人じゃない、ただの弱い子どもだ。だから怒るという選択肢を選べない。
叫んだ所で誰にも通じないのならば、感情を爆発させた所でとんだ無駄足だからだ。
一人ぼっちのトイは、時間と共に傷が癒えるのを待つしかなかった。押し込めて押し込めて、子どもたちの前で必死に笑顔を作ることしか出来なかった。
気持ちを封じ込めることでしか自分を保てなかった。
残酷な過去を、死に物狂いで心の奥に閉じ込めるしかなかった。
それなのにソンリェンが現れるから。
トイを傷を掘り返してくるから。
玩具ではなく、人間として扱おうとしてくるから。
「どうやったらわかる」
そんな、ソンリェンらしからぬ声でトイを憂いたりするから。
「どうやったら、お前がわかる」
畳み掛けてくる台詞は耳に覚えがあった。どうしてそこまでしてトイを知りたいと望むのか。
「……知るかよ」
かつてソンリェンに言われた言葉をそのまま返しても、気持ちが晴れることはない。
「お前の気持ちを、知れる。どうやったら、お前と同じ目線になる。何をすれば、お前は救われる」
昨日は俺を犯せとバカげたことを言われたが、これはこれでバカげている。
次は何を言われるのだろう。聞く気すら起きなくて、なんとなく思ったことを吐き捨てて苦く笑う。
「さあ……自殺でも、してみればいいんじゃねえの」
冗談のつもりだった。
だがソンリェンの手の温もりが消えて、かちりと乾いた音が聞こえてきて思わず顔を上げた。
エミーの銃を、ソンリェンがこめかみに押し付けていた。
世界が止まったかのような、ゆったりとした時が流れた。
綺麗な青と目が合う。ソンリェンは引き金に指をかけ、迷いなくぐっと引いた。
至近距離にある瞳はどこまでも澄んでいて、トイが見たかった青そのものだった。
ばあん、と破裂音が響く。
それはソンリェンの頭部を撃ち抜くことはなく、彼の後ろにある窓ガラスを激しく叩き割った。
煙草の煙とは違う硝煙が暫く辺りを漂い、降り積もるように床へと落ちて行った。
「──それでも止めるんだもんな、お前は」
はあはあと、荒い息をつく。
ぶるぶると震える手でソンリェンの腕に飛び掛かり床に押さえつけていた。
一瞬の出来事だった。がちゃ、と砕け散ったガラスが風に揺れた。本当に弾が入っていた。歯の付け根が合わなくてガタガタと噛みしめる。激しい動悸も治まらない。
ソンリェンは本気だった。もしもトイが止めなければ今頃、頭を実弾に打ち抜かれて彼は血だまりの中に横たわっていただろう。
ソンリェンには、一切の躊躇がなかった。彼は決して赤の他人のために死ぬような男ではないのに。
ないはず、だったのに。
「んで……こんな真似!」
「お前に近づきてえんだよ」
お前が言ったからだろ、とソンリェンは言わなかった。
それが尚更トイの震えを大きくさせた。
「バ、バカじゃねえの、本当に死んじゃったら……冗談だったのに!」
「本気だっただろ、心の底では」
ひたりと見据えられて言葉に詰まる。
「……だからお前の前から消えることが、一番だと思ったんだよ」
ソンリェンの手のひらに背中を撫ぜられた。慈しむような手つきだった。
「それでも、止めるんだもんな、お前は……」
同じ言葉を独り言のように呟く男を茫然と見下ろす。トイのたった一言で、こんなにも簡単に命を投げだそうとした青年の奇行に首を振って後ずさる。
「そんなお前だから……俺は……」
これではエミーがあそこまで半狂乱になっていたのも頷ける。こんなのソンリェンじゃない。
──だけど、ソンリェンだ。
今トイの目の前で、行き場を失った子どものような顔をしている男もまた、ソンリェンなのだ。
「……銃がダメなら、爪剥がしてみせればいいか?」
トイの背を撫でていた手が、トイの右手まで移動してきた。親指をきゅっと包み込まれる。
「するぜ。お前が、望むなら」
エミーに剥がされた、その爪を。
ソンリェンの細く固そうな白い首筋がトイによく見えるように曝け出された。ソンリェンがトイに首を差し出したのか、それともトイが吸い寄せられてしまったのか。
引っ張り上げられた時であってもどうしても手放せなかったナイフを手に取り、ソンリェンの首にひたりと添える。
ソンリェンは彼の命を握る鈍色のナイフに視線を移すことはせず、トイに身を任せていた。
「よけ、ねえの」
言いながら、さらにナイフを近づける。
音もなくソンリェンの綺麗な首筋に赤い線が引かれ、ぷくりと赤が溢れた。
叫んだ所で誰にも通じないのならば、感情を爆発させた所でとんだ無駄足だからだ。
一人ぼっちのトイは、時間と共に傷が癒えるのを待つしかなかった。押し込めて押し込めて、子どもたちの前で必死に笑顔を作ることしか出来なかった。
気持ちを封じ込めることでしか自分を保てなかった。
残酷な過去を、死に物狂いで心の奥に閉じ込めるしかなかった。
それなのにソンリェンが現れるから。
トイを傷を掘り返してくるから。
玩具ではなく、人間として扱おうとしてくるから。
「どうやったらわかる」
そんな、ソンリェンらしからぬ声でトイを憂いたりするから。
「どうやったら、お前がわかる」
畳み掛けてくる台詞は耳に覚えがあった。どうしてそこまでしてトイを知りたいと望むのか。
「……知るかよ」
かつてソンリェンに言われた言葉をそのまま返しても、気持ちが晴れることはない。
「お前の気持ちを、知れる。どうやったら、お前と同じ目線になる。何をすれば、お前は救われる」
昨日は俺を犯せとバカげたことを言われたが、これはこれでバカげている。
次は何を言われるのだろう。聞く気すら起きなくて、なんとなく思ったことを吐き捨てて苦く笑う。
「さあ……自殺でも、してみればいいんじゃねえの」
冗談のつもりだった。
だがソンリェンの手の温もりが消えて、かちりと乾いた音が聞こえてきて思わず顔を上げた。
エミーの銃を、ソンリェンがこめかみに押し付けていた。
世界が止まったかのような、ゆったりとした時が流れた。
綺麗な青と目が合う。ソンリェンは引き金に指をかけ、迷いなくぐっと引いた。
至近距離にある瞳はどこまでも澄んでいて、トイが見たかった青そのものだった。
ばあん、と破裂音が響く。
それはソンリェンの頭部を撃ち抜くことはなく、彼の後ろにある窓ガラスを激しく叩き割った。
煙草の煙とは違う硝煙が暫く辺りを漂い、降り積もるように床へと落ちて行った。
「──それでも止めるんだもんな、お前は」
はあはあと、荒い息をつく。
ぶるぶると震える手でソンリェンの腕に飛び掛かり床に押さえつけていた。
一瞬の出来事だった。がちゃ、と砕け散ったガラスが風に揺れた。本当に弾が入っていた。歯の付け根が合わなくてガタガタと噛みしめる。激しい動悸も治まらない。
ソンリェンは本気だった。もしもトイが止めなければ今頃、頭を実弾に打ち抜かれて彼は血だまりの中に横たわっていただろう。
ソンリェンには、一切の躊躇がなかった。彼は決して赤の他人のために死ぬような男ではないのに。
ないはず、だったのに。
「んで……こんな真似!」
「お前に近づきてえんだよ」
お前が言ったからだろ、とソンリェンは言わなかった。
それが尚更トイの震えを大きくさせた。
「バ、バカじゃねえの、本当に死んじゃったら……冗談だったのに!」
「本気だっただろ、心の底では」
ひたりと見据えられて言葉に詰まる。
「……だからお前の前から消えることが、一番だと思ったんだよ」
ソンリェンの手のひらに背中を撫ぜられた。慈しむような手つきだった。
「それでも、止めるんだもんな、お前は……」
同じ言葉を独り言のように呟く男を茫然と見下ろす。トイのたった一言で、こんなにも簡単に命を投げだそうとした青年の奇行に首を振って後ずさる。
「そんなお前だから……俺は……」
これではエミーがあそこまで半狂乱になっていたのも頷ける。こんなのソンリェンじゃない。
──だけど、ソンリェンだ。
今トイの目の前で、行き場を失った子どものような顔をしている男もまた、ソンリェンなのだ。
「……銃がダメなら、爪剥がしてみせればいいか?」
トイの背を撫でていた手が、トイの右手まで移動してきた。親指をきゅっと包み込まれる。
「するぜ。お前が、望むなら」
エミーに剥がされた、その爪を。
ソンリェンの細く固そうな白い首筋がトイによく見えるように曝け出された。ソンリェンがトイに首を差し出したのか、それともトイが吸い寄せられてしまったのか。
引っ張り上げられた時であってもどうしても手放せなかったナイフを手に取り、ソンリェンの首にひたりと添える。
ソンリェンは彼の命を握る鈍色のナイフに視線を移すことはせず、トイに身を任せていた。
「よけ、ねえの」
言いながら、さらにナイフを近づける。
音もなくソンリェンの綺麗な首筋に赤い線が引かれ、ぷくりと赤が溢れた。
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