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「ねえ……優しい優しい、キースお兄ちゃん」

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 ──やめて、そんな顔しないで。そんな痛そうな顔しないでくれよ。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ、笑っててほしいんだ。
 
 時とともに心の傷も癒えるなんて、ウソだ。
 そんなわけない、目に見える傷と違って心の傷は見えない。だからこそ治しようがない。
 蓋をして見えないようにすることはできるけれど、一生残る。
 現に、アンタは毎晩のように額に脂汗を滲ませて苦しんでいた。

 そんなアンタの傍にいたから、ボクは進むべき未来を見つけることができたんだ。


 それは、何に変えてもアンタを幸せにすることだ。
 

 この復讐劇が終われば、アンタは幸せになれる。

 組織はアンタたちに壊滅させられた。
 嬉々としてアンタの弟を殺した奴らも撃ち込まれた爆撃であっけなく吹っ飛んで死んだ。
 アンタが死に物狂いで探している残党だって、もう残っちゃいないんだ。
 かろうじて人の心が残っていた両親に逃がされていなければ、ボクだって生き残らなかった。

 だからもう、アンタの憎しみには行き場がない。

 憎悪をぶつける矛先がないというのは地獄だろう。
 身のうちで渦巻く絶望に人は狂う。
 彼を本当の意味で幸せにするためには、憎い仇を討ちとらせて恨みを晴らさせることが必要だ。
 ボクは命をかけてアンタを愛すると誓った。
 アンタの弟を助けることもできなかった、この役立たずな命を使ってアンタを幸せにしてあげることこそが、ボクがアンタに捧げることのできるただ一つの愛だ。
  

 だから、ボクが少しでもカイルさんに近づけるようにハチの巣にしてほしい。


 この崩れた街の狭い路地裏まで逃げてきて、でも死ぬこともできなくて、この脳みそ以外で唯一金になる体を売って、無様に生き長らえてきた。
 客に手酷く乱暴に扱われ、誰かに傷を付けてもらうことで自分自身を罰したかったのかもしれない。
 そんな身勝手なボクだから、肉片すら残らないようにその銃で滅茶苦茶に撃ち抜いてほしい。
 
「レヴィ、なぜ、なぜ……」

 アンタの全ての痛みをぶつけてほしい。
 もうこれ以上アンタが過去に囚われて苦しまないように。

 ボクはアンタの痛みと怒りと憎しみを、ボクの本当の心ごともって逝くから。

 だから、これが終わったらボクのことなんかキレイさっぱり忘れて、どこかの、アンタのことを理解してくれる女の人と結婚して、あたたかな人生を送ってほしい。

 それで、そのまま──誰よりも幸せに。




「なぜ俺に―――赦させてくれない……!」




 ──唸るような慟哭に、ゆっくりと顔を上げる。

 地下道の天上に穴が開いているのが見えた。そこから少しだけ差し込んでくる光がとても眩しい。
 激しい嵐が過ぎ去ったのだろうか、それともついにボクの目がおかしくなってしまったのか。

 演技がバレているわけじゃない。
 だって彼の哀しみの向こうには確かな怒りがある、燃えたぎるような憎悪がある。
 それでもそんなことを言うなんて優しいにもほどがある。

 そんな質問、反則だ。バカだ。

 そしてボクもバカだ。いまだに彼に想われていることに、体の奥底から痺れるような喜びが湧き上がってくるのだから。
 本当にボクってば、どうしようもないな。

 巻き上がる煙が、吸い込まれるように空いた穴へと上がってゆく。
 まるで、天から差し伸べられた光の道しるべのようにみえた。

 ボクはきっと、天国へはいけないだろうけど。

「……バカなこと聞くね」

 見上げていた顔を戻す。もう彼の顔は霞んでいない。
 はっきりと、大好きなアンタの顔が見えた。
 壊れかけた体が最後の最後で悪あがきをみせてくれたらしい。

「本当の心? なぜ? そんなのいわなくともわかるだろ」

 そんなの、答えは一つしかない。

「それでも聞きたいの? コイビトごっこ長かったし、やっぱアンタのことちょっとは気に入ってたからさあ……可哀想でいえないな」

 そんなの。
 
「だってアンタ、泣いちゃうだろ?」
 




  
 アンタを愛しているからに決まってる。
 




  
「ねえ……優しい優しい、キースお兄ちゃん」


 きっとボクは、悪魔のような笑みを浮かべることができたのだと思う。
 キースの瞳の中で、哀しみを超える憤怒がぐわりと燃え上がった。
 躊躇なく引かれた銃の引き金。響き渡る甲高い銃声音。
 連続して胸に届いた衝撃に立っていられなくなり、ゆっくりと後へと倒れていく。

 落ちる、落ちる、落ちていく。
 ボクが逝き着く先は、きっと地獄だろう。
 でも、いいや。初めて彼の名前を、呼べたから。

 視界が上へ上へと移動して、憎悪に満ちたキースの顔が見えなくなる。
 焦がれて止まない金色の瞳が、愛しくてたまらないキースのすべてが見えなくなる。
 殆ど聞こえなくなってしまった聴覚に、愛しいキースの声がうっすらと滑り込んできた。

 レヴィ、と名を呼ばれた。大きな声で。

 その叫びに含まれている感情の色は、もう見えない。聞こえない。なに、も。

 天から差し込む光の筋すらも、ボクの体から弾けた赤に染まる。
 死が二人を分かつこの瞬間、ボクは大好きな、生暖かいキースの色に包まれた。


──ボク、いつか生まれ変わったらアンタみたいな髪色になりたいな。
──じゃあ俺は、おまえのような黒髪がいい。


 ありし日の会話を胸に、ボクは静かに目を閉じた。
 
 





 これは、さいごのさいごまで。
 アンタを愛したボクの話。


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みんなの感想(1件)

マイ
2021.08.07 マイ

短編っていつも思うんですけど、もうちょっと読みたい…!ってなります。
この話も、物凄く、キース視点の話も読みたいです…( ̄¬ ̄*)
レヴィが死んだ後とか、どう言う心境になるのか、レヴィの本当の意図はキースに伝わるのか(めちゃくちゃ伝わって欲しい。報われなさすぎる…)とか、気になることが多すぎます!

 宝楓カチカ🌹
2021.08.11 宝楓カチカ🌹

マイさんこんにちは、宝楓カチカです。
嬉しいご感想ありがとうございます~✨

組織は壊滅していますので、レヴィの過去を知る人はもういません。
ですので、キースは部下から得た情報、そしてレヴィ本人の口から聞いたこと以外の真実(レヴィの本当の意図など)を知ることはないのかもしれません。
ただ、もしも警察の方針でレヴィを死亡解剖等をすることになったら(盗まれた機密情報などを飲み込んでるかもしれないので)、レヴィの中から指輪が出てくるかと思います。
後から出して売るつもりだったのか、それとも別の意図があったのか。
キースは、最期に憎悪と怒りと哀しみを背負いながら向き合ったレヴィだけではなく、約1年間(実際は半年ですが)恋人として心を重ね合ったレヴィを思い出しながら、飲み込まれた指輪の意味、真実というものを考え続けるのだと思います。

キース視点のお話についても触れて下さってありがとうございます✨
実は、キースの心情というか彼のレヴィに対する気持ちが読んでくれる方々にわかるような描写を最後にちょろっと入れていたのですが、読み直した(書き直した)際に「このシーンを入ると野暮だなぁ」と思い直して削りまして。
ですので、キース視点のお話を文章として書き上げるのは私の「野暮だなぁ」という想いがどうしても強くて難しいかもしれなくて、、、
このお話はここで完結ということにさせてください、本当にすみません💦

まだまだ世界情勢も厳しい状況が続いている世の中ですが、マイさんもどうぞご自愛くださいませ。
本当に、痛くて重いお話でしたのに、読んで下さってありがとうございました✨

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