クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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続、青春×グラフィティ

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長い長いカラオケ合コン地獄が終わった。
途中、中西待望の王様ゲームなんかもあったのだけれど………やめよう、思い出すのも辛い。いずれぼくらの心の傷が癒えたら回顧する日もくるのだろうが、今は記憶の奥底にしまい込むことにする。
ただ一つ、ポッキーゲームなんてワクワクイベントにはならなかったとだけ言っておこう。あれはさながら戦場だった、とは遠い目をした廣瀬の談。

日が沈み、外気の温度もグッと下がって、吐き出す息の白さに季節を直に感じる。
女性陣は御堂と小内さんとの二次会を切望しており、ぼくたちオタク三人衆は端から眼中にないようだった。
そもそも、すでにグロッキー状態の廣瀬と中西に次はない。二人はギャルA、Bーーー安住さんと坂崎さんと同じクラスらしく、明日学校で笑い者にされるのではないかと怯えていた。
ふん、なにを今さら、とぼくは鼻白む。
バカにされることなんて、それこそぼくらの日常、慣れたものではないか。
そう、ぼくがクラスメイト、特に石神さんや江津から受けているように………いや、違うか。
少なくとも、今は違う。
もうずいぶんと前から、石神さんはぼくをバカにするようなことを言わなくなっていた。
今日の放課後、学校でのことだってそうだ。
本当は気づいていたんだ。
ギャル仲間がぼくをバカにする中で、石神さんはそれに便乗しようとはしなかった。それどころか、止めに入れない自分の不甲斐なさを恥じるように、視線を落としていた。
ぼくが同じ立場で、廣瀬と中西が同じ意見を口にしたとき、まったく違った意見をぼくが持っていたとしても、異論を唱えることは難しいだろう。
それが他人と関わるということ。
主義主張の違う他人と関わり合うのだから、自分の意見を押し通せば軋轢が生じる。
それを恐れながらもなお、自分を押し殺すことを悔しいと感じ、それを表情に出してしまう石神さんの人間らしいところが見られて、少し安心したくらいだ。

妹の絵里加がよく見ているファッション雑誌には大勢の同世代の男女が写っていた。だけど、それは画面の向こうのキャラクターと同じ、ぼくにとっては別次元と大して変わらないくらい、遠い存在に思えた。
そんな向こう側の存在である石神さんにも、ぼくと同じように弱い部分があるのだとわかって、失礼かもしれないが嬉しく思ったんだ。

まあ、本人には絶対に言えないけれど。

時間を確認すると、そろそろ与儀さんとの待ち合わせ時間が迫っている。
ぼくは廣瀬と中西に別れを告げると、彼女の店、『Master peace』に向かった。
店の前まで来ると、いつもならまだ店が開いている時間だというのに、closeの看板が立て掛けられていた。なにかあったのだろうか。
少し不安に思いながら、入り口の扉に手をかけると、鍵はかかっていないようで、扉は開いた。
中に入るなり、与儀さんはカウンターの向こうから、「来たわね」と声をかけてきた。
ぼくを待ち構えていた様子の与儀さんは、薄暗い店内でタバコの火を赤く燃え上がらせながら、準備していた袋を取り出して、ぼくの方に突きだしてきた。
「さっそくだけど間久辺、これに着替えて」

言われるまま黒いレザーのパーカーに同系色のデニムに着替えを終え、連れてこられたのは、夜のマッドシティ。
相変わらず治安の悪い街をおっかなびっくり、与儀さんの隣を歩いた。

「あんた、マスクは持ってきたわよね?」
突然の言葉に一瞬沈黙すると、与儀さんは、「あんた、まさか忘れたの?」と表情を強ばらせる。
ぼくは慌ててナップザックからガスマスクの一部を見せた。
「良かった、持ってきていないのかと思ったわ」
「釘さされましたから一応。でも、どうして線引屋のマスクが必要なんですか? これからどこに行くつもりなんです?」
「だからパーティーだって何度も言ってんじゃん。ほら、そろそろ到着するわよ、顔隠しなさい」
ぼくは渋々ガスマスクを装着すると、店の看板を目の当たりにして渋面をつくる。
まさか、再びこの場所に来ることになるとは思いもしなかった。
そこはクラブ『モスキート』、以前文化祭の日にクラスメイトたちとやって来た場所だ。
ガスマスクを装着し、人通りの多い表通りを歩くのは色々問題になるんじゃないかと不安になったが、クラブの周辺は見るからに柄の悪い連中が集まっており、A ボーイのぼくがイメージするBボーイスタイルが大勢集まっていた。
その中には、ぼくと同じくガスマスクのような物で口元を隠している人もちらほら見受けられる。仮面舞踏会でも始まるのか?
「いったいなんなんですか、これは?」
ぼくの誕生パーティーにしては時期外れだし、なにより招かざる客が多すぎる。
「中に入ればわかると思うけど、そんなに気になるなら教えてあげる。今日、ここで『走光性ナイトライトカマー』っていうヒップホップのイベントパーティーが行われるのよ。それに、ゲストとして呼ばれているわけよ」
「はあ。それって与儀さんのことですよね。どうしてぼくも行かないといけないんです?」
嫌な予感がする。
こういうときの予感というのは、どうして的確にあたるのだろう。
かぶりを振った与儀さんは、「あたしじゃなくてあんたが招かれてるのよ、線引屋」と、口角をあげてそう言った。
思わずため息をつくぼく。
おかしいとは思ったんだ。連絡を受けたとき、線引屋のマスクを持ってこいなんて言われた時点でなにかあるとは思っていたけど、まさか、そんな訳のわからないイベントに参加させられるとは予想していなかった。
大人の社会勉強が聞いて呆れるわ!
「そもそも与儀さん、なんでヒップホップなんですか? ヒップホップって、あれでよね、ラップ。ヨーヨーとか言いながらダジャレ言うやつ」
普段まるで聞かないジャンルだが、さっきカラオケでチェケラッチョ中西が歌っていたのはラップだった。
「で、どうしてそのヒップホップのイベントにぼくが呼ばれるんです? 関係ありませんよね」
「呆れた……あんたねぇ、今やストリートを牽引する線引屋が、グラフィティの基礎知識もないなんてやめてよね」
「そんなことありませんよ。グラフィティの研究なら自分なりにやってるつもりです」
「だとしたら勉強不足。日本ではヒップホップっていうと音楽の一ジャンルだと考えられがちだけど、元々ヒップホップっていうのは、ブレイクダンス、DJ 、MC 、それにグラフィティを含んだ四つを総じてヒップホップと呼ぶのよ」
「えっ、グラフィティってヒップホップなんですか?」
「そうよ。まあ、普通に生活していたら知らなくても仕方ないわね。DJ やラップは今じゃJPOPにも普通に取り入れられたりしてるし、ブレイクダンスにしてもテレビで目にする機会も多いでしょう。ただ、グラフィティに関してはアンダーグラウンドとの繋がりが密接だからね。どうしたって、グラフィティは不良の落書きとか、縄張り争いの道具って見られて敬遠されるのよ」
それは事実だろう。
なんの因果かこうしてグラフィティライターとして活動するようになったが、ぼくだって、それ以前に街中で見かけていたグラフィティは、その街の治安の悪さをそのまま表しているようにしか思えなかった。
グラフィティのマイナスイメージというのは、世間的にはまだまだ払拭されるに至っていないのだろう。
ふと視線をクラブの入り口に向けると、イベントを示す看板が大きく掲げられていて、四つのカラーでヒップホップの構成要素がそれぞれ書かれている。
与儀さんはぼくの視線の先を辿ると、疑問に答えるように言った。
「全てを包み込む音を発信するDJは優しい白、イメージを体を通して爆発させるブレイクダンスは赤、クールな頭でライムを生み出すMCは青、そしてアンダーグラウンドに最も根付いているグラフィティは黒。そういうイメージカラーらしいわよ」    
このイベントではそういうイメージカラーが設定されているらしい。カラーギャングじゃあるまいし、色分けなんて時代錯誤もいいところじゃないか。
与儀さんの説明が終わると、「聞き捨てなりませんわ」と背後から声がした。
ぼくと与儀さんが揃って振り返ると、そこには女性が立っていた。
ウェーブの掛かった長い髪を後ろで束ね、胸元を大きくはだけさせた挑発的な衣装は、思春期真っ盛りな男子高校生にとって目の毒だ。与儀さんと同世代だろうか、大人の色香を漂わせたその女性は、一歩ぼくらとの距離を詰めて、言った。
「アンダーグラウンドとの繋がりが密接だからグラフィティはブラック? 敬遠されてるですって? GAGA丸ともあろう者が、そんな世迷い言を本気で言ってるわけじゃありませんわよね?」
なんだこのリアルお嬢様言葉のセクシー美女は。
話から察するに、与儀さんのことを知っているようだ。
隣に立つ与儀さんの表情をそれとなくうかがうと、辟易したように嘆息した。
椎名清香しいなきよか。あんた、こんな場所にまで現れてどういうつもり?」
「あら、そんなことはどうでもよいのです。それよりも、あなたの誤りを正してさしあげないと」
「あたしの誤り?」
と、与儀さんは眉間にしわを寄せる。
相対する椎名という女性は、その迫力に気圧される様子もなく、飄々と答えた。
「アンダーグラウンドとしてのブラックカラーが強いからグラフィティは認知度が低い、というのは誤りです。単純な話なのですよ。それぞれの分野には、既に代表、あなた方のスラングで言うところのレペゼンがいます。だけど、グラフィティにはそれがいない。グラフィティを代表するようなクールな存在が世に現れていないから、いまだにアンダーグラウンドに取り残されているのですわ」
そして、さらに距離を詰めてきた椎名さんは、マスク越しのぼくの表情を探るように顔を近づけて一言、「あなたが線引屋?」と問う。
反応に困るぼくを助けるように、「あんたには関係ないわ」と与儀さんが答えた。
しかし、椎名さんの瞳にはぼくの姿しか映っていないようだった。
「先日のリバースグラフィティ、動画で拝見させていただきました。あれは見事なカウンターカルチャーでしたわ。体制を黙らせ、大衆を熱狂させるあなたの絵は、こんな不良たちの中で腐らせていいものではありません。あれこそ芸術。素晴らしいです! もしもグラフィティを他の三大要素と同列にまで引き上げる人物がいるとすれば、間違いなくあなたでしょう。どうです? 今度ぜひわたくしと個人的にお話しませんか?」
そう言って、前屈みになると強調される胸元に思わず視線が向いてしまう。話なんてまるで頭に入って来なかった。
いやぁ、こういうとき、ガスマスクは向こうから視線が見えないからありがたいな、とだらしなく鼻の下をのばしていると、
「おいっ!」
といさめるような声がしてハッとするぼく。
それを言ったのは与儀さんではなく、男の野太い声だった。
顔をあげると、高槻さんの背後に男性が立っていた。彼の服装はここに集まったBボーイ風なファッションとは違い、灰色のジャケットにクリーム色のパンツを合わせた、爽やかな印象の好青年だった。
「椎名さん、そんなヤツもういいでしょう。そろそろ行きましょうよ」
いきなり現れてそんなヤツ呼ばわりとか、この男失礼じゃない? ……って、こんなガスマスクしてたら確かに不審者か。
「わかりました」と男の言葉に頷いた椎名さんは、再びぼくに振り返って言った。
「目的は果たせました。今日は、どうしてもあなたに直接お会いして賛辞の言葉を贈りたかったんです。またいずれお会いしましょう。わたくしは、いずれこの腐った街に革命を起こします。そのとき、あなたの力がきっと必要になる」
そうして、ぼくの手を握った椎名さんは、「ではまた」と言って、離れて行った。
なんだったんだ、いったい。
困惑するぼくに、与儀さんは呆れた様子で言った。
「あれは気にしなくていいわ。本気で自分の絵で世界を変えられると思っている、頭の幸せなお嬢様よ」
「あの人もライターなんですか?」
「ストリートアーティストではあるわね。でも、あいつの描く絵は常に反体制とかを謳っていて、純粋にグラフィティを楽しんでいないのよ。あたしは好きじゃないわ、あいつの絵」
よくわからないけれど、あの人もライターみたいだ。今度調べてみることにしよう。
「そんなことより、今日はもっと勉強になる出会いが沢山あるわよ。今後も線引屋を続けていくなら、人脈を作っておくのも悪くないわ」

与儀さんに促されるまま、クラブへと入っていくと中は相変わらずの大音量。音に合わせてダンスする集団もいれば、輪になってラップをし合う集団も見受けられる。
与儀さんは「はぁぁ!」と気合いのこもった雄叫びを口にした。
隣にいたぼくはビクッと体を強ばらせた。
「入っていきなりキラーチューン。相変わらずこのイベントのクラブDJは最高ね。超ヤバいリミックスだわ」
珍しいことに、あのクールに定評のある与儀さんがかなり興奮している。
ステージの上では、与儀さんの言う凄腕のDJがターンテーブルを擦っている。
音に合わせて、ステージ上ではブレイクダンスを競いあっているようだ。交互にダンスを披露し、その技の鋭さなんかを観客の声で判断して勝敗を決めているらしい。
「あれが"キリク=ブランカ"か」
与儀さんの言葉に、ぼくは首をひねる。
彼女がスッと持ち上げた指先は、壇上でたった今ダンスの披露を終え、観客から大きな声援を受ける大男に向いていた。
「あの日本人離れした体躯から繰り出されるテクニックは見る者を圧倒するわね。ここ数ヶ月、フリースタイルダンスバトルに参戦するようになったダンサーで、ブラジルと日本人のハーフなんだそうよ」 
言われてみると、確かに大柄な体に、恵まれた筋肉の付きかたからして、日本人らしくない。その長い手足がプロペラのように回るだけで、周囲は圧倒されてしまうようだ。

そのままクラブの会場内をぶらぶら歩いていると、与儀さんはそれなりに有名人なのか、知り合いらしき人に声をかけられていた。
そして、決まってその直後、話題は隣に立つぼくに向かう。

『ドクロのガスマスク……まさか線引屋っ!?』

有名人の与儀さんの隣にいるということで、ぼくが本物の線引屋だという認識を持たれるらしい。
ーーーというのも、この会場を少し歩いただけでも、ぼくと似たようなガスマスクに衣装を着こんだ人をちらほら見かけた。
与儀さんに聞いてみると、「あんたをリスペクトしてるか、あるいは成りすましてるのね」とのこと。
「それだけの影響力が今のあんたにはあるのよ」
与儀さんはそう言って、ぼくの背中を叩いた。
よろめきながら顔を上げると、確かに、こっちを見てはひそひそと仲間内で耳打ちし合っているのが見受けられる。
これまで、良い意味で注目された経験などないぼくは、慣れない状況に戸惑いながらも、悪い気はしなかった。

そんなことを考えていると、いきなり会場の照明が明滅し、激しいダンスナンバーをかけていたDJ が音を絞り、歌詞の入っていない、リズム主体のシンプルな曲調の音楽を流し始める。
そのビートに合わせて、マイクを握った男性がステージ上にあらわれ、舌を巻くほどのラップを突然披露し始めると、会場の盛り上がりは最高潮に達した。
「あれが今回のイベントのレペゼンMC 導歩ドープ。最高にクールなライムを決めるし、独特なフロウがまたあたしらの脳をいい感じにガンギマリさせてくれる、イルな男よ」

ごめんなさい、日本語でお願いします。

いつも冷静な与儀さんは、本当、今日ばかりはかなりポンコツさんだ。ランドに遊びに来た子供みたいに顔には出さないがはしゃいでいる始末。

一曲歌い上げたMC導歩は、引き続き二曲目に入ろうとDJ にアイコンタクトを送る。
だが、それを遮るように壇上に飛び込んだ闖入者。DJの側にあったマイクを奪い取ると、いきなりラップを初めた。
「ヨーヨー、俺はMCアキンド
 苦労して磨いたフロウでテメエにブロウ
 レペゼンストリート、掲げる俺はアスリート
 稼ぐぜ万札、いただくぜ満額
 会いたかったぜMC導歩
 勝っていただくチャンプの称号
 お前ボコボコゴーヤチャンプル
 仕掛けるぜ俺の尖ったライム
 ナイフみたいに刺さるぜ心臓に
 ここで会ったが百年目
 張らすぜ積年の恨み
 仕掛けるぜフリースタイルバトル、イェー」

再び盛り上がる会場。
その中にキョトンとするぼく。
なんだこの構図は。

いきなり乱入を果たしたMCアキンドに対して、MC導歩はまるで焦る様子もなく、マイクを握り直した。DJもそれに合わせて、一定のビートを刻む。

ーーーって、この状況でラップし返すの!?

「あーあ? 誰だテメエは?
 いきなり現れて俺様にフリースタイル?
 百年目? 百万年ハエーんだよカスが
 マスでもかいてろ エーメーン
 しかも俺様対策万全だな。
 俄然やる気で息子ギンギン 
 ビンビンに立っちゃってソーローさん
 ヨーソローなんて言わねえ
 誰もリスペクトしねえテメエのフロウ
 マック店員みたいにマニュアル対応のワック  MC
 頼んだのはポテト揚げたて?
 クソが、オーディエンスを上げてけ!
 おっとネタ帳持ち込んじゃってマジだせえ
 マジだぜ
 掌に隠したカンニングペーパー
 チラチラ見るのは仕込んできたダセェリリック
 俺が見るのはギャルのヤベェチュニック
 からはみ出すbig tits 編み出すbig hits
 掌かざせば、俺にはオーディエンス
 お前には50/50なんてありえねぇ
 オーディエンスは100対0
 で俺に軍配、グッバイ負け犬
 悔し涙に濡れた掌
 ビッシリ書き込まれたカンニングペーパー
 駄文ビッシリ、たぶん、ほら証明してみなよ」

ーーーput your hands upプッチャヘンザッ

男がそう言って腕を挙げると、観客が一斉に掌を持ち上げた。会場の歓声が、圧倒的にMC導歩に向けられているのがわかる。
隣で興奮状態にある与儀さんは、置いてきぼりのぼくに対して、いつもの彼女らしさを取り戻し始めたのか、口を開いた。
「あれがフリースタイルのラップバトルよ。お互いに即興で相手をディスるの」
要するに、ラップで口喧嘩している訳だ。
「それで、いきなり乱入したMCアキンドって人、前にフリースタイルの大会でMC導歩に決勝で負けた人なのよ。それを誰だお前って、強烈なディスね。さあ、MCアキンドはどう切り返すのかしら」
観客を相手に飲み込まれつつあるMCアキンドは、かなり声を張りながら、マイクに向かった。

「はあ? ネタ帳? そんなのあるわけねえ
 お前みたいにだせえライムはねえ アー
 これこそ……それこそ……俺こそフリースタイル の神童、感動させるぜオーディエンス
 沸かすぜ熱湯俺のハートで、ヨォ
 ビートに乗って、掘って凝ってく俺のライム
 刻んでくぜ俺の伝説 レジェンド
 演説する政治家みたくはならねえ
 俺が……俺こそ神童」

かなり押されているからか、MCアキンドは動揺が見て取れるくらい言葉に詰まっていた。
完全に後攻の人が押しているのがぼくにもわかる。
MC導歩がマイクを握ると、再び割れんばかりの歓声が巻き起こった。

「おいおい、慌てんなよぼっちゃん
 ビートをよく聞きな
 誰が神童だって? 
 童貞の間違いだろテメエはひよっこ小童
 俺がティーチャーになって
 クリーチャーお前を調教
 俺のライムでスライムみたいに溶けるお前
 目に見えてる俺というでかい壁
 クライムすることできなくて暗い顔
 クライしながら見てな俺のライフ
 さあ素人ラッパーお勉強会はお開きだ
 そろそろ帰って風俗直行素人童貞が
 その前に払っていけ高い指名料
 チャンピオンの称号がその高い授業料だっ!」

ぼくにはラップのなんたるかがわからない。
だけど、それでもすごいと思わせるだけの力がMC導歩にはあった。これが本当に即興なの?
そう疑ってしまうくらい的確で鋭い返しだった。というか下品だった。
MCアキンドは、そのあまりの迫力に物理的に後ずさっていき、足を踏み外してステージ上から転落した。完全敗北だ。
それでも割れんばかりの歓声は留まることを知らない。
MC導歩は、マイクを口元に持って来ると、叫ぶように、「俺様がレペゼンストリートだっ!」と言った。与儀さんいわく、ストリート代表という意味らしい。
転落したMCアキンドに向けて中指を突き立てたMC 導歩は、それきり興味を失ったように見向きもしなかった。
はぁ、なんかすごいことになってるな、このイベント。
DJにブレイクダンス、それにMCバトル……あまりにも親しみのない世界に戸惑いを覚えていると、MC導歩は、腕を振って観客を黙らせようとする。そして、徐々に静まり返るイベント会場。それに呼応するように、DJも音を引き絞っていき、やがてその音は完全に停止した。
完全に沈黙した会場を見て、与儀さんは何事かと困惑しながら、「クラブから音が消えた」と大層驚いていた。
ぼくにとってはそれがどれだけ異常なことなのか理解及ばないが、なにかただならない状況であるということは流石に空気でわかった。

そして、溜めに溜めてからMC導歩は、マイクに向かってこう言った。
「出てこい線引屋っ、次はお前のスキルを見せる番だ!」
すると、会場内はドッと歓声にわいた。
な、なんなんだよこれ。こんなの聞いてないよ。
そう思い与儀さんの方を見ると、彼女も聞かされていなかったのか、戸惑いを隠せていなかった。

「おいおい、あんまりオーディエンスを待たせるんじゃねえよ。いつまで音止めさせるつもりだ、白けるだろが、あ?」

挑発するように言うMC導歩は、さっきの言葉の弾丸ラップに負けないくらい、小馬鹿にするような言葉を並べ立てる。

「おかしいな。この会場を少し歩いただけでも、自称線引屋ってやつ四、五人から挨拶されたんだがな」

どうやらぼくの他に線引屋が五人ほどいるらしい。もう覆面した戦隊ヒーローやれる人数だが、自称線引屋がヒーローよろしく壇上に上がることはなかった。
そして、煽られるままに、会場に広がるブーイングとヤジ。

「ストリートで名を馳せるライターってのがどれほどのもんかと思っていたが、どうやら腰抜けみたいだな線引屋ってのは。トップクラスがこれじゃあ、今のグラフィティライターの底も知れるってもんだ。本当ストリートに立ってねえわ」

ストリートに立ってない、か。
そんなの知らないし、興味もない。自分たちの価値観でしか物事を判断できない人間の言葉なんて、ぼくは痛くもかゆくもない。
だけど、グラフィティをバカにするのだけは、ちょっと許せないな。

グラフィティライターは、MC 、DJ 、ダンサーに引けを取らない立派なアーティストだ。少なくとも、与儀さんはあんな口先だけの男にバカにされるような存在じゃない。

ーーー撤回、させてやる。

ぼくが一歩進もうとすると、慌てた様子で与儀さんに肩を掴まれた。

「やめなさい、行く必要なんてない。これ、完全にハメられたわ。線引屋をヒップホップイベントで晒し者にするのがヤツの目的なのよ。そうなったら線引屋の名は地に失墜することになるのよ」

晒し者、か。
ぼくは懐かしい感覚に体を支配されていた。恐怖に震える体。そして、周囲の嘲笑。

ーーー死にかけのヒキガエルの真似やってくれよ。

クラスメイトが嘲笑う中、ぼくは無様に地面に倒れ込み、面白くもないギャグを披露させられたこともあった。
「……グエエェ、なんちゃって」
「は? いきなりなによ」
与儀さんは困惑したように首をひねる。
「あ、なんでもないです、こっちの話」
そう、これはぼくの問題だ。

『マックーベ、マックーベ、マックーベ、マックーベ、マックーベ』

あの日、クラスメイトがぼくを煽るようにそう言った。そして今日は、

「線引屋っ、線引屋っ、線引屋っ………」

と止まない観衆の声。
状況や環境が変わっても、結局のところぼくを取り巻くものは変わらないのだろう。それならぼくの取るべき行動は一つだ。

ぼくを引き留める与儀さんの手を優しく振りほどくと、マスクに隠れて見えないとわかっていながらも、笑顔をつくって言った。

「晒し者にされるのは、慣れてますから」

行ってきます。そう言って一歩を踏み出すと、ぼくの動きに気付いた周囲の観客が後ずさるように離れていって、徐々にステージへと続く道が開かれる。それに呼応するように、「線引屋っ!」コールもいつの間にかなくなって、再び静謐なくらいの沈黙が会場を包んだ。
ステージを見ると、不敵な笑みを浮かべたMCの背後に、あつらえたような真っ白いキャンバスがある。ぼくはそれを睨み付けながら、思った。

結局のところ変わらない、けどさ。

それでもーーー笑い者になってやるつもりは、ない!
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